欲した時間
九
意識を取り戻すと、そこは暗黒の世界だった。どうやら首尾よく成功したらしいな、とルレロは安堵した。
ルレロが切り殺されてから生き返るまでの約一時間の間にベラドルゴ軍は引き返し、体は適当な場所に埋められたのである。誰もその死体が敵軍の大元帥、現人神であろうなどとは考えもしないだろう。ルレロの顔を知る帝国側の人間はとっくに死に絶えていた。もしも戦いが終わるまでに意識を取り戻してしまったら、舌を噛んでもう一度死ぬ決意でいた。
ルレロの肉体は完全に回復していた。本気で土から抜け出そうとすれば可能かもしれない。しかし当然ながらルレロには全くその気はなかった。
ルレロはここで生きながら死ぬことにしたのである。彼が消えれば、ベラドルゴ帝国は求心力を失い、永遠と続く戦争も終わることになるだろう。
他にもっと良い方法もあったかもしれない。しかし、様々な方法を模索するような気力は既に残っていなかった。もしも失敗しても、その時初めて他の方法を考えれば良いだけだ。
加速していく時間の中で、何かを忘れ、何かを失いながら生きていくぐらいならば、いっそ何も変わることのないこの土の中で、これまでの記憶を辿りながら存在していくほうがいい。と、ルレロは考え、暗闇の中で開けているのか閉じているのかさえ分からない瞼をとりあえず瞑るように動かした。
父さん、マカナ。そっちには行けないが、せめて俺の心の中で会ってくれ。
土の世界は音と光をルレロから奪い、代わりに今までとは違った種類の時間を与える。加速もせず、過ぎ去りもしない時間。何も現れず、何も消えたりしない時間。永遠という概念も一瞬という概念も存在しない時間。
それはルレロが真に欲した時間であった。