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成人の儀

 1

 その日は始まりでもあり、終わりでもあった。

 小国ベラルドゴ公国にあるナセ村に住む、一人の少年が十八歳になり成人の儀を受けた。

 名をルレロといい、人口百人に満たないナセ村にとっては実に七年ぶりの成人の儀となった。

 その儀の終わりに村長より成人になった証として一本の剣を与えられる。軍隊などないこの村にもし危機が迫れば、防ぐことが出来るのは当然村人一人ひとりのみである。剣には、成人になったからにはそれを使いこの村を守ってくれという願いが込められているのである。

 しかし儀に参加した村人達には、あまり「祝福」という雰囲気は漂っていなかった。

「ルレロ、おめでとう」

 成人の儀を終えたルレロに一番に声を掛けたのは、義父のマガンテであった。

「ありがとうございます、父さん」

 ルレロはそう返事すると、深々と頭を下げた。

「今まで愛想を尽かさずに俺というものに対して、本当に」

 彼には血の繋がった家族はいない。


 ※※※


 ある雷雨の日、村の寄合を終えて急いで帰ろうとしていたマガンテは、草むらの中に何やら赤くうごめく物を発見する。恐る恐る近づいて目を凝らすと、驚くことにそれは血塗れの赤子であることが確認できた。

 マガンテは急いで診療所に連れていったのだが、医師の診断は「無傷」であった。

「む、無傷ですか」

 当時のマガンテは到底信じられず、そう聞き返した。

 医師は頷く。

「ああ。この子に付いている血は他人の物なのかもしれんな。いずれにせよただの捨て子ではなさそうだが」

 マガンテは、少しの間医師が言っていることが理解できなかった。

 黙っていると医師は更に言葉を継いだ。

「どうする、この不気味な赤子。拾ったお前が本当の親が現れるまで育てるか、もしくは見なかったことにしてどこかに捨ててしまうか」

 医師はそう冷たく言い放った。

 この冷血な男めと苛立たしく感じたものの、事実、マガンテはこの血塗れの赤子にいいようのない不気味さは感じていた。だが、不思議なことに同じぐらいの大きさで浮上してきた思いが一つ。

 よく考慮した結果、これも何かの縁と、赤子はマガンテが引き取り、男手一つで不器用ながらも精一杯に愛情を込め育てることを決めた。

 その少年には「ルレロ」という名をつけた。

 マガンテが長い間独り身であることを見かねていた村の友人たちはルレロの出現を神からの贈り物だと形容し、祝福した。

 しかし、赤子の突然な出現に何かを嗅ぎ取った者もいた。マガンテは、子供を発見した時の状況をほとんど話そうとしなかった。彼のその態度に興味を惹かれたある男が、恐らくは当時の状況をマガンテの次に知るであろう、医者の所へ聞きに行った。

 酒一瓶で医者は容易に口を割った。そもそも、大して口止めもされていなかったので当然といえば当然ではある。

 男はその衝撃的な事実に驚き、急いで周りの人間に大げさな口ぶりで話した。その言葉は多くの口を通して広がり、また「悪魔の子」などという差別的な見方をするものも現れた。

 狭く、人口も少ない村である。一つの見方が生まれると、あっという間に村全体へと広がってしまう。一か月も経たない内に、親しい村人も手のひらを返し、ルレロとマガンテは被差別対象となっていた。


 ※※※


「馬鹿なことを言うな。お前は私の子だ。苦しみも、喜びも、分け合って生きていくのは当然だろう。血が繋がっているとかいないとかは関係なくな」

 マガンテは嗜めるように言った。ルレロには彼が十四歳の時に問い詰められ、全てを話してある。ルレロは村の人間から、自分にとって謎の迫害を受けていることに薄々気づいていたのである。

「私はあの日、お前を見つけた時こう思ったんだ。お前は奇跡の子だ、とな。結局あの日、なぜお前があそこにいたのかは分からんかった。しかしそんなことはもうどうでもいい。現に私はお前から奇跡を貰ったんだ。これまでお前と過ごした日々、本当に良いものだった。これからはこの国にも、お前の奇跡をもたらしてくれ。さあ、帰るぞ。村の奴らが一応は宴の準備をしてくれているはずだ」

 そういうと、マガンテはくるりと後ろを向いた。あえて、差別のことを口にするのは止めた。

 しかし、ルレロは何の返事も返さない。

「どうした」

 怪訝(けげん)に思ったマガンテが振り返る。

「俺は今から……この村から出ていきたいと思っています。あいつらの心にもない祝福を受ける気も、この村を守ってやろうという気もありません」

 ルレロは何かを強く噛み締めるかのようにそう口にした。

「俺は都に行き、仕官しようと思っています。父さん、俺と一緒についてきてはくれませんか」

 マガンテは、ルレロの言葉を最初は驚愕とともに受けることになった。しかし、ルレロのその固い表情を眺める内に、自分が思っていたよりも遥かに強く差別に対する怒りや苦しみを感じているということに気が付いた。

 必死で周りに対し偏見をなくそうと色々手を尽くしてきたつもりだったのだが、やはり完全には悪意の視線を防ぐことはできなかったのだ。

 もはや、私にはルレロを引き留める権利などない。マガンテはそう確信した。

「わかった」

 マガンテとルレロは宴を開催する村の集会所には行かず、家に戻り荷物を取り出しそのまま村を出た。

 受け取った剣も焼却場へと投げ捨てた。


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