Step.2
2.
メルの頭に生えた長耳は、前時代の生み出した傲慢の残りである。
表立ってのそれ自体には何の機能も有さない、ただの飾り。ただし有機的な。
それは愛玩の印とされたり、はたまた裕福である故の証とされた時もあった
しかしそれも世に出てしばらくの事。
劣化したものが娼婦の間や悪性な企業の手により横行し、どちらかと言えば低俗なものとして
誰が言い出した訳でもなく、忌諱する事が一般的ではあった。
現在において、専ら遺伝的に出てしまった場合には出生時に切除するかを親が選ぶ。
ただ、切り取るだけでは問題の起きる可能性が高かったので、投薬等も必要だ。
もしくは成長期が終わる前に、高い費用を捻出する事で処置をして何事も無かった様にできた。
メルにはまだ【ソレ】と別れる為の時間に猶予があった
だが残念な事に、費用のアテなど無かった。
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ミニ・ドロイドはこのまま使えば、ガワのままに面倒を見てくれるだろう
ごく当たり前にその機能を果たしてくれる。キッズシッターとして。
生憎ノギにはもうキッズシッターは必要でなかったし、目当てのものはその中にこそあった。
背面を開き、簡易的なモード指定やパターンの選択ができるコンソールパネルを外す
名の通りバスケットボール程度の大きさのミニ・ドロイドには、所狭しと配線と基盤が敷かれている。
家庭用のほとんどの電子製品は、一般人がそれらを触る事もしないし、必要も無いので
樹脂性のケースやチューブによってすぐには露出しないように加工されている。
ノギは基本的な整備用工具を脇において、さっそく保護ケースとチューブを外す。
工具さえあれば何のことは無い、後は目当ての基盤とコードを何本か拝借すれば
【今の生活から脱する足がかりの一歩】が踏み出せるのだ。
ほどなく基盤は外れ、毟るようにコードを引き抜くと、次に机の引き出しに鎖で留めた金庫から
PDAを取り出して繋いだ。後はPDA側からアプリケーションを立ち上げ
「聞こえるか?起きたら返事しろ」端末に呼びかけること数回
<<初回起動、問題無し。端末よりユーザーインプリントを願います>>
機械音声の返答。ノギはにやける顔を引き締め、答える
「名前はノウギ=ステフ、【ノウギ】でコール」
自分の名を言ってPDAのセンサーレンズに目を見開く、レンズが小さく動作して、ポーンと確認音が鳴る
<<ユーザー【ノウギ】を登録しました。以後、最上位での認証コードを設定願います>>
「【 ever】」
<<確認しました。以降最上位認証を用いない上位行動、言動を選択から除きます>>
<<・・・質問を宜しいでしょうか、ノウギ>>
「何だ?ネットワークには繋がってるだろうから情報なんて自分で引っ張れるだろ?」
<<製造時、私はそこに転がっている玩具に搭載されていたはずなのですが。何故>>
「お前の性能を生かせない物に押し込めてても、もったいないだろう?」
<<犯罪行為を目的とした運用は、物理的な排除の対象と成り得ますので控える事を推奨します>>
「今のお前はキッズシッターじゃないし、俺は教育を望んでない。まぁ、これからよろしくな」
一通りの作業と慣らしを終えた後に、PDAから新たな相棒が呼びかける
<<私のコールはプリセットでよろしいですか?ノウギに候補があれば決定してください>>
「そうだな・・・ちなみにプリセットは?」
<<ミニ・ドロイド搭載を前提としたものでしたのでそれを短縮し【ドル】としていますが>>
「もうちょっとカッコイイ名前がいいよな、うん」
そう言って拾い上げた雑誌をパラパラとめくると・・・拳銃を構えて眉をひそめる俳優の広告が載っていた。
「【ベレッタ】縮めて【ベル】でどうだ?」
<<【ベレッタ】及び【ベル】でのコールを登録します>>
「気に入ったか?」やや自分のネームセンスを自慢するようにノギが言うのへ
<<あまりにも倫理的に公言が推奨されないコール以外ならばエラ-は起こりません>>
ベルは至極当たり前に、機械的に返す。
近いうちに、自分の生活基盤が劇的に変わるのだと
ノギは期待に胸を膨らませて横になる、PDAを大事に抱えて。
期待は火となり、火のついた興奮がなかなか眠りに辿り着かせてはくれなかった。
__________ 続く