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君に愛を乞う  作者: 京町ミヤ
第1部
88/204

第88話

「さて…」


ヤーレスツァイトが目を細めたと同時に、澪は薙刀を構えた。

瞬間、ヤーレスツァイトの姿が消えた。


間一髪で攻撃を防いだ澪の腕に衝撃が走る。片腕をなくしたとは思えない、安定した蹴りに目を見張りつつ、一歩踏み込んで薙刀を振るった。


ヤーレスツァイトは身体を仰け反らせるが、刃先が彼の整った顔を掠めた。

その勢いのままヤーレスツァイトは残った左手を地面に付けて身体を支え、澪の顔面目掛けて回し蹴りをする。

澪の頬から頭にかけて衝撃が走った。


(クッソ…動きが人間離れしてやがる…人間じゃねぇけど…)


体勢を立て直したヤーレスツァイトは、真っ直ぐに澪を見据えながら左手で切れた頬をなぞった。


澪はというと、蹴られた拍子に口の中が切れてしまったらしい。口の中に溜まった血液を吐き出し、同様にヤーレスツァイトを見据える。

口の中に血液特有の鉄の味が広がっていて気持ち悪さを覚える。


お互いに構えたままに相手の出方を伺う。今度は澪が先に動いた。薙刀を握りしめ、ヤーレスツァイトの懐へ素早く入り込む。刃先が届く寸前、目標が視界から消えた。


「!!」


澪のすぐ隣に回ったヤーレスツァイトは、澪が強く握る薙刀を、文字通り蹴り上げた。勢いよく空中に投げ出されるそれを、手放すしかなかった。



───しまいや!!



武器をなくした澪の首の骨を折らんとする勢いで足を上げる。が、ヤーレスツァイトに届いた衝撃は、澪の首に当たる足ではなく、額に訪れた。


上げられた足を片手で押さえ込み、澪はヤーレスツァイトの額に自身の額をぶつけた。その顔には薄らと狂気的な笑みが浮かんでいた。


ゴンッ、と重い衝撃が双方に響く。


もう一発、と澪が頭を軽く引いた瞬間、察したヤーレスツァイトが澪の腹部に拳をめり込ませる。


「ごふっ、…!!」


澪が数歩退くと、ヤーレスツァイトの左腕に何かが刺さった。


「!!」


横目で腕を見ると一本の矢が刺さっていた。灰色のシャツに赤黒い血が滲み、腕を濡らしていく。

生暖かいそれに不快感を覚えながら、ヤーレスツァイトは舌打ちした。

片腕をなくした今、刺さった矢を引き抜くことも出来ない。


「はぁ…っ、…ナイスだ…如月」


少し離れた所に、矢を構える洋子の姿が見える。眼鏡にはヒビが入っていて、左のレンズは抜けてしまっていた。頭をぶつけたのか、額から血も流れ出ていて、頬が赤く濡れていた。


「邪魔やな…」


ヤーレスツァイトは左手を握ったり開いたりして、動作を確認する。


「ほんま…小賢しいネズミ共やね…」


口の端を釣り上げたヤーレスツァイトから、強い殺気を感じる。ゾッ、と澪と洋子の背筋に悪寒が走った。


ヤーレスツァイトが自身の血に染った左手を洋子に向ける。その手に黒に近い緑を帯びた光りが集束し始める。


「!如月!避けろ!!」


澪の声と同時に魔弾が放たれる。洋子が立っていた場所は地面が抉れ、電流が流れているかのようにバチバチ、と緑を帯びた黒い残滓が走っていた。


「…そんな…っ…!?」


「こうみえて、魔法の腕はアルター様より上なんよ」


「当たらなければ問題ない…!!」


ギッと洋子は弓を引く。その間にもヤーレスツァイトの左手に、またもや光りが集まってゆく。


矢と魔弾が放たれ、空中でぶつかり合う。砂埃を巻き上げてぶつかり合った二つは消えた。


腕で目を庇いながら洋子は、煙の向こうを見据える。すると、煙の向こうからいくつかの魔弾が飛んでくる。それを全て避けてから、新たに矢を構える。


しかし目を凝らして見ても、どこにもヤーレスツァイトの姿は見えない。


「じゃあな」


「!!!」


ガッと背中に衝撃が走り、洋子の身体が地面に叩き付けられる。


「如月!!」


澪が呼びかけるも返事はない。悔しげに歯を食いしばった後、向かってきたヤーレスツァイトを迎撃すべく構える。


蹴りを避けつつ、澪は負傷した腕を狙って拳を繰り出す。しかし、痛みに悶える様子も見せる事なく、ヤーレスツァイトも拳を避けつつ蹴りを繰り出す。


幾度目かの澪の拳を払い、空いた胴を狙ってヤーレスツァイトは左手に魔力を込めた。緑を帯びた黒い光りが集まり、当てつけるようにして澪の下腹部にぶつけた。


「う、あぁぁぁああ!!」


電気が走ったような痛み。立っていた場所から吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。


受身は取れなかったので背中は勿論、魔弾を直接受けた腹部は無事ではなかった。服は破れ、露わになった腹筋は火傷したかのように真っ赤に腫れていた。


(力が入んねぇ…!ここまでか…)


歯を食いしばってなんとか上体を起こす。眼前まで迫っていたヤーレスツァイトを見上げた。その目には諦めの色さえ見える。


「お兄さん、中々強かったね…」


「あれ、もう立てへん?死ぬん?」


「僕はもう動けないさ…お兄さんもだろう?」


「まぁね…切られた腕は痛いし、矢は刺さったままやし。それに自分、顔ばっか狙ってくるやん」


「気のせいだよ」


力なく笑い、澪はため息をついた。その様子を見たヤーレスツァイトはきょとん、と首を傾げた。


「抵抗せぇへんの?」


「する気もないよ…」


ヤーレスツァイトは懐からナイフを取り出し、そっと振り上げた。


「───僕はね」


ザシュッ、と音がして血が吹き出した。その血は澪の顔にも少しかかって、止めどなく足に伝って地面を真っ赤に染めていく。


カラン、と握られていたナイフが血溜まりの上に落ちて、血を跳ねさせた。


「………げほっ…!」


ヤーレスツァイトが、血を吐き出した。口の端から血を流しながら、後ろを振り返る。

弾かれたはずの澪の薙刀で、ヤーレスツァイトの背後から胸を貫いた黒髪の魔物─エーラが立っていた。


「あ…なんで…そこに」


「エーラちゃんは気配遮断が出来る…。隙を見てお兄さんをやるように、伝えたんだよ…」


「……ふぅん…」


ヤーレスツァイトはふっ、と目を細めた。緊張の糸が切れたかのような、優しい表情だった。


「自分…名前は?」


「…神無月澪」


「澪君…急いで、人間界へ戻った…方がえぇよ…」


か細くなった声で、ヤーレスツァイトは空を見上げた。言葉の意図が分からずに首を傾げていると、ヤーレスツァイトが口を開いた。


「人間界に、いる…魔、物に…殲滅…隊を潰、…せと……───」


がくん、とヤーレスツァイトが膝をついた。エーラは薙刀を引き抜いて、血を払った。


「澪さん!ヤーレスツァイト様が言った事が本当なら…」


「大丈夫だよ」


下腹部を擦りながら、澪はエーラを見上げた。


「アイツ等なら…大丈夫。それより、如月を」


「は、はい!」


洋子の元へ駆け出すエーラの後を、ゆっくりと追う。最後に、深い緑色の靄に包まれているヤーレスツァイトを一瞥して、目を伏せた。

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