第81話
ディツェンバーを召喚して数日後。
研究所内にある一室のソファーに海、陸、空と並んで腰を下ろす。ソファーの隣に座る陸が盛大なため息を漏らした。
「はぁ〜…まだ信じられないや…」
「頭の整理、落ち着かないよね」
メガネを拭きながら空もソファーの背もたれにもたれ掛かった。
「なんで宇宙さんあんなハイテンションなの…」
「研究者の性ってやつでしょ…」
ふと、海が廊下を見ると、宇宙が一人の幼子を抱き上げ通り過ぎるのが視界に映った。虐待されていた痛々しい傷が頬に残り、青く腫れ上がっていた。
「今の子は…」
「施設にいた子だよ」
同じく視線を向けていた陸が答えてくれる。
「挨拶したら笑いかけてくれるいい子だよ〜」
「子供の扱いはよく分からない」
「自分も子供じゃん」
海は現在十七歳。陸は一つ年下で、空は二十歳だった。
海は眉根を寄せて、肩を竦めた。
「ところで、魔力の移植ってどうするのかな?」
ふと陸が口にした疑問に答えたのは空だった。眼鏡をかけながら口を開く。
「魔物の魂の結晶である魔石。あれには微力ながら魔力が宿ってる。それを体内に直接埋め込むらしいよ」
「そんな事可能なんだ…」
「ただ、元々ない物を入れるからね。一週間程度で魔力が身体から分離しようとするんだって」
「え、駄目じゃん!」
そこで、と空は懐から小さな小瓶を取り出した。中には水色の液体が入っている。
「そ、それは…?」
「召喚した日に、ディツェンバーさんが持ってた魔石を調べさせてもらってね。魔石の中にある魔力と似せて作った薬さ。
これを週一で飲むと、魔力が分離せずに身体に定着したままでいてくれる」
「凄い…って、召喚した日って一昨日位だよね!?もう作ったの!?」
二十歳で為せる事ではない、と陸は驚きを露わにする。海も内心驚いてはいたが、表に出す事はしなかった。
「……こんにちは」
ふと、海達の背後から声がした。人間界の衣服をまとったディツェンバーを見て、海は一瞬目を見張った。
「ど、どうも…」
たどたどしい返事をして、海は自身の隣に腰かけるディツェンバーを見つめた。
「君達にお願いがあるんだ」
「何でしょう」
「ノヴェンバーという魔物を召喚してくれないか?私の側近の一人なんだが…彼女を魔界に置いてきてしまってね」
「は、はぁ…分かりました」
「やってみます」
海、陸、空は先日、ディツェンバーを召喚した場所へと向かった。魔法陣を囲むようにしてそれぞれ三方に別れて立つ。
「誰だったっけ?」
「ノヴェンバーさんだよ」
海達が行うのは世間一般的に知られている悪魔召喚のそれだ。名前と詠唱を唱えれば人間界に呼びつける事が出来る。
詠唱を唱えると、先日と同様に光と風が巻き起こる。今度は目を閉じる事なく、腕で目を庇いながら魔法陣の中央を見つめた。
「……私を呼ぶのは…どなた」
凛とした女性の声。二回続けてこうも単純に成功するとは思わず、海は目を瞬かせた。
艶やかな腰まである金髪と、目元にある黒子が特徴の女性がそこに立っていた。
「ノヴェンバーさん…ですか?」
空が聞くと、女性はゆっくりと頷いた。
「いかにも」
「ディツェンバーさんに呼ぶように言われて…呼ばせてもらったんだ」
「!ディツェンバー様は…ご無事なのですか?」
静かに、それでいて焦ったように、ノヴェンバーは問うた。空が頷くと ほっとしたように目元を弛めた。
「案内しますね」
研究所に戻ると神妙な面持ちで宇宙が腕を組んで座っていた。隣にはディツェンバーも立っている。ノヴェンバーはディツェンバーの姿を見るなり、慌てて駆け寄った。
「ディツェンバー様!ご無事で何よりです!」
「ノヴェンバー。魔界の現状を聞きたい」
「勿論でございます」
ディツェンバーのノヴェンバーは部屋の外へ出て行ってしまう。海は横目でそれを見て、眉根を寄せている宇宙に歩み寄った。
「何かあったのか?」
「…失敗したのよ…」
何が、とは言わなかったが、海はなんとなくだが察せてしまった。
「幸い、命に別状はなかったけど…拒絶反応が酷い…」
ギリッと歯ぎしりする音が聞こえる。海は宇宙を見下ろしたまま、何も言わなかった。かける言葉などないと分かっていたからだ。それは陸も空も同様だったらしく、静かな空気が漂った。




