第1話
人の多い繁華街をふらふらと歩く少女がいた。
淡い桃色のグラデーションがかかった銀髪、宝石のように美しい緑色の目はどこか暗い影があった。長い睫毛、ふっくらとした唇、桜色の頬、街ゆく人々は振り返ってその少女を見る。
しかしその少女の様子はおかしいものだった。俯きがちにゆっくり歩き、ため息をつく。見る人が見れば不気味とも思うだろう。そして何より目の下には真っ黒なくまが出来ており、何日も寝ていないと見て取れる。ふらふらと足元が覚束無いのもそのせいだろう。
少女は何度目かのため息をつき、ふと立ち止まった時だった。
「こんな時間に何をしている」
肩を掴まれ、そう問われた。少女は何も答えず歩き始めた。
「質問に答えろ」
しかし今度は少女の行く道を遮られる。声の主は見ないようにして、少女は走り出した。人の波をかき分け、細い路地に入った。
しかしあっという間に追いつかれ、腕を掴まれた。
「いや…!離して!」
身をよじって逃げようとするが、そのまま身体を壁に押し付けられ、退路を経たれてしまう。
「落ち着け。何もしないから」
少女は恐る恐る声の主を見上げた。
夜空のような穏やかな青い髪、右目には黒い眼帯が付けられていたが、反対の見えている左目は月のように黄色く輝いていた。青年の両耳に付けられている赤いリボンのピアスが風に揺られている。
少女が口を開きかけると、何かに気付いた青年が少女を抱き寄せた。
「きゃっ…!?」
「静かに。………」
辺りを見渡し、耳を研ぎ澄ませる。やがて一人の女性が姿を現した。
「貴様が隻眼の長月か?」
青年から身を離さず、声のした方を見る。妖艶な雰囲気を纏った女性の耳は、人間のものと違い尖っていて、禍々しい殺気を放っていた。
紫色の口紅が塗られた唇を釣り上げて笑う女性を見た青年は、少女の腕を引いて駆け出した。
「逃げるぞ」
「えっ…?」
少女はちらっ、と女性を振り返って見る。女性は動かずただじっと青年の背を見つめるだけだった。
「あの…追って来ませんよ…?」
「!お前…見えるのか?」
青年の質問の意図が読み取れなかったが、ひたすらに走り体力を一気に削りとられる少女に、聞き返す余力は無かった。
しばらく走って、繁華街を抜けると広い公園があった。青年は立ち止まり、再び辺りを見渡した。一方少女は肩で息をして、青年を見上げるのに手一杯だった。
「……いいか。あそこの物陰に隠れてじっとしてるんだ」
「え…、…分かりました…」
一瞬戸惑ったが、青年のただならぬ気迫に押され、大人しく従う事にした。