エンゲージリングに愛を込めて
「え、結婚……!?」
その時、小夜佳は、口元に運びかけていたティーカップを持つ手を一瞬止めた。
「ホントなの?」
私を見つめるその眼差しは、探るように真剣さを帯びている。
「結納品のひとつってわけ」
そう言いながら私は、それまで故意に隠していた左手の甲を初めてはっきりと彼女に向けてかざしてみせた。
言うまでもなく薬指には指輪がはめてあるが、いつものファッションリングでは無論ない。
その大きなダイヤの塊は、細密にカッティングされ、室内の明るい照明を受けて派手すぎるくらいにキラキラと輝いている。そして、念入りに細工が施されているプラチナの台と見事に調和しているものだ。
「いい品じゃない。どうやら桁がひとつ違うようね。……五百万。いやもう一越えかな」
通学するだけでも服のみならず装飾品一つに至るまで気を抜かない小夜佳だが、その分さすがに目は肥えている。本物ブランド志向の彼女は宝飾品を見る目も既に養っているのだろう。小夜佳の言葉は、当たらずとも遠からずといったところだった。
「でも大学はどうするのよ。三年生になったばかりじゃないの」
「辞めるわ」
「そんな辞めるって! どうして。なにもそんなに急いで結婚なんてすることないじゃない」
「……あんまり未練ないのよ」
つい本音が口に出て、私は慌ててコーヒーを啜る。
私と小夜佳の通うS女子大は、レベル的にも悪くなく巷間よく知られている典型的なお嬢様大学だ。
しかし、初等部からエスカレーターで学んできた私にとって、周りは皆似たように裕福な家庭の子女ばかりといった学園生活になんの刺激も楽しみも見出せなくなってきていた。
小夜佳などは『S女子大のお嬢様』という肩書きにも似たそのネームバリューを最大限にフル活用して大学生活をそれなりに楽しんでいるようだが、私はどうやらそういうタイプではないらしい。
「まあねえ。『縁退』てのもウチじゃたまさかでもないことだけれど、まさか有未が結婚退学とはね」
「驚いた?」
「ま、相手が相手だからわからないじゃないけど」
そう言うと小夜佳はもう一言、
「手塚さんなんでしょ、勿論」
と付け加えた。
「あのK大ラグビー部の元名フォワードにして眉目秀麗。手塚家ていえば地元の人間なら知らぬ者なしの名家で。梓冴さんも卒業後はお家を継いで、新進政治家としてバリバリやってるんでしょ?」
「家を継ぐなんてまだ先のことだけど、そうみたい。そろそろお父様の秘書じゃなくて、選挙に出るかもしれないていうような話、この前してたとこ」
「考えてみたらすこぶるイイ話よねえ」
羨ましいわと小夜佳は、羨望の眼差しという視線を私に向けた。
「あ……」
私は、その時初めて腕時計に目を遣ったふりをした。
「どうしたの?」
「小夜佳、悪いけど私、これから行くとこあるのよ。待ち合わせの時間があるから、これで失礼させて」
「梓冴さんとデートなんだ」
「違うのよ、今日は」
席を立ちながら私は、ヒヤカシ的な笑みを浮かべている小夜佳を横目で見つめ、そして
「……今夜用があるのは、弟の方」
と、言わなくてもいいその言葉を口にしてしまった。
「弟って、梓伸さんとかいう双子の片割れの方?」
その言葉に、軽く頷きながら伝票を手にする。
「やだ、そんなことしなくていいのに」
と、立ち上がりかけた小夜佳を振り返りながら、
「ツケは結婚祝いで返してくれたらいいわ」
などと言いたくもないジョークで切り抜け、無難にその場を離れた。
◇◆◇
まったく。
こんな風に焦るのが嫌で早めに家を出てきたってゆうのに──────
二人分のお茶代を払い、地下一階のその店を出て私は、もう陽が沈んでしまい夜の装いを始めている街中を小走りに急いでいる。
待ち合わせの場所は、Mビル内の「GILIOLA」。
イタリア料理専門店だ。地下鉄の駅から歩いて5分ほどの所にあるものの、時計の針は既に約束の時間をまわっている。
電車を降りた時は30分も時間が早かった。珈琲でも飲んでからと思い入ったカフェに偶然、小夜佳がいたものだから彼女と相席することになってしまった。早いとこさっさと席を立てばいいとわかってはいても、やはり実際にはそういうわけにもいかない。
こんなことなら初めから店に直行していればよかったのかも─────
ふと浮かんだその考えを私は、すぐにも否定せずにはいられない自分をよく知っている。
彼を……あの手塚梓伸を私が、珈琲一杯も飲み干すくらい先から待っている、などというシチュエーチョンなど私はどうしても許せない。
胸の内にくすぶり続けている或るわだかまりを感じながら、最上階へと続くMビルのエレベーターに乗っていた。
◇◆◇
「いらっしゃいませ。お一人様でいらっしゃいますか?」
「テーブルを予約している有森ですが」
「有森有未様ですね。ご同伴の方がお待ちでいらっしゃいますよ。どうぞこちらへ」
男性ならネクタイなしでは入れないようなこの店は、蝶タイのボーイもまた見た目だけではない洗練された品の良さを身につけている。
薄暗いが落ち着いていて雰囲気の良いその店で、私は一番奥の個室へと案内された。
「……遅れてごめんなさい」
ボーイのひいてくれた椅子に座りながら、まずその言葉を発した。
「だいぶ待ったでしょ」
神妙なその言葉とは裏腹に、言葉尻にはほとんど詫びの感情など含まれてはいないということを、彼は知っているのだろう。
「僕も今来たところだ」
と、そう呟いてみせた。
しかし私は、グラスの水が空になっていることを見逃しはしない。
そして、私も彼も互いに素知らぬ振りをしてみせるのもやはり性格なのだろう。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
ざっとメニューに目を通した頃、ボーイがオーダーを取りに来た。
すると彼は、私が何も言わぬ内から、すらすらとボーイに告げた。
「ワインは如何なさいますか」
「トスカーナの。そうだな、キャンティで適当なの持ってきて」
かしこまりましたと恭しく一礼すると、ボーイは再び姿を消す。
私は彼へと不服の視線を向けた。
「どうして私の分までオーダーするの」
「いけなかったかい?」
「プリモピアットなら、私、リゾットを頂きたかったわ」
「梓冴から、「有未ちゃんはいつもオーダーを俺に任せてくれる」て聞いてたんだけどなあ」
瞬間、私は口を噤んだ。
梓冴さんとのデートの時は何故かしら主体性をなくしてしまう自分というものに、私はもうずっと以前から気がついている。
私は──────
その訳を今のやりとりで彼に気づかれてしまったろうか……
心のさざ波とは裏腹に、彼の表情には何も読みとれなかった。それで私は横を向く。
彼、手塚梓伸……彼は梓冴さんの双子の弟だ。
しかし、この兄弟、双子と言うにはあまりにも共通点がなさすぎる兄弟である。
現役で一流の国立K大を卒業し、政治家への道を着実に歩んでいる梓冴さんに対して、彼は一浪の末、せいぜい中堅どころの私立N大を経て、今はしがないフリーのライターをやっている。
その上、双子であるのに容貌までが違うのだ。
180㎝を越える長身。がっしりと引き締まった体躯。爽やかな男らしいフェイス。
梓冴さんが文句なしの美丈夫なのにひきかえ、何故だか彼はその顔つきもルックスも今ひとつ冴えない。
そのギャップは見ていて気の毒なくらいだ。
しかしそんなことはどうでもいい。
問題は二人の性質の差異にある。
梓冴さんは底抜けに明るい。二十七歳になった今でも学ランを着て「青春にTRY!」などとやっても不思議でないくらい無邪気な人だ。何に対しても感動して涙を流したりもする。良すぎるくらいに人間がいいひとだ。
それに対して、この彼は……
その時、先程のボーイがワゴンでワインを運んできた。
勿体ぶった口調で講釈をたれるそのボーイを、彼は適当にあしらっている。
それを私はただ漠然と見守っていた。
「けれど今日は一体、どうゆう風の吹き回しなのかな。君が俺を呼び出すなんてね」
ボーイが姿を消した後、彼はワイングラスを片手にそう問いかけてきた。
「こういうとこ見られたら、俺とはいえ一応まずいんじゃないのかい。婚約者殿に」
最初の仏頂面とはうって変わって、彼は彼一流の皮肉な笑みを浮かべている。
「未来の義姉としては、未来の義弟とコミュニケーションをはかって悪いこともないと思って、ね」
「コミュニケーションね……」
彼はまだ薄い笑いをその頬に浮かべている。
「そう。君は俺より七つ年下にして俺のネエさんになるってわけだ」
彼はそう言いながら、グラスを私の目の前へとかざした。
「ともあれ。君と梓冴の未来を祝して……」
乾杯……と呟いた彼の言葉と同時に、グラスはカチリと小気味のよい音を響かせる。
無言で口にしたその血のように赤いワインで、私は一気に酔いそうになる。
「で、お祖父様のお加減はどうなの」
メインのコストレッタも済み、ドルチェにカッージチーズを使ったレアチーズケーキのような味わいのカッサータを頂きながら、私は尋ねた。
「ああ、一進一退といったところだね。もっとも祖父さんは、どうしても君の花嫁姿を見るまでは死ねんとか時々譫言みたいに繰り返してるよ」
「そう……」
とうに政界を引退して静かに隠居生活を送っていた手塚家のお祖父様は、昨年あたりから体の具合がおもわしくなかったのだが、今年に入ってからその容態が急変し、もうあまり長くはないらしい。
だからこそ、結婚は私が大学を卒業してからという暗黙の了解が破られたのだ。
そして今年は私が成人式を迎えたこともあって、年齢的にも不都合はないだろうと、私の両親も納得してしまった。
そうしてこの春、慌ただしく結納が交わされ、結婚準備も急ピッチで進んでいるというわけである。
「で、俺は「君がナニユエ俺を呼び出したりしたのか?!」てゆう最初の質問に答えてほしいんだけどね」
不意に彼は、いかにもそれまでの話の続きであるかのように、会話の矛先を私へ向けた。
「答えたじゃない。単なるコミュニケーション」
「ジョークにもなってないぜ」
彼は冷ややかな視線を私に投じている。
私はゆっくりと口を開いた。
「梓伸さんに、婚約したことを直に報告したかったのよ。それに。祝福して頂こうと思ってね。あなたに」
「祝福……? 俺に!?」
彼は大仰に声をあげた。
「俺が祝福しなくとも、周りの人間誰もが喜んでいるじゃないか!」
彼は、そう大仰に言うと、一口飲んだだけで後は冷める一方のエスプレッソには目もくれず、雄弁に語り始めたのだ。
「まったく完璧だよ、有森有未嬢に関しては。祖父さんのことはともかく、親父もお袋も手放しの喜び様さ。「ほんとにお綺麗で落ち着いたお嬢さんだこと。あんなにできた娘さんに来て頂けるんですから、これで梓冴も安心ね」てな具合だよ。そうだよなあ、有未ちゃんは才色兼備にしてこと容姿端麗。有森工業の社長令嬢として躾もしっかり行き届いてる。なにせ梓冴とのデートの時さえお固い門限を死守している君だ。言うことないよな……」
「……酔ってるのね」
「このくらいの酒で酔う筈ないだろ」
陽気なのか不機嫌なのかはかりかねる彼の様子に、私はそれ以上言葉を作れずにいる。
「君の両親や友人だって喜んでるだろ。なにせあの手塚梓冴だもんな。熱血漢でクソ真面目に加えて一途な実直人間だ。あいつ君にゾッコンだよ。梓冴のことだからプロポーズの時「絶対君を幸せにする。一生悲しませたりはしないよ」とでも言ったんじゃないの」
「─────もう、出ましょう」
「……ああ」
そう呟くと彼は、私に有無を言わさず伝票代わりのプレートを手にして、さっさと席を立つ。
そして私は、そんな彼のぶっきらぼうな背中を見つめながら、彼の後を追っていた。
◇◆◇
ビルを一歩出ると、テーブルから見下ろしていた夜景そのままに街は色とりどりのネオンで彩られていた。夜風がなんとも心地良い。
私はひとつ深呼吸などしてみた。
「ねえ、梓伸さん。少し歩いて帰らない? そうね、淀橋あたりまで」
「そうだな。上之島公園通り抜けるのも悪くないな」
恋人同士に見えるほどの親密さはないだろうが、ともかく、私達は並んで歩き始めた。
夜風も気持ちいいが、夜の街自体が私にはなにか新鮮なものを感じさせてくれる。時折擦れ違う仲睦まじげなカップルの姿などさえ、私は何か珍しいものに遭遇したかのように道々そっと眺めている。
梓冴さんは私の早い門限を破ったことがない。送り迎えはいつも車のドアtoドアで、滅多に夜の街中を歩くこともない。
そんな私には、まるで異国の街でも歩いているような気すらしてくるのだった。
道はいつのまにか、電灯が所々に点いているだけの真っ暗な公園の中へと通じていた。
散歩道を兼ねた、児童公園などではないこの公園は、都心の中にありながらまるで何かに遮断されているかのごとく、ひっそりと静まり返っている。
昼の最中でさえ森閑としていて、完全に二人だけの世界を作り上げた男女の姿しか見られないこの上之島公園は、夜ともなればアベック達にとって安上がりな格好のデートスポットであるらしい。
しかし私達は、ベンチに腰掛けている彼らの親密さには見向きもせずに、ただ並んで歩いているだけだ。無言のまま私達は、何事もなくそこを通り抜けようとしていた。
そう、通り抜ける筈だった。
「有未ちゃん」
「え、何?」
出口付近まで来た時、それまでダンマリを決め込んでいた彼がふと、何気ない風に呟いた。
「ホテル行こうか、有未ちゃん」
私はゆっくりと足を止めた。
そして両手を重ね、やや首を傾げるような仕草をしてみせた。
「どうしたんだい」
「そんなこと言われると私、とても困ってしまうのよね」
そう言ってから私は、再び歩き始める。
「だってそうじゃない。いいわ、て答えたらなんだか婚約者も何もカンケーないわなんて、単に虚勢はってるみたいだし。やだ、て言えばカマトトっぽいと思わない?」
「うまく逃げたな」
「そうとってもいいわ」
ふと見つめ合った私達は、お互い足を止め、初めて柔らかな笑みを交わした。
「俺さあ。君を梓冴から紹介された頃のこと、今でも覚えてるよ」
彼は私に背を向けると語り始めた。
「無表情に梓冴を見つめていた君が、いつのまにか俺に……俺だけに見せた敵意。こいつはイイ女だと思ったね。それまで俺のしってた女達は皆、俺に媚びを売るかそれとも敬遠するかのどちらかで、俺に真っ向から向かってくる女なんていやしなかった……」
無言のままでいる私を彼は振り返る。
そして、おもむろに抱き寄せたのだ。
敵意……そうよ、敵意─────
あの初めて出逢った時から、私はこの人を憎んでいた。
彼の吐息を柔らかな肌で感じながら私は思う。
私は梓冴さんを愛しているわけではない。
けれど私は、『誰もが羨むような非の打ち所のない恋人』を愛していた……
その私の意識を見破り、蔑むように皮肉な笑みを浮かべていた彼─────
私は、彼のその視線、その意識がどうしようもなく我慢出来なかった。
「自惚れてたよ俺は。君は絶対梓冴を捨てて、そして俺の所に来ると思ってたよ。君が本気で梓冴を愛しているとは到底思えなかったからね」
耳元で囁く彼の声……。
「君はそこらへんのフツーの女とは違う。もっと……物事の本質を見抜く事の出来る、言わば俺と同質の人間だと俺は思っている。梓冴は悪いヤツじゃない。むしろ良すぎるんだ。だからこそ君には退屈なはずだ──────」
囁きながら、彼は狂おしげな息を吐いている。
彼の呪縛に囚われながら、私はなお様々な想いが駆け巡り、声にはならない声で彼の言葉を懸命に否定していた。
チガウ……違う、私は─────
私は誰もが羨むような恋人を、誰もが祝福せざるを得ないような『完璧な結婚』というものを望んでいる。
梓冴さんとおつきあいすることで、私はその計画を完全なものへと達成しようとしていた。
役者は完璧で、私は周囲から羨望の眼差しを受ける度に、ひとり秘かに勝ち誇っていた。
しかし──────
そう、私には彼、この手塚梓伸の出現だけが予定外の存在だったのだ。
彼はいつも私に蔑みと、皮肉な視線を向けていた。
まるで私の浅はかとも言えるかもしれない胸の内を嘲り笑っているかのように、いつでも私と全く対等に、私自身と相対していた。
私の計画を完全なものにする為には、どうあっても彼を従わせなければならない。この結婚は女の子の望む最高に幸せなものだと、彼にそう納得させなければ……。
そして遂に口唇は重なり気の遠くなるような時間が始まる。
しかしそれは永くはなかった。
諸共に溶けていってもいいと思った時に、彼はゆっくりと私から躰を離していた。
「─────ごめん。でもこれが最後だ」
「最後、なの……?」
「愛してるんだろ、梓冴を」
彼の放ったその一言に、私は答える言葉を持たない。
「俺は、ダメだ……」
自嘲的な笑みを浮かべながら彼はぽつりとそう呟いた。
初めて見せるそんな彼の横顔に、まだ私は言葉が継げない。
彼は大通りですぐに一台の車を停めた。
「もう結婚式まで逢うこともないだろう」
「そうね……」
元気でと口にした彼の言葉を聞きながら、私はゆっくりとシートに腰掛けていた。
外から彼が行き先を告げる。運転手が了解するとドアはバタンと音をたてて閉まり、私一人を乗せた車は滑るように走り出した。
振り返ることを私はしない。ただ茫然と暗い車内からサイドを流れてゆく景色を見ている。
彼のことだ。走り去り消えてゆく車の後をただ見つめるなどということをする筈がない。すぐに背を向け、そして今頃地下鉄の階段を降りているだろう。
改めてシートに深々と身を沈めると、目を閉じた。
千々に揺れる想いが駆け巡り始めている。
彼が『私』を見抜いていたのは真実だ。
けれど、私の『計画』まで見透かしていたわけではなかったのか……。
私が彼を買い被っていたのか、それとも彼が私を過大評価していたのか。
そのことを判断しかねたが、どちらにせよ今となってはもうどうでもいいことには違いなかった。
彼は私を認めて、そして身を引いた。
それは私の計画の完遂を意味している。
これで私の計画は完璧に─────
夜のハイウエイを流す車の中から、私はそのオレンジ色の光を見つめている。
けれど……。
けれど、この虚しさはいったい何なのだろう……・!
敗北感といっていい胸を刺す想いを私は味わっていた。
彼は私を愛している。
そして─────
両の瞳から冷たい一筋の涙が頬を伝い始める。
私もまた彼を、あの手塚梓伸を愛していたのだ。
しかし、私と彼とは愛し合えない。
彼と私は同種の人間。
磁石の同極同士では永遠に結ばれることなどありはしない……。