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一瞬の出会い

 その出来事は、五百年も生きてきたルレロにとっては気づけば過ぎ去っていたような、しかしルレロを加速していく時間から少し引き戻してくれた、そんな出来事だった。

 ルレロはゆっくりと思い返す。


 マガンテが死んでから、寄る辺の無くなった人生の中でルレロの精神はある意味でどこか壊れ、自分の周りを流れる無限の生と死、出会いと別れ、命の移り変わりにも大して心を痛ませず過ごし続けていた。

 ある日ルレロは、日課としている城下町の散歩中に一人の少女と出会った。

七歳ほどであろうか。辺りをきょろきょろ見回し、不安そうに目には涙を浮かべている。

ルレロが近づき事情を聞くと、不審な顏を見せるも、親とはぐれて迷子になってしまったのだと少女は言った。

「名前は?」

「マカナ」

 ルレロは慣れないながらも彼女の手を引き、街の人々に尋ね周りなんとか家を発見した。

「あ、ありがとうございます。元帥様にこんな手を煩わさせてしまって申し訳ございません」

 彼女の両親はまるで自分の娘が見つかって安堵するよりもこちらの方が優先だと言わんばかりに床に頭を擦り付けた。

 ルレロはそのひたすらにへりくだる両親の態度に軽い失望を覚えながらも、マカナに声を掛けた。

「もし良かったら城に遊びに来い。折角私の数少ない城外の知り合いになってくれたのだ。私ができる限りの精一杯のもてなしをしよう」

 うん、と元気よくマカナは頷いた。

 幾ばくもせず、マカナは城に現れた。

「よく来てくれた。何が食べたい」

「ううん。先にお兄ちゃんと遊ぼう」

「え?」

「私と一瞬に遊んでよ」

 マカナの笑顔が本当に輝いているようにルレロには見えた。

 ルレロは長らく忘れていたある感情を思い出していた。

 親愛の情。マガンテを失って以降、心のどこかに捨ててしまっていた物だった。

 それ以降、マカナはしばしば城に現れルレロとともに遊んだり、話したりするようになった。ルレロにとって、マガンテに次ぐ二番目の「かけがえのない人」になるのには時間はそう掛からなかった。

 そして十年後、マカナ十七歳。

「さて、そろそろ帰ろうか」

 ルレロは赤く激しく燃え盛るような夕焼けを眺めているマカナに声をかけた。

 しかし、マカナはまるでルレロの声が聞こえていないように微動だにすることなく太陽を見つめている。

「マカナ?」

 ルレロがもう一度声をかけると、マカナは慌てて振り向いた。

「ああごめん、ごめん。ちょっと考え事してた」

「へぇ、マカナにしては珍しいな」

 ルレロはからかうように言った。

「失礼ね。私だって考え事ぐらいするよ」

 マカナは軽くルレロを睨む。ルレロにはその表情がなぜかくすぐったく感じられ、思わず微笑んだ。 それを見て、マカナは言った。

「ルレロさんて変わったよね」

「変わった?」

 ルレロは思わぬ指摘に即座に聞き返した。

「うん。私があなたと出会って最初の頃はすごく大人びたというか……むしろお爺ちゃんみたいな感じの人だなーって思ったの。まあ何百年も生きていれば当然のことなんだろうけどね。でも今じゃ年相応の、二十歳の話し方、表情になったような気がする」

 ルレロはハッとした。今まで全く気づかなかった。ただ、若返ったというよりも、業務連絡や兵士への指導の際に使う堅い言葉しか話さなくなっていたルレロが、若いマカナと触れ合うことで、元の話し方を取り戻したというほうが正確かもしれない。

 俺は、こんな話し方だったのか。と、ルレロが考えていると、マカナは更に言葉を継いだ。

「私がこの夕焼けを見ながらしていた考え事はね、私にとってあなたはこの太陽みたいな存在なんだなーてことなの」

 マカナは手を太陽に向けて高くかざした。

「私とあなたはあらゆる物が違いすぎて、こうやって手を伸ばしても届かない。こんなに近くにいるように見えるのにね。私とこうして一緒にいる時間も、私にとってはかけがえのない時間だけど何百年も生きてきて、またこれからも永遠と生きてゆくあなたからしたら、ほんの一瞬の出来事にすぎないんだろうなーと思うと何か寂しくなっちゃって」

 マカナは悲しげに眼を細めた。

「マカナ……」

 それは違う、ルレロはそう答えたかった。自分にとっても、君といる時間は一瞬なんかではなくとても大切なものなのだ、と。しかし、出来なかった。ルレロは自分に自信が持てなかった。既にマガンテとの記憶も薄れてしまっていた。ルレロの中の時間はどんどん加速していき、一年が、終われば一瞬のことのように思われるのもざらにあった。マカナと出会ってからは、幾分かは緩和されたが最近やはり元の時間の感覚に戻りつつある。これから永遠とマカナとの日々を覚えていられる自信もなく、またそうした不安を押し隠してマカナを慰めるようなことを言ってもマカナにとって、また自分にとっても何の救いにもならないと感じたのである。

「ごめんね。何か辛気臭いこと言っちゃって。こんなことルレロさんに言ってもなんにもならないのに。さあ帰ろ帰ろ」

 そう言って、固まっているルレロを置いて歩き出した。目には涙が光っていた。

 ルレロは空を見た。相変わらず、太陽はまるで止まっているかのような遅い速度で動きながら赤く、赤く、激しく、燃え盛っていた。

 とにかく精一杯「今」を生きようとルレロは決心した。時間の加速に押し流されず、一秒を、一分を、しっかり踏みしめていくのだ。マカナの苦しみに何か自分なりの答えを見つけられるまで。

 それこそが、自分という存在の根本を思い出させてくれたマカナへの恩返しであるとルレロは確信していた。


 ……。何度思い返しただろう。ルレロはふと我に返りそう考えた。


 あれから少したって街には伝染病が流行し、ルレロは城内への菌の持ち込みを防ぐために城下町に行くことも、マカナを城内に招き入れることもできなくなってしまった。

更に、混乱を察したジズド帝国が長年振りの激しい攻勢に出た。しかし、戦争初期より遥かに国力を増したベラドルゴ帝国側も苦戦はしながらも、ルレロや他国軍の力もあり跳ね返すことに成功した。そこでも戦争は終わらなかった。

 ルレロは、マカナを守ってやりたい、そのことを一心に戦った。むしろ彼が今この戦争を戦う理由はそれぐらいしかなかった。戦いが終わり、伝染病の流行も終息を迎えると、ルレロはすぐにマカナに会いにいった。

 しかしマカナは消えていた。家には誰もいなかった。近所の者に聞いても誰も知らなかった。恐らく、伝染病や戦火から逃れるために家族に連れられどこかの町に行ってしまったのだろう。

 その気になれば誰かを派遣し探しに行かせることはできた。だがルレロはしなかった。ただひたすら待った。平和と日常を取り戻したこの街に、マカナが再び戻ってくることを。


 だが気づけばとっくにマカナが生きていられる時間を過ぎていた。結局城下町に戻ってくることはなかった。ルレロは彼女に答えをだす機会を永遠に失ってしまったのである。自分が持つ時間が永遠であるということに甘えた結果だった。

 それからルレロはずっと思い悩んだ。その間もやはり時間はルレロからマカナの記憶を奪うかのように進んでいく。

 どうすれば立ち止まれるのだろうか。どうすれば思い出を風化させずにいられるのだろうか。やがて ルレロはあることを思いつき、そして決心した。

「永遠」を終わらせようと。


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