第43話
しかしその瞬間、空に後ろから腕を引っぱられた。
「空さん…!」
「…分かったよ…。援護、頼むよ」
「え…?」
空はズボンのポケットから水色の魔石を取り出した。
空の魔力が流し込まれ、魔石が光に包まれると、それは槍に変化した。
「四季さん…」
「うん?…戦えないとは言ってないでしょ?僕はビビりなだけだよ」
行くよ、と空は地を蹴った。
陽羽も慌ててポケットからいくつかの魔石を魔物目掛けて投げつけた。
魔力を凝縮させると、魔石から煙が巻き起こった。
「何っ!?」
魔物が扇子を振るうと、煙が割れたように晴れていく。
しかしすでに空は魔物の懐に入り込んでおり、槍を魔物目掛けて突き出す。
キィンッという音と共に、空の槍が弾かれる。魔物の前には白い壁のような物が浮かんでいた。
空は構わず、槍を振るい一撃必殺を狙う。
「目障りな…!!」
魔物が鉄扇を振るうと、竜巻のような風が巻き起こる。シュシュッと空の腕を風の斬撃が掠めた。
一瞬訪れる痛みに顔を顰めたが、槍を握り直して前に出る。
タイミングを見計らって陽羽は煙幕や攻撃の魔石を発動させる。
やがて突き出された槍が魔物の頬を掠める。
「わっ…わたくしの…わたくしの顔がっ…顔に傷がっっ!」
悲鳴にも似た上擦った声で、魔物は怒りを露わにする。
「おのれ…よくも…妾の顔にっ!!」
陽羽が発動させた煙幕を鉄扇で振り払うが、そこに空の姿はなく、肉の抉れる音と共に魔物の胸から大量の血が吹き出した。
「は、ぁあっ…!?」
魔物は呆気に取られたような表情で空を見上げる。そして、はっとして唇を震わせた。
「お主は…っ、」
「じゃあね」
容赦なく槍を引き抜く。バシュッ、と血が飛び散り、魔物の姿が消え白い魔石が落ちていた。
空はそれを回収しながら陽羽に駆け寄った。
「お疲れ様。魔石の扱い上手くなってて驚いたよ」
「いえ…まだまだです…」
それぞれ魔石をしまい、虹乃の歩み寄った。
腰が抜けているらしく、その場に座り込んで呆然と陽羽を見上げていた。
「大丈夫?怪我とか…」
「何…なんで…」
訳が分からない、といった風で虹乃は呟く。
「なんで助けたのよ!見捨てればよかったじゃん…」
今にも泣きそうな声で虹乃は俯いた。振られてプライドを傷付けられた、という理由で添人になるとまで言い出す虹乃だ。
助けられた。
それも若干の嫉妬心を抱いている陽羽にだ。
「ほんと…最悪…」
「…私…春原さんに恨みとかないもの…見捨てる理由なんて無いよ…」
虹乃は俯いたまま震える足で立ち上がり、踵を返した。
「…ありがと…、ごめんね…。もう…関わらないから」
「………」
追う事はせず、ただ黙ってその背を見つめる。それは空も同様だった。
「…陽羽ちゃん…」
「…春原さんは…長月君の事、好きだったんでしょうか?」
陽羽の問いに空は目を見開いた。しばらく考えてから、陽羽の頭に手を置く。
「さぁね。でも彼女は…君に嫉妬してたんじゃないかな」
「嫉妬?」
空は優しく眉を下げた。
「……きっと…ね」
覚束無い足取りで、虹乃は何とか家に辿り着く。自室に入り、荷物を適当にその場に放り、ベッドに倒れ込んだ。
「はぁ…みっともないじゃん…私」
別段。幸雄の事が好きな訳ではなかった。それは今も二年前も同じだ。
ただ、少し苛立っただけだった。
自身の前では見せなかった、幸雄の笑み。陽羽の前での幸雄は、自分の知らない表情をしていた。それがなんとなく、苛立った。
(くだらなさすぎて笑える…)
自嘲気味に虹乃は口の端を上げる。
「…っていうか…長月の添人って事はキスしてるんだ…」
(私には無理だ…)
プライドを傷付けられても、好きでもない人とキスは出来ない。
そう思っていたから虹乃は、幸雄の添人になるのを拒否した。虹乃はそれが嘘だという事を知らないが、陽羽に尊敬の意さえ抱いてしまう。
嫉妬、尊敬、羨み…込み上げてくる感情を飲み込むように、虹乃は目を閉じた。
同時に今後関わる事のない、二人を思い浮かべながら。




