第27話
「うーん…」
首を傾げていると部屋の扉がノックされる。メモを伏せて扉を、開けると凛子が立っていた。
「やっほー!晩ご飯だよー!」
「あ、うん。行くね」
凛子と共にダイニングへ向かう。途中、澪と廊下で合流した。澪を見るなり凛子はあからさまに嫌そうに表情を歪め、陽羽を庇うようにして前に出た。
「何か用?神無月」
「ひっど。別にいいじゃん仲間なんだし」
「どうせ陽羽ちゃんにもいやらしい事しようと企んでるんでしょ」
「あ、バレた?」
「もう!」
澪は凛子を押しのけて、陽羽の頬に手を添えた。驚いて身を引くと、澪は可笑しそうに笑った。
「ははっ、可愛い〜」
「死ねっ!」
澪に回し蹴りを繰り出す凛子だったが、それを軽々と避ける。
「おっと。食事前の運動にしちゃ…ガチ過ぎない?」
「うっさい!陽羽ちゃんに寄るな!!」
「分かったよ…何にもしないよ」
澪は凛子を一瞥してから陽羽に視線を移した。
「………?」
「…何か悩み事?」
澪はズボンのポケットに手を入れて、ニヤリと口の端を上げた。
「………実は…長月君にお礼がしたいんですけど…何をあげればいいのか分からなくて…」
「長月に?」
「へぇ…そんなの、服脱いで好きにして、って言ったら男は大体喜ぶよ?」
「はぃ…!?」
「うわ、最悪」
澪の発言に顔を赤くさせた陽羽は、凛子の服の袖を掴み軽く引っ張った。凛子も陽羽の腕を引いて、澪に背を向けてダイニングに向かった。
「話にならないね。じゃ、お先に」
「後でね〜」
対して澪は笑顔で手を振っていた。
「大丈夫?陽羽ちゃん」
「す、少しびっくりしただけ…大丈夫だよ」
「本っ当にあのセクハラ野郎…」
眉を釣り上げて舌打ちする凛子の気を逸らすため、陽羽は慌てて話題を逸らした。
「り、凛子ちゃんからは案とかないかな…?」
「私?…うーん…彼氏にはお菓子とかあげるけどなぁ…」
「!凛子ちゃんって彼氏いるの…?」
「え、うん。少し前に付き合い始めてね…」
恥ずかしそうに凛子は頬をかいた。
「へぇ…彼氏さんは凛子ちゃんが異人って知ってるの?」
「…うん。やっぱり、ちゃんと言わないとって思ったから…。いつ死ぬかもわからない。彼は魔力を持っていない。それでも、いいって言われたの…」
「…素敵な彼氏さんね…」
「えへへ」
彼氏の事を褒められて、凛子は嬉しそうに笑みを漏らした。
「でもやっぱり、プレゼントは気持ちが一番だと思うよ。それに、長月なら何でも喜んでくれるよ」
「…ありがとう」
夕食を食べながら、ぼんやりと考える。夕食中には思い付かなかったが、食後の紅茶を飲んでいる時に、ハッとした。
大急ぎで舞夜を探す。ダイニングから離れた部屋から出てきた舞夜に、いくつか質問して厨房へ向かった。
「………よし!」
翌朝。昨夜作り、袋に入れたものを抱え、幸雄の部屋に向かう。
(受け取ってくれるかな…)
そして今日は土曜日で、魔力の譲渡をしなければならない日でもある。高まる緊張感を抑え、ノックをする。しかし返事はなかった。
「……長月君?」
声をかけるが返事はない。しばらく悩み、ドアノブに手をかける。
「失礼します…」
良くないとは思いつつ部屋に入る。幸雄の姿は部屋のどこにもなく、シンッと静まり返っていた。
「…うーん…出かけてるのかな…」
部屋を去ろうとすると、部屋の奥から物音がする。
「…長月君?」
音のした方へ向かう。
「ん?その声、陽羽か?」
部屋の奥にある扉が開かれ、幸雄が顔を出した。しかし、その姿を見て陽羽は目を見開いて顔を赤くした。
風呂上がりだったのか、髪は濡れていてズボンは履いていたものの、上半身は何も着ていなかった。当然、いつも付けている眼帯はなかったが、左目は閉じられていたのと、前髪で隠れていたのもあってよく見えなかった。
短く悲鳴をあげて背を向けた。
「ご、ごめんなさい…!すぐ出ていくから…」
「?用事があるんだろう?服着たら行くから、適当に座って待っていてくれ」
そう言う声色は全く動じていない。返事をしてそそくさと戻る。ソファーに座って深く息を吐く。
(びっくりした…男の子って…やっぱり筋肉あるんだ…)
自分とは全く違う、初めて見た男性の身体を思い出して、赤くなっていた顔を更に赤くさせる。
ドキドキと高鳴る胸を落ち着かせ、幸雄が来るのを待った。
やがて幸雄は首にタオルをかけ、髪を濡らしたまま陽羽の隣に座った。
「髪、濡れてるよ…ちゃんと拭かないと」
幸雄の後ろにソファーの背もたれ越しに立って、首にかけられているタオルで幸雄の髪を拭き始める。
「わ、…おい…」
「ふふっ、風邪ひいちゃうよ?」
不服そうにしていたものの、幸雄は大人しく前を向いていた。
「…こんなものかな…乾かす?」
「いや、いい。自然に乾くだろ…ありがとう」
タオルを幸雄の首に戻し、幸雄の隣に座る。そして持ってきていた袋を幸雄に差し出した。
「?それは…?」
「いつもありがとう…。私の事を気にかけてくれて…本当に嬉しいの」
「…それならもういいと…。俺の添人になってくれたんだから…気にする事はないのに」
「そういう訳にはいかないよ。受け取ってくれないかな…」
幸雄は袋をしぶしぶ受け取り、頬を緩めた。
「ありがとう。開けていいか?」
「勿論…」
袋に貼られているシールを丁寧に剥がし、袋を開いてみる。中にはアイスボックスクッキーが入っており、幸雄は感嘆の声を漏らした。
「これは…」
「長月君が喜ぶ物って…分からなくて…色んな人に聞いたの。長月君、お紅茶好きだし…クッキーならと思って」
「…もしかして手作りなのか?」
「う、うん…感謝の気持ちが大事だって…」
「………」
幸雄はクッキーを一つ口に放り込む。
「……うん、美味い」
「!…良かったぁ…」
「紅茶を淹れる。一緒に食べよう」
「ありがとう…手伝うよ」
幸雄が紅茶を淹れている間に、皿にクッキーを盛り付ける。談笑しながら食べ、我ながら上手く出来た、と陽羽は満足げに微笑んだ。
そして食器を片付けて終えた時だった。
「陽羽、魔力の譲渡を…」
「あ、うん…分かったよ」
幸雄に向き直り、きゅっ、と目を閉じる。そして唇が重ねられる。すでに数回はこうしているが、慣れる事は無く頬が熱くなるのが分かる。
ほんのりと紅茶の味がした気がした。
「………ん」
口を離すと幸雄が陽羽の手を握った。
「…俺も何か礼をしたい。何かないか?」
「え…?」
真っ直ぐ見つめる幸雄を見つめ返し、陽羽は目を伏せたのだった。




