第4話
街を並んで歩き、少女の家へ向かう。平日のためか人も少なく、比較的静かだった。
途中、別段何かを話すわけでもなかった。しかし少年は少女の歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれたり、車道側を歩いてくれたりと、細かい気遣いをしてくれた。
ここまでしてくれた人に名前も教えないのは失礼か、と少女は静かな雰囲気の中口を開いた。
「あの…お名前をお伺いしてもいいですか?私は師走陽羽といいます」
「長月幸雄だ」
「長月さん…」
簡単な自己紹介を済ませた頃に辺りを見渡すと、住宅街に入っていた。その後もやはり話す事はなく、やがて、『師走』と表札がかけられた黒い屋根の家に辿り着く。
(デカい家だな…)
予想していたよりも外観は大きく、少しだけ驚いた。
陽羽は一度深呼吸をしてインターホンを押した。中からはーい、と女性の声がしてドアが開けられる。
「あ、おばさん…」
「あら陽羽ちゃん。帰ってきたの」
叔母の声色は心底気だるそうで、ため息混じりに呟く。そして幸雄を見て目を細めた。
「あぁ…彼氏の家に泊めてもらってたの?」
「か、彼氏…!?違います…!」
陽羽は手を振って否定するが、叔母はふーんと興味なさげに頷いた。
「何の用?」
叔母は腕を組んで首を傾げる。
「えっ…と…あの、やっぱり私…一人暮らしはまだ…」
「何を言ってるの?」
「え…?」
やれやれ、と肩を竦め、ポケットから煙草を取り出し、火を付けた。
「もう高校生でしょう?なら一人暮らし位出来るでしょ?」
「…で、でも…元々はここ、私の家で…」
「そんな事言われても、もうアンタの荷物も処分しちゃったわよ」
「えっ…!?」
訳が分からず陽羽は腕をがくん、と下ろした。足の力も抜けそうになって、その場に崩れそうになる程の喫驚が頭を埋め尽くす。
そんな陽羽の様子を知ってか知らずか、叔母はふぅ、と煙を吐いた。
「一週間も帰ってこないんだから当然でしょ?用はそれだけ?なら帰ってちょうだい」
「待て」
ドアを閉めかけた叔母に、今まで黙っていた幸雄が、前のめりになって呼び止める。
「何よ」
叔母の声には苛立ちがこもっていた。それに怯む事なく、幸雄は玄関の柵に手をかける。
「この子は貴方の姪なんだろう?それも、先に面倒を見ると言ったのはそちらだと聞いた。矛盾していると思うが」
おもむろにふぅ、と煙を吐き、叔母は冷笑を漏らす。
「元からアンタの面倒を見る気なんてなかったのよ。私らの家よりもこっちの方が広いし…何で姉さんの子の世話をしなくちゃいけないのよ。
それに…騙される方が悪いのよ」
煙草の火を消し、叔母は扉を勢いよく閉めた。二人は呆気に取られて、閉められた扉を見つめていた。
やっとの思いで陽羽は歩きだそうとしたが、ふらついて足を縺れさせた。
「あっ…」
「!」
倒れそうになった陽羽の身体を支え、幸雄は陽羽の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か…?」
「あはは…足の力抜けちゃって…。…馬鹿みたいですね…私」
幸雄から身体を離し、背を向けて街に向かって歩き出した。その後ろ姿は、幸雄と初めて会った時のように力無く、小さく見えた。
「どこへ行くんだ?」
陽羽の腕を引き、歩みを止めさした。陽羽は少し悩んで息を吐いた。
「とりあえず…ホテルを探します。それでアパート探して…バイトも探します」
「探してばっかりじゃないか。学校は?」
「えっと…」
「金はあるのか?」
「…うーん…」
「…生きていけるのか?」
幸雄の質問に陽羽は黙って俯くしか出来なかった。唇をきゅっ、と結んで幸雄から視線を逸らした。
生きていけるか、と問われて頷けるはずがない。世の中の理不尽等、今さっき経験したばかりだ。叔母に家を追い出されて心打たれている陽羽に、一人で生きていけるなど誰が思うだろうか。
そんな事は陽羽自身が一番よく分かっていた。だからこそ何も言えなかったし、虚勢を張る事もしなかった。
「………」
「……すまない。とりあえず喫茶店かどこかに行こう。お腹も空いているだろう?」
「………」
気遣うような幸男の声に小さく頷いて、二人はまた並んで歩き始めた。
一度だけ、陽羽は自分の家"だった"場所を振り返った。
少し前まで、この家で自分と、両親と暮らしていた。
少し前まで、ここで寝て、起きて、食事をしていた。
少し前まで、ここで当たり前の、ごく普通の、幸せな生活を送っていた。
目に焼き付けるように家を見つめてから、背を向けた。
幸雄と陽羽は住宅街と繁華街のちょうど間にある喫茶店に入った。
陽羽は何日も食べていない事もあって、ポタージュスープを注文した。幸雄は何も頼まず、運ばれてきたお冷を飲むだけだった。
「私だけすみません…」
「いや、単に腹が減ってないだけだから。気にするな」
自分だけ食べるのは気が引けるが、空腹には勝てず、運ばれてきたポタージュスープをゆっくりと口にする。温かいスープが陽羽の不安と緊張を少しだが解していく。
ほっ、と息をついた様子を見て、幸雄も安心したように目を細めた。
「…ご馳走様でした…美味しかった」
「良かったな」
会計を済ませ、二人はなんとなく繁華街を歩いた。その間、会話は一切なく気まずい空気が流れるだけだった。




