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ダンディ・リボーンズ 01

 ニコラスはエレベーターの階数ボタンの横に据え付けられているスロットにカードキーを通し、地下へのボタンを押した。

 ダニエルたちの乗ったエレベーターは目的地だった一階を通り過ぎ、さらに下へ下へと降りていく。

 階数表示が一番下で止まった。セキュリティ・チェックがあるのか、しばらくの間、扉は閉まったままだ。


 巨大なダンディ保険会社本社ビルの地下五階。そこはヒーローの装備などを開発するための技術部だ。

 本業である保険業とはまるで関係のない部門。そこに多額の予算がかけられているのは、社長であるニコラスの「企業は社会に奉仕するものである」という信念によるものからだ。もっとも本音としては、ヒーローへの趣味と浪漫ロマンが多大な割合を占めているのだが。


『お待たせいたしました』


 機械音声が流れ、エレベーターの扉が開いた。

 油の匂いがつんと鼻をつく。強い照明が目を刺す。

 エレベーターの先にはだだっ広い空間が広がっていた。天井からはクレーンがぶら下がり、壁際には用途のよくわからない機械なんかや資材、ダニエルがヒーロー時代に愛用していた企業のロゴ入りのバイクなどが並んでいる。企業の技術部というよりも格納庫、もしくは自動車の修理工場と言った方がしっくりくる印象だ。


「技術部って俺、初めて来ましたよ。こんな風になってたんですね」

「セキュリティの関係でごく限られた人間しか入れないようになっている。今回の君は、まあ、特別だよ」

「職権濫用ってやつですか、社長? 悪い奴ですね、このこの」

「そういじめないでくれため、ダニエル《ダン》」


 二人が軽くふざけあっていると。


『おや社長! どうかしましたか!?』


 突然、天井近くに据え付けられているスピーカーから大きな女性の声がしたのでダニエルは驚いた。

 一方、ニコラスは慣れているのか落ち着いたものだ。


「いや、ちょっとね。報告のあったアレを見せてもらおうかと思ってね」

『なるほど! アレですか! いい実験体が見つかったんですね!』

「アレってなんです? というか実験体って!? もしかして俺のことですか!?」

『おお! なかなかにイキの良さそうなのを連れてきましたね! さっすが社長! 話がわかるぅ! それじゃ社長! 今そっちに行きますから、モルモ……お客さんが逃げ……帰ってしまわないように押さえておいてくださーい!!』

「モルモットって言いかけただろ!! 逃げないように、ってのも!! アンタ、おい!! 聞いてるのか!?」


 テンションのやたらと高いキンキン声を一方的にがなり立てた後、スピーカーはぶつりと音を立てて切れた。

 話していた内容から察するに、おそらくスピーカーの声の主がこちらにやってくるのだろう。


「社長……なんなんです? 今のは?」


 呆気にとられながらもダニエルがニコラスに訊ねると、彼は苦笑しながら「うちの技術部主任だよ」と答えた。


「優秀な人材だよ」

「今のが……? どうにもロクでもない奴にしか思えないんですが?」

「ロクでもないなんてとんでもないですよ! 失礼なおっさんですね!」

「おっさんとは失礼だな、おい!」


 条件反射的に言い返しながらダニエルが振り向くと金髪をポニーテールに結った女性がいた。この場まで走ってきたのだろう。息を切らしている。声からすると先ほどスピーカーでがなり立てていたのはこの女性のようだ。

 彼女は地味めのスーツの上に白衣を羽織っている。年齢はおよそ二十代半ばか。目鼻立ちもはっきりしていて、そんじょそこらのグラビアアイドルにも負けない容姿だ。だが肌が暗く青白い。

 まるで映画に出てくる吸血鬼のようだな、とダニエルはひそかに思った。


「彼女はセシル・コープランド。二十歳で博士号を取得した才媛だ。我が社の技術部で二年前から働いてもらっている」

「どうも! 天才と噂されているセシル・コープランドとは私のことです! 噂だけじゃなくて事実なんですけどね!」


 ニコラスの紹介を受けて、セシルはスピーカー越しの会話と変わらないハイテンションで挨拶してきた。

 まるで死人のような顔色をしながら、良く言えばエネルギッシュな、悪く言えばうるさい言動をするので、一種の不気味さが強調されている。

 眉間にしわを寄せながらダニエルは答えた。


「いや、知らねえなあ」

「それはあなたが無知だからです。馬鹿だからです。知っている人は知っている。それがこの私、天才セシル。天才セシルです。天才セシルをどうぞよろしく!!」

「なんで連呼するんだよ、選挙カーかアンタは?」

「馬鹿は繰り返して教え込まなきゃ覚えません! 馬鹿だから!」

「気安く人を馬鹿だ馬鹿だと言いやがって……。泣かしたろか……」

「いきなり暴力に訴えようとするなんて馬鹿の上に野蛮! 信じられません!!」

「おーっ!? アンタ、別に泣かせる方法なんて殴るだけじゃねーぞ!? ひん剝いてひいひい言わせたろか!?」

「ひえっ! 馬鹿、野蛮、変態の三連複! 社長こいつやばい奴です!」

「誰が変態だ、馬鹿野郎!」

「馬鹿とは何です、馬鹿!」

「バーカ」

「馬鹿と言った方が馬鹿なんです! 馬鹿!」

「馬鹿と言い出したのはアンタからだろ! 馬鹿!」

「いい加減にしたまえ!!」


 ニコラスが怒鳴った。


「二人ともなんだ!? 紹介も終わらないうちから喧嘩を始めて? 私はそんなことのために君たちを引き合わせに来たわけじゃないぞ!」

「いや、あの、その……すみません……」

「…………」


 ニコラスの剣幕に押されてしまい、思わずダニエルは謝った。言い訳の言葉も反論の言葉も引っ込んでしまう。

 セシルもさすがに決まりが悪くなったのだろう。むすっとした顔で黙ってしまったが、とにかくダニエルとの口喧嘩とも呼ばないような悪口の応酬をやめた。

 二人が大人しくなったことを確認してニコラスが続ける。


「さてセシル君。こっちがうちのヒーロー――だったマスク・ザ・ダンディ。ダニエル・ロス君だ」

「……よろしく」


 不承不承ふしょうぶしょうといったていでダニエルは軽く頭を下げた。

 ヒーロー「だった」という言葉が彼の心をじくじくとさいなむ。

 クソッ、俺だってやめたくてやめるわけじゃねえよ、との想いが胸の中で渦を巻いた。


「へぇ~、あなたが……。ふむふむ、なるほどなるほど~」


 一方でセシルは興味深げにダニエルの体を観察し始めた。先ほどまでのいがみ合いなどすっかり忘れてしまったかのようだ。彼女は興味を持つと、他のことに目がいかなくなってしまうらしい。

 さっきまで喧嘩していたダニエルの二の腕を無遠慮にさすったり、胸板に手を這わせてみたり。


 出会い頭に馬鹿にしてくるような相手とはいえ、セシルは美人だ。体に触れられていると満更でもない気分になってくる。

 ダニエルが少し目線を下げてみると、セシルのシャツの下からでも盛大に自己主張している胸が視界に入った。


 ――でかい。EかFか。あけすけにモノを言うどこか子供じみた印象の彼女とは不釣り合いな気もするものの、そこが不思議な魅力になっているような気もする。

 いや。

 おっぱいは問答無用でいいものなのだ。たとえそれが気の食わないハイテンションゾンビのような女であろうとも。

 おっぱいは正義。

 ならば、それに負けそうになっている自分は――? 悪か?

 いや。悪ではない。ヒーローだ。たとえ過去形だとしても、正義の味方だ。負けてはいけない。


 自身のアイデンティティを思い出し、ダニエルはなんとかセシルの胸に見とれていたい精神をねじ伏せた。

 そのまま、なんとなく気まずい気分になりながら目線を上の方へとさまよわせる。


 そんなダニエルの様子に気づいているのかいないのか、気づいていても歯牙にもかけていないのか、セシルは彼の肉体をひとしきり調べた後、誰とはなしに呟いた。


「ちょっと……いや、かなーり、おっさん臭いのが気に入りませんが、何はともあれ頑丈そうですね」

「ああ、頑丈なのがマスク・ザ・ダンディのウリの一つだ。人気だった頃の二つ名は<鉄人>だったよ。あの頃は良かったなあ。ダンディの活躍もうちの業績もうなぎ上りで――」

「一体、俺に何をさせようっていうんです?」


 昔を懐かしむような遠い目をしかけたニコラスを遮って、ダニエルは問いかけた。


「――ん? ああ、ここに来る前に『君を生まれ変わらせる』と言ったね。君はダニエル・ロス扮するマスク・ザ・ダンディとしてではなく、まったく新しい変身ヒーローとして再デビューをするんだ」

「俺はマスク・ザ・ダンディに誇りを持ってる。他のヒーロースーツを着るつもりなんてないですよ」

「大丈夫! マスク・ザ・ダンディみたいなクソダサスーツなんかよりも、この私、天才セシルの開発した変身装置の方がよっぽど性能は上です! ……理論上は」

「アンタは黙っててくれ! これは俺のヒーローとしてのプライドとアイデンティティの問題だ。しかもなんだよ? 理論上は、って?」

「まだ実践テストをしてないからよ! だからモルモットのあんたがここに来たんでしょーが!」

「この野郎、とうとう言葉も選ばないようになってきたな!? ……とにかく俺にとってダンディのスーツは二十年以上付き合ってきた大事なものなんだ。アレ以外着るつもりはねえよ」

「だがダン。君をマスク・ザ・ダンディのままヒーロー活動をさせることはできないよ。マスク・ザ・ダンディを下ろせ、というのが役員会の決定だからね」

「ぐ……」


 ニコラスに淡々と指摘されてダニエルは口をつぐんだ。


「だがどうしても嫌だというのなら、仕方がない。新しいヒーローを探し出して雇うことにしよう――」

「あ、いや……やります。――やらせてください」

「よくぞ言ってくれました! では早速これをどうぞ!」


 渋々、といった調子でうなずいたダニエルに対してセシルが手にしていたものを突き出してくる。

 それはバックルの部分が大人の拳を二つ合わせたほどの変わったデザインのベルトだった。中心部分にはメタリックシルバ―の球状のものが埋め込まれている。そしてそれを囲むように配置された何かのスイッチやライト。


「これはベルトか?」

「正確にはスーパーパワーコンバータを内蔵した変身ベルトです!」


 ダニエルの質問にセシルは自慢げにその大きな胸を反らせながら答えた。

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