第11話
空と幸雄が去るのと入れ替わりにふわふわのクリーム色の髪をした少女が現れた。
休日だというのにメイクもしっかりとされていて、白いブラウスに膝下まであるひらひらとしたスカートを着こなしていた。
淡いオレンジ色の縁の眼鏡をくいっ、と上げて少女は微笑んだ。
「貴方が空さんの言っていた方ですか?」
「は、はい…!夏木さん…ですか?」
「はい。夏木宵です」
「師走陽羽です!」
簡単な自己紹介していると、宵は陽羽の一つ年上である事、同じ添人という事も分かった。
庭の隅にある白いテーブルと椅子に移動し、宵は添人の仕事について話し始めた。
「添人の事は聞いているわね?添人の仕事は主に三つ」
右手で三、と指を立てる。
「一つ目は確約した異人の見回り、戦闘に付き添う事。長月君の見回りは…たしか金曜日ね」
「金曜日…」
「時間は彼に聞いて。二つ目は異人が負傷した際の手当て。そして一番重要なのは三つ目ね」
重要、と聞いて陽羽は少し身構える。宵は少しだけ間を置いて、三つ目を述べた。
「週に一回、魔力を譲渡するの」
「魔力を譲渡?」
「添人の魔力を異人に渡すの。どうしてそんな事するかっていうと…ちょっとややこしいんだけど…」
うーん、と頬をかいて宵は目を伏せる。少し考えてから目を開いた。
「そもそも異人は、私達と違って元々は魔力を持たない人間なの」
「え…?」
「適正のある人間に魔力を埋め込んだそうなの。でもそれは、私達と違って拒絶反応が起こる可能性があるの」
「でも…どうして魔力を譲渡するんですか?」
「うーん…異人に埋め込まれた魔力は、だいたい一週間で魔力が分離してくるって考えたらいいわ」
「…つまり魔力の譲渡は、異人に埋め込まれた魔力が離れないように…?」
「そうそう!ようは私達の魔力は接着剤みたいなものね」
異人の魔力はあくまで他人の者を移植したにすぎないので、生まれ持って魔力を持った魔人、立場で言うのなら添人のように、馴染んだ魔力が必要となる。
ここで補足しておくならば、添人を持たない異人は、有志で集めた魔力(液状化したもの)を週に一度飲んでいるのだそう。
魔力の譲渡の説明もそこそこに、陽羽は本題を切り出した。
「それで、魔力の譲渡ってどうすればいいんですか?」
「相手に触れればいいんだけど…えっと…その、驚かないで聞いてね…」
宵は言いにくそうに視線を逸らす。
「異人が魔力を吸い取ってくれるんだけど…長月君はちょっと特殊で…」
宵はまるで恥ずかしい事を言うかのように、頬を赤く染めた。誤魔化すかのように眼鏡をかけ直す。
「?」
「魔力のコントロールが下手なの…。だから…」
宵は迷った挙句、陽羽の耳元で小さく言った。
「接吻…という方法が一番かと……」
「えっ…!?」
羞恥よりも疑問や動揺が全面に現れる。
何故魔力を譲渡するのに接吻をする必要があるのか。聞く前に宵が更に頬を赤らめながら補足してくれる。
「粘膜同士の接触っていうのかな…直接渡せるって言うのかなぁ…」
「わ、私が送る、というのは…?」
「…ごめん…私もそこのとこ詳しい事は分からなくて…!
魔力の扱いが下手な人は、接吻で魔力を受け取れ…って言われてるらしくて…」
宵ははぁ、と息を吐いて赤くなった顔を冷ますように手で仰ぐ。
幸雄の例はごく稀な事だ。基本中の基本と言われる魔力の操作も、ギリギリのラインで合格したと宵は聞いている。
今ここで初めて魔力の譲渡の説明を受けた陽羽は勿論、生まれ持って魔力を操る事を強いられてきた宵には想像もつかない事だった。
「だ、大丈夫そう…?」
「…わ、分からないです…!」
本当に分からない。頭の整理が追いつかず、ふるふると首を横に振る。
だよねぇ、と宵も苦笑いを浮かべる。
しかし、今さっき覚悟を決めたばかりだ。ここでやっぱりやめる、と言うのは陽羽のプライドも許さない。
「とりあえず…頑張ってみます…」
「お、応援してる…」
沈黙が二人の間に訪れる。やはり接吻云々の余韻が残っているのだろう。話題を逸らそうと陽羽は宵に問いかけた。
「宵さんのお相手はどんな方なんですか?」
「…えっとね…大学生なんだけど…レポートに追われてて、面倒臭がりで、結構ずぼらね」
(えぇ……)
宵の相手の異人の人に同情しつつ、陽羽は苦笑いを貼り付ける。
でも、と宵は頬を緩める。
「…いい人ね…」
仕様がないな、といった柔らかい笑みだった。小さい子を見守る母親のような表情で、宵は言った。
「…そうなんですね…」
「まぁ、何やかんや言ったけど、結局は相手との信頼よ。コミニュケーションを大事にね!」
「はい…!」
正式に添人となった陽羽は宵と共に屋敷の中へと戻って行ったのだった。
師走陽羽の添人としての日常が幕を開ける。その果てに何があるのかはまだ誰も知らない。




