第10話
「私は…どうしたいんだろう…」
考えてみる。
とりあえず、生きたい。父と母の分まで。幸せにとは言わない。とりあえず生きたい。
それを第一として次だ。
顎に手を添えて考える仕草を取ると、ぼんやりと脳裏に幸雄の姿が映った。
(そうだ…私、長月さんに助けてもらったお礼もしていない…)
家を追い出された事で手一杯になっていて、そんな当たり前の事も出来ていなかった自分が恥ずかしい。
(助けてくれて…家まで送ってくれて…無償で今泊めてくれてる…)
普通、赤の他人にここまでしてくれるだろうか。自分なら見て見ぬふりをするかも、と思うと何とも言えない感情が渦巻いてきた。
「…決めた」
幸雄に恩返しをしたい。生きる事の次にしたい事はそれだった。自分でもこれが正しい選択なのかは分からない。それでも、構わないと思った。
何度か頷き、ぐっ、と拳を握る。
すると幸雄が屋敷から出てきた。駆け足で陽羽の元へ急ぐ。
「待たせてすまない」
「いえ…。あの長月さん…」
幸雄に向き直って、彼の瞳を見つめた。
「私、貴方の添人になりたいです…」
「!」
幸雄の隻眼が見開かれていく。
「……いいのか?」
「…はい」
「後戻りは出来なくなるぞ…」
「…はい」
「命の保証は出来ない…」
「…長月さんが…守ってくれるんですよね?」
幸雄への信頼を込めてそう言った。幸雄は言葉を失い、やれやれと肩を竦めた。
「…本当に?」
「はい。覚悟を決めました。それに…私、私を助けてくれた長月さんに恩返ししたいんです」
「恩返しって…俺はそんな事して欲しい訳じゃ…」
「私がしたいんです。見知らぬ私に…親切にしてくれて…嬉しかった。
あの時、助けてくれて…私に親切に接してくれてありがとうございます」
頭を下げる。遅い礼にも関わらず、幸雄は怒りもしなかった。
「…それは…誰にでもする訳じゃない。目が離せなくて…放っておけなかったんだ」
まっすぐにそう告げられ、少しだけ鼓動が早くなる。深い意味はないのだろうが、やはりどこか勘違いしそうになる。
「そ、それは…どういう」
「すまん、俺にも分からない…。だが、何かの縁かもな」
冗談めかして幸雄は目を細める。一見真面目そうな幸雄が言うのが、何だか可笑しくて陽羽もふふっ、と小さく笑った。
「…やっと、笑ったな…」
「え…?」
幸雄の前でも何回か笑っていたような気はするが、幸雄はそう言った。
たしかに愛想笑いばかりで心から笑ったりはしていなかったかもしれない、と陽羽も言われて始めて気が付いた。
「お前の事は俺が守る。必ず」
陽羽の目を見つめて手を握る。自身よりも大きく少し冷たい幸雄の手に、自身の手を包み込むように触れられる。
「…よ、よろしく…お願いします…」
触れられた手が熱くなるのが分かる。ぱっ、と手を離された後もしばらく熱が籠っていた。
幸雄は自身の耳に付けられているピアスを一つ外し、陽羽に差し出した。
「異人と添人の関係を示す証だ」
幸雄の掌にのせられた赤いリボンが結ばれたピアスをじっと見つめ、そっと受け取った。
「…師走…陽羽って呼んでいいか?」
「えっ…」
「俺の事も幸雄って呼んでくれて構わない。敬語もなくていい。同い年だからな」
大人びた印象から年上だと思い込んでいた。急に距離が近くなったように感じられて、少しだけ嬉しい気持ちになる。
「ゆ、幸雄…君…?」
「…うん」
呼んではみたものの、男子の名前を呼ぶといった事は小学生以来だったため、恥ずかしさが込み上げてきて、顔を逸らした。
「は、恥ずかしいから…長月君、でもいい…?」
「あぁ。いいぞ」
承諾してくれて少し安心する。
「……頬…赤い」
頬に手を添えられ、逸らした視線を合わせられる。すっ、と指で頬を撫でられ、むず痒い気持ちになる。
「ぁ、…っ…」
「うん?」
緊張して声が出ない。口を小さく動かすものの、それは言葉として機能しない。不思議そうに首を傾げる幸雄に見つめられ、更に頬を赤くさせる。
恥ずかしさのあまり目を閉じる。ドキドキ、と胸が高鳴って苦しくなる。
「おーい長月くーん!」
ふと声が聞こえ、幸雄はぱっと手を離す。陽羽はほっ、とため息をつき、声のした方に視線を向けた。
かなり年季の入った白衣の袖を捲り、髪は色素の薄い茶色で毛先は少し白い。
鋭い印象を受ける切れ長のつり目だが、かけている大きめの丸眼鏡が厳しそうな印象を緩和している男性だった。
「あぁ陽羽ちゃん…だったかな…もいたんだね。水無月君がどこにいるか知ってるかい?」
「水無月先輩…知りません」
「そうかい…うーん…どこ行ったんだろ…」
「あ、そうだ四季さん」
「?」
幸雄は陽羽の肩を軽く引き寄せる。先程の事もあって、またどきりと胸が高鳴る。
「正式に添人になる事が決まりました」
「おぉ〜おめでと〜」
パチパチ、と拍手をして陽羽を見た。
「君の事は聞いてるよ〜。俺は四季空。そらって書いて『くう』って読むんだ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします…!」
じゃあ、と空はスマホを取り出し、メッセージをうつ。
「夏木宵って子呼んだから、その子に添人の仕事教えて貰って。長月君、悪いけどちょっと来て手伝って」
「は、はい…」
「分かりました…」
幸雄はまた、と手を振って、空の後を着いて行った。
(まだ…熱い…)
先程幸雄に触れられた頬に触れる。まだほんのりと熱を帯びていて、触れられたという実感が強く湧いた。




