第71話
その後は総隊長の挨拶、各隊長の紹介と挨拶、目標や仕事内容を大まかに説明され、自由時間となった。
ここで食事をとったり、自身の隊の隊長や隊員と親睦を深めたり、あるいは帰宅しようと各々の自由だ。
宵はまた、適当にホール内を歩く。飲み物が置かれたテーブルから、珈琲を取り、そのまま口に運んだ。
挽きたてのような心地よい香りとともに、身体にしみ渡るような後味が残る。
「美味しい…」
「珈琲好きなの?」
ふと、呟いた宵の後ろから声がした。あどけない少女のような、少し舌っ足らずな印象のある声だ。
振り返るとそこには宵の上司にあたる四番隊隊長・卯月美里が、犬のぬいぐるみを抱きしめて立っていた。思わぬ質問者に目を見開き、慌ててカップをテーブルに置いて頭を下げる。
「た、隊長…!は、初めまして…私は───」
「夏木宵ちゃん。…よね?」
被せるようにして名を言い、確認するかのように首を傾げた。
「は、はい!」
「良かった。これからよろしくね?」
「はい!よろしくお願いします!」
(なんとか大丈夫かな…)
別段、職場に心配事を覚えていた訳ではない。ただ、美里とは同年代という事もあってか、妙に打ち解けられた気がした。敬語もいらないと言われたのもあるだろう。
「そうだ宵ちゃん。みりの隊は魔石の扱いに長けてるから、三番隊と合同で任務についたりするわ 」
「三番隊…」
「なんなら弥生さんともお話してみたらどうかしら?みりは他の人の所にも行かなくちゃ」
「分かったわ。ありがとう」
美里の背を見送り、三番隊の隊長を探す。たしか、先程ずっと眠そうにしていた青年だ。
(あ、いた)
遠くに一人で立っている青年を見つける。先程と変わらず眠そうに欠伸をしていて、誰かと話している様子でもなかった。
話しかけようと歩み寄ると、近くにいた新入隊員と思わしき男性の話し声が聞こえてきた。
「あの人だよな、三番隊隊長」
「あぁ〜有名だよな。"逃げの弥生"って二つ名ついてるし」
「そんなんでよく隊長やってられるよな〜。俺らより弱いんじゃね?」
「言えてる…くくっ」
「………貴方達!」
我慢ならなかった。人目を気にする事なく、宵は男性二人に詰め寄った。
「仮にも上司にあたる人でしょう?そんな悪態ついて恥ずかしくないんですか!?」
「なっ!俺達はただ」
「はいストップストップ」
宵と男性を割るようにして、空が介入した。鋭い切れ長の目で両者を見下ろす。
「元気なのはいい事だけど、場所を弁えようか。この子の言う通り、弥生は君達の上司だ。わざわざ聞こえるように言うのはどうかと思うね」
「す、すみません…」
君も、と空は宵に視線を向けた。
「注意をしたのは正しい事だけど、もう少し言い方を考えなさい」
「…すみません…」
宵自身としては、間違った事をしたという気は全くもってないのだが、空は魔物殲滅隊において二番目に偉い人物だ。
それに、反発しても所詮は子どもの戯言として受け取られる。素直に謝罪するしかなかった。
「うん。それじゃ、引き続き楽しんでね」
気まずい空気の中楽しめるはずがないだろう。宵は男性から視線をそらし、そのまま青年の姿を探す。
しかし、先程までいた場所にはもう姿はなかった。
(嘘…どこ行ったの!?)
慌てて姿を探す。青年は出入口付近を歩いていた。今度は姿を見失わないように、しっかりと捉えながら早歩きで青年を追う。
しかし青年の歩幅と宵の歩幅では到底追いつく事が出来ず、段々と苛立ちが湧き上がってくる。宵が出入口に着く頃には、青年は廊下に出てしまっていた。
(もう…早くない!?)
廊下に出てしまえば人はいない。宵は走って青年を追った。
「待ってください!」
大声で声をかけるが、青年が立ち止まる様子はない。絶対に聞こえてるはずなのに。
宵は苛立ちのあまり目を引き攣らせて、青年の肩を掴んだ。
「待ってくださいってば!!」
「…………?」
気怠そうに振り返った青年の目には、何も映っていなかった。その様子が宵には気に食わなかった。
先程まで、自身の目の前で悪口を言われていたのに。微塵も気にしていない風にしている青年に、心底腹が立った。
だから、咄嗟に口に出してしまったのだ。




