俺のクラスメイトが魔王気取り
春。高校に入学したばかりの俺は、新しい出会いを求めてわくわくしながら、校舎の門をくぐった。
周りを見渡しても同じ新入生ばかりで、誰もがこれから始まる新しい生活に、期待と不安が入り交じったような落ち着かない様子だ。
「きゃあっ!!」
一人の女の子が、転んで膝をすりむく。こんなこともあろうかと、鞄の中に入れていたバンソーコーを取り出し、さりげなく声をかける。出会いの季節だ。
「大丈夫ですか?」
「人間の分際で、我に傷を負わせるとはな……」
しまった、面白い人だった。
ストレートの長く伸ばした黒髪と、人形のように整った顔立ち。誰が見ても間違いなく美人だと思うが、今の返答も間違いなく面白いボケだ。
ここは一つ、ウィットのとんだ返しをしなければならない。俺は試されていた。
「噂どおりだな……。どうやら、お前の弱点は土のようだな」
芝居がかった口調でつぶやきながら、バンソーコーを渡す。
「ほう? 少しはやるようだな」
いいながら、傷口の土を手で払うと、バンソーコーをぺたりと張り付ける。
「洗わないと、悪い病気になるかもしれないよ?」
「この程度の傷、我の自己再生能力をもってすればとるにたらないものだ」
しかし、スカートから見えている足は再生している様子はみじんもない。
「我は魔王。魔王アシュタロス!! 人間の姿では、田中真子を名乗っておる。そなたの名は?」
今までの人生の中で、自己紹介は結構な数をこなしたが、魔王に名乗りを上げるのは初体験だった。
「高橋勇人」
別の名前とか、格好良い二つ名はないので、人間名だけを名乗る。
「勇人か。今日はこのあたりで引いてやるが、次に会った時を楽しみにしているがいい!!」
フゥーハハハ、と笑いながら校舎に向かって歩いていく。周りの生徒たちは距離をとりながら、この魔王劇場を見守っていた。実に面白い。
「えーと……、高校ってスゴいところだなあ」
しばらく去っていく後ろ姿を見つめていた。
楽しみにしていた、次の出会いとやらはすぐに訪れた。
クラスが発表され、決められた席に座ろうとしたら隣の席に彼女、魔王様が座っていた。
「えーと、また会いましたね。次は何をしてくれるんです?」
「奇遇だな。どうやら、我らには不思議な因縁があるらしい」
名字が高橋と田中だから、たまたま隣同士になっただけだとは思うのだが、それも因縁といえば因縁だろう。
「なになに? 二人はもう知り合いなの?」
魔王、田中真子の後ろの席から、ショートカットの活発系女子が声をかけてくる。
「あ、あたしは田所ヨーコ。この魔王様とは幼稚園からの幼なじみなの」
「高橋勇人です。朝、ちょっと転んでいるところに声をかけたぐらいで」
うふふ、と陽子が魔王の膝をながめる。
「あー、そのバンソーコーね。あんたの魔力によるバリアって、人間では傷をつけることはできないんじゃなかったの?」
そういう設定だったのか。
「う、うるさい! 弱点を突かれただけだ!! そいつはただの人間ではないぞ」
魔王が弱みをつかれて、すねたように応じる。しぐさだけを見ていれば、ただの女の子だ。
「ふーん、ただの人間じゃないんだ。よろしくね、高橋君!」
ヨーコさんに握手を求められる。魔王様が何かいいたそうだったが、結局は口にださなかった。
人間、ちょっと変わっている奴はいくらでもいるが、相当に変わっていて、かつそれを貫き通せる奴はそんなにはいない。
隣の席の魔王様、田中真子はその数少ない例外の一人だということを学校生活の中で思い知らされる。
「えー、それじゃ教科書の13ページを田中真子、読んでくれるか?」
国語の授業中、教師が魔王に命じる。
「13か……。縁起が悪い数字で、我にふさわしいといえるな。だが、命令したいのなら生け贄をささげろ! さすれば、汝の望みを叶えてやろう」
さすがの返答だった。教師も飼育小屋から、鶏を取りだしてきてバイオレンスな儀式を行ったりはしないので、大人の対応をする。
「それじゃあ、高橋が読んでくれるか」
スルー。うちの学校は、数年前にモンスターペアレントが乗り込んでくる大事件があったらしく、生徒の個性を尊重し、逆らわない、強制しない、暖かく見守る、という教育方針らしい。
何かが間違っている気もするが。
魔王様は、俺と幼なじみの田所ヨーコ以外とはあまりクラスメイトともコミュニケーションを取らない。まあ、周りが普通は避けるのだ。
が、そんな魔王の元にクラスの男子生徒が一人、話しかけていた。
「お探しの品をお持ちいたしました」
そういって男子生徒は、魔王に購買で売っている焼きそばパンを渡す。
「うむ、ごくろうだった。なかなかに良い働きをしたな」
「ははーっ!!」
完全に魔王ワールドに洗脳されていた。興味があったので、話しかけてみる。
「なあ、どうして焼きそばパンなんか渡してるんだ?」
男子生徒が、嬉しそうに答える。
「よくぞ聞いてくれたな! 我こそは前世にて、魔王アシュタロス様に仕えし四天王の中でも、最強を誇る魔族ベリアルの生まれ変わり、斉藤隆だ!!」
四天王が現れた。
「ベリアル、最強というわりには腕が細いぞ。ちゃんんと栄養のあるものを食べているのか?」
ベリアルの、強く握ると壊れそうな腕をつかむ。骨が大部分だった。
「ほっとけ! 人間の体に封印された今では、真の力を発揮できないだけだ!!」
ベリアルが叫ぶも、説得力はあまりなかった。
学校ではコミュニケーション能力を鍛えるための、総合的な授業が行われていた。
二人一組のペアを作って、興味のあるテーマについて調べ、プレゼン形式でみんなの前で発表するという内容だった。
「それじゃあ、二人一組のペアを作ってください!」
担任の先生が告げる。どうしたものか、と辺りを見回すと魔王様と目が合った。
「ちょっと待った。どうしてこっちに近づいてくる? なぜ不適な笑みを浮かべる? お前はヨーコかベリアルと組むんじゃないのか?」
「あたしベリアル君、もーらい!」
ヨーコがベリアルこと、斉藤隆とペアを組んでいた。明らかに俺の退路を断つための愉快犯だった。
「そういうことだ。観念するんだな」
魔王様が、嬉しそうに笑う。
興味があるテーマということで、図書室に調べに行く。魔王様は、帝王学やら魔術書やらを机の上に重ねては、読みふけっていた。
「内容に関しては任せるから、俺はプレゼンの演出とかサポートに回るよ」
特に語りたいこともなかったし、逆のパターンはあまり考えられなかった。
「いい心がけだ。我の演説をクラスの愚民どもに聞かせてやろうではないか!!」
図書室の中で騒ぐのはやめてください。同じクラスの愚民たちが迷惑しています。
「ところでさ、何で俺だったの?」
気になっていたことを聞いてみる。
「貴様は人間にしては見所がある。もしかしたら、前世では四天王の一人だったのかもしれんな。それを、見極めさせてもらう」
もしかしたら自分が知らないだけで、四天王だったのかもしれない。
「それって、良いことなのか?」
「我に仕えるのが四天王の幸せ。全員がそろった暁には、今一度世界を征服しようぞ!!」
彼女の中では、一回は世界を征服したことがあるらしい。
「それでは、高橋・田中さん、発表を始めてください」
教師から促される。プレゼンは、俺が資料や演出をパソコンからプロジェクターで映し、魔王・田中真子がマイクで演説をぶつという代物だ。
「今の世の中は腐っている!!」
のっけからこれだ。映像では、汚職事件や、不祥事、イジメ問題などの新聞の切り抜きが流れる。クラスメイトの大部分は、早くもドン引いていた。
「それというのも、我、魔王アシュタロスが勇者にやぶれ封印されてから、愚かで無能な人間という下等種族がはびこるようになったからだ!!」
ドット絵風の魔王が倒れるシーンから、原人が火を発見するシーンへとつなぎ、現代の東京の画像で閉める。ずいぶん壮大な流れである。
「だいたい、民主主義などという制度が間違いだ! 無能な人間に統治させるから間違いが起こるのだ!!」
映像では、現在の閣僚の顔写真一覧が流れ、次々に大きなバツマークをつけていく。公共の場所で流すには、ずいぶんとスリルあふれる内容だ。
「我は再度! 優良種である、魔族による支配をここに提案する!!」
魔王・田中真子さんの下に、一糸乱れぬ形で整列する軍隊の図。どこぞの独裁国家のような雰囲気である。
「えー、大変に個性的な内容でしたね」
先生がまとめる。生徒の個性を尊重するという教育方針だが、これをみる限りでは適度に個性を殺すのも大事だと思わされてしまった。
「それじゃあ、魔王様の演説の成功を祝って、カンパーイ!!」
田所ヨーコが音頭をとる。町中のファミレスで、プレゼンの打ち上げをしていた。あれが、成功だったかどうかは議論の余地はあるが。
「ところでベリアルは?」
ベリアル・ヨーコ組は、「学校の花壇には何が植えられていることが多いか」という特に面白味もないテーマを無難に発表していた。
「母親から、寄り道を禁止されてるんだって」
四天王最強のベリアルが逆らえないほどの迫力だ、きっと母親は人間では最強クラスの力の持ち主なのだろう。
「ところでさ、魔王キャラっていつまで続けるつもりなの?」
気になっていたことを突っ込んでみる。
「知れたことだ。我は前世からの魔王。魔王がいなくなるときは、勇者にやられた時のみだ」
よく分からないが、勇者というのを目の敵にしているらしい。
「ピザ、お待たせしましたー」
頼んでいたピザが運ばれてくる。
「高橋君、知ってる? 魔力っていうのはチーズを食べると補給されるんだって」
「ふーん、じゃあピザばっかり食ってるアメリカ人は、実は魔法使いだったのかもねー」
そのわりには、肥えている魔法使いというのはどうにもイメージと合わない。
そんなたわいもない話がしばらく続いた。魔王がトイレに行ってるので、ヨーコと二人きりになる。
「いやー、しかし高校に入ってからの真子は楽しそうにしているわ」
ヨーコが語る。
「前はどんなんだったんです?」
「前はもうちょっと、人と距離を取っていたというか、少し内気で、気弱で」
どうにも暴言を吐きまくっている今の姿とは、合致しない。どうして、あんな感じになってしまったのだろう。
「キミが変えたんだよ」
ヨーコの一言にどきりとする。俺が最初に、あの一言を返したために、彼女はそこまで暴走するようになったのだろうか。
「だ・か・ら」
ヨーコの顔が近づいてきたと思うと、顔を引き寄せられキスされる。
「ん……」
突然の出来事に、体が固まる。現実に返ると、慌ててヨーコの体を引き離す。
「いきなり何するんですか!!」
ヨーコは笑いながら、後ろを指さす。振り返ると、そこには田中真子が呆然と立っていた。
「その……、これは違うんだ……」
真子は目に涙を浮かべていたかと思うと、店の外に走り去っていく。
「あーらら、知らないっと」
ヨーコが楽しそうに茶化す。
「あんた、わざとやっただろう!!」
ヨーコを問いつめるも、完全に愉快犯の顔をしている。俺はいったい、どうすればいいのか、どうしたいのかが分からなくなっていた。
次の日、魔王様が学校を休んだ。バカと何とかは風邪をひかないというが、今まで休んだことはなかったので驚いた。
ヨーコはにやにやとこちらを見ていたが、頭に来ていたので話しかけてはやらなかった。
さらに翌日。学校に来た魔王様に、話があるといわれ体育館の裏に呼び出される。何だか、いつもとは様子が違う。
「その、なんだ……。お前とヨーコがそういう仲になっているとは知らなかった」
風邪ではなく、誤解をこじらせていた。
「違うんだ、話を聞いてくれ!」
「いや、よい。ヨーコも前世では我の四天王の一人。貴様とも四天王同士、親交を深めるのは悪くない話だ」
え、ヨーコさんもそんな設定だったのか。知らなかった。
「だが、主は我だ。だ、だから……、キスをしろ」
目を閉じて、唇を突き出される。えーと、これはどういう展開なのでしょうか?
「どうした、怖じ気付いたのか? 貴様がしょせん、その程度だったとはな」
「ば、馬鹿にすんな! キスぐらいに俺にだって」
彼女に近づく。見ると、足がかすかに震えていた。少しずつ近づいていって、もう少しで唇が触れる。
「わー!!」
突き飛ばされた。
「危うく騙されるところだった!! 今、我に変な魔術をかけようとしただろう?」
「へ?」
思わず、間抜けた声が出た。
「昔にも、一度危うくその手でやられかけたことがある。騙されはしないぞ!!」
自分から誘っておいて、こんな態度をされると無性に腹が立った。
「あー、そうだ!! 俺は実は四天王のふりをした勇者で、お前を封印するために罠を仕掛けたのさ!!」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
「騙されるところだった! 騙されるところだった!!」
そう言いながら、彼女が去っていく。
「えーと、何しに呼んだんだ……」
魔王が一人で騒いで、帰って行っただけだった。
しかし、次の授業から魔王の攻撃は苛烈を極めた。
「おのれ、勇者め!! 力が衰えたとはいえ、魔王をなめるなよ!!」
授業中に変な護符を投げつけられるは、俺の名前を書いたわら人形に五寸釘を打ち込まれた。
「おい! 他の生徒の迷惑にならないように、授業中は静かに戦いなさい!!」
教師に注意された。
静かなら戦ってもいいのか。生徒の個性を尊重する方針も行き着くところまで行っていた。
「これ以上、耐えられない!」
俺は宣言する。
「何で? 面白くなってきたじゃない」
ヨーコは悪びれもせずに言う。
「俺の平穏な学校生活が乱されているんだよ!!」
元からそんなものがあったのだろうか、と最近では疑問に思うものの、現状を続けるのがいやになったのだ。
田中真子を屋上に呼び出した。
「それで、話は何の用だ、勇者よ」
「もう、ごっこ遊びは辞めにしないか? 俺は勇者じゃないし、お前は魔王でも何でもない」
話を直接的に切り出す。田中真子の表情に変化はない。
「いいかげんさ、お前も気づいているんだろ? 俺たちはそんな物語なしに、普通に世の中を生きていかなくちゃいけないって」
「違う……、私はそんなこと望んでない……」
真子は青白い表情で、ぶつぶつとつぶやく。
「私が人間の体だからいけないのか? この体が死ねば、封印も解けるはず!! そうすれば貴様も信じるだろう!!」
そう言って真子が屋上のフェンスに走り出す。
「やめろ!! この学校は屋上に出入りが自由な分、絶対に飛び降りれないように、フェンスが異常に頑丈に作ってあるんだぞ!!」
三重、四重にもなった金網と、上れないように内側に向かって傾斜がつき、ネズミ返しも取り付けられている。万全の体制だった。
「我の真の力を発揮すれば、こんな金網ぐらい一瞬で壊してくれるわ!!」
「やめろって!! その真の力を解放するために飛び降りるんだろ!! 順番が逆だってば!!」
何か話の論点がずれていた。
「うるさい! うるさい!! どうせ貴様も我を置いていなくなるのだろう!!」
「いなくならねえよ、だって俺は勇者だからさ。お前を一生かけて封印しなくちゃいけないだろう?」
真子が驚いて、こちらを見つめる。
「つまり……、それは……」
「宣戦布告ということだな?」
「は?」
何というか、にぶい女だった。
「そうかそうか、ならばまずは四天王を全員集めるところから始めないとな!!」
魔王様が、やる気を出されていた。
出会いの季節がすぎ、新しい環境にもなじんでいくのだろう。来年の出会いの季節には、何が起きるのだろう。
それが、ちょっぴり不安で、そしてとても楽しみで。そんな気持ちにさせてくれる出会いだった。
今のところは。
了