第32話
「………あの?」
「………だ………リアル美少女だぁ!!!」
そう叫ぶなり陽羽に抱き着いた。驚いて一瞬何が起こったのか理解出来ず、呆然としていたが、缶ビールを手に持った幸雄が女性と陽羽を半ば無理矢理引き離した。
「何してるんですか。如月さん…」
「あぁ〜美少女〜!!長月君〜!」
如月と呼ばれた女性が手を伸ばす。
「わ、私は美少女ではないかと…」
「謙遜するなんてますます美少女!!リアルにこんな子が存在するなんてぇ!」
話を聞く様子もなく女性は陽羽の手をとる。
「私、如月洋子!美少女ちゃんは?」
「師走陽羽です…あの」
「陽羽ちゃん!!名前まで可愛いなんて!!生きてて良かったぁ!」
幸雄の手に握られている缶ビールを奪うようにして取り、蓋を開けてそのまま飲みだした。
「それ睦月さんの…」
「構いやしないわよ!美少女祝賀会だーひゃっほー!!」
そう叫んで陽羽に抱きつこうとした洋子を止め、幸雄は陽羽の手を引いて部屋を出た。
「あ…長月君…ありがとう」
「いや…あ」
先程澪に言われた事を思い出して、名残惜しそうに手を離した。
(…手、離したくなかった…。…何故?)
幸雄は今まで陽羽の手を握っていた手を見下ろす。
「…どうかした?」
陽羽が心配そうに幸雄を見上げる。
「あ、何でもない。えっと…如月も悪い奴じゃない。許してやってくれ」
「許すも何も怒ってないよ…ちょっと驚いたけど…」
「…そうか」
「じゃあ、私は部屋に戻って勉強するね…またね」
そう言って去ってしまう。幸雄は再度手を見下ろした。
(…不思議だな…)
幸雄は伊央の酒を取りにもう一度ダイニングに向かうのだった。
幸雄が新しく持ってきた酎ハイを飲んだ伊央は、我に返ったかのように大人しくなった。対して洋子のテンションは高いままだ。
「…はぁ…今日の休みが終わったらまた明日から連勤が始まるんだ…嫌だ怠い無理疲れたヤバい終わりだ…」
「サビ残要求してくる会社なんて辞めちゃいなよ〜」
「サビ残はいいんだ」
「いいんかい」
「休みがないのが嫌なんだよぉぉ…」
はぁ、と項垂れる伊央を後目に、澪はおつまみの袋を開ける。
「俺睦月君の基準が分かんないよ」
「マゾなんでしょ」
「そうかも…やっぱそうなのか…!?」
適当に漏らした侑の言葉を真に受け、伊央は顔を青くした。
「大丈夫大丈夫〜、世の中色んな人いるって。神無月君みたいな変態もいれば、水無月君みたいなオタクもいるんだから」
「変態で悪かったね」
「オタクで悪かったね」
「まぁそういう私は美少女オタクなんだけどぉ?アハハハハ」
酒を煽り、洋子は陽気に笑った。
「…そういえばあの女の子は?新入り?」
伊央は机に置かれているおつまみのチーズに手を伸ばしながら問う。それに応えたのは澪だった。
「長月の添人」
ぶっ、と洋子は飲みかけていた酒を吹き出した。
「汚っ」
「マジでぇ」
洋子が吹き出し零した酒を拭きながら、幸雄は頷いた。
「本当だ」
「嘘ぉん」
「……おめでとう」
伊央はチーズを咥えながら小さく言う。
「…どうも」
はぁ、と洋子は空き缶を机の上に置く。酔いが回ってきたのか、顔が少し赤い。
「私も添人見つけよっかなぁ〜美少女の」
「無理じゃね?」
「水無月君酷い〜」
その時、洋子のスマホからコール音が鳴り響く。
「んぁ…電話…。ちょっと出てくる〜」
洋子が部屋の入口まで移動すると、コール音が消えた。
代わりに酔っているとは思えない、はっきりとした声がしたが、幸雄達は耳を傾けなかった。
ふと、思い出したかのように幸雄が口を開いた。
「なぁ神無月」
「んー?」
「さっき…陽羽の手を掴んだんだが…離したくないと思った」
澪は酒の入った缶を落とした。ついでに言うと侑もゲーム機を落としていた。
澪は零れた酒を拭きながら、うーんと首を捻った。
「それは…うん…」
「…長月君。それは好意」
幸雄の向かいに座る伊央が真顔で言う。
「好意…それは相手の事が好きというやつか?」
「…色々あるよ。でも、陽羽さんが嫌いという事は断じてないと思うよ」
幸雄の隣でゲーム機が壊れていないか確認していた侑も頷いた。
「ま、今の所は…大切って認識しといたら?」
「大切…分かった」
長い前髪の向こうに、侑が微笑むのが見えた。
洋子が帰ってきたので、再び騒がしくなるのは目に見えているが、幸雄は顔を緩めたのだった。




