第87話
三時を知らせる鐘が鳴り響く。城から離れた山の麓でもそれはしかと耳に入った。
洋子が先頭に立ち、フェブルアールが用いたと言われている矢を見つめた。
───洋ちゃん。その矢に魔力を注ぎ込んで。
洋子の頭の中にフェブルアールの声が響いた。静かに頷き、洋子は弓を構えた。
後ろでエーラや、転送魔法を使える魔物達が固唾を飲んで見守る中、まっすぐに城を見据えた。
「…フーちゃん…」
───うん?
「長月君は…大丈夫かなぁ…かなり思い詰めてたと思うんだけど…陽羽ちゃんも」
───余計な事は考えない。仲間を信頼出来ない洋ちゃんじゃないでしょ?
口元を弛め、目を凝らして弓を引き絞った。ギッと耳元で音がする。矢に魔力を込めて、放った。
魔力を宿した矢は勢いよく目標に向かって飛んでいく。残風が洋子の髪を揺らした。
目を凝らして矢を追いかけると、放った矢は城の屋根を貫いた。
「届いた…!」
城の屋根が崩れるのが見えた。と、同時に黒い光も。
「洋子さん!こちらへ!」
「はい!」
エーラの指示に従って後方へ退く。
エーラの手を握ると一瞬で視界が変わった。薄暗い地下空洞へ移動した途端、激しい地鳴りが起こった。
アルターの放った魔弾が、先程まで洋子達がいた所へ落ちたのだろう。しばらくして揺れが納まった頃、洋子はエーラと顔を見合わせた。
「成功はした…はず」
「問題はアルター様の魔力をどれだけ削れたか、ですね…」
「一度、上へ上がってみましょう」
反乱軍の者達は地下道から城へ向かうらしい。洋子とエーラは先程と同じ場所へ移動する。
「これは…!」
更地だった。
見た目は美しくなかったとはいえ、草木が生えた山の麓…はおろか山ごと。初めから何も無かったかのような惨状だった。
微かに残った洋子の腰くらいまでの高さの木も、静かに燃え去っていく。そんな中、エーラの落ち着いた声が洋子の耳に届いた。
「この規模なら…3分の1は確実かと…」
「いや、4分の1くらいやろなぁ」
洋子とエーラ以外の声がした。はっとして振り向いた時にはもう遅かった。
洋子の身体は立っていた場所から数メートル飛ばされ、地面に叩きつけられていた。
「ぐぁっ…!!?」
「洋子さん!」
エーラが懐から取り出した小刀を構える。声の主である男性に振りかかるも、虚しく風を切る音だけが響く。
やがて小刀を弾かれ、胴が空いた瞬間に鳩尾を殴られる。
込み上げた血反吐を吐き出し、エーラはその場にうずくまるようにして倒れた。
「ヤーレス…、ツァイト…様…」
苦しげに発せられたその名前の主は、目を細めて笑う。
「随分おもろい事してくれたやん?反乱?にしては規模が小さないか?」
体制を立て直した洋子が放った矢を軽々と避け、ヤーレスツァイトは洋子の頬を蹴りつける。その拍子にかけていた眼鏡が外れ、音を立てて地面に落ちた。
「ぅぐっ…!!」
「女の子殴るんは趣味とちゃうけど…堪忍やで。さてと」
ヤーレスツァイトはエーラの腕を掴んで、無理矢理立たせる。鳩尾を蹴られた余韻が残っているエーラには、立ち上がるだけでも苦しかった。
「アルター様に報告しなあかんし…着いてきてもら───」
ヒュンッ。という音と共に、エーラの腕を掴んでいたヤーレスツァイトの腕が消えた。
勢いよく回って、ヤーレスツァイトの腕が地面に落ちた。それをゆっくり視認すると、視線を気配のする方向へ向けた。
「女の子に乱暴するのは…同じ男としてどうかと思うよ?」
「せやから堪忍やけど、って言ったやないかい」
「どんな理由であれ、それは許される行為ではないさ」
不敵な笑みを浮かべ、エーラを抱き抱えた澪は薙刀を片手に握りしめた。
「澪さん…」
「エーラちゃん、立てる?」
「は、はい…」
「───」
澪はエーラに小声で耳打ちした。頷いたエーラは腹部を抑えなが、ゆっくりと澪から距離をとった。




