第82話
結局、男の子は無事だったものの、魔力の移植は失敗に終わった。
それから三年の月日が経った頃の出来事だった。
「えー。突然ですが皆様に、大切なお知らせがあります」
ソファーに腰かける海達の前に、宇宙が嬉しそうに笑いながら立ち上がった。そしておもむろにディツェンバーの腕に抱きついた。
「私達、結婚する事になりましたー!」
突然の報告に頭が追いつかない。
「結婚…?お、おめでとう…」
「まぁ!おめでとうございます!」
「…おめでとう…」
何故か、空の祝いの言葉は晴れないものだった。
「ふふふ〜実はね、もう子どももいるんだ〜」
軽くお腹をさすりながら、宇宙ははにかんだ。幸せそうな、そんな顔だ。
「本当に…おめでとう…」
チラッと横目で空を見ると、やはりその顔には影があった。
政府からの手紙を受け取ったので、海は陸と空に知らせようと研究所内を歩いていた。
陸はすぐに見つかったものの、空の姿はなかなか見つからなかった。
しばらく探し続けると、見慣れた後ろ姿が見えてくる。
研究所のバルコニーに空はいた。心地よい風が吹き抜け、空の柔らかな髪を揺らした。
「くぅちゃん」
陸が呼びかけると、振り返らずに声を発した。
「何か用?」
「…どうしたの?様子がおかしいけど…」
「………」
空はしばらく俯いていたが、やがて呟いた。
「…何でもないよ」
「………」
海は無言で空の隣に並んだ。空の顔は見ず、バルコニーから見える満天の星を見上げた。しかし海の視線に、星は映っていない。
「話せ」
「は?」
「いいから話せ。聞き流す位は俺にでも出来る」
幼い頃から知っている仲でもなかったが、海は空を信頼していたし、少なからず親しい仲だと思っていた。そしてそれは空も、陸も、同じだった。
「…後悔…してるんだ…」
ぽつり、と震える声で空は言う。陸も空の隣に並んだ。海同様に、空の顔は見ないようにして。
「ちゃんと…言えばよかった…」
「あぁ…」
「うん…」
「ちゃんと…好きだ、って…言えばよかった…!」
声を押し殺して、俯いて、空は涙を流した。それは頬を伝って足元へ落ちていく。
薄々感づいてはいた。空が以前から宇宙に想いを寄せていた事。宇宙が結婚すると聞いて内心は悔しくて堪らないだろう。心の底から祝いたいというのも本心だろう。
海はがしがし、と空の頭を撫で回す。陸もそっと空の背中をさすった。
しばらくすると落ち着いたようで、空は唇を結んで鼻をすすった。目元も赤く腫れ、頬には涙が流れた跡が残っていた。
「なんかごめん…最年長めっちゃ恥かいた」
「年齢なんて関係ないよ〜」
「そうだな」
「ていうか、なんか用事あったの?」
そうだ、と海はポケットから封筒を取りだした。
「本格的に、魔物を殲滅する部隊を作るらしい」
「ついに…か…」
封筒の中から四枚の紙を取り出し、そのうちの一枚を封筒にしまう。それぞれの名前が書かれている紙を空と陸に手渡す。
「今後の動きが書かれている」
海の紙には『魔物殲滅隊総隊長』。すなわち新たに構成される隊のトップに立つ事になる。
空の紙には『魔物殲滅隊司令官』。魔力を埋め込んだ者の事を異人と総称する事になったのだが、その異人の魔力やバイタルを管理する重要な役割も同時に任されている。。
陸の紙には『魔石管理係』。異人や魔人の使う魔石を管理する役割だ。
「宇宙さんはしばらくの間、数人残っている子供たちに魔力を埋め込む仕事をするらしい」
「終わったら…研究から離れるのかな…」
陸の呟きに空は小さく首を振った。
「そりゃないと思うよ?あの人、根っからの研究者だもん」
「…ふふったしかに」
「…離れ離れになってしまうな…」
ふと、海の口から零れたその呟きは、空の耳にも、陸の耳にもしっかりと届いた。
「…いつでも会えるさ」
「たまに集まってお喋りしようよ」
「…そうだな」
ふっ、と海は頬を弛めた。仏頂面の彼が見せた笑みを見た空と陸も、それぞれ笑みを浮かべた。




