第14話
あの、と陽羽は鞄の中から半透明の石を取り出した。それを見た陸の目が開かれる。
「貴方それ…!!」
「私が着ていた服のポケットに入ってたんですが…」
「俺が使った際、刀に変形した。知ってますか?」
幸雄の問いに陸は笑って答えた。しかし、声色も比較的静かで、その目に先程までの明るさはなかった。
「たしかに、それは魔石ね。でもまぁ…ひわっちが持ってても問題ないわよ」
「そうですか…」
魔石の事について詳しく知らない陽羽にとって、そう返事をするので精一杯であった。半透明の魔石をブレザーのポケットにしまう。
「あ、ちょっと待ってて」
陸は棚の鍵を開けて、引き出しから黒い小さな袋を陽羽に差し出した。
「?これは…」
「お守り見たいなものかしら。大事に持っておいて」
「そ、そんな…!」
「いいのいいの。開けちゃダメよ?その時が来るまで」
意味深な笑みを浮かべた陸に逆らえず、陽羽はしぶしぶ受け取った。お守りのような形をした黒い袋を見つめ、鞄にそっとしまった。
「それじゃあ、また来ます」
「待ってるわ〜!」
店を出ると既に日は傾きかけていた。ちらほらとある看板にも明かりが灯り始めている。
「あ、そうだ。長月、陽羽ちゃん。先に帰っててくんない?私買い物行ってくるから…」
「着いていこうか?」
「いいよいいよ、私用だから。それじゃ!」
凛子は駆け足でその場を去った。なんとなく緊張感が訪れ、陽羽は俯いてしまう。
「帰ろうか」
「う、うん…!」
並んで歩き、横目で幸雄を見上げる。
先日宵に言われた魔力の譲渡の話を思い出し、少しだけ頬を赤らめる。
(ど、どうしよう…長月君と確約してもう一週間…私から言った方が良いのかな…)
悶々と考えていると、ふと幸雄が立ち止まった。
「陽羽、その…話があるんだが…」
「な、何…?」
幸雄の方から話しかけられ、驚いて声が少し裏返ってしまう。
「夏木から聞いていると思うが…魔力の譲渡の件なんだが…」
「う、うん…」
「俺は…魔力のコントロールが下手だ。壊滅的だ。戦闘でも物理攻撃しかできないし…」
(じ、自分でもそんなに言うほど…?)
「だから…方法は一つしかなくて…」
「…よ、宵さんから聞いてる…!わ、私は…その…ちゃんと、決めたから…だから…大丈夫…!」
恥ずかしかったが、幸雄の目を見て言いきる。
幸雄は陽羽の手を掴んで道の小脇に入った。そして出会った初めの頃のように、陽羽を壁に追い詰めた。とはいっても、本当に細い道なので二人入るのがやっとなのだが。
「あ、あの…えっと…」
「陽羽」
名前を呼ばれて一気に緊張が高まる。幸雄の顔が近付けられ、顔に熱が集中するのを感じる。
「……っ…」
「………」
きゅっ、と目を閉じると唇に柔らかいものが当たった。鼻息がかからないように、息を止める。
どの位そうしていただろうか。緊張で早くなる鼓動、真っ白になって思考が働かない頭、震える手先。
陽羽にとってのファーストキスというものはそれだった。緊張感だけが陽羽を支配する。
(でもこれは…キスじゃなくて魔力を渡してるだけ…)
回らない頭で必死にそう思い込ませる。その甲斐あってか、気持ちの方は少し落ち着いた気がした。
「ん…」
少し苦しくなって幸雄のブレザーを掴む。それを察してか幸雄は少しだけ唇を離した。うっすらと目を開ける。
「………」
「もう…いいの…?」
「…あぁ。初めてだしな」
恥ずかしくて顔が見れない。それよりも、と幸雄は変わらない調子で陽羽を見つめる。
「お前は大丈夫か?」
「え…?」
「魔力は体力に比例するからな。疲労感とか…ないか?」
言われてみれば、少し走った後のような感覚があった。
「だ、大丈夫…」
陽羽の返答を聞いた幸雄は安心して、身体を離した。
「良かった。じゃあ、帰ろう」
「うん…」
細道を抜け出して再び並んで道を歩く。
(まだ熱い…)
顔の熱も、触れられた唇の感触も、唇を離した時の幸雄の顔も、忘れられなかった。自身の唇に軽く手を当てる。
「………」
辺りはすっかり暗くなっていたが、それでも陽羽は顔を隠すように俯いて歩くのだった。
店の看板を『CLOSE』に裏返し、陸は店の鍵を閉めた。
「ふぅ〜。帰ろっと」
コートのポケットに手を突っ込み、暗くなった通りを歩く。辺りは驚く程静かで、自身の靴のヒールの音しか響かない。
「あの魔石を持ってるかぁ…師走陽羽ちゃんねぇ…」
空を見上げる。今日は曇っていて月も星も見えなかった。
「ふふっ、面白くなりそうな予感…」
どんよりとした空模様に反し、陸はいつもの調子で声を弾ませ、帰路に着いた。




