第51話
凛子、星夜の元を去った海は急ぎ足で空の部屋へと向かった。
無人の空の部屋に勝手に入り、部屋の隅に置かれているソファーに向かってまっすぐに歩いていく。
そしてどっかりと腰かけて、腕を組みながら深いため息をついた。
「………」
「君ねぇ…勝手に部屋に入らないでよ…」
部屋の主が帰ってきたのを確認してから、海は呟いた。
「…眩しすぎて目が潰れるかと思った」
「青春を謳歌するピュアカップルの光は、僕達アラフォーにはキツイよね」
海の隣に腰を下ろして、空は足をだらん、と伸ばした。
「東間君いい子だったね」
「…あの言葉は本音だった。驚いたな…」
「君、無表情の割に感情豊かだよね」
ふふっ、とからかうようにして笑う空を軽く睨んだ後、海は目を伏せた。
「東間星夜、といったか…。アイツになら、葉月をくれてやってもいいかもな」
「君は葉月ちゃんのお父さんか何かかな?」
あながち星夜の感じた雰囲気は間違いではなかったらしい。
あ、と空は何かを思い出したのか、散らばった机の上から一つの封筒を取り出した。中身を確認してからそれを海に手渡す。
「これ。頼まれてたものね」
「あぁ」
封筒の中からクリップで止められている紙の束を取り出す。無言でその紙を見つめた後、海は眉をぴくりと動かした。
「間違いないのか」
「うん…苗字も一致、面影もある。加えて…透明の魔石持ち。これだけでも…もう確定でしょ」
空は眼鏡を押し上げて言った。
「霜月にも確認はとってある。…ねぇ、海君」
「…なんだ?」
「これは陸ちゃんから聞いた情報なんだけどさ…。魔界で今、現王が妃を探してるって噂が絶えないそうなんだけど」
海は紙の束を封筒にしまい、無言で立ち上がった。その目には薄暗い影が宿っているようにも見える。
「それとあの娘が…関係があるのか?」
海の質問に、空は眉を下げて笑った。
「さぁ?僕にも分かんないや。でも…現王にバレたら…狙われるのは確実…」
「………。こちらでも調査を進める。ここは任せたぞ」
「任せてよ」
互いに頷き合う。
海はこれから本部へ戻るため、書類をまとめて空の部屋を出ようと扉を開いた。
と、空の部屋の前に陽羽が立っていた。
「あ、夜鳥さん…こんにちは」
「あぁ…。…おい娘」
海は何かを言いかけて、言い淀んだ。陽羽は海の言葉を待って首を傾げた。
しばしの無言が続いた後、空が横から口を開いた。
「陽羽ちゃん。僕と海君、何歳に見える?」
「えっ?」
「お前っ…」
ギロッと空を睨むが、空は笑顔のまま真剣に考え込む陽羽の見つめる。
「うーん…夜鳥さんが年上…ですよね?」
「残念。僕が四十歳で、海君は三十七歳だよ」
「…えっ!?四季さん四十…!?」
実年齢より若く見える空を驚きの表情で見つめる陽羽。
それを見て可笑しそうに笑う空に背を押されて、海は仕方なく歩みを進めた。
「それじゃあね〜」
「お、お疲れ様です…!」
陽羽の姿が見えなくなってから、空はやれやれとため息をついた。
「海君…何言おうとした?」
「…何も」
「…少なくとも、あの子を不安にさせるような事は言わないであげて」
消え入るような声で空は言った。海は空を見下ろして口を開いた。
「─────」
海の言った言葉に、空はハッと肩を震わして目を見開いた。その様子を見た海は力強く言った。
「…分かった。だが…あの娘に宇宙を重ねているのなら、すぐにやめろ」
じゃあな、と言い残して足早に去って行ってしまう。空はその場に立ち尽くしたまま、苦しげに眉根を寄せていた。




