第33話
人生は常に平和的で、まさか自分が事件に巻き込まれるなんて思ってもみなかった。
人気のない住宅街に風が巻き起こる。しかしそれは自分の周りだけで、近くにある草木は揺れてすらいない。
反射的に目を腕で庇う。
シュッ、という鋭い音とともに、腕に痛みが走る。ポタポタとコンクリの地面に赤い雫が垂れる。
腕を抑えて細い脇道に逃げ込む。
ひゅぅう、と風が背後に迫るのが分かる。肩にかけるタイプのスクールバッグを背負い、壁をよじ登る。
するとまたしてもシュッ、と音がする。今度は足だ。その衝撃を受けた拍子に壁の向かい側に落ちるようにして逃げ込む。
壁の奥に広がっている木々に隠れるようにして奥へ奥へと逃げる。
それでもまだ風は追ってくる。頬に、肩に、腿に、足首に、ぱっくりと切り傷が出来ていく。
まるで鎌鼬だ。姿が見えない"何か"に自分は殺されるのかもしれない。
そう、姿も何も見えないのだ。それなのに風は起こって自分の身体中にはいくつもの傷が出来ている。
ずしゃっ、と木にもたれるようにしてしゃがみ込む。切られた足首が特に痛い。ひゅぉぉお、と風が迫る。頭がごちゃごちゃに混乱して、深い絶望感に苛まれる。
「だ…れか…。誰かっ助けてぇぇぇ!!!」
何でもいい、誰でもいい。この恐怖から救ってくれ。
「誰かぁ!!っ、んぐ…!?」
まるで口を塞がれたかのように、口が動かなくなった。声を出そうともがくが、後ろの木に押さえつけられている程に強い力で口を封じられる。
その場にいるのが人にいるのか動物なのかも分からない。けれどその瞬間。"死"というものが間近に感じられた。
全身から冷たい汗が吹き出るような感覚。実際出ているかどうか等、今はどうでもいい。
目を見開いて風を見つめていると、突如として少女が現れた。
少女が"何か"を振り下ろす動作をすると、風がふわっ、と消えて、口への圧力も消えていた。
その場に座り込んだまま、少女を見上げる。
太陽に照らされて輝くブロンドの髪。ゆらゆらと風に吹かれて、ツインテールが揺れている。血塗れの僕の前に立つ少女が言った。
「もう大丈夫!だから安心して?」
太陽に負けないくらい、頼もしく、眩しい笑顔で手を差し伸べてくれる。とくん、とくん、と胸が高鳴る。
─その瞬間から僕は…君に恋していたのだろう。




