終わらない戦争
六
戦争歴百年。両国は協議を行い、開戦百周年を区切りとし、一旦の休戦が取り決められた。
ジズド帝国側は和睦を提案し、終戦も打診したのだが、時のベラドルゴ帝国の皇帝はその提案は断固拒否して譲らなかった。ベラドルゴ帝国は現在軍事関係に金を注ぎ込みすぎ、財政を圧迫し、同盟国の資金援助を頼りにしている状態なのであった。こんな時に和睦を結んでしまえば、その援助は当然打ち切られ国家破綻が確実なものになってしまう。百年という長い年月を経て、ベラドルゴ帝国は戦争とは切っても切れない国家となってしまったのである。
戦争歴百五十年頃。開戦当時に生きていた人間の孫も寿命を迎え死に絶え、当時の世界情勢、帝国の圧迫、ルレロの登場による沸き立った感情をその時代に立ち会った者より直接聞いた人間はいなくなった。
それはそのまま国民の士気の低下に繋がり、兵士の士気は下がり、ベラドルゴ帝国の軍隊は弱体化することになった。
それを機にジズド帝国は猛攻に転じたが、やはりルレロの存在は大きく、ベラドルゴ帝国に決定打を与えることはできなかった。
また皇帝はルレロを大元帥に大昇格させ更なる国民感情に関するルレロの神格化を狙った。
ルレロは昇格の知らせにただ黙って頷いた。
また、ルレロの不死発覚以前の知人の関係者も消え失せてしまい、ルレロは孤独となった。
以後、ルレロの時間感覚は圧倒的に加速してゆくこととなる。
戦争歴二百五十九年、ベラドルゴ帝国が提案した両帝国間の戦争に関する原則が採択され、戦闘数は減少した。この取り決めは戦争を止めようというよりは、むしろ長く戦争を続けるためのものであった。
ルレロの出撃数は減り、城内で退屈することが多くなった。進んで人と交わることもなく、また、身分の違いやその異能性により畏れられ、誰からも話しかけられることもない。 ただ訓練の様子を見学しに行ったり城下町をぶらぶらするだけの毎日である。暗殺の心配はないので、皇帝も比較的ルレロを自由にしておいた。ルレロは普通の人間の何十倍もの時間を自己の鍛錬に費やし、圧倒的な戦闘力を手にしていた。その事実は、ジズド帝国までも伝わり、捕獲はもはやほぼ不可能であると判断された。
更にそれより何年かたつと、ルレロの出撃はほとんどなくなった。ルレロはベラドルゴ帝国の象徴となり、現人神となり、存在すること自体がベラドルゴ帝国の存続理由となっていた。
戦争も両国の兵士にとって二か月に一回定期的に行われる行事のようなものへと成り下がり、ベラドルゴ軍が侵攻し、ジズド軍が防衛し、ベラドルゴ軍は引き返す。あるいは逆。その繰り返しである。また、長期間の休戦も行われがちになった。
あまりに長い時間と退屈で単調な日常は着実にルレロを蝕んでいった。感情は消え失せ、ルレロの行動は全て形式的なものになり、経験をもとにした決まりきった作業となっていった。時間は、その決まりきった作業を行っているうちに過ぎ去ってしまう。
しかし約二百年後、ルレロがとうの昔に失ってしまった感情世界へと取り戻す出来事が起こることになる。