第85話
目を開ける。今度は真っ黒ではない。ここ最近ずっと目にしているベッドの上からの光景。
キラキラと輝くシャンデリア。黒い壁。床には赤いカーペットが敷かれている。
はぁ、とため息が漏れる。
ゆっくりと身体を起こす。身体の痛みも治まり、自然と身体を起こす事が出来た。すると部屋の扉がノックされた。
返事を待たずに扉が開けられ、アルターが入ってきた。
「あ…っ…」
思わず身を引くが、身体が震えて上手く動かない。アルターは陽羽の腕を掴んで引き寄せ、陽羽の腰に手を置いた。
「や…嫌っ…」
恐怖で心臓が早鐘を打つ。アルターはそのまま陽羽を押し倒した。視界が急転し、どくん、と脈打つ。
先日の恐怖が、痛みが、蘇ってくる。
「…ふ、くくっ…」
アルターは陽羽の胸元へ手を伸ばす。早くなっている心臓の辺りに指を這わせ、心底可笑しそうに笑う。
「魔力が変質したか…くくくっ、兄を殺した時以来だな…こんなにも愉悦を感じるのは」
「…お兄さんを…殺したの?」
「あぁ。初めは魔界を追いやり…つい先日。殺してやったわ」
陽羽を見下ろして嘲笑する。
「しかし驚いたな…アイツに娘がいたとは…」
「え…?」
アルターは笑みを深めて言った。
「俺の兄…ディツェンバー…。人間界での名は…師走満といったか」
「……お父さん…が…?」
「まさか、ヤーレスツァイトが連れてきた妃候補が、姪だとはな。まぁいい。魔力を抜きにすれば俺の好みだ」
「な、何を言って…っ…!?」
唇が重ねられる。
押し付けるような。一方的な口付けだった。
陽羽は口を固く結び、目を閉じた。しかしアルターはお構い無しに舌を捩じ込んでくる。
「んんっ…ぐ…」
気持ち悪い、嫌だと心が叫ぶ。堪えきれずに、陽羽は思いっきりアルターの舌を噛んだ。
「っ…ほぅ。いい度胸だな、女…」
「…わ…私は…貴方の妃になんてなりません…!」
「…"長月君"がいるから…か?」
「………」
言われて押し黙ってしまう。「そう」とは言いきれないのが実のところだ。陽羽と幸雄の関係は添人と異人だ。
(私が片想いしてるだけで…それ以上でもそれ以下でも無い…)
「無言という事は肯定を意味する。女、その無意味な希望を捨てたらどうだ?」
ずいっ、と顔を近づけられる。
「貴様が連れ去られてそこそこ経つが…助けも来ないのがその証拠だろう。いくら助けを求めても無意味だとは思わないか?」
「そんな…事…」
「無いのか?」
「………」
声を張り上げて無い、と言いたい。しかしその言葉は陽羽の口からは出なかった。
扉がノックされ、扉の外から声が聞こえてくる。
「アルター様。謁見でございます」
「…あぁ」
アルターは陽羽から身体を離す。部屋を出る直前、陽羽を一瞥したが、声を掛ける事もせずに出て行った。
張り詰めていた緊張が溶け、身体の力が抜けてベッドに沈み込むように息を吐く。
「…来て…くれるよね…。長月君…」
希望を捨てたくはない。
けれど、もう限界だ。
心がポッキリと音を立てて崩れそうだ。心が闇に包まれていくような。もう涙も浮かんでこない。
幸雄を待つ一方で、いっその事どん底に落ちたいと思う。
「……もう…やだなぁ……」
何となく呟いた言葉は黒い靄となって、陽羽を包み込むように現れた。
何故、こんな思いをしなくてはならないのだろうか。
何故、私なのだろうか。
何故、こうなったのだろうか。
何故、何故、何故、何故、何故!!!
心が黒く染め上げられていく。頭がどんよりと重くなる。
怒りが、憎悪が、殺意が芽生える。
そうだ。全て全て全て。
全部。全部。全部!!!あの男のせいなのだ。
全ての元凶を。許してはいけない。
───壊さなきゃ。私が、壊してあげなくちゃ。これ以上、誰も苦しまないように。───
「ふふっ……あはは………壊して…あげる…」




