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第02話 1人目の願い 剣と魔法の世界(02)

感想を頂いた方々、感謝です。皆様のおかげでこの話は書きあげられました。

例によって拙い文章ですが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。

 


 月夜の晩に、カーラという使い魔の美しさに心奪われたガルゼフォードであったが、この女がいたずらに心を許していい存在ではないことは、その夜のうちに分った。


 ガルゼフォードという男の性格からして、偉大なる自分が誰かに命令を下して、それに誰かが従うというのは当たり前のことであった。しかし、気絶から目覚めて最初に「それはご命令ですか」とカーラに聞かれた際、彼は奇跡的に「三つの願いを叶える」と言ったカーラの言葉を思い出したのである。


 なので、逆にこう尋ね返したのだ。


「ところで僕の願いを三つ叶えた後、お前はどうするつもりだ」

「……ちっ」


 視線をそらしたカーラの舌打ちは、夜の河原にやたらと大きく響いた。


 ガルゼフォードが詰問を続けると、三つの願いを叶えた時点で使い魔の契約を破棄し、どこかに帰る気まんまんであることが発覚。

 冷たい美貌の女は見下すような表情で話を続けたが、途中から若干目が泳いでいた。


「いったい私のどこに不満があるというのですかマスター。命令ならば何でも聞くと言っているではありませんか。手前で言うのも何ですが私は優秀で模範的な使い魔ですよ」

「どこの世の中に三回命令を受けただけで契約を破棄する使い魔がいるんだ。一度契約を結んだ以上は、お前は死ぬまで僕の使い魔だろう」


「いいですか、ガルゼ様。逆にこう考えるのです。私は命令を三回しか聞かない使い魔なのではなく、三回も命令を聞く使い魔なのだと。ほら、何だか納得出来ますよね」

「……何をどう解釈すれば今の説明で納得出来るのかが分らない」


「ほらほら、面倒なことを考えるのはやめにして命令して下さいよ、命令。月は綺麗で空気もおいしい、絶好の命令日和ですよ」

「…………」


「じゃあっ、私にいったいどうしろって言うんですか! 訳が分りません! 意味不明です!」

「……………………」


「もうやめましょう。ガルゼ様。これ以上私たちが言い争うことに一体何の意味があると言うのです。もう止めて、命令しちゃいましょう」

「…………………………………………」


 ガルゼフォードは人生で最高とも言える忍耐力を発揮し、それまでの超然とした冷たさをかなぐり捨てて熱心に語りかけてくる使い魔の甘言を聞き流し続けた。


 その成果もあり、最終的には双方妥協する様な形で、結論を先延ばしすることになったのだ。


 ちなみこの頃には空も白澄み始め、カーラは精神的疲労から常の気だるげな雰囲気に戻っており、ガルゼフォードの方は徹夜のため体力的疲労から前後不覚に陥っていた。


「ではこうしましょうマスター。私は今後、一般的な使い魔が行う業務内容に関しては、使い魔としてきちんと遂行します。そして、一般的な使い魔の業務内容を逸脱する命令であっても一回に限り、絶対に従います」

「……そして、例外的な命令を行ったが最後、お前は契約を破棄すると……」

「そうなりますね。ですが、そこはご納得頂くしかありません。私はそういう使い魔なのです」

「……仕方がない、妥協してやろう。では、普段の命令と例外的命令をどう区別する」

「例外的命令を行う場合、ガルゼ様は『命令する』と明に言葉に出して言って下さい。普段のご令令に関しては、特別『命令する』というお言葉を頂かなくても従うように致します」

「…………分った。それでいい。じゃあ、僕は、寝るぞ」

「畏まりました。周囲の警戒はお任せ下さい。おやすみなさいガルゼ様」


 次にガルゼフォードが目覚めた際に『一般的な使い魔の業務内容』とは何かという話で再び揉めることになったのだが、それに関しては魔術学園に存在する使い魔に関する資料をカーラが確認することで落とし所がついた。


 それから、魔術学園が存在する都市に到着するまでの間、意外とサバイバル技術の高かったカーラは甲斐甲斐しくガルゼフォードの身の回りの世話をしていたが、実は戦闘用の使い魔にそんなことをさせている時点で『一般的な使い魔の業務内容』からは大きく逸脱していたのだが、彼女がその事に気付くことはなかった。


 また『接客内容が具体的に分らない以上、可能な限り最上級の接客をするべきである』と判断したカーラは、漫画や小説で読んだ『執事』や『メイド』や『従者』といった人々の奉仕活動を参考にそれらを実行していたが、自分が女性であるという自覚がまだ足りない彼女は無自覚のうちにかなり『際どい奉仕』もしていた。

 ガルゼフォードが鋼の自尊心を発揮し、性的な意味で『一般的な使い魔の業務内容』から逸脱した命令を出すのを必死に堪えていたことを彼女は知らない。



*********************************



「素晴らしいです」


 ガルゼに連れられ魔術学園のある都市に到着した私は、その中心にある学園に向かう道すがら、周囲の街並みの美しさに感動していた。

 こんな場所に訪れることが出来るのなら異世界に召喚されるのも悪くない、などと後で絶対後悔しそうな考えさえ頭によぎる。


 元来インドア派の私ではあるが、社会人になってからは長期休暇が取れる度に無駄に旅に出かけることが多かった。

 理由は旅先での人との出会い――などではなく、むしろ普段の人付き合いすら面倒になり『自分を知っている人間が誰もいない場所に行きたい』という極めてネガティブなものである。

 しかし何度かそれを繰り返すうちに、初めて訪れる土地の自然や建築物の美しさを楽しむ余裕が出来ていた。視覚的な美しさもそうだが、音や臭い、空気にすらその場所特有の素晴らしさというものがある。


 魔術学園都市フェルト。

 我が契約者が勉学に励むこの都市も、今まで私が訪れた旅先と同様、あるいはそれ以上に私を楽しませてくれていた。

 街全体の雰囲気としては、イタリアにある水の都によく似ている。高くても5階程度の建築物はそれぞれが、色合いや造形などを考えて作られている様で、日本のビル街とは明らかに異なる華やかさを持っていた。

 更に街中を抜ける水路は本来であれば高所から低所に流れるはずのものであるが、魔術的な何かの働きかけにより坂道を登る様にして流れているものもあり、異国情緒どころではない異世界情緒を醸し出している。

 地面も完全に石畳で整備されているが、例の古城からこの街に辿り着くまでに通過した村の地面がただの土であったことを考えると、この世界のこの時代においてそれを整備し維持し続けるのは決して楽なことではないはずだ。


 街の出入り口である関門は東西南北に四つ存在したが、私たちがくぐった学園関係者専用の北門以外は常に旅人や商人で長蛇の列が出来ているらしい。ガルゼから聞き出した近隣の街や村の規模や立地から考えて、この街はこの地方における基幹都市的な役割を果たしているようである。

 魔術学園というこの世界に3つしかない機関に多くの貴族や知識人といった富裕層が集まり、その富裕層目当てに商人が集まり、その商人目当てに周辺の村々から人々が集まり、それらを目当てに宿泊施設が建てられる。

 そんな人々の流れがこの街に活気を呼び込み、街を大きくしていったのであろう。


 活気がいい街というのは、えてして人ごみでごった返しているものである。

 このフェルトも例外ではない。

 異国情緒溢れる街並みの中、人ごみに揉まれながら目的地に向かうのはある種の旅の楽しみでもある。行きかう人々の表情や会話の様子を眺めているだけでも、それなりに面白いものだ。


 だが何故か、フェルトという街の人ごみは私をさける。

 私とガルゼが歩くその空間だけ、ぽっかりと穴が空くのだ。

 古城からこの街に至るまでの道中、試行錯誤の結果『周囲に私を冷酷非情と認識させる』効力を持った『紫陽花』という能力を抑止し続けることに成功したので、無駄な威圧感で街の人々を怯えさせている訳でもないと思うのだが。

 私が契約者に『人がさけて通るが、私は何かまずいことをしているのか』といった内容のことを尋ねると、彼は不機嫌な顔をしてそっぽを向いてしまった。


 まあ、元々常に不機嫌そうな青年ではあるのだが、私も彼ぐらいの年齢の時にはやたらと周囲と衝突していたのであまり気にならない。

 道中の村での彼の態度を見ると些か傲慢過ぎる気もするが、この世界の身分制度ではあれが普通のことかもしれないので現時点で一概に批判することは出来ないだろう。


 もっとも仮に彼の人格に問題があったとしても、私にとって彼は一時的な雇用主の様なものなので、対応としては求められるのは『いかに相手の問題点を一緒になって改善していくか』ではなく『いかに面倒な雇用主をなだめすかしながら自分の目的を達成するか』ということになるだろう。

 サラリーマン生活の中で身に付いてしまった、汚い大人の処世術である。汚れちまった悲しみを感じる。


 そんな益体も無いことを考えながら、私はガルゼの後ろに付いて街の大通りを抜け、魔術学園を目指した。

 ガルゼから聞いた話によると、この魔術学園都市という街は、その名の通り魔術学園を中心として存在している。先に述べた人の流れの話だけではなく、物理的な立地としても学園が都市の中心に存在するのだ。ファンタジー系のRPGゲームにおける王城とかと同じような位置にあるというと分かりやすいだろうか。やたらと高い塔が街の中心に存在することは街の外からでも見て取れた。


 そして王城がそうであるように、魔術学園に入るためには都市の関門とはまた別の門を潜らねばならない。

 ガルゼが通行証の様なものを見せて門を通ったので、私もそれに続こうとすると門番の男性に呼び止められた。


「つ、通行証の提示をお願い致します」


 何故か顔を赤らめながら、門番の男性は私の返答を待っている。


 都市の関門を守る門番が『荒事は俺に任せてくれ』と言わんばかりの巨体と武装であったのに対し、魔術学園を守る門番はどちらかと言えば細身で服装もガルゼとよく似た布地の外套であった。全体的にガルゼよりも高級そうな装備であるが、この男性も魔術師なのだろうか。


 まあ、通行証を見せなくて呼び止められるのは当然のことだ。むしろ都市の関門の方で呼び止められなかった方がおかしい。

 とは言え、私は通行証なんて持っていないので、助けを求め視線をガルゼの方に向ける。


「そいつは僕の使い魔だ」


 相変わらずの仏頂面でガルゼがそう口にした。

 それに対し、門番はどこか嘲る様な口調で言葉を発した。


「君はガルゼフォード=マキシ君だよね。噂は聞いているよ」

「ほう。僕の高名を知っているのか。感心だな」


 門番の嘲笑が更に深くなる。


「ああ、君は有名人だからな。君が召喚の媒体を求めて色々面倒事を起こしたことも知っているよ。結局どこからも媒体を借りられなかったこともね」

「あの馬鹿どものことだな。この僕の依頼を断るとは信じがたい連中だよ」


 傲慢な口調で機嫌良さげに言葉を発するガルゼだが、門番の男との温度差が激しい。何と言うか、会話が噛み合っていない。


「本当に噂通りだな、君は。だがだとすれば、媒体を借りられなかった君がどうやって使い魔を召喚したというんだい。更に言えば君如き魔術師が人型の魔物なんか召喚出来る訳ないだろう、嘘をつくならもう少しマシなものをつくんだな」


 ガルゼは目の前の門番が彼の言うところの『信じがたい馬鹿者』であることをようやく悟ったのか、言葉を止め相手を睨んだ。

 そんなガルゼを気にせず、門番は私に笑顔を向けてくる。


「貴女も災難でしたね。大方この爪弾き者に金か何かで雇われたのでしょう。どうです、貴女の目的が何かは存じませんが、私の方がこんな奴よりもずっと素晴らしいものをご提供出来ますよ」


 鼻の下を伸ばし、笑いかけてきた。

 視線が私の胸に向けられている。


 ああ、そう言えば久しぶりの旅行の様な空気に忘れかけていたが、今の私は女であった。


「こいつに用意出来るもので、私に用意出来ないものなんてありませんよ。もし学園の中に興味がおありでしたら、勤務後に案内して差し上げましょう。その後、一緒にお食事でもいかがですか」


 胸に向けられていた視線はゆっくりと舐めますように私の体を移動していき、最終的には私の腰回りで落ち着いた。胸より尻派らしい。


 うむうむ、そうかそうか。


 紫陽花の抑止を解除する。


<<紫陽花の効力の抑止を解除します。効力の発動を再開します>>


「ひいっ」

「殺すな、カーラ」


 門番の男の悲鳴と、険しい顔をしたガルゼの制止が重なる。

 いやいや殺すなって。

 私的には門番がビビっていやらしい目で見るのをやめてくれればよいなあぐらいのつもりでやったのだが……。

 どうやら、紫陽花の効果を過小評価していたらしい。今後は抑止を解除する場面には気を付けよう。


「これで分っただろう。この女は人間じゃあない。僕の使い魔だ」


 そう言って手の甲にある紋様を門番に見せつけるガルゼ。

 例によってこの街までの道中で聞いた話だが、ガルゼ曰く、使い魔と召喚者の間で契約が成立すると同じ形態の紋様が双方の体に刻まれるらしい。そんな話を聞いた私が自分の体を探ってみると、右足の太ももの外側に彼の右手と同様の紋様が刻まれていることが確認出来た。

 何故私だけ太ももになったし……。


 私はガルゼに続く様にスリットの部分を結んでいた紐を解き、太ももの紋様を門番に向けて晒した。

 契約者と話をしていて、この世界では私の様な人間型の使い魔が珍しい存在であることは把握していたので、自分が使い魔であることを証明するためにこの紋様を見せる機会が出てくることは想定出来た。

 そのため、踊り子風の衣装の形態を若干変更していたのだ。現在私が纏っているのはすねまである貫頭衣の右裾に、太ももまで続く大きな切れ込みを入れスリット状にしたエセチャイナドレスみたいな服装である。スリット部分は普段は下手にももが見えない様、紐で結び隠すことが出来るようにしている。色合いは私好みの黒や灰色などの暗めなものであるが、道中見かけた人々の服装と比べてそこまで逸脱したものではないだろう。

 スリット部分を見せない限りは……。


 私が若干の羞恥心に耐え太ももを見せつけていると、門番は相変わらず顔面を蒼白にして体を震わせていたが、一応納得した様であった。


「わ、分った、通っていい、です」


 門番はその後、私の方から目線を外し続けていたので、私も安心して紫陽花を抑止し、彼の横を通って門をくぐった。


 門と言っても実は街を守る関門よりも厚みがあり、ちょっとしたトンネルの様になっていることは外から見て分っていたが、いざ中に入ると出口が見えない程に真っ暗で驚いた。


「僕から離れ過ぎるなよ。すぐ後ろについてこい」

「畏まりました」


 先導してくれているガルゼの背中を追っているからいいが、真昼間なのに真っ暗なこの空間は下手をすると方向感覚さえ失い迷子になりかねない。

 魔術師の門である以上は、幻惑の魔術とか何とかがかかっているのだろうか。


 しばらく黙って歩いていると、突然ガルゼが口を開いた。


「カーラ、使い魔のお前が僕に対する暴言を許せなかったのは分るが、無駄に命を奪おうとするな」


 色々と誤解がある様だったが、そこを訂正する以前に私は彼の言葉そのものに少し驚いた。

 私の印象ではどちらかというと「何故僕に暴言を吐いたあいつに報いを受けさせなかったんだ」ぐらいのことは言いそうな青年なのだが。


「マスターがそういったお考えである以上、私としてもいたずらに命を奪うつもりなどありませんが、ガルゼ様はあの無礼な男の命を心配されるのですか?」

「……あの男の、ではない。一般論として、いたずらに他人の命を奪うなという話をしている」


 ますます意外だ。

 こいつは道中の村で、小さな女の子が持っていた飴玉を「僕に献上しろ」と言って奪ったような男である。他人に対する一般論的な気遣いなど出来ないものと思っていた。


「マスターは、他人から何か奪うことを躊躇されない方だと思っていました」

「周囲の愚民どもが自分の持っている物を僕に献上するのは当然の話だ。だがな、命だけは例外だ」

「どう、例外なのですか」

「命は戻せない。命を失えば、そこで終わりだ。僕に飴玉を献上した褒美として褒めてやることは出来る。だが僕に命を献上した者がいたとして、そいつに対して僕は何もしてやれない。死んだ者に対する干渉など、やるだけ己の無力を思い知らされるだけだ」

「……ええ、おっしゃる通りだと思います」


 ……本当に、驚いた。

 存外このガルゼフォードという青年は、私に似た経験をしている人間なのかもしれない。

 そう、死んだらそこで終わりだ。

 生き返らせたい誰かを生き返らせることなんて、出来る訳がないのだ。


 もし本気でそんなことを望むのであれば奇跡にでも縋るしかないだろう。

 全ての願いを叶えることが出来る絶対の奇跡にでも。


 私がしばらく黙っていると、ガルゼはそれまでの空気を払拭する様に、似合わない元気な声を出した。


「もうじきこの門を抜けるぞ。確かお前は魔術に詳しくないという話であったが、この先の景色を見て驚くなよ」

「それは、期待してよい、という意味でしょうか」


 私がそう返すと、ガルゼは軽く笑った。

 次の瞬間、それまでの暗闇が嘘の様に視界が開けた。



*********************************



 「素晴らしいです」


 フェルトの街並みを眺めそう呟くカーラであったが、ガルゼフォードが見る限り、その表情に感動している様子など微塵もなく、まるで養豚業者が豚小屋を眺める様な冷めた目で周囲を眺めていた。

 行きかう人々に向ける視線も似た様なもので、周囲の喧騒になど何の興味もなく、活気ある人々の姿も彼女の目には出荷待ちの豚か何かの様に映っているのではないかとガルゼフォードは思った。


 とは言え化物じみて冷酷な雰囲気の時を除けば、基本的にカーラという女は気だるげで退廃的な空気こそ纏っているがそれ以上に官能的で蠱惑的な美女である。

 そのどこか毒を帯びた色っぽさは、やたらと男の目を引きつけるのだ。


 都市の関門の門番たちが「あんないい女が街に入るのを止めちまうなんてもったいねえ」と言っているのが聞こえた時点で、契約者の青年は何となく嫌な予感がしていた。


 そして案の定と言うべきか、カーラと一緒に歩いているだけで普段の鬱陶しい人ごみが嘘の様に人々は彼らをさけて通ったのである。

 このあたりがただの色っぽさではない『毒を帯びた色っぽさ』の真骨頂だろう。街行く男たちはまず初めにカーラの色っぽさに当てられ視線を集め、次に彼女の毒を恐れて距離を空ける。まあ、距離を空けてなお、顔や胸や腰回りをじろじろ見続ける猛者も決して少なくなかったが。

 また女たちに関しても、周囲の男の視線を集めている美女に嫉妬の視線を向け、次の瞬間には自分たちを見つめる彼女の目のあまりの冷たさに気付き慌てて視線を逸らす。


 魅力的だが恐ろしいという矛盾を両立させた、カーラだからこそ出来る人ごみの突破術である。本人に全く自覚はなかったが。


 ガルゼフォードの方もそのあたりの仕組みを正確に把握していた訳ではなかったが、とりあえず通り過ぎる男たちのことごとくが自分の使い魔にいやらしい視線を向けていることは分っていたので、カーラに「マスター、何か私は人々にさけられるようなことをしているのでしょうか?」と尋ねられた時には自分でも分らない苛立ちに襲われ、彼女に返事を返すことが出来なかった。


 その苛立ちは彼を侮蔑した魔術学園の門番がカーラに『ガルゼフォードではなく自分を選べ』と言った瞬間に頂点に達したが、彼が怒るより先に使い魔の方が、化物じみた殺意を見せたので、不思議と苛立ちは治まった。


 また、門を通る道すがらで行った『死』に対する問答は、ガルゼフォードにとっても冷たい美貌の女の印象を変えるものであった。

 契約者の願いを叶えること以外に一切の熱意を見せず、一切の関心を払っていなかった様に見えたカーラが『死』という話題に関しては何故か食いついてきたのである。


「マスターは、他人から何か奪うことを躊躇されない方だと思っていました」


 相変わらず冷たい口調ではあるが、その言葉にはどこか好意的な響きが含まれていた。


「周囲の愚民どもが自分の持っている物を僕に献上するのは当然の話だ。だがな、命だけは例外だ」

「どう、例外なのですか」


 まるで、ガルゼフォードという人間を測るかの様なカーラの言葉であったが、その時の彼は相手にどう取られるかなど考えず、ただ自分の考えを口にしていた。


「命は戻せない。命を失えば、そこで終わりだ。僕に飴玉を献上した褒美として褒めてやることは出来る。だが僕に命を献上した者がいたとして、そいつに対して僕は何もしてやれない。死んだ者に対する干渉など、やるだけ己の無力を思い知らされるだけだ」


 晒すつもりのなかった自らの内面を吐露してしまい僅かに後悔する茶髪茶眼の青年であったが、続くカーラの言葉でその後悔の念は消える。


「……ええ、おっしゃる通りだと思います」


 ただおもねっている訳ではない、心からの同意の言葉であった。


 ガルゼフォードにとって冷たい美貌の女は、他人の死になど興味がないはずの存在だった。

 だが、彼女の言葉に乗せられた真摯な響きは、生と死に価値を見出している者にだけ出せるものだった。


 傲慢な魔術師は、自らの使い魔に対して一言では言い表せない様々な感情を抱いていたが、同族意識の様なものを抱いたのはこの瞬間が初めてである。


 ――この僕が、絶対の存在であるはずのこの僕が誰かと同じであることを喜んでいる?


 自らの内に沸いた感情に彼が混乱していると、丁度都合よく門の出口に出た。

 彼は誤魔化す様に陽気な声を上げて、彼の使い魔を連れ学園の敷地に足を踏み入れた。


「素晴らしいです」


 相変わらず感情を伴わない表情ながらも、熱心にカーラが見つめる先には、学園の出入り口に存在する広場があった。


 広場には噴水が存在し、そこから噴出された水は10メートルほど上空まで伸び、様々な方向に枝分かれしている。

 ある水の流れはそのままアーチ状のラインを描き、別の場所にある噴水に落ちている。

 ある水の流れは建築物の壁まで伸びおり、そこある魔術によって垂直に設置された小さめの噴水に着水している。

 全ての噴水から噴出されている水の流れは、必ず別の噴水まで伸び、天地を問わず駆け巡る三次元の水路を形成していた。


 学園に8年近く通うガルゼフォードにとっては見慣れた光景ではあるが、魔術に対する知識が浅いと自分で言っていたカーラにとっては目を奪われる景色であったらしい。


「後でいくらでも眺める時間はある。取りあえず1つめの課題をクリアした報告に行くぞ」


 そう彼が声をかけると、カーラは大人しくついてきた。


 初日の問答ではいささか揉めたが、それ以来この美しい使い魔は基本的に召喚者に対して従順であった。

 朝は汚物に触れる様な表情で契約者を揺すって起こし、朝昼晩の食事はこれ以上にない気だるげな仕草で行い、夜になればガルゼフォードの存在を認識しているのかどうかも分らない冷めきった眼で周囲の警戒にあたっていた。

 ……若干、従順と呼ぶには問題のありそうな態度も含まれていたかもしれないが、行動だけ見れば青年の人生の中でここまで彼に尽くしてくれる人間は、彼がまだ幼い頃の母親ぐらいのものであった。

 平民は彼に会った際、見せかけばかりの愛想をふりまいたが、誰も傲慢な彼と寝食を共にしたい等と考えなかったのだ。


 寄宿舎や関連施設を無視し、ガルゼは真っ直ぐに学園の中心にある塔を目指した。直径200メートル、全長300メートルの長大な円柱の塔である。

 そこは学園の中心であり、様々な魔術師が日々研鑽にあたっている。

 近づくと、この巨大な塔の表面にも数多の噴水とそこから伸びる空中の水路が存在し、その様はまるで石の巨木にからまる光り輝くツタの様である。


 例によってカーラはゴミを見る様な視線で――内心は熱心に――それを見つめていたが、ガルゼフォードがズカズカと歩を進めたためゆっくりと眺めている訳にもいかず、若干名残惜しそうな様子を見せながらも契約者と供に塔に入っていった。


 第一階層はそこ自体が巨大な受付となっており、様々な来塔者の要件を受け付け、担当部署に回している。

 ガルゼフォードはある区画にあるシフト表を見て、自分の担当教官である魔術師の現在位置を把握すると教師のいる第七階層を目指した。



*********************************



 魔術師の塔の第七階層は、魔術の机上説明を目的とした会議室や講義室が多く存在する。

 そのうちの一つで、ガルゼフォードの担当教官であるアレイン=バークエインは悩ましそうな顔をして自分の生徒たちを見つめていた。


 アレイン=バークエインという人物に関して語るべきことは特にない。


 金髪碧眼の平凡な顔立ちと中肉中背の体格、よくいる教科書通りに授業を進行していく教師像を思い浮かべて頂ければそれがアレインという男だ。


 彼の目下の悩みは学園でも有名な問題児であるガルゼフォードをどう卒業させるか――ではない。

 彼が担当している魔術師の若者たちは現在32名いるが、そのうちの約半数が卒業できないかもしれない危機に陥っていたのだ。


 トロールの反乱。

 そう言われる現象が、数日前から魔術学園都市の周辺で起こっていた。


 冒険者ギルドからの情報によると、一カ月ほど前に行われた冒険者による一大討伐を生き延びた一部のトロールが、周辺の魔物をかき集め、冒険者のパーティーを襲撃し始めたという話である。


 魔物のたちの集団が隠れ潜んでいる場所が分らないため、冒険者の集団を作り反撃に出ることも出来ていない。


 Cランクのクエストをこなす様なパーティーで、やっと襲撃を逃れられるかどうかといったところである。D、E、Fランクのクエストをこなそうとしていた冒険者たちは次々と魔物たちに殺されていっていた。

 かと言って、魔物の集団を撃退出来るような人数で行動していると今度はあちら側が襲ってこないため、冒険者たちは少しずつ、しかし確実に各個撃破されるという状況に陥っていた。


 それ自体が非常にまずいことである。商人たちも襲われているので、この状況が長引けば都市全体の流通にも影響を及ぼす。

 更に言えばこの地方の中心であるフェルトの冒険者の数が減ることは、地方一体の治安の悪化を招きかねない。


 しかし、アレインを悩ませているのは、そう言った大局的な話ではなく『今年度の卒業課題の一つがDランク以上のクエストを達成すること』である。


 トロールの反乱が起こる前に、約半数の生徒が課題をクリアしていたが、もう半数は「まだ期日まで半月近くあるので急ぐことはない」と課題を先延ばしにしていたのだ。


 魔物の集団による襲撃の危険性を考えると、とてもではないが学生たちを送り出すことなど出来ない。

 基本的にクエスト達成系の課題は冒険者の力を借りてよいことになっているが、Cランクに挑む冒険者のパーティーが命からがら逃げかえってくる様な敵を相手にするには、中堅どころの冒険者の力を借りても危険である。


 冒険者のランクごとの実力は大凡以下の通りである。

 ちなみに魔物の強さの判断基準も同様で、Fランクの冒険者とFランクの魔物が一対一で戦った場合互角の戦いとなる。


 Fランク:一般人。喧嘩が強くて有名とか力自慢とかそういうレベル。

 Eランク:武芸者。一般人が相手ならば対複数人でも負けない。

 Dランク:才人。貴重な才能の持ち主。努力では得られない力を持っている。平均的な魔術師や、達人と呼ばれ相手が一般人であるならば何人いても負けないレベルの戦士がこれに該当する。

 Cランク:天才。天賦の才能の持ち主。才能ある魔術師や、努力し続け己を極めきった才能ある戦士等がこれに該当する。

 Bランク:英雄。才能ある魔術師が鍛錬に鍛錬を重ねて到達出来るレベル。十年に一人と称される才能を持った戦士が地獄の様な戦場を駆け抜けた結果到達出来るレベル。

 Aランク:最強。各国を代表する様な武の象徴たち。

 Sランク:怪物。人外。歴史に名を残す人物。


 これに対しクエストの達成難易度は以下になる。


 Fランク:Fランクの冒険者が単独でクリア出来るレベル。

 Eランク:Eランクの冒険者が単独か、Fランクが複数でクリア出来るレベル。

 Dランク:Dランクの冒険者が複数か、Eランクが集団でクリア出来るレベル。

 Cランク:Cランクの冒険者が複数か。Dランクが集団でクリア出来るレベル。

 Bランク:Bランクの冒険者が複数でクリアできるレベル。Cランク以下の冒険者は戦力にならない。

 Aランク:Sランクの冒険者が単独か、Aランクの冒険者が集団でクリアできるレベル。Bランク以下の冒険者は戦力にならない。

 Sランク:過去発生したことがない。Sランクの冒険者の集団が必要になるはずだが、Sランクは百年に一人出るか出ないかといった存在であるため、集団の構成は困難である。よって、この達成難易度のクエストが発生した場合、達成はほぼ不可能であると想定される。


 今回トロールに襲われ逃げ帰ってきた冒険者たちは、Cランクのクエストに挑んだDランクの集団であった。

 達人と呼ばれる戦士が6名、それなりに経験を積んだ魔術師が2名で構成された中々優れたパーティーであった。

 彼らをして3名の戦士を失い命からがら戻ってきたのだ。


 Dランク達成を目指し、学生の魔術師を含む様なパーティーでは確実に殺される。


「――以上の状況を踏まえ、今年度の課題達成は諦めることを学園側は推奨します」


 アレインがそう口にいると、講義室にいた約半数の生徒から不平不満の声が上がる。

 現在この講義室にはアレインが受け持つ学生のほぼ全員が集まっているため、課題を既に達成している半数の生徒は他人事のように黙って話を聞いていた。

 ちなみに、ほぼ全員といったのは、一名連絡が取れずこの場に召集することが出来なかった学生がいるためだ。言うまでもなくガルゼフォードのことである。


 この学園の卒業課題は、定められた1カ月の間に達成せねばならず、どの様な事情があったとしてもその期間に課題を達成出来なかった場合は落第となる。

 落第となった場合は、次の課題まで一年間待たなければならなくなるのだ。


「学園側の救済措置はないのですか?」


 この世代の学生の中で次席の成績を修め、本人はすでに三つの課題を達成しているメリル=フォン=クラーゼが皆を代表する様に言葉を発した。


「学園長に確認したところ、例年通り『いかなる理由があろうと課題の内容は変更せず、それを達成出来ない者は卒業させない』とのことです」


 生徒たちから悲鳴の様な声が上がった。

 それに対してという訳でもないが、アレインは以下の補足を行う。


「冒険者たちも、個人でCランク以上の実力を持った冒険者を招集し、少数による誘き出しと撃破を計画しているようです。上手くすれば期日までに間に合うかもしれません」


 間に合わないかもしれませんが、とまではさすが口に出して言わなかったが、アレイン個人の見解としては正直間に合わない可能性の方が高いと思っている。


 アレインの言葉に対しメリルが再び質問を投げかけた。


「学園にいる魔術師でCランク以上の方は何名かいらっしゃると思いますが、その方たちは動かれないのですか?」


 自身がAランクの実力を誇る学園長を筆頭に、この学園には最強クラスの魔術師が何名か在席している。

 彼らが動いたならば、今回の件などすぐに解決することであろう。しかし――。


「冒険者ギルドからも依頼はあったそうですが、学園長は『魔術師は俗世のことには関与しない』と仰っていました」


 基本的にある程度の実力を持った魔術師という人種は、自分の魔術の研鑽にしか興味がない。

 その過程で冒険者の真似ごとをして実力を磨く者はいるが、Cランク以上の実力を持った魔術師にとって今さらCランクのクエストを行うことには何の意味もないのだ。


 それでも、彼らの暮らす街が攻められたり、彼らの研究の阻害になるようなことを行われたりしたならば学園長たちも動くはずだが、現時点の被害状況と今後の被害予測から『トロールの反乱』に関しては冒険者たちに任せておけばよいと判断したらしい。


 メリルは善良な優等生であり、出来ることならクラスの仲間全員(一名を除く)と一緒に卒業したいと考えていたが、優等生であるが故にこの状況でそれの達成が難しいことも理解してしまっていた。


 貴族の学生でまだ課題が達成できていない者などは、実家に連絡して名うての冒険者を手配してもらう算段を立てているが、恐らく間に合わないだろう。


 一月程前にフェルト近辺の古城でトロールの大量発生があった直後に、魔術学園都市から馬で移動して半月程かから位置にある商業都市が魔物の軍勢の襲撃を受けるという事件が発生した。

 近隣で実力のある冒険者は皆そこに集まってしまっているため、まともな移動手段を使った場合、彼らをフェルトに召集するためには半月近くの時間かかってしまうのだ。

課題の期日には間に合わない。


 講義室の人間は二分されていた。課題達成を諦め落胆する半数の生徒と、それを人ごとの様に眺める課題達成済みの半数に。

 例外は、アレインとメリル、後はまだ諦めていない貴族の青年ぐらいであった。


 確実に空気が悪くなっていく講義室。あと少しで達成組と非達成組の衝突が発生しそうになったその時、講義室の扉が派手な音を上げて開け放たれた。




「話は聞いた愚民ども。あとはこの偉大なる魔術師ガルゼフォード=マキシに任せておくがいい!」


 いつだって空気を読まない男の、いつも通りの空気を読まない発言に、講義室は静まりかえった。



想定していたよりも文字数が増えた割に、話自体の進行が思ったよりも進みませんでした。すみません。

そのためサブタイトル構成を上・中・下から数字に変更させて頂きました。果たして後何話でこの章を完結出来るのか……。

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