第34話
陽羽が屋敷に来る半年程前。
一年も終わりに差し掛かった頃。体育の授業の終わりに凛子と幸雄は百メートル走を競っていた。
残りの十メートル程で凛子がペースを上げ、ゴールした。
「よっしゃーぃ!」
「くそ…また負けた…」
「ふふん。瞬足の葉月の名は伊達じゃないのよ」
自慢気に言いながら幸雄の肩をバシバシと叩く。
体育の授業の最後に凛子と幸雄がこうして勝負をするようになったのはいつ頃だったか。
気が付けば恒例と化していて、勝ち負けを競っていた。
けれどもう何十回と勝負をしていても、幸雄は凛子に勝てずにいた。
魔物から「瞬足の葉月」と呼ばれているだけはある、と納得はしていたが、それでも腑に落ちなかった。言うなれば幸雄の意地なのかもしれない。
「あ…」
ふと見上げた校舎の窓越しに、一人の男子生徒と目が合う。ネクタイの色から察するに一つ上の二年生だ。
窓際の前の列に座り、眼鏡をかけている男子生徒は教科書を見る振りをしながら、確実に凛子の方を向いていた。
「?どうした」
「あ、ううん。何でもない」
妙にその男子生徒が忘れられず、凛子はもう一度視線を向けた。しかし次の瞬間には、男子生徒は立ち上がって教科書を読んでいた。
「………何だろ…」
更衣室に向かいながら、男子生徒を思い出していた。
着替えた後、廊下を歩いていると、先程目が合った男子生徒とすれ違った。
「…今日も勝ってたね」
ハッとして立ち止まる。驚いて振り返ると、男子生徒はニッコリと笑っていて、凛子は更に面を食らった。
「み、見てたんですね…やっぱり…」
「うん。僕の楽しみだからね」
凛子と幸雄の勝負を見て楽しいものなのか、謎な所だが、本当に楽しみにしているらしい。
(からかってる…って訳じゃなさそう…)
「そうなんですね…」
「頑張ってね」
そう言って笑いかけると男子生徒は去っていってしまった。何となくその背を見つめていたが、予鈴が鳴ったため急いで教室へ戻った。
(…変な人…)
放課後。
見回りのため、凛子は住宅街を歩いていた。人通りの少ない住宅街はしん、と静まり返っていて、どこか寂しいものがあった。
「よし、異常ナシっと」
帰ろう、と繁華街の方へ足を向けると、カタンッと固いものが落ちる音がした。
凛子がいた道の小脇からだ。
不審に思って小脇の道を覗き込む。先は行き止まりで、壁の向こうには鬱蒼としげる木々が見えた。
壁の前には青色の携帯が落ちている。
(このご時世にガラケー…)
申し訳ないと思いつつ携帯をパカッと開く。待ち受けは持ち主のペットか、白い猫の写真が設定されていた。
電話帳を開いて、持ち主の情報が入ってないか調べてみる。電話帳に登録されている件数は少なく、持ち主の情報も特に見当たらなかった。
フォルダを調べるも、これまた猫の写真しかなかった。
「うぅん…交番行くかぁ…」
携帯を鞄にしまっていると、壁の奥から悲鳴のような声が響いた。
「───けてぇぇぇ!!!」




