第59話
ナハトを倒してから二週間程経っただろうか。
身体中に付けられた切り傷も薄くなり、痛みも無くなっていた。
凛子はまだ安静にしておかなくてはならず、まだ治るのに一ヵ月かかるという。
ふと、窓の外に目を向けると、もみじの葉が窓に張り付いていた。
(もう秋か…)
この屋敷へ来たのは梅雨頃だった。まだ半年経っていないとはいえ、もう随分長く屋敷にいるように感じられた。
「そういえば…もうすぐ文化祭ね…楽しみ…」
自然と頬が緩む。目の前にいる幸雄は、晴れない表情のまま頷いた。
「そうだな」
「うちのクラスは飲み物専門店するんだよね?」
「あぁ。くじで決まったらしいな」
「…長月君は…楽しみ?」
陽羽がそう聞くと、幸雄はしばらくしてから頷いた。
「…本当に?」
「………」
幸雄は目を細めて、陽羽から視線を逸らした。
「…実を言うと…。想像がつかない」
「…そっか。きっと楽しいよ」
そうだ、と陽羽は幸雄を見つめる。
「文化祭、一緒にまわらない?」
「…いいのか?」
「うん…!勿論!」
微笑みかけると、幸雄はまたもや目を逸らし小さく頷いた。
(まただ…)
最近、幸雄と目が合わない事が多い。それが避けられているように感じられて、陽羽は少しだけ眉根を寄せた。
それに今日は金曜日。魔力の譲渡の日だ。昼過ぎ頃からずっと一緒にいるが、その話題は一切出ていない。
思い切って陽羽は口を開いた。
「あの、長月君。魔力を…」
幸雄がハッ、と肩を揺らす。まるで、その話題を避けていたかったのように。
渋々頷き、幸雄は立ち上がった。
「分かった…」
「う、うん…」
陽羽がそっと目を閉じる。
幸雄は一瞬躊躇ってから唇を重ねた。
とりあえず魔力を受け取る事に専念するが、終わっても何故か離したくないと思ってしまう。名残惜しそうに唇を離すと、陽羽がゆっくりと目を開ける。
「…ん…」
「………」
赤く染った頬。少し潤んだ目。幸雄は陽羽の腕を掴み、一歩詰め寄った。
「ど、どうしたの…?」
「…えっ、と…」
腕を掴む手に力がこもる。
「…魔力、足りない?」
「え……」
「まだ大丈夫だよ…?…はい」
再び陽羽が目を閉じる。
「………」
人差し指の腹でそっと唇に触れる。幸雄の予想外の行動に、陽羽は驚いて目を開けた。
「な、長月君…っ!」
先程と違い強引に顔を上げられ、唇を押し付けられる。
「んん…っ…!」
思わず一歩後ずさると幸雄も一歩近付く。それを繰り返していると、陽羽の膝裏がベッドに当たり、体制を崩してしまう。ベッドに倒れ込んでも幸雄は唇を離さず、陽羽の手に自身の手を絡めた。
(息…苦しっ…)
陽羽は薄らと口を開いた。その瞬間、口の中に何かが入ってくる。お互いの息がお互いの顔にかかる。
いつもはそれが恥ずかしくて息を止めていた陽羽だが、動揺のあまり忘れていた。
「んっ…な、が…」
名前を呼ぼうとするも、舌も絡められて上手く喋れない。
だんだんと頭がぼんやりとして、目に涙が浮かぶ。やっと離された時には、陽羽も幸雄も息があがっていた。
「はぁ…、っあ、陽羽…」
「…う、うん…?」
幸雄は慌てて身体を離し、口元を抑えた。その目には陽羽と同じ動揺が映っていて、視線を忙しなく彷徨わせた。
「あっ…その…ご、ごめん」
「え?あ…うん…大丈夫だよ…?」
幸雄は目を見開いて、逃げるように部屋を出た。
「な、長月君…!?」
陽羽も慌てて後を追い扉を開けたが、すでに幸雄の姿はそこにはなかった。
「………」
陽羽は自身の唇にそっと触れる。
「…魔力…足りなかったのかな…」
口ではそう呟きつつ、幸雄の視線が忘れられず頬を赤らめた。鼓動も早くなる。
一度深呼吸した後、幸雄の後を追って屋敷を出たのだった。




