第86話
エーラの家のリビングに幸雄、海、洋子、澪、舞夜エーラがテーブルを囲んで立っている。
それぞれが神妙な面持ちで、テーブルの上に広げられている地図を見つめる。魔界の世界地図だ。山の麓を示す部分に赤いペンで丸が書かれている。
「今日の三時を鳴らす鐘と共に、ここで反抗声明を発表します」
「城に攻め入るのではないのか?」
海の問いにエーラは静かに首を振った。
「アルター様の魔力を削ぐのが先決ですから…そこで、洋子さんにお願いがあるんです」
「私?」
首を傾げる洋子に、エーラは布に巻かれていたある物を手渡す。洋子が布を広げると、中身は一本の矢だった。黒く硬い"何か"で作られているらしい。
「…これは?」
「ディツェンバー様の部下…フェブルアール様が用いた伝説の矢です」
洋子にはフェブルアールの魔力が埋め込められている。箆に手を触れると、妙にしっくりと手に馴染む。フェブルアールが用いたというのは本当らしい。
「鐘が鳴ったと同時に、城目掛けて矢を放ってください」
「………」
ぐっ、と矢を見つめ、洋子は頷いた。
「任せて」
「はい」
「私が能力を使って暗殺を試みるのも考えたのですが…あえて正面から奇襲をかけた方がいいかと」
エーラの能力は"気配遮断"。魔力を包み隠し対象に接近する、暗殺に長けた能力だ。
しかし、目標が城の中にいる以上、大勢の魔物の警備をくぐり抜けるのは難しい。
そしてエーラは幸雄達の実力を信じていた。彼らなら必ず、アルターを仕留めてくれる、と。
でも、と澪が眉根を寄せる。
「それで本当にアルターの魔力が削げるのかな?彼が直々に対処するとは考えにくいような気がするんだけど…」
「ご安心を。以前にも反乱軍が街角に現れた際、城から魔弾を放つのを確認しましたから…。魔弾を放ったと同時に転送魔法で地下へ移動しますし、洋子さんもご心配なく」
アルターの気性が荒く、意に反する事があれば真っ先に行動するのは目に見えていた。エーラは力強く頷いて澪を見つめ返した。
澪もふ、と肩の力を抜いた。
「…分かった。信じるよ」
「それで、魔力を削れたとしよう。俺達はどうすればいい」
「海さんと幸雄さん、澪さん、ノヴェンバー様は…───」
城の中に鐘が鳴り響く。
少女は長い階段をふらふらとした足取りで歩く。大きな宝石のような瞳に光はなく、暗い影が落とされていた。
階段を登りきり、分かれ道になっているのに気付くと、艶やかな腰まである銀色の髪をさらりと揺らしながら、顔を動かす。
「………」
表情を変えずに少女は再び歩き出す。
ふと、城が揺れた。
立っていられない程の強い揺れが、足を伝い全身に響き渡る。思わず壁に手をつく。地震ではないらしく、一瞬で揺れは収まった。
壁から手を離し、再三歩き始める。
唇に薄らと弧が描かれているのは、少女はおろか、すれ違った魔物───だったもの達も知らない。
「壊す…壊す…壊す……。ふふっ……あの男を…壊さなきゃ…」
譫言のように呟きながら、少女は歩いた。




