第35話
「!!」
鞄をその場に投げ捨て、凛子は壁を軽々と乗り越えた。地面に着地すると、凛子の足元が赤くなっていた。
「これは…血…?」
血の跡は奥の方へ続いていた。凛子は駆け足で血の跡を追い、人の影を見つける。
尖った耳を持った少年が、今にも剣を振り下ろそうとしている。
ブレザーのポケットから黄緑色の魔石を取り出す。魔力を流し込み、鎌に変形させる。
「やぁあっ!!」
鎌を振り下ろすと魔物は青い靄となって消えた。しかし、その場に魔石は落ちてなかったので、姿を消しただけらしい。
しばらく目を閉じて気配を探る。しかしそれらしい気配は無く、凛子は目を開けた。
「もう大丈夫!だから安心して?」
そう言って手を差し伸べてからハッとする。腕や足を斬られたのは、昼間凛子と目が合い、話しかけてきた男子生徒だった。
男子生徒は凛子を見上げたまま、呆然として呟いた。
「助かった…の?」
「…助けに来ました!」
凛子がそう言うと、男子生徒ははぁ、と長く息を吐いた。緊張した状態が続いていたらしく、目元にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「怖かったぁ…いきなり腕や足が切れて…血が出て…死ぬのかなって…」
男子生徒の震える手を、凛子は包み込むようにして握った。
「大丈夫です。もう怖いものは去りましたよ」
「………」
「立てますか?」
「う、うん…」
男子生徒から手を離し、先に立ち上がる。男子生徒は上手く足に力が入らないのか、ふらつきながら立ち上がった。
「あ、もしかしてあの携帯電話…」
「え?あ…」
凛子が呟くと、男子生徒がズボンのポケットを探る。
「青いガラケー?だとしたら僕のだね…」
「そうですか…あっ、鞄!」
道に捨ててきた事を思い出し、凛子はさっと顔を青くする。
中には本日帰ってきたテスト(ちょっと低かった)が入っている。それに貴重品もだ。
凛子は男子生徒の手を引いて歩き始めた。
「…ねぇ、どうしてここが分かったの?」
道中、男子生徒は疑問を口にした。凛子は立ち止まって、男子生徒に向き直り微笑んだ。
「助けて、って言ったでしょ?だから走ってきたの」
「…そっか…。僕、東間星夜。君の名前を教えて?」
「葉月凛子!よろしくお願いします!」
「敬語じゃなくていいよ。助けてくれてありがとう」
再び壁を越え、凛子はその場に落ちていた鞄から星夜の携帯を取り出す。
「はい。その…中見ちゃって…」
「いいよ。猫の写真ばっかりでしょ?」
「可愛いなぁって。飼ってるの?」
「まぁね」
星夜の家は近くにあるらしく、学校帰りに襲われたらしい。手当てをするべく、凛子は星夜と共に星夜の家に向かった。
星夜の家、というのは凛子でも知る高級マンションだった。見上げると首が痛い。
星夜の部屋は丁度真ん中の辺りらしく、エレベーターに乗って移動する。
玄関に入ると誰の靴もなく、両親は仕事だと星夜は言った。
「あ、東間先輩のご両親ってどんなお仕事を…?」
「ペット用品の会社の社長と秘書らしいよ」
携帯の待ち受けに設定されていた猫と同じ猫を撫でながら、星夜はさらりと興味なさげに言った。
凛子は驚いてはぁ、とため息を漏らすしかなかった。
リビングに通してもらい、救急箱を借りて手当てをし始める。特に出血が酷かった腕と足首に包帯を巻いて、凛子はよし、と救急箱の蓋を閉めた。
「ありがとう」
「いえ!それで、詳しいお話を」
聞きたいんだけど、と凛子が言おうとした瞬間、星夜は凛子の腕を掴んで、軽く引き寄せた。
「わっ、な…何?」
「…好きです。僕と付き合って下さい…」
すぅ、と凛子の大きな目が見開かれていく。まるで時間が止まったかのように、長い時間黙り込んでいたと思う。
ぼっ、と顔が一気に熱くなった。
「ぅえぇっ!?そ、その…まだ出会ってちょっとしか経ってないっていうか…」
「それでも!僕は…君が誰かのものになるのは嫌だ…」
ぎゅっ、と凛子の腕を縋るように強く握る。身体的な痛みは感じなかったものの、心が強く痛んだ。
星夜の告白は凛子にとって純粋に嬉しかった。けれども、凛子は異人で星夜は魔力を持たない一般人だ。
今回、星夜が魔物に狙われたのは偶然かもしれないが、万一、凛子に恨みを持った魔物がいたらどうだろう。星夜は格好の餌食となってしまう事は明白だ。
「…東間先輩…聞いて」
凛子は星夜に全てを話した。魔物の存在。自分は異人で、他人の魔力に縋らないと生きていけない事。
「…それでも…僕は君の傍にいたい…」
「でも…!」
「いいよ。その代わり、約束して」
星夜は右手の小指を凛子に差し出す。
「僕が魔物に襲われたら…君が今日みたいに助けに来て。僕は…君が困ったり、苦しんだりしたら助けるって約束する」
「…東間先輩…」
凛子は戸惑ったが、そっと星夜の小指に、自身の小指を絡めた。
「よろしくお願いします…」
「こちらこそ」
凛子と星夜。異人と一般人。
凛子は魔物と戦い、常に死と隣り合わせ。
星夜は平和な日を生き、自身には見えない敵と戦う凛子を支える。
互いに互いを守ると誓い、二人は今日も生を共にする。




