第107話
「さーつき君!」
「どうして秋野ちゃんを?」
「添人にしたの〜?」
凛子、美里、侑が蓮に詰め寄り、朝にも負けないきらきらとした眼差しを向けた。
「気心が知れてる人だからっス」
反して、蓮は無表情だった。恥ずかしそうにするでもなく、ただ淡々と答えた。
「えぇ〜絶対何かあると思ったのにな〜」
帰ってきた答えが面白くなかったのか、唇を尖らせながら侑はゲーム機の電源をつけた。
独特の機械音が響いた後、カチャカチャとボタンを操作する音がする。
恐らく恋愛ゲームだろうが、イヤホンをしているので内容までは分からなかった。
その音に耳を傾ける事もせず、美里は犬のぬいぐるみを抱きしめた。
「うむむ…第二のゆきひわが誕生するかと思ったんだけどねぇ…」
「第二のゆきひわって何だ」
蓮の隣で紅茶を飲んでいた幸雄が眉を顰める。心の底から分からない、といった表情だ。
その向かいからニヤニヤ、と目を細めて美里は幸雄を見つめた。
「ふふっ。うちの隊員の間でちょっと話題なの。異人と添人の関係から恋人の関係になった人達がいるって」
「ふぁー草。それ、長月って知ってんの?」
「多分知らないと思うわ。弥生さんと夏木ちゃんは有名だけどね」
異人と添人で恋人同士になったのは竜と宵が初めだ。
隊の規律に反する事でもないので、皆気にする事はなかったのだが、竜と宵の場合、周りが『ダメな異人の尻を叩く添人』という認識であったため、『恋人』というイメージが定着するまでに時間がかかった。
そしてもう二人は交際を始めて二年程経つ。今や屋敷に出入りする人間が知っている程に有名になっている。
「弥生さんと夏木ちゃんは…夏木ちゃんの権力が強いイメージがあるじゃない?でも、長月くんと陽羽ちゃんは…それこそ支え合って、お互いを守りたいって気持ちが滲み出ていて…。異人と添人としても、恋人としても…いい関係だなって思えるの」
「…そ、うか…」
少々気恥しそうに、幸雄は頬をかいた。普段、からかってくる事の多い美里が、羨望の目を向けている事が新鮮でならなかった。その様子を見ていた蓮も数回瞬きを繰り返し、はぁ、と感嘆の声に近いため息をついた。
「卯月先輩。そんな事思ってたんスね」
「ふふっ。添人も欲しいし彼氏も欲しい身としては、羨ましい限りだなぁ、と思ってね」
「…へぇ…」
「…俺部屋戻んね〜。おつおつ〜」
「あ、じゃあ私も」
ゲーム画面を見つめたまま、侑が立ち上がると、凛子も席を立った。
「それじゃあ!おやすみ!」
「あぁ」
「おやすみ」
ふと、蓮は壁にかけられている時計に目を向ける。時計の針は十一時を指していて、屋敷の中も一気に静まり返ったように感じられた。
蓮達がいるダイニングの隣のキッチンでは、未だ使用人達が忙しそうに働いている。
隣でティーセットを片し始めた幸雄を横目で見て、テーブルに置かれているスマホの電源をつけた。
通知を見ると、朝からメッセージが入っていた。
(おやすみなさい…。直接言えば良かったのに…)
とはいえ屋敷に来て初日だ。挨拶をするためだけに蓮を探して、その後迷ってしまっては余計な苦労をかけてしまう。
(おやすみ、っと…)
返信し、スマホをズボンのポケットにしまう。
「俺もそろそろ寝るっス。おやすみっス」
「はいおやすみ〜」
幸雄と美里に見送られてダイニングを後にする。
蓮が添人に朝を選んだ理由は簡単だった。
美里達にも言った気心が知れている、というのは勿論だが、それだけではない。
見回りで委員会に参加出来ない際、朝はいつも笑って「任せて」と言って引き受けてくれる。人当たりがいいのだろう。
共に話をしていて心地がいいというのもある。だからこそ、不安だった。
魔人であるというだけで陽羽が狙われたように、朝も魔物に襲われるのではないか。魔物でなくとも、危険な目にあった場合はどうする。
蓮にとって、それは許し難い事だ。世話になっているから、友達だから。理由をあげれば色々あるだろう。
それでも結論は『守りたい』という思いだった。幸雄と陽羽のように、誰かと支え合って生きてみたい。
恋人になりたいという意味では勿論ないのだが、そうあってみたい。
(そういう意味では…秋野ちゃんには申し訳ないかもしれない…)
自分が無理強いをしてしまったのではないか。そんな疑問が脳裏を過る。承諾してくれたとはいえ、朝自身が何を思っているのか、蓮には到底分からない。
自室に向かう途中にある朝の部屋の前で立ち止まり、少しの間ドアを見つめた。もう眠ってしまっているのか、音もなかった。
「……ありがとう。…おやすみ…」
女性の部屋の前に長くいるのはまずい、と呟くように言って足早に去ったのだった。




