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ダンディ・リボーンズ 02

「<スーパーパワー>。――魔法、ミュータント能力、超能力、ギフト、エトセトラエトセトラ……。呼び方は色々ありますが、普通の人間は持ちえない能力の総称です。あなた――えーと、ダニエルさんでしたっけ――も持っていますよね?」

「ん? ああ、まあ……」

「このスーパーパワーというものは千差万別、個人々々で持っている能力が違う。肉体を強化して文字通りの超人にしてしまうものやら、変身能力、果ては自分の髪の毛がものすごく抜ける能力。ダニエルさんはバリアでしたっけ? とにかく、役に立つ能力から無いほうがマシという能力までスーパーパワーにも色々ありますが――このベルトに組み込んだ装置はスーパーパワーを発揮する方向性を一つの方向に定めることができるのです!!」

「あー……つまり?」


 セシルが何を言おうとしているのかいまいち掴めない。そう訊ねたダニエルに対して、セシルは大きく頷きながら答えた。


「素質――つまりスーパーパワーを持ってさえいれば、誰でもプログラムされた能力を使うことができるということです!」

「……すげえな」


 ダニエルは素直に感心した。


 生まれついての能力を持っている者や、後天的に能力が発現する者など様々だが、スーパーパワーを持っている者自体はそこまで珍しいものではない。たとえば普通の学校でも学年に一人や二人はいるだろう。

 だがスーパーパワーを持っているからといって、それが能力者自身にとって有用であるとも、使いこなせる能力であるとも限らない。むしろあっても無くても大して変わらないような能力であることの方が多い。


 そんな不確定なスーパーパワーを、たとえば肉体強化のような能力として発現させることができるとすればどうだろう。スーパーパワーの利便性は格段に向上する。もっともスーパーパワーを悪用されやすくもなるのだろうが。

 だが、それを差し引いても――。


「すげえな」


 ダニエルは再び感嘆の声を漏らした。だがセシルは不満げに頬を膨らませる。


「なんですか、それ? 皮肉ですか?」

「いや、違うって。とにかく理論上は便利な能力をスーパーパワーを持っている奴ならだれでも使えるようになるってことだろ?」

「やっぱり馬鹿にしてません? わざわざ理論上はって言わなくてもいいじゃないですか! ……実際その通りなんですけど……!」

「本当にそう思ってるって。……で、これがどうして俺のヒーロー復帰に関係するんだ?」


 ダニエルの質問にニコラスが答える。


「つまりセシル君の開発したこの装置は、装着者を変身させる能力がプログラムされているんだ。役員会の決定では『ダニエル・ロス』がヒーローとして我が社で活動することを禁じた。だから君は変身してダニエル(ダン)ではない『別人』となり、我が社の新しいヒーローとなるんだ」

「い、いいんですか? それ? 反則では……?」

「我が社に所属する社員の情報や外見を変えてはいけないという社則はないが?」

「そんなことしちゃいけないのは常識でしょう!?」

「明文化されていない以上、公正も反則もない。違うかな?」

「め、滅茶苦茶な理屈だ……」


 ダニエルはニコラスの論理展開に呆れたように、右手で顔を覆った。そのまま肺の中の空気を全て出してしまうようなため息をつく。

 そして短く息を吸い込み、


「やりましょう」


 とはっきりと言った。

 色々と思うところはあるが、それより何よりまたヒーローになれるというのは非常に魅力的だ。

 失いかけていたアイデンティティを取り戻せるのなら、藁にもすがりたい気持ちなのだ。


「よく言ってくれた。ダン」

「決心したならさっさと済ませちゃいましょう! 時は金なりともいうことですし」


 ダニエルが承諾した瞬間、セシルがすかさず彼の腰に変身ベルトを装着させた。

 重厚感のあるにぶい金属の輝きが年甲斐もなくダニエルの心をワクワクとさせる。

 改めて確認してみると、昔テレビで見た日本のヒーローが付けている変身ベルトそっくりだ。偶然そうなったというよりも、設計・政策の段階でそれをオマージュしたのだろう。

 良い趣味してるじゃないか、とダニエルはこっそりとセシルのことを見直した。


 一方、彼女も自分の発明品をテストできる興奮に抗いきれないのだろう。ダニエルに鼻息も荒く、ベルトの使い方を説明する。


「使い方は簡単です。そこのベルトのバックルについているスイッチ。それを押してから変身のための『キーワード』を音声入力するんです。今はデフォルトなので『変身』に設定してありますけど……変えます? チョーリキショーライとかジョーチャクとか好きに設定できますけど。リリカルマジカルなんかもオススメですね」

「いやデフォルトのままでいいよ。こういうのはシンプルなのが一番かっこいいんだ」


 起動手順を確認しながらダニエルは満面の笑みを浮かべた。

 悪くない。自分のヒーロースーツしか着るつもりはないと言ったが、こういう趣向なら悪くない。むしろいい。これがハスラー事業部長の言っていたクール、ポップ、アンド、スタイリッシュというやつだろう。

 期待のニューヒーロー、マスク・ザ・ダンディⅡ.そのデビューを妄想すると彼の心は少年のように否が応にも弾んでしまう。


「なんかここに来た時と違ってイキイキしてますねー。ちょっとムカつく」

「理不尽だな、アンタ!? ま、いいや」


 上機嫌でダニエルはセシルの皮肉を受け流した。彼女のジトッとした目線も気にならない。

 まだ自分はヒーローでいられる。その喜びが胸の内から内から湧いてくる。


 バックルのスイッチを右の親指で押し込む。

 そして。 気合、期待、興奮、ほんの少しの気恥ずかしさを込めて、


「――変身!」


、そう叫んだ。


『キーワード承認』


 ベルトから発せられた機械音声と共にダニエルの体の中でスーパーパワーが加速した。

 ダニエルの体がぼうっとした燐光に包まれる。

 力がベルトへと集中し、異質の力へと変換され、再びダニエルの体へと回帰、循環していく。

 いつもの防御障壁を形成するときの感覚とはまったく違う。慣れていないその感覚に少し頭がくらくらとした。


「ぐっ――」


 ダニエルは思わず床に膝をついてしまう。


 まるで体全体が溶けた鉄になったかのように熱い。

 そして体の芯から引き裂かれ、砕かれ、磨り潰されるような痛み。

 体組織の全てが作り替えられているのだ。

 灼熱の痛みと苦しみの中、ダニエルの体が変化していく。


 筋肉ではち切れんばかりだった大柄な体がしぼんでいく。

 小さく丸くなっていく肩から灰色のジャケットがすとんと落ちた。その先にある腕は縮んで細くなり、シャツの袖の中へとその姿を隠してしまう。

 胸板は見る見るうちに薄くなっていき、盛り上がっていた大胸筋などどこかに行ってしまった。その一方で乳首を中心に脂肪が集まり、柔らかかつなだらかなラインを描き、うっすらと盛り上がる。

 下半身も同様だ。腰も脚も細くなっていく。がっしりとしていた腰回りは今や半分以下にも細くなり、引っかかり切れなくなったズボンがベルトと共にずり落ちた。

 まるで丸太のようだった太腿はいつの間にかすらりと細くなってしまっており、いっそ頼りなげにも見える。


「がぁあっ――」


 ダニエルの短く刈り込まれた栗色の髪はどんどんと長くなり、華奢な肩のあたりにまで伸びていく。

 細かい古傷が浮いていた肌はいつの間にか、白磁のような滑らかさとつややかさをたたえている。

 まるで女――いや、女そのものの体になっていく。


 そして一際ひときわ鋭い光が彼の体を包んだ。

 ぶかぶかになってしまった服が分解され、変換されていく。


 トランクスは、丸みを帯びた柔らかい臀部を覆うショーツに。

 アンダーシャツは、生まれたての乳房を守るブラジャーに。

 ライトブラウンのズボンは、白く翻るフリフリとしたミニスカートに。

 灰色の上着とYシャツは、白を基調とした短い丈のジャケットとフリル付きの白いブラウスに。


 光が収まった。

 そこにいたのはあどけなさを残した美少女だった。ダニエルの面影を残すものは、髪の色と瞳、そして――変身ベルト。


「成功ですよ! 社長!」

「ふむ、見事に別人に変わっているな。これなら誰もダンとは気づかないだろう」

「ど、どうなったんだ……?」


 思わずダニエルが出した声は甲高くなっていた。そのことにダニエルは衝撃を受けてしまう。

 鍛え上げた手足は折れそうなほどに華奢になってしまっており、自慢の逞しい胸板は慎ましいおっぱいなってしまっている。

 自分の体の変化に目を白黒させているダニエルに対して、セシルが待ってましたとばかりに口を開いた。


「ふふふ、説明しよう! あぁっ……! このセリフ、一度言ってみたかったんですよね~」

「いいから! 早く説明しろよ!?」


 恍惚とした表情で決め台詞を口にするセシルとは対照的に、ダニエルは目下、絶賛混乱中だ。何が何なのかさっぱりわからない。

 彼にわかるのはどうやら自分の体がすっかり変わってしまったようだ、ということだけだ。


「まったく……情緒のわからない人ですね。これだからおっさんは。姿形は変わっても中身まではさすがに変わりませんか」


 ひとしきりぶつくさと言いながらセシルはダニエルの前に立つ。先ほどまでダニエルが見下ろしていた彼女の顔が、今では見上げなければならないほどに高い。

 そしてセシルはダニエルに白衣のポケットから小さな鏡を取り出して突きつける。

 鏡の中に映る、驚きと戸惑いの表情を浮かべている美少女の姿にダニエルは声を失った。


「さっき説明したとおり、そのベルトに組み込まれたコンバータは、色々な能力のスーパーパワーをあらかじめプログラムされた能力に変換するんです。今はあなたのスーパーパワーをその<美少女に変身する能力>に変換したというわけ。どうでしたか? 私の発明は」

「クソッ、……ああ素晴らしいね、ここまでのものだとは思いもしなかったよ!」

「そうでしょうそうでしょう。私も実は予想以上のテスト結果に驚いているところです。いや~、不粋なおっさんだと思ってましたけど、なかなか見る目がありますね!」

「皮肉だよ! 気づけよ! 何が悲しくてガキ、しかも女にならなきゃいけないんだ!?」


 そうして数分間もの間、ダニエルは呪いの言葉を吐き続けた。こんな状況になってしまったことに対して、思いつく限りの悪態を並べ立てる。

 罵りワードと興奮する気持ちを全て吐き出し終わった後、少し冷静になったダニエルは、楽しげにニコラスと美少女ヒーローの良さについて会話をしていたセシルに再び話しかけた。


「なあ、ちょっと……」

「あ、気は済みました?」

「悪い。ちょっと取り乱した。……まあスーパーパワーを他の能力に変換できることはわかった。でも変身以外の能力にしても良かったんじゃないか? 空とか飛べたりしたら便利だろ?」


 そう訊ねたダニエルに向かって、セシルは少し残念そうな顔をした。


「変身以外の能力は実用化の目処めどすら立ってないんです」

「そうか……。でも例えば――他の姿にするってことはできないのか? 同じ変身するにしても、ボディアーマーとマスクで身を固めたやつとか……マスク・ザ・ダンディの面影を残した姿にするとか……あるだろう?」

「無理です」

「……あー、そう。無理なの……。無理なら仕方ないね……」

「ええ。技術部主任としてむさ苦しい男の面倒を見るなんて真っ平(まっぴら)御免ごめんです!やっぱり可愛い女の子じゃないと!」

「無理ってそっちの都合のことかよ! ふざけんなよ! 他の姿にしろよ!」

「嫌」

「ほほう」


 つーんと、まるでふてくされた子供のようにそっぽを向くセシル。そんな彼女をどうしたものか、とダニエルが思考を巡らせ始めたとき、不意にけたたましいアラームの音が鳴り響いた。そして少しの間をおいてニコラスの携帯電話も鳴り始める。


「な、なんだ?」

「ヒーローの出動要請があったみたいですね。それでは私、装備の準備をしてきますので、これで。あ、そうそう。変身した後、装置は切れているのでダニエルさんの元々のスーパーパワー、バリア能力も使えるはずです! では!」


 そう言うとセシルは白衣の裾を翻しながら、慌ただしく走っていった。

 所在なげにダニエルがニコラスの方を向くと、彼は少しイタズラそうな笑みを浮かべながら電話を受けている。


「――ヒーローの件だろう? ――ああ、大丈夫。ニューヒーローはもう準備できている。ここにもういるよ」


 そう言うとニコラスはダニエルに軽く目配せをした。本気でニコラスは美少女となってしまったダニエルをダンディ保険会社所属のニューヒーローとしてデビューさせる気のようだ。


「さあ、早速の仕事だ。ドーフィン銀行で強盗事件が発生した。彼らは人質をとって逃走中らしい」


 穏やかな声でニコラスがダニエルに話しかける。だがその目は穏やかさからは程遠い。犯罪に対する怒りがそこにはあった。


「ヒーローなら――どうするのかな?」


 ダニエルに対して挑戦的な口ぶりで訊ねる。

 だがそれに対してのダニエルの答えなど、決まっていた。

 犯罪を憎むのはダニエルも同じだ。彼は根っこからヒーローなのだ。たとえ死にかけていたとしても立ち上がり、犯罪に立ち向かうだろう。ましてや、美少女になっているだけのことに何の問題があるだろう。

 彼は無言でうなずき、確かな決意と覚悟をもってニコラスの次の言葉を待った。


「では。マスク・ザ・ダンディ――改め、魔法少女ダンディ! 出動せよ!」

「了解!」

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