第69話
文化祭の翌週。
昼は転校という形で月下高校から姿を消した。クラスの中心的存在だっただけに、初めは皆落ち着きがなかったが、やがて今まで通りの日常がやってきたのだった。
それでも、友人が消えたのだ。大切な親友と思っていた魔物が。
陽羽の気分は晴れる事なく、ただぼんやりと時間だけが過ぎていく。
昼休み。いつもなら昼と共に食べていた昼食を、中庭の木陰にあるベンチに座り一人で食べる。昼に教えて貰った、比較的人が来ない場所だった。
「………」
静かな空気の中、サンドイッチを頬張る。
(長月君誘えばよかった…)
ふと、足音が聞こえ、誰かが陽羽の隣に腰を下ろした。
驚いて顔を向けると、悠月がにこにこしながら弁当箱を開けていた。
「…町田君…」
「やっほー師走さん。お昼一緒に食おうぜ」
陽羽の返事は聞かずに、そのまま食べ始めてしまう。けれど、今はその明るさが助かっていたのも事実。
悠月を横目で見た後、再びサンドイッチを口に運んだ。
「…師走さんはさ。正しい事をしたと思うよ」
なんの脈絡もなく、悠月はそう言った。意味が分からず、陽羽は首を傾げた。
「遅かれ早かれ、バレると思ってたし…」
「待って…町田君…。どういう事?」
疑問が陽羽の中を埋め尽くす。と、同時に嫌な予感が頭を過る。
悠月は陽羽を横目で見て答えた。
「俺が魔物だって言ったら…師走さんはどうする?」
「………」
一瞬、頭が真っ白になる。時が止まったような、呼吸も忘れて悠月を見つめる。やがて、悠月は頬を緩めた。
「…ごめん。冗談」
「…え…?」
「配慮が足りてなかった…ごめん。俺は魔物だけど魔物じゃないよ」
「じゃあ町田君は…魔人…?」
「…この際だから言うよ。俺はね…魔人と魔物のハーフなんだ」
驚きに満ちる。陽羽が目を見開いて息を飲むと、悠月は自嘲気味に笑った。
「おかしな話でしょ?」
「でもどうして私に…」
魔人なら魔物殲滅隊の事は知っているだろう。だが、悠月は陽羽に言ってきた。
陽羽が殲滅隊に所属しているとは言っていないし、ましてや魔人である事も添人である事も口外していない。
「真剣に聞いてくれると思ったからだよ。…文化祭の日…。見てたんだ。長月が殲滅隊の人ってのは知ってし…宮下が魔物って事も知ってた。
黙ってるのは良くないと思ってたけど…宮下は特殊だったんだ」
悠月曰く、昼は二世との事。
昼がこの世に生を受ける前、両親がこの世界にやってきた。
その後、昼の両親は死に、取り残された昼は魔界に戻る事も許されず、また人間界にいる事も許されない存在となってしまった。
「…どうして魔界に帰らなかったの…」
「…帰らなかったんじゃない…帰れないんだ」
「え…?」
「本とかであるでしょ?悪魔召喚とか…。宮下の親が召喚されて…人間界で宮下は生まれた。アイツの居場所なんて…どこにも無かったんだよ…」
まるで自分の事のように語り、表情を曇らせる悠月。
「…ねぇ…町田君…。どうしてそんなに詳しいの?」
「…こっちの世界にいる魔物にはね…会合みたいなものがあるんだよ。不定期だけど集まって…それぞれの狩場の把握とか、逆に始末する魔物を連絡し合ったり…俺も半分は魔物だから、参加させられる」
「…町田君は…私にどうして欲しいの?」
陽羽の問いに悠月は黙り込むしかなかった。やがて、俯きがちに声を震わせた。
「…宮下の事…嫌いにならないであげて…!」
「………!」
「悪い奴じゃないんだ!文化祭の日に長月と師走さんを襲ったのだって─」
「─なんて…」
悠月の言葉を遮り、陽羽は立ち上がった。その目には薄らと涙が浮かんでいた。悠月の視線が痛い。
「嫌いになんて…なれないよ…。友達…だったもん…大事な…親友だったから……!」
ぽろぽろと雫が頬に伝っていく。悠月も慌てて立ち上がり、陽羽の背をさする。
「…ごめんなさい…泣くつもりは…」
「…いいと思うよ…。宮下はね…師走さんや長月、葉月の事…友達だって言ってたよ…。心の拠り所だって」
悠月から告げられた昼の心意に、更に涙が溢れてくる。昼休みを終えるチャイムの音が鳴るも、教室に戻る気にはなれなかった。
それは悠月も同様らしく、泣き止んだ陽羽と並んでベンチに腰を下ろす。
「…ありがとう…町田君…」
「…俺は何も。…てか、俺も殺されんのかな…半分とはいえ魔物だし…」
答えが分からず首を傾げていると、後ろから誰かの気配がした。振り返ると、幸雄がそこに立っていた。
彼もまた、現状を受け入れきれていないのだろう。その表情はどこか曇っているようだった。
「長月君…!」
「…心配いらない、町田。俺が何とかする」
陽羽も思わず頬を緩めた。
「良かったね…町田君」
「長月…ありがとう…」
それと、と幸雄は気恥ずかしそうに視線を逸らしながら、呟くように言った。
「俺も…町田や宮下の事は友達だと…思ってるから…」
「!」
陽羽と悠月は顔を見合わせて、ふっ、と笑った。
敵だとしても。昼は確かに、陽羽達の良き友人であった。その事実に変わりはない。




