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泰平を夢見た軍師

「がっ、ぐうっ」


自分の声とは思えない程の痛々しい声が灰色の曇り空を染める。


胸部・・・心臓部に鈍い鈍痛を感じ、私が見るとそこには胸部を貫く槍と槍の鋒を流れ落ちる鮮血が見えた。


ーーーああ、ここで私は死ぬのか。


予感はまるで予知のように自分の脳内を埋め尽くす。

悔いは無い。 寧ろやっと死ねる。 やっと、半兵衛の所へ。


「ーーーーーーーー」


私は地面に倒れ伏した。

槍を携えた武士は「黒田官兵衛、討ち取ったり!」などと言う今時流行りもしない言葉を叫んでいる。


不思議と私に痛みも苦しみも無かった。 いや、もしかすると私はもう死にたかったのかもしれない。


既に世は徳川の手で泰平は成された。 ならば私の生きる価値などこの泰平の世にあるのだろうか?ーーー答えは否だ。

何故なら所詮は私も泰平を脅かす人間だからだ。


だがまぁ、走馬灯と言うのは誰しも平等に訪れるのかもしれない。



◇◇◇


「へぇ、君がかの軍師殿か。 うわーっ、僕なんか苦手だな。 如何にも陰険って感じじゃん。 様相も鬼みたいだし?」


などと会ってそうそう軽口を叩くのがこの者、竹中半兵衛であった。

その頃、泰平の世を早く成す為に私はただ無情な作戦を起こし、さも機械のように冷徹に振る舞う私に皆は不快感を出していた時だった。


まあ当然だ。ーーー泰平の世を早く実現させる為には情など無用。 ただ効率と勝利だけを重視し、抗う敵を薙ぎ払えば良いだけなのだから。


「はは、すまぬのぅ官兵衛。 こやつは空気を読まぬ奴でな!!」


などと半兵衛の頭を撫でながら豪快に笑うのが私が使える主。ーーー秀吉様である。


それにしても半兵衛は同年代ーーーいや、少し年上とは思い難いほどの容姿だった。

女のように淡麗に整った顔と輝く黒髪。 そして男とは到底思えぬ程のか弱い華奢な体。 極めつけは大人と思えぬ程の童顔である。


「ちょっと、それどうゆう意味ですか〜?」


と、あくびれもせずに笑う半兵衛に苛立たなかったと言えば嘘になる。 私は苛立っていた。 その態度もだが、何よりその人をーーーどうせ俺より下でしょ。ーーーと悟っているかのような表情に腹が立ったのだ。


だから私はつい気がつくと自分の一番嫌う情や尊厳に突き動かされていた。


「成る程、私の事を陰険か。ーーー確かにその見識は正しい。だが人の内幕を評価するならば自分の内幕を見せるのが先では無いかね? 何時もそのように笑顔で内幕を隠し、偽りの明るさを保っているのは陰険よりもたちが悪いと思うが・・・・。 それと鬼か。 成る程正当な評価なのは認めよう。 だが自分の激情を隠しながら生きている貴公は心の中に鬼を飼ってるんじゃないかね?」


気づいたら、普段よりも饒舌にそんな事を口にしていた。 それを聞いていた秀吉様と半兵衛が揃って愕然と目を丸くする。

秀吉様は私と半兵衛が喧嘩したのでは。と慌てたが、半兵衛の反応は違った。


始めはその淡麗な顔が崩れ、怒りで言い返して来るものと思っていた。だが半兵衛の反応はとても予想外だった。


「・・・・うん、そうだよね。 ごめん。」


と言って半兵衛は心の底から安堵した猫のように、まるで親を見つけた迷子の子供のように輝きを見せた。 目からは大粒の雫を零し、しかし顔はとても笑顔で破顔したその顔はまるで20年ぶりの仲間と再開でもしたような目で此方を見つめてきた。


「・・・・・何故泣く?」


ーーー私は、不覚にもその光景に見惚れてしまったのだ。 それを認めずに私は素っ気なく返した。


「いや・・・・ごめん・・・・別に悲しいってわけじゃないんだ。・・・ただ嬉しくて。」

「嬉しい?」

「うん、今まで、僕の内心を見てくれる人、いなかったから。」


それは斎藤家に自らの才能を認められず、出会う者達全てにその容姿でしか判断されなかった天才軍師の心の叫びだったのかもしれない。


「それは、良かったな。」

「うん!」


私は将来、この者が見せた大輪の笑顔を忘れないだろう。

その笑みは喜びと安堵に満ちていて、此方まで癒されたのは、私だけの秘密である。



それから時が経った。


あれから半兵衛は私にしつこく付きまとうようになった。 暇があれば官兵衛!官兵衛!と言いながら抱きついてき、その癖仕事の時だけサボるのだから始末が悪い。


しかし、同僚や部下からは勿論、親や親族からでさえ気味悪がられていた私にはその体験はとても新鮮なものだった。


血の通っていない機械とさえ言われた私がーー随分丸くなったものだ。

気づけば私は彼に訪ねていた。


「なぜ私に構う?」

「んー? そりゃ僕、官兵衛の事好きだからね。」


と彼は満面の笑みで言った。

恐らくその笑みを見た時からだろう。 私は彼に惚れていたのだ。


その淡麗な容姿にーーーその実淡麗な容姿とは裏腹なキレる頭にーーーそして秘めた大人のような装いに。


正にそれは薔薇だった。

綺麗な薔薇には棘がある。と言われるが、棘があるのも半兵衛の魅力の一つだと、私はそう思うようになった。


それから少し経ち、彼はあまり話したがらない己の過去について少しずつ話すようになっていった。


「僕はさ、幼い頃に両親を無くしてね。 そこから斎藤の家で面倒みてもらえるようになったんだけど・・・・。 そこが酷くてさ。」


彼はまるで羽の藻がれた蝶でも見るような目で虚空を見つめていた。 恐らく遠い過去の記憶を掘り起こしているのだろう。


「僕の城の主は特に酷くてね。 道楽主義者で戦に無頓着でさ。 それで信長様達が攻め込んで来ても平気で酒を煽ってた。 戦の前にだよ?」


そう言いながら彼は、無意識に己の体を抱きかかえていた。 恐らく童顔で女のような顔と体をした彼の事、斎藤の主につまらぬ欲情でもされていたのであろう。


「身の危険も感じる事も屡々、というわけか。」


なぜ自分がこの事を口出したか分からない。 もしかすると自分に言い聞かせたかったのかもしれない。ーーー自分はそうなるな。と。


「・・・・・・わぉ。 驚いた。 官兵衛には筒抜けなんだね!」


と彼は何が嬉しいのか、子供のようにはしゃいだ。

彼はやがてコクコクと頷く。


「うん。 僕は城のむさい男どもに毎日そう言う目で見られてたからね。 正直身の危険を感じない方がどうかしていたと思うよ。」


彼は今でこそ眈々と話しているが、余程辛い経験だったのか目の奥にはほんの僅かな霞があった。


「っで、まあその頃は何でもしたね。 斎藤が勝つための謀略を何度も練ったし、他の大名達を魅了して調略もさせた。 はは、まるで働き蟻のように働いたね。」


その頃と反比例して、今の彼はとても怠け者だ。 それは彼がこの生活を謳歌しているという事実であり、この生活に彼は安心しているのであろう。


「今もその頃のように働いてくれれば文句は無いのだが・・・・。」


軽い息抜きでそう言うと、彼は頬を河豚のように膨らませた。


「も〜、それは良いんだって!」


彼は気を取り直してコホン、と咳払いをすると。


「でも斎藤の主にはうんざりしてたんだ。 まあ僕の体に対してもだけど、戦に対する心構えでもね。 僕は軍師っていうのは如何に人を死なせないようにするか。という事だと思うんだ。」


恐らく彼は誰よりも優しい。優しい故に、この乱世を終わらしたかったのだろう。 優しい故に、己の部下をみすみす殺すような斎藤の愚かなる主を許せなかったのだろう。


「だから、城を乗っとちゃった。」


子供の悪戯のように言う彼は、悪戯っ子のように笑っていた。


「まあそこからは堂々巡りで今ここに居る。」


と。

どうやら彼の話はここで御終いのようだ。


「何故その話を私にした?」


私は問わずにはいられなかった。

普段は知らぬ顔という異名を持ち、考える事を相手に読ませ無いこの男がなぜ自分にこんな話をしたのか気になってしょうがなかった。


「ふふ。 他人に何かを求めるんなら自分からっていうでしょ?」


嫌な予感が全身を駆けた。


「・・・・・・まさか。」

「そのまさかだよ。 官兵衛の過去も聞かせてよ? 僕気になるんだよね〜。」


と彼は、悪戯に笑ったのであった。





そこから私は半兵衛と色々な話をした。 過去の話も、戦の話も、泰平の話もした。 半兵衛は戦嫌いで、嫌いだからこそ軍師をやっているという如何にもな変わりものだった。


しかし私が他人とここまで話したのは初めてである。 そして私と彼は一夜を超えた。 身を重ね、肌を掠り合わせるその行為に、淫婦で卑猥なその行為に、愉しさを覚えたのは初めての事だった。


そしてその時に気づいた事がある。

彼、は彼では無く彼女だったのだ。


そう、竹中半兵衛は女だったのである。


そして彼女が病に伏し、倒れて死期も近づいたある日の夜。


「ごめんね官兵衛。 最後まで一緒に居られなくて。」

「・・・・・其方が謝る事では無い。」

「ふふ、優しいね。官兵衛は。 でも官兵衛。 僕は何時も何処からでも官兵衛を見守ってるよ。」


と笑う彼女に、私は呆れたのを覚えている。


「具体的には?」

「う〜ん。 そうだね。 なら僕は風に化けて官兵衛の事を見守ってるよ。」

「風が無い時には?」

「その時には空気に化けて官兵衛を見守ってるよ。」

「そうか。」

「うん。そうだよ。」


半兵衛の言葉に、酷く安堵したのを憶えている。 そんな私を見て笑う半兵衛の姿も私は鮮明に憶えていた。


「だからさ。 そんな顔しないでよ。 僕。 まだまだ伝えたい事がたくさんある。 もっと二人で戦場に立ちたかった。 見せたいものもあった。 なのになのになのに! 僕は、僕はまだ言いたい事がたくさんあるのに!」


彼女は泣いていた。

瞳から大粒の涙を流し、頬を赤くする半兵衛の姿は見た目通りの子供に見えた。


「もっと早く貴方に出会えて居れば良かった。 斎藤様なんかより、もっと早く最初に出会えて居れば良かった。 まだ好きだって言い足りないのに・・・・・・。」


嗚咽を吐くように流れる言葉は、しかし何の力も無い。 私は堪らず彼女を抱きしめていた。


「かん、れえ?」

「・・・・・良い。 今くらい好きなだけ泣け。」

「うぅっ! うっ! ひっく!」


彼女は私の胸の中で子供のように大泣きした。 それは見た目通りの大泣き。 私は、その姿に何も言えなくなった。



そこから私は有岡城に長い間幽閉された。 元から青い顔はさらに幽霊のように変色し、体は薄皮一枚に痩せ、骨と皮一枚になりながらも、それでも生きれたのは、半兵衛の声が聞こえた気がしたからだ。



そして、私が城から救出され、戻った頃には半兵衛は死んでいた。 半兵衛の骸も私は見る事叶わず、これが私への報いか。と私は思った。


そこから私は涙も流さず、それを人に指摘されれば私はーーー幾ら嘆いてもアレは帰ってこぬ。情など無用ーーーと言って回った。


涙も流さぬ私の姿に、皆はより一層非常と罵り、血も涙もない怪物と私は皆から罵られた。 その酷さと言えば秀吉様でさえ声を掛けるのを躊躇する程だが、私には正直どうでも良かった。


ーーー何故なら私は、戦場でも心でも彼女と繋がっていた。


ーーー肉体の繋がりなどというだけの細い繋がりでは無い。


ーーーもっともっと深い心での二人だけの繋がり。


ーーーお前を今まで忘れた事は無かったよ、半兵衛。



◇◇◇


ーーー成る程、どうやら走馬灯もここまでらしい。


私はいつの間にか去った槍使いに目もくれずに空を見上げた。 空は只管に青空で、日差しと春風に満ち溢れていた。


私は、お前を・・・・・。


ーーーうん、官兵衛が誰よりも僕を気に掛けてた事は僕が知ってるよ!


声が、聞こえた。

それは幻聴か。はたまた・・・・・・。


「ふっ、無様な。」


そう言ってダラリと崩れ、私は瞼をゆっくり落とし、その生涯を終えた。



◇◇◇

パチパチパチパチ!


死んだ筈の官兵衛が目を覚ますと、そこに一人の男の拍手が響いていた。

男はダークスーツに身を纏う金髪黒縁眼鏡の男性で、官兵衛の方をニタリと嫌な笑みで見つめている。


「いや〜。 実に良い人生(レコード)でしたねぇ? 官兵衛殿。 波乱万丈でしたよ。」


男の笑みはとても奇妙で、快活なまでの笑みは官兵衛を不快にさせた。


「まぁ話をする前に、貴方には現代社会までの知識を身につけて頂く。」


そう言って男がパチン、と指を鳴らせば官兵衛の脳内を濃密なまでの情報が漂った。


「!?」


漂った情報は脳内を侵略し、無理矢理に知恵を授けてくる。

莫大な情報は官兵衛の脳を締め付け、まるで車にガソリンを継ぎ足すかの如く官兵衛の脳は瞬く間に満たされた。


「・・・・・・ぐうっ。」


低い呻きを上げる官兵衛を目の前の男はクククと笑い声を上げながら見据えた。


「貴様は?」


官兵衛は己の語調が荒々しくなるのを自分でも感じながら、目の前の男を睨んだ。


「私ですか〜? そうですね。 私の名は、ふふっ、道楽主義者とでも名乗っておきましょう。」


道楽主義者。

その言葉を聞いて官兵衛は無意識に眉間に皺を寄せた。


「職業は、走馬灯管理者(シネマチックレコーダー)というのをやっております。」


そう言って男はやんわりと笑った。

その笑みは絶えず官兵衛に不快感を与え、官兵衛は吐き気を感じながらも聞き返した。


「・・・・・私に何のようだ?」


官兵衛は兎に角早くこの話を切り上げたかった。

まぁ何の話かは分からないのだが。


「えぇ。 普通ならば私はここで貴方に世界の輪廻に乗っ取り生まれ変わらせなければなりませんが、貴方に選択肢を与えましょう。」


ピクリ。と。

官兵衛は己の眉間の皺をより深めながら鋭い瞳で睨む。


「貴方は片道切符を手に取ったのですよ。 新世界のね。」


男は、口元を三日月のように広げながらクククと笑う。


「新世界。だと?」

「ええ。 貴方は紛れも無い英雄。 英雄には世界の設立たる輪廻を超え、新たな世界たる新世界に行く権利がある。」


そう男は当たり前のように呟いた。

すると男はワインと二つのグラスを何時のまにか手に持っていた。


「良いですか? 貴方達が今まで居たのはこの世界の輪廻の象徴たる俗世。 これは檻のようなもので、脳の無い無能共を捉えるものと仮定してください。」


男はそう言うと、小さなグラスにワインを注いだ。 それは白ワインで、とても白色不透明だった。


「ご存知の通り、この俗世には何もありません。 神のような奇跡が起こる事も無く、人間達の浮ついた神秘など皆無の退屈な世界。」


男はふっと笑いながら白色不透明なワインの注がれたグラスを手元で揺らした。


「そしてもう一つ、輪廻を超える働きを見せ、我々世界に英雄と認められた者だけが行く事の出来る聖地。 其れこそが新世界たる世界。 仏世です。」


男はやがて白色不透明な液体の入ったグラスを机の机上に乗せ、もう一つの大きなグラスに赤ワインを注ぎ満たした。


「この世界は、言う慣れば神話の体現地。 新歓なる聖地です。 此処には各国より集まる多種様々な英雄・反英雄が集められ、天下を取り合うのです。」


そう言って男は赤ワインの注がれたグラス大きく掲げた。


「さぁ、貴方は片道切符を手に取った! つまり幕は開かれたのですよ! 見せてください。貴方の新人生(ドラマ)を! 活躍(エピソード)を! さぁ!さぁ!さぁ!」


男はグラスを掲げたまま嘲り笑った。

男は狂っているのだろう。 いや、この男は一口に狂っていると言えない程の何かを持っている。と官兵衛は内心で考えた。


「貴方には倭の味方についてもらいましょう。 あと、勿論・・・・・」


そこで男は言葉を区切り、人が悪く笑った。

恐らくコレを言えば官兵衛が断る事が出来なくなると分かっているのだろう。


「・・・・・・半兵衛殿も居ますよ〜。」


ソレを聞いて、暫く思考した後、やがて官兵衛は諦めたように息をついた。


「・・・・・・・分かった。」


物語が、動き出す。

大河ドラマの流行に乗ったわけではありません!

断じて!

絶対に!

たぶん!

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