第31話
屋敷の居間で、幸雄と侑、澪が話をしていた。侑は相変わらずゲームの画面に目を向けていて、幸雄と澪は紅茶を飲んでいた。
「…長月、最近陽羽ちゃんとはどうなのさ?」
「どうとはどういう意味だ」
幸雄はじっ、と目を細めて澪を見る。
「神無月が言う事なんて九割方いやらしい話だよ」
「水無月ぃ…」
侑はくすくすと笑ってゲーム機の電源を切った。
「事実でしょ。ちょくちょく師走さんにセクハラしてるらしいし?」
「何だと」
「おまっ、長月の前で言うなよ!」
澪の足を思いっきり踏みつけ、幸雄は紅茶を飲み干した。
「いっで!」
「陽羽に変な事をするな」
「…お前、惚れてんの?」
踏まれた足を抑える澪の質問に幸雄は紅茶を淹れる手を止めた。
「惚れてる?」
「喜怒哀楽が分からねぇお前でも…好き嫌い位は分かるだろ?」
「………」
少し考えて幸雄は紅茶を淹れ、ポットを置いた。
「…分からないな。嫌いじゃないが…お前の言う好きは恋愛の好きだろ?それは分からない」
「…の割にはスキンシップ多くない?」
「?俺は水無月に言われた通りにしただけだが…」
「は?」
澪は驚いてカップを落としかける。そそくさと去ろうとしていた侑を引き止め、ソファーに無理矢理座らせる。
「水無月…説明してもらおうか…?」
「俺はリアルの女をオトせるように手解きしただけだよ〜?」
「おっかしいと思ったんだよ〜!女子経験ない長月が、やけに陽羽ちゃんにスキンシップしてるから!!具体的になんて言われた!?長月!」
「えっと…俺が言った事を肯定したら頭を撫でる。赤面したら頬に触れる。あとは」
「もういいやめろ!!大体分かった!!」
「完璧っしょ?」
「どこがだ!!」
澪は深呼吸して頭を回転させる。
(まずいぞ…このままの調子で続けると陽羽ちゃんは間違いなく惚れる…それは陽羽ちゃんが可哀想だ)
陽羽を除く屋敷に住む者達は、幸雄に感情がない経緯を当然把握している。
幸雄が恋愛感情あって陽羽に触れているのではないなら、感情の教えを務める役の澪は何としても止めなければならない。
「あー…長月…。異性の子には簡単に触れない方がいいっていうかね…」
「…そうなのか?」
きょとん、と首を傾げる幸雄にため息が出る。横で笑っている侑がこの場の何よりも腹立たしいのだが。
「そう。水無月が言った行為は、好きな子にする事なんだ。オッケー?」
「………」
静かに頷いて、茶菓子に手を伸ばす。
「分かった」
「はぁ〜…勘弁しろよ水無月…」
「へへっ」
と、その時。居間の入り口でバタン、と何かが倒れる音が響く。
三人が音のした方を見ると、赤い髪をした男性が倒れていた。三人は特に焦る様子もなく、ゆっくりと歩み寄った。
「大丈夫か?睦月」
「…終わった…俺は!!地獄の!!二十連勤を耐え抜いた!!あっははははは仕事なんざクソくらえだ!!!一日の有給を取ってやったぞザマァみろぉ!!!」
「おめっとさん」
「おめでとー」
「相変わらず大変ですね」
赤い髪をした男性はスーツの上着を脱ぎ捨て、濃いくまの出来た目を長月に向けた。
「酒だ!!酒持ってこい!!真昼間っから飲んでやらぁ!!!」
「…はいはい」
若干呆れながら幸雄はダイニングへ向かおうと部屋を出る。と、男性の声を聞いて不審に思ったのか、陽羽がそこに立っていた。
「あ、陽羽…」
「長月君…!あの、あの人は…?」
陽羽はソファーにどっかりと座った男性を、壁から覗き込むようにして見る。
「…睦月伊央。会社員らしいんだが…」
「…危ない人なの…?」
「いや。休みの日は穏やかな人だ。連勤明けはいつもあぁだ」
「そ、そうなんだ…」
苦笑いを浮かべる陽羽を見つめてから、ダイニングへ向かった。
陽羽も部屋へ戻ろうとすると、伊央と目が合った。伊央は怪訝そうに陽羽を見つめた後、ふらふらとした足取りで陽羽に歩み寄る。
「あんた…誰…」
「し、師走陽羽といいます…初めまして」
「はぁ…私こういうものでして」
そう言うなり名刺を陽羽に差し出す。恐る恐るそれを受け取り、お互いにお辞儀する。しかしそれ以上話す事はなく、気まずくなるだけであった。
「で、では…私はこれで…」
陽羽と伊央の間に流れる静寂に耐えられず、陽羽は背を向けて去ろうとする。
しかし、振り返った瞬間、誰かとぶつかってしまった。
「きゃ、すみません…!」
「こちらこそ…………ん?」
艶やかな黒いショートヘア。丸い眼鏡が印象的なスーツを着こなした女性が、陽羽を見つめて固まった。




