第50話
夏季休暇中頃のある日。星夜は凛子に連れられ、屋敷を訪れていた。
星夜の住む高級マンションとはまた違う高級感に、星夜は驚嘆した。
「わぁ〜ホテルみたい…」
「基本的に一般人は入れないんだけど…四季さんに許可は取ってるから」
今日、一般人である星夜が屋敷を訪れたのには、単に凛子の部屋に行きたいとか、そんな理由ではない。
星夜の身体に異変が起きたのだ。
星夜は生きてこのかた、魔物の存在など全く知らなかったし、興味もなかった。しかし、最近になって、靄のようなものが見えるようになってきたのだ。
星夜が感じている靄とは、いわば魔物から漏れ出した魔力の事なのだが、星夜は当然それを知らない。よって詳しく説明を受けるため、屋敷に訪れたのだ。
赤い絨毯が敷かれた玄関ホールを歩いていると、丁度向かい側から空が歩いてきた。隣には海もいる。
星夜は二人と目が合った瞬間に礼儀正しいお辞儀をした。
「やぁ。君が東間君?」
「はい。こんにちは」
「こっちが四季空さん。こちらは私の上司の夜鳥海さん」
凛子が紹介し、空と海は軽く会釈する。
リビングへ移動し、それぞれの前に紅茶が置かれた所で話は始まった。
「魔物やらの説明は葉月ちゃんに聞いてると思うから、君の体質が変化した事についてだけ説明するね」
「は、はい…」
しかし、空はいつまで経っても口を開かない。何かを言うのを口篭っているようだ。
「小僧。貴様、葉月と寝たのか?」
突然、海が発した言葉はそれだった。星夜は呆気にとられ、凛子は顔を赤くして立ち上がった。
「ちょぉっ!?夜鳥さん!?」
「座れ葉月。俺はコイツに聞いている」
「………」
まるで彼女の父親に『娘さんをください』というシチュエーションに至極似ている。海からの圧をひしひしと感じながら、星夜はゆっくり頷いた。
「答えは分かったぞ。説明してやれ、空」
「君ねぇ…思春期終わりとはいえ…未成年の子達に…」
空は呆れながら眼鏡をクイッと押し上げた。
「魔力はね、童貞処女を失うと変質すると言われているんだ。東間君の場合、幾度かによる粘膜接触で…葉月ちゃんの魔力が移ったのかもしれないね」
「な、なるほど…」
星夜にとって、内容は顔を覆いたくなる程恥ずかしいものだったが、一応は真剣な話だ。
「日常生活に支障はないと思うけど──」
おい、と空の言葉を遮って海は立ち上がり、星夜の隣に立つ。そして腕を掴んだ。
「どうする?今の段階でなら、魔力を取り除く事が出来るが」
星夜はしばらく悩み、海の目を見つめた。
「でもそれって…凛ちゃんと関わるな、って事ですよね?」
「!」
凛子の目が開かれる。海はふっ、と口の端をあげる。
「物分りがいいじゃないか。魔力を持っていれば、魔物に狙われる可能性は格段に上がる。命に比べれば軽いものだろう?女一人捨てるくらい」
「……っ…」
星夜は今にも殴り掛かりそうになったが、ぐっと堪えて海を睨み付けた。
「僕は…凛ちゃんに話を聞いた時から覚悟を決めています。逃げも隠れもしない。僕は凛ちゃんに添い遂げると決めた…!!」
そこまで聞くと、海は星夜から手を離した。
「…そうか。葉月」
「は、はい…」
海はふっ、と口の端を上げた。
「いい男じゃないか。大切にしろ」
「…は、はぃっ…!」
凛子の返事を聞いて、海は背を向けて去っていった。凛子ははぁ、と大きく息を吐いて机に突っ伏した。
「無理ぃやっぱ夜鳥さんの前だと緊張する…」
「二人共お疲れ様〜」
東間君、と空は星夜に呼びかけて、丸眼鏡越しに切れ長の目を細めた。
「葉月ちゃんの事、よろしくね」
「…勿論です」
空も部屋を出た海の後を追う。星夜が一息つくと、凛子が腕にしがみついてきた。
「凛ちゃん…?」
「…ありがと…嬉しかった…」
星夜の顔は見ようとしなかった。はたまた自身の顔を隠しているのか。星夜にとってはどちらでも良かった。
「…でも、あれで良かったのかな…」
「…夜鳥さんが褒める事って滅多にないんだよ?星夜君、凄いね…」
凛子の言葉を聞いて星夜はほっとため息をついた。
「さっきも言ったけど…僕は…何があっても凛ちゃんの隣にいるから」
「…!」
俯く凛子の頬に手を添え、星夜はにっこりと微笑んだ。




