第177話
「私、貴方様に惚れました!!」
「……お、おう…。そうか…」
「貴方様に殺されるなら本望でございます!さぁ…さぁさぁさぁ!!どうぞ!お好きなように殺して下さいませ!首を斬りますか?腹を割きますか?手足をもぎますか?それとも拷問に処して下さいますか!?目玉を抉りますか?指の骨を折りますか?爪を剥ぎますか?貴方様に触れていただけるのであれば、私どんな苦痛も快楽に感じる事が出来るでしょう!さぁ!!」
「……………」
気分が高揚する。わくわく、と目を輝かせるヴェッターに、アルターはため息混じりに呟いた。
「…こりゃ相当な変態を残してしまったな…」
「まさかの言葉責めですか!?いいです!凄く凄く興奮します!!」
「ひぃっ」
アルターが一歩後退る。
顔を引き攣らせたのも束の間、アルターはこほんと咳払いをした。
「まずはヴェッターよ。立つが良い」
「はいっ仰せの通りに!」
一度深く頭を下げてから立ち上がる。跪いた時に膝に染み込んだ血が今更になって気持ち悪くなってきた。が、そんな事すらも些事だ。
アルターを見上げ、続けられる言葉を待つ。
「まず結論から言おう。俺は貴様を殺さない」
「…………………………………え?」
「そう呆けた声を出すな。俺はディツェンバー派の者達を殺しに来たのだ。俺に惚れた、俺に跪いた。ならば、貴様を殺す理由はないだろう?」
言われてみればそうかもしれない。舞い上がっていただけに、虚無感が大きかった。軽く唇を尖らせ、不満を露わにする。
「そこで、だ。貴様。俺の側近にならないか?」
「………側近…?」
「あぁ。見た目も悪くないし、所作も文句ない。俺の手足となって働くのだ」
「……貴方様の…お傍で……」
鎖で縛られていた心が一気に解放されたような、清々しい程の解放感に包まれる。
ヴェッターは今の今まで、身内の過度な期待に縛られて生きてきた。家族とも思えない、血の繋がりがあるだけの存在に。
が、目の前に立つアルターは違う。
『ヴェッター自身』が、アルターの傍にいたいと。この方になら縛られてもいいと。そう思ったのだ。
「勿論でございます…!貴方様は…私の恩人ですもの!」
「恩人?俺は貴様の身内を殺したのだぞ?」
「はい!恩人です!身内なんて血の繋がりがあるだけの個人ですもの。それを失った私は晴々としております。私…貴方様にならなにされても構いません…そう…理解したのです。貴方様のお傍でなら、私は私であれるのでしょう」
「分かったから艶かしい視線を送るな」
これだけは、確実に言えるだろう。十八の誕生日の日アルターが屋敷に来なければ、彼は一生『ヴェッターという存在』を無くしたままだっただろう。
どんな形であれ、ヴェッターはアルターを崇拝する存在として、存在する事が許されたのだ。
そうする事で友が、仲間が、部下が出来たのだから。心を許せる者が増えたのだ。
経緯や理由が違えど、ヴェッターは幸雄と同じだったのかもしれない。
空っぽだった器に、大切な存在に感化されて、また大切な存在が増えていく。
その終着点がどこへ向かうのか、どうして幸雄とは道が違うのだろうか、不思議でならなかった。




