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死。そして、復活。

 戦争歴二年、軍隊に入って三年。ルレロ二十一歳。

 ルレロは最前線の宿営地に滞在していた。

 ジズド帝国との戦争が始まり、ルレロはいまかいまかと出撃の命令を待っていた。そして、戦線がベラドルゴ公国の辺境の町近くまで押し込まれ町への侵攻が秒読みとなっていたその時、ついに上より命令がだされたのである。

 ルレロが所属している隊に課されていた任務は積極的な攻撃による前線の押し上げであった。

 正直死にに行くようなものだ、とルレロは考えていた。

 今までの戦いを通して、互角に戦うことさえほとんど出来ていなかったのに何の策もなく、翻って(ひるがえって)攻勢に転じるなど、無謀にも程がある作戦にルレロには思えた。

 しかし、思考とは裏腹に心は落ち着きはらっていた。

 (どうせ拾ってもらった命。対して惜しくはない。しかし、ここで死んでは父さんの生活はどうなる。俺が提案し村での仕事をやめてもらい、俺がもらう給与だけで過ごすことにしたんだ。生き残ってやる。その為に俺はこの三年、必死に訓練を受けてきたんだ)

 そう考えていたルレロの肩に、不意に何かを置かれたような感触がした。

「どうだ。初陣の心境は」

 振り返ると、そこにはルレロが所属する部隊の隊長、ウエオが立っていた。ウエオは若いながらも必死で訓練や勉強に励むルレロのことをいたく気に入っていた。

「なかなか感慨深いものがあります。隊長から学んだことを活かし、一人でも多くの敵兵を倒したいと考えております」

「うむ。決して死を恐れるな。万が一やられてしまったとしても、我々はあの邪知暴虐の帝国に立ち向かった勇者なんだからな」

 意外なことに、敗色濃厚といわれるこの状況においても兵士の士気は高かった。それはひとえにジズド帝国への敵対心に由来するものである。君主カカガヤと同様に、ジズド帝国のまるで手下かのように扱われるのにひどく不満を感じていたのである。

 ルレロの心には公国への忠誠心も、帝国への憎しみも、それほど存在していなかった。ただ、マガンテのために良い給料を貰い養ってやりたいという一心で軍隊に入ったのである。しかし、上司の手前、ルレロははい、と威勢よく返事をした。

「たっ隊長、ジズド軍が現れました」

 その時、慌てふためいた伝令がやってきてそう言った。ウエオはうむ、と頷いた。

「よし、行くぞ皆の者。決して逃げるな。ひるまず戦い、憎き帝国軍に一泡吹かせてやるのだ!」

 ウエオは剣を抜き、高々と掲げた。ルレロや他の兵士たちはそれぞれ思い思いの言葉を叫び、気合を高めていた。

 やがて出撃の鐘が鳴り、ウエオ部隊は任務を開始した。ウエオ隊長のみが馬に乗り、他は全員徒歩である。部隊は列に並びそれが崩れないように一定の速度を保ちながら進撃する。

 少し進むと、帝国軍が姿を現した。こちらの二、三倍はあろうかという軍勢である。ウエオ部隊はひるまず前進を続ける。

 もう少しで帝国軍の先陣とウエオ部隊の先陣が激突するその時だった。

 突然ルレロの首に激痛が走った。すると体に力が入らなくなり、何も分からぬまま背中から地面に崩れ落ちた。

 そんな馬鹿な。

 ルレロは激痛の正体を知ろうと、震える手を首に持って行った。

 首からは細長い棒が生えていた。それはまぎれもなく「矢」であるということが確認できた。

 ルレロは愕然とした。もはや死は避けられない状況であった。それは酷い不運であった。敵の弓兵と、ルレロの距離は弓の射程範囲ギリギリというところまで離れておりとてもではないが狙って兜と鎧の間の狭い隙間を射抜いたとは考えられない状況であった。

 体は動かず、意識も急速に薄れていった。

 父さん、ごめん。ルレロは心の中でそう呟き、やがて動かなくなった。


「……か」

 かすかな声が聞こえて、ルレロは意識を取り戻した。ここは天国か、もしくは地獄なのか、とルレロは考えた。何やら、かなりの重みを感じる。目を開けると、飛び込んできたのはベラドルゴ公国の紋章である。

 (これは……? 一体俺は今どんな状況に置かれているんだ)

 ルレロは重みに抗いながら横を向いた。と、同時に度肝を抜かれることになった。そこには人間の顔があったのである。目を見開き、微動だにしない。

 (人間の……死体か? そういえば、俺の目の前にあるこの紋章はベラドルゴ軍の鎧に付いているものだ……。じゃあ俺に周りにある物はベラドルゴ軍の戦死者ということか? しかし、俺には意識がある。……どういうことだ。俺は首に矢を受けて……それが致命傷で死んだのではないのか)

 ルレロは力を振り絞って無理やり腕を動かし、首に手を触れた。穴はおろか、傷一つないようだった。

 全く状況を理解できずに困惑していると、また声が聞こえてきた。こんどは意識がはっきりしたためか、音が明瞭である。どうやら男は誰かに命令をあたえているようだ。

「了解した。では今からベラドルゴ軍の死者を土に埋め始める。その宿営地に第三十六部隊だけ残し、他は現拠点に帰還する旨を伝えよ。我々も埋葬が終わり次第、速やかに帰還する」

 (……! やはり、ここはまだ現実世界だ。ということは俺はどうやら一命はとりとめたみたいだ。死んだと誤解されて、他の死者とまとめられているということか)

 ルレロの心に歓喜の渦が沸き起こる。生きている。まだ正直分からないことは沢山あるが、とりあえず生きている。

(今はとにかく生きて帰らなければ)

 腰を探ってみると、幸運なことにまだ剣はとられていないようだった。ザクザクと土が掘られる音がする。ルレロはタイミングを見計らって飛び出すつもりでいた。上の死体が取り除かれ軽くなった瞬間に立ち上がることにした。

「……掘り終ったか。ではこいつらの装備を剥ぎ取り、死体は捨てろ。迅速にな」

 先ほどの恐らくは身分が高いのであろう男がそう命令する。口調からして、この戦線の隊長なのであろう。

 (恐らくウエオ部隊は全滅あるいは壊滅だろう……。生き残りが第一目標だが、せめてあの男だけでも……)

 上の死体がどかされたのだろう、幾分か上からの圧力が小さくなった。隙間ができそこから差し込む光に思わず目をそばめた。上にはあと一人分の死体。

 その死体に手が掛けられた瞬間にそれを思い切り跳ね上げ、ルレロは立ち上がった。思いのほか体はよく動いた。

「なっ何だ!?」

 ルレロは周りを見渡した。男の一人が叫んだ。

「なっなんだこいつ! どうして生……」

 その後は言葉にならなかった。ルレロが素早くトランシーバーの男の首を刎ねたのである。

 そしてそのまま振り向き、剣を抜いたまま走り出した。わき目も振らず、全速力で駆ける。

 ここでさっき奴が話していた、帰還してくる部隊と鉢合わせになれば一巻の終わりだな、とルレロは苦笑した。

 そこから先は、ほとんどルレロは覚えていなかった。気づけば例の辺境の町の軍隊駐在所のベッドに横になっていた。


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