第9話
食事は毎食とも使用人の人が部屋に運んでくれて、シャワールームも部屋に備え付けられていたため、陽羽はほとんど外へ出ることなく過ごしていた。
たまの数時間の間、幸雄が紅茶を持ってやって来て、軽く話をする程度だった。
そもそも外へ出る気力すら起こらなかった陽羽にとって、その数時間は貴重なものだった。
今日は三日目。幸雄に返事をしなくてはならない日だ。未だに考えがまとまらなかった陽羽は、気分転換に幸雄と庭へ散歩に出たのだった。
「にしても…本当に広いね」
「まぁ…元は研究施設でもあったらしいからな」
「そうなんだ…」
こうしている時間こそ穏やかだが、陽羽が添人となったら話は別だろう。今はまだ『客人』という扱いでしかないのだから。
(あんな人達と戦うなんて…やっぱり怖い…)
恐怖で思わず足が震える。気持ちを落ち着けようと花を見つめていると、背後からサクッサクッと芝生を踏む音が聞こえてくる。
「いたいた。長月!」
「葉月…どうした」
葉月、と呼ばれた少女は透き通るような美しいブロンドの髪をツインテールにまとめ、黄緑色のリボンを付けている。
つり目の大きくぱっちりした目が、少女のようなあどけなさを醸し出している。
年齢は陽羽と近いだろうか。少女は幸雄と言葉を何個か交わした。
「すまない、少し席を外す」
「あ、はい…。いってらっしゃい…」
幸雄が去り、陽羽と少女だけが取り残される。少女はにっこりと笑って手を差し出す。
「私、葉月凛子!よろしくね!」
「あ、師走陽羽です…よろしくお願いします…」
差し出された凛子の手をそっと握り返す。同じ女の子とは思えない、しっかりとした手だった。
「陽羽ちゃんね!タメ口でいいよ。堅苦しいの苦手だし」
「わ、分かった…」
手を離した後、凛子は陽羽の顔をじっと見つめる。陽羽は何度か瞬きしたあと、一歩後ずさりして問いかけた。
「…あの、何か…?」
「陽羽ちゃんって…長月の彼女?」
にやり、と口の端を上げる凛子。陽羽は慌てて手を振って否定する。
「ち、違います…!長月さんは…えっと…」
「あはは!分かってるよ。長月に彼女なんて出来る訳ないし!」
(え、えぇ…)
ひときしり笑った後、凛子はでも、陽羽に向き直った。
「陽羽ちゃんの事はちょっとだけ聞いたよ。添人候補なんだってね」
「あ…う、ん…」
「…やっぱり怖いよね〜」
「…葉月さんは…添人なの?」
「私は異人。てか凛子でいいよ〜」
凛子はポケットから何かを取り出し、陽羽の掌にそっとのせた。いちご、と書かれたピンクの包み紙に包まれた飴だった。
「?…飴?」
「うん!美味しいよ〜」
「あ、ありがとう…」
何故このタイミングで飴を…、と疑問に思ったものの、好意を無下にしたくなかったので一応礼を言っておく。
一度飴をポケットにしまう。
「異人…って事は…戦うのね」
「まぁね…でも、守りたい人がいるんだ」
少し照れくさそうに笑う。
「…凄いなぁ…」
純粋に尊敬の言葉だった。自分の知らない所で、凛子達は戦っていたのだと。
私達を守ってくれていたのだと。
そう思うと、自分はなんて無力なのだろうと思う。
(決断する事も出来ないなんて…)
「全然だよ。むしろ…私達は添人がいないと何にも…生きる事さえ難しいんだから…」
「え…?」
凛子は咲いている赤い薔薇の花弁をそっと撫でる。その横顔は悲しそうで、辛そうだった。
「…暗い話しちゃったね!忘れて!」
先程と同じように明るく笑う凛子を見て陽羽は何も言えなかった。
励ましてくれたのか、何かを察して欲しかったのか。陽羽には分からなかった。
「でも思い詰めなくていいんだよ。嫌なら嫌でいい。長月も怒らないよ」
「………」
凛子は陽羽の両頬を手で挟み、顔を上げさせた。
「んぇ!?」
「ほら笑って!陽羽ちゃんは可愛いんだから!俯いてちゃダメだよ」
凛子はそう言って歯を見せて笑う。つられて陽羽もふっ、と頬を緩めた。
「うんうん!可愛い!」
「…もう少し考えてみる…ありがとう、凛子ちゃん」
「私は何もしてないよ。じゃあ、私はこれで!またね!」
手を振って凛子は屋敷の中へ戻って行った。その背を見送って、凛子の姿が見えなくなってから空を見上げた。




