第28話
「俺も何か礼をしたい」
幸雄にそう言われても、いまいちピンと来なかったため、ひとまず保留にしてもらった。
広いリビングで魔石の使い方に関する本を読んでいると、ソファーの背もたれ越しに聞いた事の無い声が響いた。
「あら、貴方が新しく入った子?」
女性的な喋り方にしては声が少し低い。
おもむろに振り返ると、艶のある黒髪を編み込んで一つにまとめ、微笑んでいる人物がいた。体格はしなやかだが、女性のものではない。
「初めまして、陽羽ちゃん。私の名前は文月佳乃。よろしく♪」
「こ、こちらこそ…よろしくお願いします」
佳乃は手を差し出して握手を求める。その手もやはり陽羽と比べて大きく骨ばっている。
「あの…貴方は…」
「ふふっ、男ね。このしゃべり方は癖なの。気にしないで?」
「分かりました。文月さん」
握手を交わして、佳乃は陽羽の隣に腰掛ける。
「貴方が添人って本当なのね…」
「…まだなったばかりで…何も出来ませんが…」
「そう?宵ちゃんから色々聞いてるわよ?私も貴方に一目会いたくて、今日お休み取ったんだもの」
「そ、そうだったんですか…!?」
「半分本当」
朗らかに笑う佳乃は陽羽の髪をさらりと掬う。
「?」
「綺麗な髪ね…アレンジさせてくれるかしら?」
腰に付けていたポーチから、櫛とピンを取り出す。
「私、本職美容師なの」
「美容師さん…いいんですか?」
「勿論よ。超絶可愛くしてあげる♡」
長い睫毛を揺らしてウインクしてみせる。佳乃が陽羽の髪をセットしている間、引き続き魔石の本を読む。
(髪の毛を美容師さんにセットしてもらうなんて初めて…)
わくわくしながらセットが終わるのを待つ。数十分程して、佳乃が満足げに頷いた。
「うんうん。これなら長月も惚れるわね!」
「ほっ!?」
佳乃の言葉に戸惑ったが、本人は気にせず鏡を陽羽に渡した。
いつも肩甲骨の下位まである髪を編み込んで結われていて、首筋のラインが美しく見えていた。
「す、すごい…綺麗…」
「メイクもしていいかしら?」
「え、メイクも出来るんですか?」
「こっちは趣味だけど」
メイク道具を机に並べ、陽羽の顔を真っ直ぐに見つめる。
「お肌スベスベじゃない…ケアとかしてる?」
「…保湿クリームを塗ってる位で…」
「へぇ…色も白いし、可愛い顔してるわね…美人寄りかしら?」
目を見て褒められて、少しくすぐったい気持ちになる。
佳乃はてきぱきと陽羽にメイクを施していき、数分で仕上げてしまった。
「開けていいわよ。後はリップね」
リップの色を確認しながら軽く笑う。
「ふふっ、……よし。はい、見てご覧なさい」
再び鏡を見てみる。光に反射して目尻にキラキラしたものが光る。唇もピンクっぽい可愛らしい色が塗られ、まるで別人のように映っていた。
「凄い…これ、私なんですか…?」
「元がいいのもあるわよ。今日は一日そのままね」
「文月さん…本当にありがとうございます!」
「えぇ。今日暇なら街にでも行ってらっしゃいな」
「…は、はぁ…」
道具を片付けて、手を振ってその場を去ってしまう。陽羽は机に置いていた本を持って、一度部屋へ戻る。
(でも折角オシャレにしてもらったんだから…凛子ちゃんと行こうかな…)
本をしまい、凛子を探しに部屋を出ると、ちょうど凛子と幸雄がそこにいた。
「!陽羽ちゃん!どうしたの?すっごい可愛い!」
「あ、ありがとう…文月さんにしてもらって…」
「流石!モデルさんみたい!」
陽羽の周りをぐるぐる回って、あらゆる角度で陽羽を見つめる。
幸雄はというと少し目を見開いたまま、微動だにしなかった。
「そ、それで…折角だから街にでもって…」
「いいじゃん!あ、ならさ…ダブルデートしない?私これから彼氏と会うんだ!」
「え?お邪魔じゃないかしら…?」
「大丈夫!彼氏に連絡しとくよ」
「でもダブルデートって…誰と…」
「…勿論、長月と陽羽ちゃんが!」
「…え?」
「…え…?」
ほぼ同時に、唖然として呟いた。構わず凛子は自室へと向かっていった。
「じゃあ十分後!玄関に集合ね!」
「………」
陽羽は恐る恐る幸雄を見上げた。はぁ、と短く息を吐いて陽羽に向き直った。
「行くか?」
「…な、長月君がいいなら…行きたい…」
「勿論。断る理由もない」
そう言い残して幸雄も去っていった。陽羽はその場に立ち尽くして小さく呟いた。
「……何も言ってくれなかった…」
───少し期待していたのかもしれない。




