3.
「クリちゃん急いでよ!!」
制限速度+10キロくらいしか出さない長兄に、あたしはぼやく。あれから結局10分ほどかけて着替えて、あたしは罰ランになるかどうかの瀬戸際なのだ。
「自業自得だ。お前を乗せて危ない運転は出来ないからな。」
「タクちゃんだったら…?」
「あいつなら200キロ出して高速に乗って所定の時間よりなるべく早く着くようにしてやるさ。」
にやり、と笑った。あたしを乗せて速く走ることがないのは本当で、家族で旅行に行った日も、飛行機に乗り遅れそうだというのに決して制限速度を超えなかった。空港で飛び去った飛行機の座席をキャンセルし、新しいチケットを購入するはめになったけど、
「アキを乗せて事故を起こすわけにはいかない。」
と平然としていた。追加の飛行機代を支払ったのは拓斗なのだけれど。
「アキ、降りる準備は出来てるか?」
助手席に向くことなく、陸斗は尋ねた。
「うん。あ、もう着くんだね。」
サクラカフェ―うちの高校の女子たちに絶大な人気を誇るケーキ屋―を右に曲がると、校門は目の前。そこには果たして
「やっぱり虎ちゃんが立ってる。」
あたしは親指と人差し指でコメカミを抑えた。あの男が立っているということは、後2分で門を潜らなければ、遅刻。即ち罰ランが待っているということだ。
虎ちゃんこと虎姫龍雄。竹刀を担いだ赤ジャージ。どこの時代の熱血体育教師だよ…とツッコミを入れたくなるけれど、虎姫龍雄の担当教科は、音楽。
「音楽には体力が不可欠。」
が口癖で、うちの吹奏楽部はどこの運動部よりも筋トレ時間が長いと噂。確かに吹奏楽部の生徒は、運動会でもマラソン大会でもやたらと活躍しているから、強ち嘘ではないかもしれない。
「虎姫先生、まだいるんだな。」
陸斗は呆れたような感心したような、その二つの気持ちがないまぜになっているような言い方をする。
「知ってるの?」
「ああ。後2分以内に校門をくぐらなきゃ、アウトだぞ、アキ。」
「うん…。」
虎ちゃんの目の前で―意地悪すぎる!!―車を止められ、あたしは飛び出す。
「気をつけろよ。テスト、忘れるなよ。」
そう言って、陸斗はいってしまった。




