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第03話 1人目の願い 剣と魔法の世界(03)

どうにか投稿出来ました。お気に入り登録をして下さった方が増えていてとても嬉しいです。


いつもの如く未熟な文章で申し訳ありませんが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。



 ガルゼの担当教官がいるという講義室の前に到着すると、彼は私の数歩先で突然立ち止った。


「どうしたのです、マスター?」

「静かにしろ、中の声が聞こえない」


 どうやら、室内の会話に対し聞き耳を立てているらしい。

 中腰になって、扉にへばりつくその姿は不審者そのものである。


 私はそんな彼から物理的にも精神的にも距離を取り、少し離れた壁に腕を組んで寄り掛かった。

 ちなみこの腕を組むという仕草だが、ランプの魔人になってからしばらくは思う様に行うことが出来なかった。と言うのも、邪魔なのである。胸が。

 無理やり胸の前で腕を組んだりすると、押しつけられた巨乳がこぼれ落ち非常に淫猥な感じになってしまうのだ。

 対策として私が選んだのはテレビで見たインテリ系の出来る女達がしていた様な、両腕の肘を、左右逆の手で抱くやり方である。

 この仕草はこの仕草で、下から胸を持ちあげる様な形になるため胸部を強調してしまうのだが、従来の腕の組み方が『ともかくエロい』のに対し新型の方は『クール&エロス』な感じになるため、私はしぶしぶ後者を選択することにした。


 そもそも腕を組むという選択肢を捨てればよいのではという説もあるが、私にとって腕を組むということは思考を働かせるためのスイッチの様なものなので、そうそう手放せる仕草ではなかったのだ。


 腕組み=思考する。それが私のジャスティス。


 そんな訳で、講義室の扉にへばりつく不審者を尻目に、腕組みをして思考に没頭しようとした私だが、集中状態に入る直前講義室の内部がにわかにざわついた音を耳が拾った。


 ……ガルゼがわざわざ講義室の扉にへばりつくことを選択したことからも分るように、この塔の内部の壁や扉はやたらと分厚く防音性が高い。

 数メートル先にある講義室の扉にしたところで、映画館の劇場の出入り口ばりにしっかりした重々しい造りになっている。


 その内部の声を、数メートル離れた壁に寄り掛かったまま聞き取ったのである。

 意識してみると、会話の内容まで拾えた。


 世界最強のスペック。この肉体の性能を私はまだ把握し切れていないらしい。


 興味本位で耳を傾けた会話ではあるが、どうも内容的に今後のガルゼと私の行動に影響を及ぼしそうな中身であったため、いったん思考に没頭するのを後回しにし、講義室内部の男の声に集中した。


 ふむふむ。なるほどなるほど。

 色々と情報不足で理解出来ない部分もあったが、男の言いたいことの大筋は分った気がする。


 ご都合主義なことに、この世界の言葉や文字を私は理解できる。暦の進み方や、長さや重さの単位も私の世界と同様である(ように聞き取れる)ため、日常会話程度はほぼ不自由なく行うことが出来た。

 だが反面、そもそも私の既存知識に当てはまらない単語やニュアンスの類はさすがに理解出来ないらしく、Cランクの冒険者と言われても具体的にどれ程の強さなのか分らなかったりするのだ。


 ガルゼから彼がクリアしなければならないという課題のことは聞いており、その中に『Dランク以上のクエストを達成すること』というのが混じっていることも知っていたが、まだそれが具体的にどういった難易度の仕事であるかまでは押さえていなかった。

 もともと、この世界に対する知識不足はこの魔術学園の中にあるという図書館の中で補おうと考えていたのだが、こんなことであれば事前にガルゼから聞いておくべきであったか。


 とは言え、男の会話の流れからCランクの冒険者というのが、冒険者という武闘派集団の中でも中堅どころの実力を持った連中であるらしいことは伝わってきたし、そんな連中が命からがら逃げのびてくるような『トロールの反乱』という事件のヤバさ加減も理解出来た。


 さて、どうする。

 使い魔という立場上、私はガルゼを卒業させなきゃならないらしいが、そのためには『トロールの反乱』を解決しなければならない――いや、違うな。


 解決する必要はない。


 他の学生たちにとっては遭遇した時点で虐殺されることが確定している以上、『トロールの反乱』が解決しない限り『Dランク以上のクエストを達成する』ことなど出来ない訳だが、私に限っては逃げに徹する分には逃げ切れる可能性が高い。


 ならば私が考えるべきは、いかに『トロールの反乱』とやらを回避し『Dランク以上のクエストを達成する』のかと言うことだろう。


 まあ、ここで『トロールの反乱』を解決しようと考えないあたりが実に私らしいと思うのだが、これは私の臆病さを差し引いても正しい選択であると思う。


 世界最強の人類と同等のスペックを発揮するらしいこの体ではあるが、使うのは所詮私という凡人である。どれだけ高性能の兵器であっても、それを使いこなせない人間が扱う以上、とてもではないが本来の性能は発揮出来ないはずだ。

 少なくとも、降って湧いた力を過信して飛び出したとしてもロクな結果にならないことは目に見えている。


 さらに言えば、魔術や魔術を使用した戦闘に対する知識の薄さも個人的には恐ろしい。

 某狩人漫画では、最強級の肉体と戦闘能力を持った○○ォーギンという男が、自分と比べれば遥かに劣る身体能力と戦闘経験しか持たない敵に作戦と能力の相性の問題で敗れている。

 いかに最強の体を持っていたとしても、相手が自分の未知の攻撃手段を用いてきた場合は為す術がないというよい凡例である。


 そんな事を考えていたら○○ォーギンの末路を思い出した。ついでに同じ漫画に出てきた色々な人々の死に様を思い出した。


 ……うん。そうだよね。

 やっぱり、そもそも戦うだとか殺すだとか、私のキャラクターじゃない気がするんだよね。


 まずはアレだ。

 冒険者のクエストにキノコの採取や、鉱物の発掘といった比較的安全そうなものがないかを調べよう。

 これでも某狩人ゲームの仲間には『キノコ狩りの男』や『炭鉱夫』と呼ばれ恐れられたものである


 私が「やっぱりまずは情報収集だよねぇ」とか考えていると、中の男の話は一区切りを迎えたらしく、少女の声と質疑応答のようなことを行っているのが聞こえてきた。

 どうも学園側に頼るのは無駄っぽい。

 ふむ。やはり特産キノコか鉄鉱石を探すしかないようだな。


「おい、聞いたかカーラ」


 不審者――もとい、私のマスターが目をキラキラさせてこちらを振り向いた。


「はい、マスター」


 離れた場所にいる私が室内の会話を聞こえている前提で話しかけてくるあたり、過剰に信頼されている気がしてならないが取りあえず同意しておく。


「今後の行動が決まったぞ」

「はい」


 間髪入れずに頷く。

 そう、結論は既に出ている。いかに『トロールの反乱』を避けてクエストをクリアするか、その方法を調査・実践するしかないだろう。常識的に考えて。


 私の反応にガルゼの方もニヤリと満足そうに笑い頷いた。

 二人の心が通じあった瞬間――。


「話は聞いた愚民ども。あとはこの偉大なる魔術師ガルゼフォード=マキシに任せておくがいい!」


 ――ではなかった。


 ん? あれ? 何だかおかしいぞ。

 私とガルゼはこれから図書館なり何なりに行って、今後の対策を練るための情報収集を行うのではなかったのか?

 なのに何故、私のマスターは講義室の扉を開け放ち堂々と「僕に任せておくんだお(キリッ)」とか言っちゃってるんだ?


 混乱した私が、講義室内に入らず壁にもたれかかったままでいると、静まりかえった講義室の中から、先ほど質問を行っていた少女の声が聞こえてきた。

 幼いながらも凛とした響きを持った、ロリっ子委員長的な声である。


 興味を引かれて扉の影から盗み見ると、金髪碧眼の美少女がいた。

 小柄ながらも体の凹凸はそれなりにある。しかし彼女を性的な視線で見る者は少ないだろう。キッチリ編みあげられた二ふさの三つ編みと、社長秘書あたりがかけていそうな細長の縁なし眼鏡。そのどれもが彼女に委員長的なオーラを与えていた。

 可愛らしい子であることは間違いないのだが、何だか下手なことをすると怒られそうな感じがするのだ。


「マキシさんっ、貴方はまたアレイン担当教官の招集に遅れて来ましたね! いい加減にして下さいっ」


 委員長ちゃん(仮)はガルゼが話した内容には特に触れず、別のところで彼に怒りをぶつけた。

 よく聞いていると、室内にいる他の連中も「またガルゼフォードの戯言か」とか「くそ、イライラしている時に余計にイライラさせる奴が現れやがった」とか、完全にガルゼの話した内容を聞き流している。


 ……よし。まだリカバれる。今のは軽い冗談でしたみたいな流れで、とっととこの場から退散してしまうのが最良の選択だろう。


「ええい、黙れっ、愚民メリル=フォン=クラーゼ! お前たちごときが偉大なる魔術師である僕の時間を束縛するなど、許されるはずがないだろう。わざわざ足を運んでやったんだ、まずはそこに感謝すべきであろう」


 こいつ、すげえ。


 授業に遅れてきた問題児が「うるせえよ委員長、てめえら何ぞに俺の行動を決められる筋合いはねえんだよ。つーか、学校来てやったんだから、まずそこに感謝しろよ」とか言ってるようなものである。と言うかまんまそのものである。


「偉大な魔術師って、貴方はただの学生でしょうっ。何ですか、いつもいつも、その品位のない無駄に偉そうな態度は!」 

「偉そうなのではない。偉いんだ」

「――もう、いいですっ。貴方なんかに道理を解こうとした私が愚かでしたっ」

「ふん。ようやく愚民が己の愚かさを自覚したか」

「っ、帰ってっ! 早く帰って下さいっ! この部屋から出て行って!」

「黙れ愚民。僕は来たい時に来て、帰りたい時に帰る」

「貴方が黙りなさいっ、黙って出て行きなさい!」


 室内から委員長ちゃんことメリルちゃんの金切り声が聞こえてきた。

 何と言うか、真面目な子である。


 ガルゼのような人間と付き合うにはいくつかコツがいる。

 一番簡単なのが、講義室内にいる他の人間と同じように無視を決め込むことだ。これが最も簡単で被害も少ない。

 私も内心そのスタンスを取りたかったのだが、クライアントとの良好な関係性を築く上で最低限の交友関係は必要であったため別のプランでいくことにした。

 幸い私は中学二年生の頃に今のガルゼとよく似た症状を発症する病気にかかっていたことがあるため、多少なりとも付き合い方を心得ていたのだ。


 コツは一つ。基本的に『彼ら』の世界観や思想を否定しない。これだけである。


 もし病状に目に余るようであれば『彼ら』の思想に基づく方法で制止すればいい。例えとしてどうかとは思うのだが、甥っ子が『仮面ラ○ダーごっこ』で我が部屋の器物を破損しまくった時に『仮面ライダーはそんな人を困らせるようなことはしない。お前がやっていることは怪人と同じだ』と言ったらすぐに狼藉を止めた。そして泣き出した。


 まあ、あれだ。同じ病気を発症した同胞全てに当てはまるかは分らないが、中学二年生の頃の私や、甥っ子にとって、自分がカッコいいと思っていることを誰かにカッコいいと言ってもらえるのは嬉しいことであったし、その上で今の自分がそのカッコよさからは程遠い行動を行っていると指摘されるのは泣くほど辛いことだったのだ。


 そういった意味で、メリルちゃんの対応はあまりよろしくない。まずガルゼフォードという青年が『偉大なる魔術師』であることを否定することから始めている。奴の行動を制止したいのであれば『偉大なる魔術師』であるお前が遅刻なんぞするなと言うべきである。


 ふむ。よろしい。

 この私が手本を見せて差し上げよう。

 かつて、邪気眼(笑)持ちと呼ばれ恐れ(忌み嫌われ)られたこの私が!



*********************************



 カーラに委員長ちゃん(仮)と勝手に名付けられた少女、メリル=フォン=クラーゼは貴族の魔術師である。

 父も母も貴族であり、幼い頃から貴族としての誇りと責務というものを教え込まされてきた。

 そんな彼女にとって、他の貴族たちが何ら責務を果たすことなく権利ばかり主張する姿はとても醜悪なものに映った。貴族の魔術師が、平民の魔術師をまるで奴隷に対するように顎で使うさまも、正直見ていて不快なものであった。


 貴族とは――人の上に立つ者とは、常にそれに相応しい高貴な態度と、責務を果たすに足る実力が求められる。

 そんな条件を満たした、父や母の様な立派な貴族になることこそが彼女の将来の夢であったのだ。


 同じ年代の学生たちの中にはメリルのことを煙たがる者も少なくなかったが、クラーゼ家という上の中程度の名家の娘であり、本人も魔術師として優れた実力を持ったメリルと直接ことを構えようとする人間はいなかった。

 そのため、メリルの前で『傲慢な貴族』の姿を取る者はいつの頃からかいなくなったのだ。平民であるガルゼフォードという青年を除いては。


 実際のところメリルの目の届かない所では、学生の間での陰惨なイジメや、見るに堪えないような暴力というものも依然として存在していたのだが、それは彼女の知らない話である。


 そんなこんなで、メリル=フォン=クラーゼはガルゼフォード=マキシが嫌いであった。

 正義感以外の理由から人と敵対したことがないメリルという少女にとって、恐らく初めてともいえる『顔を見ただけで不快な気持になる相手』であった。


 そんな大嫌いな彼が、例によって担当教官であるアレインの招集に対して遅刻してやって来た時点でメリルは不機嫌であった。

 だが完全にとどめを刺したのはガルゼフォードの言葉である。


 ――任せておけ? このわたしでさえどうしようもない事態を、貴方みたいな品位も実力もない人間がどうにか出来るというの?


 咄嗟に出かかった言葉を飲み込み、誤魔化すようにガルゼフォードの遅刻を責めるメリルであったが、既にこの時点で彼女の怒りは頂点に達していた。


 早く出ていけと言うメリルに対し『黙れ愚民。僕は来たい時に来て、帰りたい時に帰る』とガルゼフォードが返した瞬間、ついに彼女は直接的な力と手段でこの無責任な男を追い出すことに決めたのである。


 だが、同世代ではNo2の実力を誇る彼女の魔術が行使されるより先に、冷たく蠱惑的な女の声が室内に響いた。


「ガルゼフォード様、時間の無駄です」


 肩にかかった長い黒髪を払いながら講義室の中に入ってきた女は、メリルが初めて見る類の人間であった。


 優秀なメリルは飛び級を重ねており、周囲の学生のほぼ全てが18歳前後であるのに対し一人だけ15歳であった。そのため、性的な知識も周りよりは少ない。もっとも、同じ15歳であってもませている者がいることを考えると、メリルという少女の性的知識の浅さはひとえに彼女の潔癖さに由来するものとも言えるかもしれないが。


 そんな彼女だが、冒険者のクエストをこなす過程で大衆の飲み屋に足を運んだ際、娼婦や男娼と呼ばれる人間を見たことはある。その時のメリルの感想は「なんて下品な人達なのかしら」というものであった。


 故に、彼女は知らなかったのだ。目の前の冷たい美貌を持った女のような存在を。


 着ている服装は決して露出が過多なものではない。むしろすねまである巻頭衣を身に纏った女の姿は、学園指定の制服を着て、膝から下の素肌を晒しているこの講義室にいる女子の大半よりも清楚で慎み深いものに見えるはずだった。

 はずなのだが、気だるげに立つ女の姿を見てメリルは思わず赤面してしまった。


 衣服の上からでも見て取れる豊かな胸の膨らみや美しい腰のくびれ、男に媚びている色はないのにどこか蠱惑的で退廃的な女の微笑。

 その一つ一つが官能的でありながら下品なものではなく、ふとすると上品で高貴なものにさえ見えてしまった。


 気が付くとメリルは見入っていた。


 そして、その反応はメリルに限った話ではなく、この講義室にいる全ての人間多少の差はあれ似たような感想を頂き、同じように見入っていた。


「時間の無駄? 何が無駄だというんだ」


 沈黙を破ったのは、例によってガルゼフォードであった。

 講義室中の男から『何でお前なんかが馴れ馴れしく話しかけているんだ』という視線が集まる。ちなにその中には一部女子の視線も含まれており、メリルもその中の一人であった。


「ここで、こう話をしていることがですよ、マスター。この部屋にいる者たちに、偉大なる貴方の深慮や慈悲を説いたところで理解など出来ません。時間の無駄です」

「ふん。それもそうか」


 腕を組んで頷くガルゼフォード。

 常であれば、メリルが反感を感じずにはいられないはずの会話であったが「この部屋にいる者に」と言った瞬間の、美女の視線の冷たさに思わず思考が停止していた。


 貴族が奴隷を扱う姿を「まるで家畜を扱うように」という表現で表すことがあるが、その中には少なからず格下の『人間』を扱うが故の優越感や傲慢さというものが含まれている。本当に家畜を扱う時に、怒鳴りつけたり冷笑を浴びせたりする人間はあまりいない。


 だが今の女の視線はまさしくそれであった。取るに足らない物を見るような――家畜は愚か路傍の石でも見るような視線であった。


 ガルゼフォードに向けている冷たいながらも魅力的な微笑と、自分たちを見る心底無関心な視線。その対比を意識した時、メリルは何とも言えない感情を抱いた。

 もし彼女に恋愛経験の類が少しでもあったならば、その感情を『嫉妬』と呼ぶことに気付いたかもしれない。


「我々が為すべきことは決まっています。それを為す上で、周囲の有象無象の反応を気にするなど偉大なる貴方には相応しくありません」

「ふふん。それもそうだな」


 満足気に頷くガルゼフォード。

 それを見た美貌の女は微笑を浮かべ、彼の横を通り過ぎる。


 女が目の前を通った時、メリルはふわりと香った女の甘い匂いに胸の動悸を覚えたが、気だるげな美女はそんな彼女には目もくれず一直線にアレインの元まで足を運んだ。


「貴方がガルゼフォード様の担当教官の方ですか」

「え、ええ。えーと、貴女は?」


 中年と呼ぶにはまだ若々しいが、青年と呼ぶにはいささか年を取り過ぎているアレインが頬を赤らめオドオドと視線を逸らす姿は、周囲の学生には見慣れないものだった。


「私はガルゼフォード=マキシ様の使い魔、カーラと申します」


 教室が再び静まりかえった。


 使い魔の格は大きく分けて二つの要素で決まる。


 一つ目は呼び出す際に使用した媒体。例えば強力な使い魔であるドラゴンを呼び出すことが出来るのは、この世界に一つしかない聖地『竜の巣』と呼ばれる場所を媒体にした場合だけである。


 二つ目は魔術師の魔力量。同じ『竜の巣』で呼び出したドラゴンであっても、膨大な魔力を持った者が呼び出したドラゴンとそうでない者が呼び出したドラゴンでは遥かに力の開きがある。極端な例で言うと、全長50メートルを超える翼を持った火竜が呼び出された場合もあれば、1メートルにも届かない火を吐くトカゲが呼び出された場合もあるのだ。

 原則として優れた媒体であればあるほど、魔力量が大きければ大きいほど呼び出される使い魔は強力なものになる。


 優れた使い魔の定義は魔術師によって異なるが、あらゆる観点から見て間違いなく強力であるとされる種族がいくつかある。その一つがドラゴンであり、人型の魔物――『悪魔』であった。


 人型の魔物は自らのことを『悪魔』や『魔族』と名乗っている。

 一時は名前の不吉さと、彼等が時たま見せる邪悪な姿から悪魔を排除すべきであるという働きかけもあったが、最終的には悪魔を使い魔とする一派の勢力が勝り、今では魔術師にとっての理想の使い魔ランキングでドラゴンと人気を二分していた。


 そんな、かなりの知名度を誇る悪魔ではあるが、その召喚方法は確立されていない。媒体が何であろうが、魔術師の魔力がどの程度であろうが関係ない。呼び出せる時は呼び出せるし、出来ない時は出来ないのだ。


 強いて規則性を上げるならば、高潔とされる人間や、身分が高い人間に呼び出されることが多かったことぐらいであろう。

 そのため、一般に悪魔を呼び出すために必要なものは、『媒体でも魔力でもなくその身の高潔さである』と言われていたりもする。


 その身の高潔さである、と、言われていたりもするのだ。


「おい、お前たち、何故、そんな目で僕を見る?」


 アレインを含む、カーラを除いた室内全員の視線がガルゼフォードに集まった。


「……カーラさんとおっしゃいいましたか。貴女が彼の使い魔であると証明する方法はありますか」


 アレインが恐る恐るといった様子でカーラに問いかける。

 それに対し蠱惑的で退廃的な雰囲気を纏った美女は、太ももを晒すことで応えた。


 スリットの間から晒された、肉感的でありながらどこか現実感のない美しさを持った白い太ももには魔術の紋様が刻まれていた。

 ガルゼフォードが慌ててそれに続き、手の甲の紋様を周囲に見せつける。

 この場にいる人間にはそれらが使い魔の印であることがすぐに分った。


 召喚によって呼び出される魔物は、例外なく『既にこの世界に存在しないもの』である。

 ドラゴンはこの世界から姿を消して久しいし、逆にこの世界に未だ存在するトロールが使い魔となるようなことはない。

 故に使い魔の印を持つ人間の形をした何かがいたとしても、当然それは現時点でこの世界に存在する『人間』や『エルフ』や『ドワーフ』等とは異なる種族である。

 そして現時点で確認されている召喚可能な人型の魔物は『悪魔』しかいない。


 実のところカーラは彼等が悪魔と呼んでいる種族とは完全に異なる存在であったし、ガルゼフォードが彼女を呼び出すために踏んだ手順は『使い魔』ではなく『ランプの魔人』を呼び出すためのものであったりしたのだが、この場でそれに気付けるような人間は当然存在しなかった。


「ほ、本当に使い魔だぞ、あれ」

「嘘だろ、何で、ガルゼフォードなんかが『高貴なる者の使い魔』を呼び出せるんだよっ」

「ハア、ハア、ハア」

「あり得ない、あり得ない」

「メリルさんですらペガサスを呼び出すのがやっとだったんだぞっ」

「ハア、ハア、ハアッ」

「だけど、事実としてあの女の人は使い魔だし、ガルゼフォードは彼女の主だぞ」

「つーか、あんな美女がガルゼフォードの使い魔って勿体なさ過ぎるだろ!」

「ハア、ハア、ハアッ!!」


 混乱の声で湧きかえる講義室において、メリルは呆然とカーラと名乗った女を見つめた。


 ――なんで、あの人が、使い魔なの? いいえ、あの人が『高貴なる者の使い魔』というのは納得出来る。だってあんなに高貴な方なんですもの。納得出来ないのは、あの人がガルゼフォード=マキシの使い魔をしていることだわ。


 普段の清廉で真っ直ぐな少女の横顔を知っている者が見たならば、その時のメリルの表情にさぞかし驚いたことであろう。

 それは、あまりに暗く恐ろしい、嫉妬心をむき出しにした女の顔であった。


 ――なんで、あの人は、わたしの使い魔じゃないの?



*********************************



 カーラは使い魔宣言を済ませると、ガルゼフォードの手を引いて講義室からとっとと退散した。


 ガルゼフォードとしては元々、身の程知らずの愚民たちを一人一人平伏させてから自分に助けを請うように促すつもりであったが、使い魔の言う通り未だガルゼフォードの偉大さを理解しない愚民たちがそうそう忠実な態度を示すとも思えなかったので、先に問題を解決するというカーラのプランに乗ることにしたのだ。


 とは言え、問題――『トロールの反乱』をどう解決すればよいのか、ガルゼフォードにもまだ分らなかった。分らなかったので、聞くことにした。


「よし、まずはどうする。冒険者のギルドに向かうか? それとも街の外で囮になるか?」


 完全に『トロールの反乱』を解決する気満々のガルゼフォードに対し、カーラは例によって冷たい笑みを浮かべながらこう答えた。


「情報収集です。マスター」


 魔術の専門書の類は塔の内部で特別な管理をされているが、カーラが調べたいと言ったような『そもそも冒険者やクエストの基礎知識が載っている本』や『この近辺一体の魔物の分布が載った本』、『初心者が読んで分る魔術の基礎知識が載った本』などは比較的一般的な書物であるため、塔の外にある別館の図書館の中にあった。

 まあ『キノコ図鑑』や『鉱物図鑑』があったかどうかはうろ覚えだが、確かあったはずである。


 ガルゼフォードもカーラを呼び出した古城の情報はこの図書館から得ているので、事前の情報収集がいかに大切かを珍しく熱く語るカーラの説明にも素直に納得し、自分もいくつか調べ物をすることにした。

 新聞を読み『トロールの反乱』で襲われた冒険者たちが、どこで襲撃されたかのリストを作ることにしたのだ。魔物の軍勢が現れる場所の傾向ぐらいは見えてくるかもしれない。


 実は多くの冒険者や魔術師はこのあたりの事前調査を怠る。


「事は起こってから対応すればいい」と考える自信家と、「そもそも事が起こらないようにしたい。起こるにしても事前に想定しておきたい」と考える臆病者の違いとでも言えばいいだろうか。


 図書館に着いたガルゼフォードは、カーラが目的としていた本を彼女に渡すと、しばらくは新聞の調査に没頭していた。

 普段の無駄な自尊心を抑え、黙々と調べ物を行う彼の姿にカーラが好ましげな視線を向けていたことにガルゼフォードは気付かなかった。


 ガルゼフォードはリスト化を終えると、まだ読書中であったカーラの本を持ち貸出カウンターに向かった。

 カーラの「私が持ちます」という言葉に対し「いい、僕が持つ」と答えるあたり、やはり冷たい美貌の女は彼にとって特別な位置づけにいるのだろう。


 カーラの感覚では、調べ物は図書館でするものという意識があったが、ガルゼフォードにとってそれは自室で行うことだった。新聞は持ち出せなかったため、しぶしぶあそこで調べ物をしていたのだ

 ついでに言えば、彼の後ろを付いてくる気だるげな美女の色香に当てられた男たちの視線が、美しい使い魔の肢体を服の上から舐め回すように動いていたのが不快だった、という理由もあるが。


 カーラの方は注目されているのは分っていたが、そこに好色なものが含まれていることまでは理解していなかった。とは言え、本を読めれば取りあえずそれで良かったので、学園の寮にあるという彼の自室まで移動することにすぐに同意したのである。


 魔術学園の寮はとくに男女別に分れている訳ではなく、学生以外の魔術師も普通に暮らしていたりするので、妙齢の美女を部屋に連れ込むことに関して咎められるようなことはなかった。

 もっとも、周囲の空気を読まないことに定評のあるガルゼフォードをして感じずには入られない密度の嫉妬の視線が彼に集まってはいたが。


 ガルゼフォードは部屋に入るとすぐに鍵を閉め、盗聴透視を禁じる魔術を発動させた。

 ふと彼が、壁に備え付けられた時計を見ると時刻はもう、夜と言ってもよい時間になっている。図書館で少し時間を使い過ぎたらしい。


「さて、調べ物をするのはいいにしても、どの程度時間がかかる? 課題達成までの期限はあと二週間ぐらいしかないぞ」

「二週間ぐらい、とは、具体的にあと何日でしょうか」

「ふん? えーっと、後13日だな。それがどうした」


 契約者が部屋に一脚だけある椅子に座りそう返すと、ランプの魔人は壁に寄りかかり気だるげな微笑を浮かべながらこう返した。


「マスター、あらゆる問題に挑む上でまず真っ先にすべきことは、『勝利条件』と『敗北条件』を明確にすることです。そして今回のケースで私たちにとっての『敗北条件』は期日を過ぎても課題がクリア出来ないことになるでしょう」


 故に、期日がいつであるかはとても大切なことなのです、と使い魔は続けた。


 その後の彼女の話を要約すると、以下のような内容になる。

 ちなみにこの街に向かう道中の雑談で、チェスという単語が通用することを把握していたカーラは、これを例えに用いた。


 まず『勝利条件』とは、その条件を満たせば勝てるというもの。

 チェスで言えば相手のキングを取ること。


 次に『敗北条件』とは、その条件を満たされれば負けるというもの。

 チェスで言えば自分のキングを取られること。


 このルールを把握しないまま、勝負に挑んではそもそも勝負にすら成らない。


 相手にキングを取られてはならないことを知らなければ、自分のキングを守れずに負ける。相手のキングを奪わなければならないことを知らなければ、いつまでたっても勝てはしない。


「ガルゼ様が今すべきことは、何が自分にとっての『勝利条件』であり、何が自分にとっての『敗北条件』であるかを考え、理解することでしょう」


 例えばの話、ただ『卒業すること』を『勝利条件』とするのであれば、そもそも今年の課題達成を諦め、来年再度挑めばよいのだ。


 逆に『今年中に卒業出来ないこと』が『敗北条件』に当てはまるのであれば、是が非でも13日以内に課題のクリアを目指さなければならない。


 途中から腕組を始め、ノリノリで説明を続けるカーラ。


 突き出された胸に思わず視線が行きそうになったガルゼフォードではあるが、今話している内容がそれなりに重要なものであることは分っていたので、すぐに雑念を振り払った。


 今の自分にとっての『敗北条件』は『期日を過ぎても課題がクリア出来ないこと』である。これはカーラとも認識が合っている。

 ネックはやはりどうやって『トロールの反乱』を引き起こしている魔物の軍勢を見つけるかと言うことだろう。出会えさえすればカーラの武力によるごり押しでどうにかなるはずだが、図書館で調べた出没地点のリストを見ても法則性がまるで分らなかった。


「どうすれば『敗北条件』を満たさずに済むのかが分らない。魔物の軍勢を見つけようがない以上、どうしようもないぞ……」

「では、考え方を変えてみてはどうでしょう。マスターにとっての『勝利条件』とは何ですか?」


 言うまでもなく、ガルゼフォードにとっての『勝利条件』は『Dランク以上の冒険者のクエストを達成すること』と『課題発表会で自らの魔術の研鑽に対する成果を発表すること』である。


「ん?」


 そう、あくまで『Dランク以上の冒険者のクエストを達成すること』なのだ。Dランククエストをこなす上で妨げとなる『トロールの反乱』を解決することではない。

 はっきり言ってしまえば『トロールの反乱』は無視してよい要素なのだ。


 確かに『Dランク以上の冒険者のクエストを達成すること』を達成する上で大きな障害となり得るが、ガルゼフォードにはトロールを文字通り瞬殺出来るカーラという切り札がある。

 であるならば、Dランクのクエストにカーラを投入し、『トロールの反乱』が発生したら返り討ちにすればよいだけの話なのである。

 少なくとも、どこにいるかも分らない魔物の軍勢を探すことに比べれば遥かに難易度は落ちる。


「カーラ、お前『トロールの反乱』を無視していいことに気付いていたな」

「ああ、さすがです、マスター。そのことにご自身でお気づきになるとは」


 感嘆の声を上げるカーラであったが、内心本当にほっとしていた。


 ガルゼフォードのようなタイプに「お前のしようとしていることは間違っている」と言っても十中八九聞きはしないので、どうやって彼に彼のしようとしていることを止めさせるか悩んでいたのだ。

 そういった意図とは関係なく話した『勝利条件』と『敗北条件』の話でガルゼフォードは考えを改めてくれたのである。それはほっともするだろう。


 無邪気に喜ぶ美女の顔は、普段とのギャップもありとても可愛らしく見えた。ガルゼフォードは、この使い魔を『美しい』や『恐ろしい』と感じることはあっても『可愛らしい』と感じたことは一度もなかった。今この時までは。


 訳もなく自らの使い魔から視線を逸らしたガルゼは誤魔化すように話を続けた。


「しかし、図書館で調べたことが無駄になってしまったな」

「いいえ、魔物の軍勢の出現地点の一覧が作れたことは、今後の動きを決定する上でかなり意味が――」


 カーラが言葉を続けようとした時、ガルゼフォードの部屋のドアがノックされた。


「……誰だ。僕は今忙しい。後にしろ」


 不機嫌な声色で相手も確認しないまま追い返そうとするガルゼフォード。


「わたしです。メリル=フォン=クラーゼです」

「……そうか。僕は今忙しい。後にしろ」


 メリルがガルゼフォードに抱いているほどの悪感情を、彼は彼女に対して抱いてはいなかったが、それでも使い魔との会話を邪魔されたという事実が無性にガルゼフォードを不機嫌にしていた。


「お話があって参りました」

「後にしろ」

「お願いします。お部屋に入れて下さい」

「帰れ」

「嫌です。わたしはわたしが納得するまで絶対に帰りません」

「いいから、とっとと帰れ!」


 先ほどの講義室とは逆の立場になった感じだが、お互いがお互いに譲る気がないのは同じようである。


 カーラは苦笑を浮かべると、自らの主にこう進言した。


「どうでしょうマスター、いったん彼女の話を聞いて差し上げては」

「何故僕が僕の貴重な時間を奴のためにさかねばならん」

「彼女が帰るのを待っていたら、余計にマスターの貴重なお時間を失うことになるからです。話を聞いてすぐに追い返した方が結果としては早いかと思われますが」


 カーラの言葉に苦々しげに頷いて、ガルゼフォードは扉の向こうに声をかけた。


「……仕方がない。入れ」


 彼がそう言うと、扉はひとりでに開いた。


「こんばんは。マキシさん」

「……要件はなんだ」


 スカートの裾を軽く持ち上げ丁寧な挨拶をしたメリルに対し、ガルゼは相変わらずの仏頂面で椅子に座ったまま答えた。


 ガルゼフォードのその態度にメリルの表情が険しくなる。


 カーラは貴族の作法など知らなかったが、一般的な社会人が持つ程度の常識は持ち合わせていたので取りなすように言葉を発した。


「マスター、女性を立たせたままにしておいて、ご自身がお座りになっているのはどうかと思いますが?」

「ん? ああ、そうか、すまんな。気付かなかった。そこに座っていいぞ」


 使い魔の言葉に対し、その主はベッドに向かって顎をしゃくった。

 男の一人部屋である以上、座る場所として椅子かベッドのニ択しかないのは仕方ないことであろう、彼の行動に問題があったとすれば、その言葉を来客のメリルにではなく、カーラに対して向けたことである。


「何をしているカーラ? 遠慮なく座れ」

「マスター、お言葉をかける相手が間違っているかと思いますが」

「? お前こそ何を言っている。お前以外に座らせなければならない相手などここにはいないだろう」

「マキシさん、貴方という方は本当にっ、わたしだって願い下げです。そんな不潔そうなベッドになんて座りたくも――」


 眉間に皺を寄せるメリルの様子を見て、気だるげな美女は一つ溜息をつくとベッドに腰を下ろした。


「メリル=フォン=クラーゼ様。よろしければこちらにお座り下さい」


 そう言って自分の座る横をポンポンと叩く。


「おい、カーラ」

「彼女を立たせておくことに私が耐えられないのです。ご容赦頂けませんか」

「……っち」


 舌打ちしながらも特に反論の声は上がらなかったので、冷たい美貌の女はもう一度自らの座る横を叩いた。


「どうぞこちらに」

「……はぃ」


 先ほどまでのガルゼフォードとの口論が嘘の様に大人しくなるメリル。

 ただでさえ小柄な少女であるが、女性としては長身の部類に入るカーラの横に座るとそれが際立った。

 しな垂れかかるように色っぽくベッドに腰掛ける黒髪の美女と、膝の上に拳骨を載せてチョコント座る金髪の美少女。

 見る者が見れば眼福としか言いようのない光景であったが、ガルゼフォードは使い魔の横で顔を赤くして俯いているメリルの存在がどうにもに気にいらなかったので、とっとと話を切り出した。


「で、要件は何だ?」

「え、は、はい、要件ですね、要件、うんと、えーと」


 生真面目で冷静な彼女には珍しい狼狽した姿だった。横に座るカーラなどは気だるげな表情のまま、普段の委員長キャラとのギャップにときめいていたりもしたのだが、空気を読まないことには定評のあるガルゼフォードは追い打ちをかける。


「何だ、お前は要件もないのに僕の部屋にやって来たのか?」

「ち、違います。私はただ、『トロールの反乱』を解決するといった貴方の言葉が気になって……」

「ん、そ、そうか」


 途端に威勢が悪くなるガルゼフォード。

 つい先ほどまで前言を撤回して『トロールの反乱』を解決する以外の方法で、課題をクリアすることを考えていたのだから無理もない。


 ――早まったことを言ったか。


 後悔することの少ないガルゼフォードであるが、今回ばかりは数時間前の自分の発言の迂闊さを認めざるを得なかった。

 そんな彼の様子を見てメリルの表情がまた険しくなった。


「……もしかして、本当は解決する気なんかなかったんですかっ」

「そ、そんなことはないぞっ」

「皆をいたずらにかき回して、出来もしないことを出来ると言って、無責任にもほどがあります!」

「おい、いつ僕が出来ないことを出来ると言った」

「ついさっき言ったではありませんか、『トロールの反乱』を解決するなんて威勢のいい、出来もしないことを!」

「出来るぞ、そんなこと」


 契約者が熱くなっていることに気付いたカーラが慌てて制止に入る。


「落ち着いて下さい、マスター。先ほどの会話の中で私もマスターも『トロール反乱』を解決するだなんて一言も言っていません。もしそう聞こえたのであるとすればそれはただの勘違いです」


 自分が攻められることを念頭に置き、むしろ矛先をそらすつもりで発言したカーラだったが、何故か金髪碧眼の少女は横に座る美女に矛先を向けなかった。


「情けない人ですね。自分の使い魔に守ってもらわないと、ろくに議論も出来ないだなんて」

「おい、訂正しろ」

「嫌です。だって貴方が嘘つきの臆病者であることは事実でしょう」

「……おい、カーラ。『トロールの反乱』を解決するぞ。僕が嘘つきでも臆病者でもないことを証明したら、お前はどう僕に謝罪するつもりなんだメリル=フォン=クラーゼ」

「『トロールの反乱』を解決した勇者が相手ならば、その方をわたしの主と称え土下座でも何でもして差し上げますよ。何なら靴だって舐めて差し上げます」

「二言はないな。よし、やるぞカーラ」


 カーラは完全に頭に血が上っているらしいガルゼフォードをどう止めたものかと考えていたが、使い魔が沈黙する姿を見てメリルがクスリと笑った。


 ガルゼフォードの怒りが頂点に達した瞬間である。


 そして彼は、言ってはならない言葉を口にした。


「カーラ、お前は僕の使い魔だろうっ、ならば僕に従えっ、『トロールの反乱』を解決するんだ! これは命令だぞ!」


 命令、だぞと。




「畏まりました」


 直前までの躊躇が嘘のようにあっさりと頷くカーラ。

 完全に偶然の産物とは言え、契約者から三つ目の願いを引き出すことに成功したランプの魔人は、その冷たい美貌に華やかさと毒が両立した魔性の微笑みを浮かべていた。



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