僕の、僕だけのお姫様。
短編小説、投稿してみました。
「歳兄ちゃん、遊ぼう~」
玄関の外から、可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。
僕のことを「歳兄ちゃん」と呼ぶのは、あの子しかいない。
お隣に住む、7歳下の莉緒だ。
「今、行く~。莉緒、ちょっと待ってろよ~」
外にいる莉緒に聞こえるよう大きな声で叫ぶと、2階の部屋から階段を駆け降りた。
「母さん! 莉緒と出かけてくるから」
「はいはい、行ってらっしゃい。御夕飯、莉緒ちゃんの好物を用意するから、18時には帰ってきなさいね」
「莉緒の好物? そりゃ、早く帰ってこなくちゃ。じゃぁ、行ってきます」
母親に莉緒と出かけることを告げると、バタバタと玄関に走った。
せっかく莉緒が誘いにきてくれたのだから、待たせるなんて莉緒がかわいそうだ。
そう思って慌てて靴を履いたが、その反面、莉緒がどんな様子で僕を待ってくれているのか気になってしまい、わざと音を立てず玄関の戸をソーっと開けた。すると、「歳兄ちゃん、遅いなぁ~」とブツブツ言っているのが見えて、その様子が堪らなく可愛くて嬉しかった。
僕は莉緒をギューッと抱きしめたい衝動をグッと我慢し、何食わぬ顔して声をかけた。
「莉緒、お待たせ」
「あ、歳兄ちゃん! もう、『今、行く』って言ったのに遅~い!」
莉緒が頬をプーッと膨らませて拗ねる様は、超絶可愛い。
中学2年生の男子生徒が小学1年生の女子児童に抱く感情としては「キモい!」と言われるかもしれないが、誰が何と言おうが莉緒は天使のように可愛い僕のお姫様。そして、僕は僕だけのお姫様を守る素敵な騎士でありたい。だから、いつも莉緒を甘やかしたくなる。
「莉緒。今日の夕飯は莉緒の好物だってよ」
「本当? じゃぁ、いっぱい遊んでお腹空かせて帰ってこなくちゃ」
僕は、母親からもたらされた極秘情報を伝えると、莉緒は嬉しそうに答えた。
莉緒をエスコートするのは騎士である僕の役目。この役目は、誰にも渡さない。
「では、お姫様。公園までエスコートしますから、お手をどうぞ」
「エスコートされてもよろしくてよ」
頬をうっすら染めながらもツンとおすまし顔で手を差し出す莉緒。一体どこでそんな言葉を覚えてきたのだろうねぇ〜。
莉緒によると、学校では魔王様からお姫様を救い出す騎士の物語が女子児童の間で流行しているようで、毎日のようにお友達とお姫様ごっこして遊んでいるらしい。とはいえ、お姫様になりきろうとしている莉緒は本当に(以下略)。
僕は、莉緒の小さい手を握って公園に向かった。
莉緒と初めて会ったのは、今から3年前だった。
長らく空家状態だった隣家でリフォーム工事が始まり、工事の音で騒々しいなと思っていたら2ヶ月余りで完了した。
どんな人が越してくるんだろうと楽しみにしていたある日、ついにその日がやってきた。
「ごめんください。隣に越してきた木下と申します。引越のご挨拶に伺いました」
「は~い、少々お待ちくださいね~」
母親がパタパタと軽快な足音をたてて玄関に向かう。その後を父親がドスドスと続き、僕は物陰から様子を伺った。
ガラガラッと玄関の引戸を開けると、仲のよさそうな御夫婦と、その後に隠れるようにして恥ずかしがる3~4歳ぐらいの小さな女の子が立っていた。
「はじめまして、隣に越してきた木下と申します。こちらは妻の奏子、娘の莉緒です。宜しくお願いします」
「木下さんですか、宜しくお願いします。ご丁寧にご挨拶いただき、ありがとうございます。内藤です……て、もしかして……克之か?」
「え……? あ、俊輔か? なんだ、おい、ここは俊輔の家だったのか」
「いやぁ、久しぶりだなぁ。何年ぶりだ?」
そう言って二人は抱き合い、互いの近況を語りだした。
一瞬取り残された感じを否めない奏子おばさんと母親だったが、すぐに我に返った母親が家に上がるよう声をかけた。
「まぁまぁ、お二人とも。玄関先ではなんですから、どうぞ上ってください」
母親は、玄関先で語り合う父親たちと戸惑いを隠せずにいる奏子おばさんたちを促し、リビングへと案内した。
その日、ご近所へのご挨拶予定は我が家が最後と聞いた母は、張り切って夕飯の支度を始めた。
「再会するのは十数年ぶりなんでしょ? せっかくだから、お夕飯を食べていってくださいな」
さすが、わが母親。力業もここまでくると尊敬に値する。
奏子おばさんは「小さい子もいるし、突然のことでご迷惑ではありませんか?」と恐縮しきりだったけど、母親とは主婦同士すぐに打ち解け、ご近所情報や子育てについて色々と話がはずんだようだった。
父親は父親で、克之おじさんとの再会は大学の卒業式以来ということで、秘蔵の日本酒を出してきて酒を飲みながら語り合っていた。後で聞いた話だが、克之おじさんとは小学3年生からの親友で中学・高校・大学とずっと一緒にいた仲だった。ところが、社会人になってからというもの付き合いが疎遠になってしまい、転居先もわからなくなってしまっていたらしい。12年ぶりの奇跡の再会、これはきっと朝まで飲み明かすパターンだな。
両親たちがまったりと語り合う様を確認した後、僕はトイレに立った。
食事中にトイレに行くだなんてお行儀の悪いことだとわかっているけど、今日は「宴会」だから子供が1人トイレに行っても誰も気が付かないだろう。そういえば、あの子、莉緒ちゃんもそろそろトイレに行きたい頃合いではなかろうか。
そう思って、すっかり宴会場と化したリビングを見回すが、莉緒ちゃんの姿が見えない。
家中を探してみたが、やはりいない。
まさか、誰もいない新居に帰ってしまったのかと焦って外に出ると、莉緒ちゃんは玄関の前で夜空を眺めていた。
「莉緒ちゃん、こんなところにいたんだね。夜のお外は体を冷やすから、お家に入ろう?」
莉緒ちゃんは声をかけた僕をチラッと見ると、再び夜空に視線を戻した。どうやらすぐに戻る気はないらしい。かといって、まだ小さな女の子をこのまま1人にしておくことはできず、僕は莉緒ちゃんの隣に腰を下ろし、自分が着ていた上着を肩にかけてあげた。
莉緒ちゃんは「あったか〜い」と表情を緩ませた。その顔があまりにも可愛くて、ちょっぴり嬉しくなったのはナイショの話。
「莉緒ちゃん、何を見ていたの?」
「うんとね〜、お月様がまん丸できれいだったから、ウサギさんに会えるかなぁ〜と思って見ていたの」
莉緒ちゃんは、お月様の中でウサギさんがお餅をついていると本気で信じているようで、大きな目をパッチリ開いて「ウサギさん、よく見えないなぁ〜」と真剣になって探していた。
小学4年生になっていた僕は、お月様にはウサギさんがお餅つきしてないことを知っていた。だから、莉緒ちゃんに本当のことを教えてあげようとしたのだが、それがいけなかった。
「そんなの嘘だもん。お月様にはウサギさんがお餅つきしてるって、絵本に書いてあったもん!」
先程まで緩ませていた表情がクシャクシャになり、可愛らしい大きな目からはポタポタと大粒の涙がこぼれ落ちた。信じている世界を否定されて悔しくて静かに泣く様を見て、僕はなんて酷いことを言ってしまったのだと激しく後悔した。
「莉緒ちゃん、僕が悪かった。お月様にはウサギさんがお餅つきしてるって、莉緒ちゃんと同じ年の頃に絵本を読んで知っていたのに。莉緒ちゃん、ごめんね」
ヒックヒックとしゃくりあげながら泣く小さな体をギュッと抱いて、よしよしと頭を撫でた。どれくらいそうしていただろうか、気がつけば莉緒ちゃんは泣き疲れて眠ってしまった。
莉緒ちゃんを落とさないように抱っこして家に戻ると、予め母親が用意していた客間の布団に寝かせた。可愛らしい額にチュッと唇を寄せると、莉緒ちゃんの表情が緩んだように見えたのは気のせいだろうか。それを見て僕も安心したのだろう、莉緒ちゃんを抱きしめたまま眠ってしまったらしい。
大人たちはお酒が入っていて子どもたちのことなどすっかり失念していたようだが、奏子おばさんがトイレに立ったとき莉緒ちゃんがいないことに気がつき、一気に酔が冷めて家中を探し回った。僕の部屋にもいなかったときはさすがの母親も顔面蒼白になったが、最後に残った客間を捜索しようと襖を開けたら客用布団で眠る僕達を発見して安堵したそうだ。ただ、僕が莉緒ちゃんを抱きしめて寝ていたのが克之おじさん的にスイッチが入ったらしく、「お前の息子に莉緒を嫁にやらんぞ」と息巻けば「うちは喜んで莉緒ちゃんを内藤家の嫁に迎えるぞ!」と父親が応戦し、それを奏子おばさんと母親は生温い視線で見守っていたという話を後で聞いた。
翌日――。
莉緒ちゃんと二人してお寝坊して10時頃目覚めると、僕たちは大人たちに呼ばれてリビングのソファに座らされた。何か悪いことをしたという自覚も記憶もないのに何だろうとドキドキして、思わず莉緒ちゃんの手をギュッと握った。莉緒ちゃんも不安だったのか、「お兄ちゃん……」と泣きそうな顔しながら抱きついてきた。母親たちは「あらあら」なんて微笑ましく眺めているが、克之おじさんの目は笑ってない。
僕は小学生だけど、少しは大人の顔色見て空気も読めるようになったんだよ! 本気で怖いから、落ち着いてよ〜っ!
そんな克之おじさんを見て、父親がゴホンと咳払いした。
我に返った克之おじさんは、気を取り直して話しだす。
「莉緒。お前の隣にいるお兄ちゃんはね、お父さんの親友の息子で隼人くんだ。莉緒よりも7歳上だから……、小学4年生かな?」
「隼人くん? 4年生?」
僕は、そうだよと頷いた。
「莉緒は、隼人くんとおしゃべりしたかな?」
「うん。莉緒ね、お兄ちゃんといっぱいお話したよ」
ねー!て、可愛らしい笑顔を向けられて、僕は思わずデレてしまった。その瞬間、克之おじさんの背後から極寒のブリザードを感じたのは気のせいでないはず。お願いだから落ち着いてよ!
克之おじさんがいちいち僕に牽制をかけてくるため、話が進まないと思った父親があとを続けた。
「莉緒ちゃんは、隼人のことをどう思ってる? 好き? それとも、あまり好きくない?」
質問の内容が直球すぎるし恥ずかしすぎるし、突然のことで吃驚して僕の顔は真赤になってしまったが、莉緒ちゃんは「えっとね〜」と真面目に考えて答えてくれた。
「莉緒ね、お兄ちゃんのこと好き。優しくてね、莉緒が寒くしてたらお洋服貸してくれたし、莉緒が泣いちゃったらギューッとしてくれて頭撫でてくれたの。お兄ちゃんと一緒に寝てたらね、怖い夢みなかったよ」
莉緒ちゃんは嬉しそうに話してくれた。
次に、父親は僕にも同じ質問をしてきた。
「隼人はどうなんだ? 莉緒ちゃんのこと、どう思ってる?」
「僕は……昨日初めて会ったばかりだし、7歳も違うし、正直なところよくわからないけど、昨晩色々お喋りしてて莉緒ちゃんのことすごく大事だし好きだと思うよ」
出会って24時間も経過してないけど、今感じてる気持ちを素直に伝えた。すると、克之おじさんが莉緒ちゃんと僕の手を取って、重大発言をした。
「莉緒。大きくなったら隼人くんのお嫁さんになるか?」
「およめさん? お兄ちゃんの?」
莉緒ちゃんは僕の顔をジーッと見つめると、ニカッと笑って言った。
「莉緒ね、お兄ちゃんのおよめさんになる! お兄ちゃん、大好き!」
僕はまだ子どもだけど、その言葉は強烈に痺れた。
小さな女の子に告白されて、これほどまでに胸がキュンキュンするなんて!
「隼人。お前はどうなんだ? 7歳も下の女の子に言わせたまま黙っているのか?」
父親の目は、男なら男らしくビシッと自分の言葉で意思を伝えろ!と言っている。もちろん、伝えるに決まっているじゃないか。
自慢じゃないが、両親から良い遺伝子を引き継いでいるおかげで容姿には恵まれている。加えて日々の努力もあって文武両道・学年トップの成績を修め、クラスの女子や上級生から告白されることも多い。でも、毎度お断りするようにしている。なぜなら、小学生のうちから女の子と交際するよりも、勉強したり武道のお稽古をしている方が楽しい。そして、何よりも彼女たちの告白に胸が響かなかった。
それが、どうだ。
昨日初めて会ったばかりの3歳の女の子が見せる仕草や言葉にデレまくり、挙句「およめさんになる!」と言われて息もつけぬほど胸が苦しくなるなんて。
僕は、男として決心し、生まれてこの方10年しか生きていないが人生初のプロポーズをすることにした。
「莉緒ちゃん……、僕の、僕だけのお姫様。莉緒ちゃんのこと一生大事にする。莉緒ちゃんを守り支える騎士になる。だから、僕のお嫁さんになってくれる?」
僕の、今できる精一杯のプロポーズ。お願いだから、莉緒ちゃん、Yesと言ってくれ!
「うん! お兄ちゃんのおよめさんになる!」
歓喜のあまり、僕は莉緒ちゃんをギュゥギュウ抱きしめて頭を撫で回した。
「莉緒ちゃんのこと、大事にするからね! ありがとう!!」
大人たちが良かった良かったと頷く中、一人克之おじさんが我を忘れて「隼人、莉緒から離れろ!」と僕らを引き剥がそうとしたけど、「あなた、大人気ないわよ。ホホホ」と言いながら克之おじさんをズルズル引き摺っていく奏子おばさんの姿は、うちの母親よりもすごい人なのかもしれないと密かに思った。
克之おじさん、なんだか背中がションボリして見えるよ……。でも、その背中に誓うから。莉緒ちゃんを大事にするって!
あれから7年――。
僕は高校2年生、莉緒は小学4年生になった。
都内の有名進学校に入学した僕のもとには、相変わらず女の子たちが色目を使ってくる。が、全く眼中にない。7年経った今でも、莉緒のことが可愛くて可愛くてならない。むしろ、莉緒と同学年の男子がちょっかいかけてこないかと心配でたまらない。
木下家と内藤家で内々の婚約式は済ませているが、莉緒が僕の唯一で将来の妻であることを知らしめたいと常々考えていたので、今までコツコツ貯めてきたお年玉やお小遣いを取り崩し、エンゲージのロケットペンダントをペアで注文した。もちろん双方の親には了承得てのことだ。
ゴールドの三日月にプラチナのウサギを合わせ、それぞれの誕生石を埋め込んだ。二つを並べると対になったウサギが仲良く寄り添うデザインになっている。刻印は互いの名前を入れ、莉緒に贈る方にはラテン語で「Con Todo Me Amore(私のすべての愛を込めて)」とし、僕が持つ方には初めて莉緒に会った日付を入れた。そして、ある部位を動かすとロケットの中におさめた二人の写真賀見られるよう、細工を施してもらった。
出来上がりの連絡を受けたのは、莉緒の誕生日2日前。
母親と一緒に引き取りに行き、注文した通りの出来栄えになっていることを確認すると、ホッと息をついた。
「隼人は案外ロマンチストだったのね。二人の歴史をこれでもかと散りばめて、女の子が喜びそうなものをオーダーメイドするんだもの」
母親は、からかうように言った。
「この日のためにコツコツお金を貯めてきたんだ。それとは別に、お祖父様から指導を受けたトレーディングでも実績を上げてるし、その辺の4大新卒社員の年収を軽く超える金額にはなったよ。それに、世界にひとつだけの贈物で虫除けもできたら一石二鳥だろ?」
照れ隠しもあってツン対応してしまったが、実は我ながらロマンチストだという自覚があった。
そして、莉緒の誕生日当日。
木下・内藤の両家が見守る中、改めてプロポーズするとともにエンゲージのペンダントを渡した。
二人が出会った頃の僕と同じ年齢になった莉緒。今なら、この台詞が意味するところを理解してくれるだろう。
「莉緒。僕の気持は7年前と変わらない。僕の、僕だけのお姫様。莉緒のこと一生大事にする。これからもずっと莉緒を守り支える騎士になる。だから、僕のお嫁さんになってくれる?」
「歳兄ちゃん。いや、隼人さん。私、大きくなったら必ず隼人さんのお嫁さんになる。だから、これからも莉緒のことずっと好きでいてね」
僕は、歓喜のあまり、僕は莉緒をギューッと抱きしめ頭を撫でた。
そして、渾身の作であるエンゲージペンダントを莉緒の細い首にかけると、額にチュッと唇を寄せた。
莉緒は真っ赤になりながらも涙を流して喜んでくれた。
克之おじさんは額に唇を寄せたのが許せなかったのか、前回同様僕らを引き剥がそうとやっきになった。それを見て「オホホホ」と笑いながら克之おじさんの首根っこを押さえる奏子おばさんの姿。
そこには7年前のあの日と変わらぬ光景があった。
僕は、この幸せを噛み締め、生涯変わらぬ愛で莉緒を幸せにしていくのだと決意を新たにした。
この半月後、まさか莉緒と離れ離れになり再会までに18年の時を要することになるとは知らずに……。
その後、紆余曲折を経て二人が再会するのは18年後。
でもそれは、また別のお話……。
読んでいただき、ありがとうございました。
(注釈)冒頭の「歳兄ちゃん」の由来は、土方歳三の変名が主人公と同じ「内藤隼人」という名前からきています。決して入力ミスではありませんので、あしからず。