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君に愛を乞う  作者: 京町ミヤ
第1部
72/204

第72話

「魔物や部下に"逃げの弥生"なんて言われて…恥ずかしくないんですか!?」


気づいた時にはもう遅かった。青年の表情は変わらないままだったが、反して宵の表情は青ざめる一方であった。


(や、やらかしてしまった…)


青年がゆっくりと口を開く。暴言でも吐かれるのだろうか。嘲笑われるのだろうか。それでも自分の落ち度だ。真っ直ぐに目を見つめ、発せられる言葉を待った。


「…アンタ…誰?」


…まぁ、そうだろうとは思った。


初対面の人に対しての第一声が怒声とは、自分でも恥ずかしい事この上ない。


「四番隊に配属になりました。夏木宵です…」


「夏木宵…ねぇ…。俺は弥生竜」


「弥生隊長…」


「長い。竜でいい」


「い、いきなり失礼では…」


「…じゃあ隊長取ってよ」


「……弥生…さん?」


「…ん」


不思議な人だ。眠そうな目を揺らして、竜は宵を見つめる。何故かその視線を逸らす事が出来なかった。

気恥しさが生まれつつも、ぼんやりとその目を見つめる。やがて竜が視線を外し、踵を返して歩き始めた。


「ど、どこ行くんですか!?」


「散歩。アンタもどう?」


「……結構です…」


これ以上、ここにいたくなかった。


「さっきは…すみませんでした」


「別に。怒ってないし。謝らなくていいぜ」


一礼して宵はその場を去る。解散も自由なのが助かった。名札を受付に返し、暗くなった道のりを歩む。


「変な人だったな…。はぁ…すぐにイラつく癖直さなきゃ…」


人より真面目なせいか、宵は人の素行や態度にかなり口うるさい。それはほぼ無自覚なのだが、色んな人に言われてきているので、抑えるようにはしているのだ。


それでもやはり先に口が動いてしまう。悪い癖だ。魔物殲滅隊という、学校とはまた違った環境において、宵のこの癖は枷でしかない。


「大丈夫。私だって頑張れば───」

「何ヲ頑張ルノォ?」


宵のすぐ耳元で、声がした。気配もなく、音もなく現れたそれは、人ではない異形の者。尖った耳にギラりと光る目。宵達の敵、魔物がそこに現れた。


「っ!!!」


一瞬で寒気が襲いかかる。ポケットに忍ばせた魔石を取り出し、魔物に投げつける。煙を上げて爆発したそれらを視認し、魔物から距離をとる。


「ゲホッ。コレガ魔石…僕ノ同胞ノ魂…」


怪しく光る瞳が宵を捉える。宵はその瞬間に悟る。自身の命がこの魔物の掌にある事。そうさせられている事。


(まだ会場から近い…騒ぎを大きくして気付いてもらえれば…!)


魔石を握りしめ、魔力を流し込んだその時だった。宵の耳に、宵の声でも、魔物の声でもない、幼い少女のような声がした。


「ふんふふーん。お母さん!お父さん喜んでくれるかな?」


「そうねぇ…きっと喜んでくれるわ」


少女と母親か。すぐ近くを歩いているのだろう。足音も鮮明に聞こえてきた。


(そんな…今魔石を発動させたら…巻き込んじゃう。魔物があの人達の元へ向かうかも…どうしよう)


ぐるぐる、と焦りが宵の頭の中を支配する。その間にも魔物は武器を構えてこちらに向かってきているのだ。


早く判断しないと。自分の命も親子の命もない。


「…っ…!」


「ツマンナイノ…ジャアネ」


結局。何も出来なかった。試験に合格したのなんてきっと間違いだったのだろう。まだ仕事も何一つとしてしていないのに。

帰りに殺されたなんて知ったら親は悲しむだろうか。美里も悲しんでくれるだろうか。


恐怖と痛みが、宵を蝕む。


否、訪れたのは恐怖だけで、実際の所痛みはなかった。目の前に立っていたはずの魔物の姿は緑色の靄に包まれて、今にも消えそうだったのだから。


治まる事を知らない心臓の音に耳を傾けつつ、その様子を呆然と見つめていた。


「ったく…。この場合は屈折の魔石を発動させて、一般人から見られないようにしつつ早急に仕留める。

もしくは幻影魔石、影の魔石という手もある。そういった事は…アンタの方が詳しいと思ってたんだけど」


「…弥生…さん…?」


眠そうな目で宵を見下ろし、腕を引っ張って立たせてくれる。はっとして振り返ると、親子は何事もなく歩いていた。


地面に落ちた魔石を拾い上げた竜は、何も言わずに宵から背を向けた。


「あ、あの…!どうして…」


「…散歩してたら…たまたまアンタが襲われてた。それだけ」


「本当ですか?」


「…散歩っていうのは嘘。魔物の気配がしたから来たらアンタがいた」


余り変わらないような気がするが、経緯が少し違ったらしい。


「…大丈夫?」


「えっ」


「…手、震えてるから」


竜に言われて初めて気がついた。焦りと恐怖で震えている手を見下ろし、ふぅ、と息を吐いた。それでも治まる様子はない。


「じきに治まると思います…ありがとうございます」


それでは、と去ろうとする宵の腕を引き、竜は宵の頭を優しく撫でた。


「頑張ったな…それだけは褒めてやるよ…」


何故そんなに上から目線なのか。いや、上司なのだから上からで構わないのだが…。妙に安心する竜の手に目を細める。


「そういや…質問に答えてなかったな」


「え?」


「たしかに俺は…隊長の中では一番弱い。だからこそ相手は油断してくれる。その油断を利用して…俺は魔物を狩る。


実力が足りないのなら頭脳で。頭脳が足りないのなら…情報を集め、相手の弱点を掴む。真っ向勝負なんてごめんだ。

自分が負けると分かってる勝負をして死ぬのは嫌だしね」


「……じゃあ…あの二つ名は…」


「さぁ?気にしてねぇし。むしろ…余計に相手が油断してくれるから…願ったり叶ったりなんじゃね?」


ニッ、と笑ってみせる竜。気怠そうな表情からは見られないような、年相応な、いたずらっ子のような、そんな笑みだった。


「…変なの…」


「いいんだよ。俺が良ければ。ほら、帰るんだろ?途中まで送ってやるよ」


「!いいんですか?」


「ここで見捨てたら卯月に呪われる」


冗談めかして言う竜の隣を歩く。慣れない感覚に戸惑いながらも、宵はその一時に頬を緩ませた。




そして半年後。宵は竜に告白され、恋人になり、同時に添人になったのだ。


必然的に美里の隊から離れ、竜の傍に控えるようになった。


初めの頃は違和感があってそわそわしていたが、今となってはそれが普通だ。竜と出会って二年経っても、二人は変わる事なく日々を過ごしている。


竜も変わらず"逃げの弥生"の名で通っている。それでも宵は知っている。



彼は弱くない。確かなる強さを持っている、と。

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