第173話
陽羽によって魔力乖離剣が突き刺され、ゼプテンバールの視界を黒く染めていた景色が消えて行く。
その隙を逃さず、ゼプテンバールは自身の魔力を幸雄の体内に流し込んだ。
長年付き合ってきた身体だ。馴染みが悪いという事はない。
少しでも苦痛を和らげるために、慎重に、かつ迅速に事を進める。
「後は任せといて陽羽さん!」
視界がみるみるうちに赤く染っていく。見慣れた景色が帰ってくる。
やがて、一面を染めていた黒が消えた。
ゼプテンバールの目の前に、幸雄が横たわっている。透明な膜に包まれて。
「この膜…陽羽さんの魔力…」
粘膜接触により移った魔力だろう。
ゼプテンバールも、干渉は出来なかったものの幸雄の様子は観察していた。
幸雄は不完全だった。
どこか、自我が残っていたのだ。
幸雄が感じていた『陽羽は傍にいる』というのもこうして自身の体内に存在している事を、薄々感じていたからなのだろう。
本人は理解していなかったので、本当に無意識だったのだろう。
「…やっぱり…陽羽さんはディツェンバー様の娘なんだ…。強かすぎるや…」
が、幸雄はまだ目覚めていないようだ。
幸雄が陽羽にしたように、陽羽自身が幸雄を呼び起こさなければならない。
ゼプテンバールの役目は終えた。透明な膜に包まれて横たわっている幸雄を見守りながら、その場に腰を下ろした。
いつものように。
つぅ、と竜の頬を一筋の汗が伝った。
周りの隊長等は魔力が底をついて倒れ込んでいる者が殆どだった。
空の留守中、片腕をなくし戦闘が不可能という理由で、魔物殲滅隊司令官代理を務めていた。今の今まで屋敷にはおらず、たった今帰還した所だった。
それも、隊長等の魔力が尽きたタイミングで。
そのおかげで陽羽は死ぬ事を免れたのだが、屋敷にいる者達には彼女の生死は分からない。
「…今夜鳥さんから連絡が入りました。負傷しているのは四季さんと宮下ちゃんと町田君。至急陽羽ちゃんと長月君の居場所を教えて欲しいとの事です」
宵は海からの電話内容をそのまま竜に伝える。
頷きを返した後、竜は共有魔石に触れたまま答えた。
「…動けるのは…卯月か。師走の魔力探知をしてくれ。それと霜月、救護班に連絡を回しておいてくれ」
辛うじて動けた美里と舞夜は頷いて、部屋を後にした。
「宵。俺と交代しながら魔力を流し続けるぞ」
「はい!」
「あとそこの…皐月の添人…」
「あ、秋野朝です!」
「秋野。お前も加われ」
「了解です!」
美里が戻ってくるまで、交代しながら竜達は共有魔石に魔力を流し込み続けた。