第77話
幸雄、洋子、澪、舞夜は海に連れられて、屋敷から少し離れた倉庫に訪れていた。
シャッターを開け、奥の方へ進むと地下へ続く階段を下りる。
壁に掛けられている小さな電球を頼りに、転ばないように歩く。やがてこの場で一番身長の高い海の二倍近く大きい扉が見えてくる。
「これは…」
「魔界に通じる門だ。ここを通れば魔界に行けるが…いくつか問題がある」
海は腕を組み、普段寄せている眉根を更に寄せた。
「時間の歪みというものが、この門には存在する。ここを一斉にくぐっても、向こうに着く時間がバラバラという事も有り得る。一応心積りしておけ」
「はい!」
「行くぞ」
海を先頭に、次々と門をくぐった。
眩い輝きに包まれ、身体が宙に浮くような感覚に襲われる。しかしそれは一瞬の事で、地に足を着けた時にはその感覚は無くなっていた。
赤黒い空に焦げたような黒い木々。目の前には黒を基調とした豪華絢爛な城が建っており、鉄柵で囲まれていた。
周りを見渡すが、海の言っていた時間の歪みのせいか、幸雄以外の姿は見当たらなかった。
「陽羽…」
「懐かしい魔力を感じて来てみれば…貴様が長月とやらか?」
靴音を響かせ、低く圧のある声が幸雄の耳に入る。その威圧的な声と魔力に、思わず身体を震わせた。
咄嗟に魔石を刀に変形させ、真っ直ぐに男を見据えた。
(…この魔力…危険だ…)
対峙しただけでもひしひしと伝わる圧に、幸雄は固唾を飲んだ。
「その魔力…ゼプテンバールか」
瞬間。幸雄の身体を赤い靄のようなものが包み込む。
幸雄の魔力の内の少量だが、それは幸雄と男性の間に割るようにして集まり、やがて一人の男性へと姿を変えた。
紫色の長髪をたなびかせた、幸雄の右目と同じ赤い目。長い睫毛を揺らして笑った。
「へぇ。偉くなったもんじゃないか、アルター」
「口を慎めよ、ディツェンバーの犬め」
「…ゼプテンバール…何故…」
ゼプテンバールは視線だけを幸雄に向けて答えた。
「ここは魔界だよ?僕の魔力がお前の中にあったとしても、魔界じゃ僕のテリトリーだ」
右手をアルターに向ける。赤っぽい光が集まり、アルター目掛けて放たれた。
「挨拶がわり受け取っとけよ」
アルターはそれを手で振り払う。光は鉄柵に当たり、弾けて消えた。
「ナメるなよ。以前の俺とは違うのだ」
「………」
ゼプテンバールはゆっくりと目を見開き、唇を噛んでアルターを睨み付けた。
「気付いたか」
「…どういう事だ…」
ゼプテンバールは俯きながらも、視線はアルターから離さず、語り始めた。
「昔、アルターの部下は四人いた。コイツの中から…その四人の魔力を感じる…!!」
「なっ、取り込んだという事か…!?」
正解、というようにアルターはにやりと目を細めた。幸雄が感じた異常な魔力とはそのせいか、と刀を握る手に力を込める。
「アルター。ディツェンバー様の魔力を持った女の子は何処だ」
「…ふっ、はは、ははははは!!」
「何が可笑しい…陽羽は何処だ!!」
腹を抱えてひときしり笑った後、アルターは幸雄を見下ろした。
「そんなにあの女が大事か?小僧」
「当たり前だ…!」
「あの女なら生きているぞ。生きてはいるが…『女』としては死んだも同然か」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。しかしアルターが言った次の言葉で、理解する事になる。
「手篭めにしてやっている間、ずっと名を呼んでおったぞ、『長月君、助けて』ってな」
ニヤリ、とアルターの目が細められる。目の前が真っ赤に染まり、刀を握る手に力が篭もる。
感情のままに刀を振るった。当然それは避けられてしまい、アルターの攻撃を受けてしまう。
「ぐっ…!」
「馬鹿!無闇に突っ込むな!」
そう言うゼプテンバールにアルターは魔弾を放つ。数発放たれた内の一発がゼプテンバールの肩を掠める。
「そろそろ消えてもらおうか」
足元から、鋭く尖った結晶が突き出、ゼプテンバールの胸を貫いた。
「チッ…」
ゼプテンバールの姿が歪み、赤い靄となって消えた。幸雄は身体を起こし、刀を構え直した。
が、次の瞬間には目の前にアルターが現れ、腹部を剣で貫かれていた。
「…っ、がはっ…!!」
「いい事を教えてやろう。あの女の魔力は、魔物ならば惹かれるもの。つまり、魔物の魔力を埋め込まれたお前があの女に抱いている感情は…何でもないんだ。ゼプテンバールの本能だろうよ」
「そ、んな…事は」
「無いと言いきれるか?」
無い、と答えかけて幸雄は口を閉ざした。
(違う…俺は陽羽の事を大切にしたくて…。でもそれがゼプテンバールの本能…?いや、俺は…)
「…つまらぬ奴だ」
剣を引き抜き、アルターは姿を消した。幸雄はその場に膝をついて頭を抱えた。
「陽、羽…」
目を閉じ、痛む腹を抑えた。
───俺は…。




