第01話 1人目の願い 剣と魔法の世界(01)
まさかの代休が取れたので更新させて頂きました。ひゃっほい。
執筆にあたっては、「お気に入り小説登録数」にとても勇気づけられました。一人でも読んで下さる方がいらっしゃると思うとモチベーションが上がります。
相変わらずの拙い文章ですが、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。
「く、くそう。何で僕がこんな目にっ。どいつこいつも馬鹿ばかりだ。この偉大なる大魔術師ガルゼフォード=マキシの素晴らしさを理解出来ないだなんて!」
痩身の魔術師はそう息まきながらも、どこかビクビクした様子で廃墟と化した古城を進んでいた。
この場所に魔物の類がもう生息していないことは、事前に冒険者から情報を買って知っていたが、それでも初めて訪れた夜の古城は小心な青年を怯えさせるには十分な不気味さを放っていた。
ボロボロの魔術師の外套を身に纏った茶髪茶眼の不健康そうな青年――ガルゼフォード=マキシという人物を一言で言い表すならば、自分を大物だと勘違いした小物である。
自尊心が無駄に高く周囲を常に見下している。そのくせ本人に自尊心に見合うだけの実力があるのかと言えばそんなことはなく、凡庸な才能と実力に対する周囲からの評価は、彼自身の素行の悪さも手伝って決してよろしいものではない。
普通であればそんな周りからの視線で己の身の程に気付きそうなものであるが、ガルゼフォードは自分を過大評価することに関してだけは凡庸とは言い難い才能を備えていた。
――何故、周囲から評価されないのか。
――自分に評価されだけの実力がないから?
――否、単に周囲の理解力が足りないだけである。
そんな揺るがぬ自尊心を持ったガルゼフォードという青年の人格がどの様にして形成されたかというと、実のところ特別な経歴がある訳ではない。
魔術師の両親の間に生まれたガルゼフォードは当然の様に魔術が使えることを期待され、期待に対して過不足ない程度の結果は出しながらすくすくと成長していった。
この世界には貴族>平民>奴隷という身分制度が存在していたが、例え平民であっても魔術師は貴族に準じる様な扱いを受ける。故に幼少の頃を平民街で過ごした平民魔術師のガルゼフォードは周囲からやたらとおだてられながら育ったのである。
両親ともに平民の魔術師であったが、彼らも平民や奴隷から敬われるのを当然として育ったため、両親以外の全ての者に対して傲慢に接するガルゼフォードを特に諌めることはなかった。
貴族であったならば、平民や奴隷という明らかな格下が存在するにしても幼い頃から社交界に立たされるため、他の貴族という自分と対等ないし格上の存在に囲まれながら育つことになる。
自分の自尊心が及ぶ範囲と及ばない範囲を、嫌がおうにも理解させられることになるのだ。
だが平民街に暮らす魔術師は基本的に対等の相手を持たない。
平民魔術師同士のコミュニティが存在しない訳ではないが、その場所は貴族の社交場の様に人間関係を構築し腹の探り合いをするための場ではなく、あくまで学者同士の情報交換のための空間でしかなかった。
子供などがそうそう連れて行かれるはずもない。
その上魔術師という人種は基本的に群れることを嫌う傾向があるため、集まるにしてもその頻度は極端に少ないのだ。
ガルゼフォードの様に、家族以外に対等の存在を知らない平民魔術師の子供というのも珍しくないのである。
そんな我がままで勝手極まりない子供たちが、必要最低限の社交性を強制的に学ばされるのが、魔術学園であった。
年齢制限は特にないが、慣例として平民魔術師の多くは初等教育程度を実家で学んだ後、ここに入学することになる。
自分よりも格上の実力を持った先輩の魔術師。自分よりも身分の高い貴族の魔術師。名声、実力ともに自分たちを遥かに上回る人々に囲まれながら育つことによって、幼いお山の大将たちは身の程を学び、それなりに成熟した人格を形成していくことになるのである。
だが、ガルゼフォードという男は一味違った。
貴族に媚びず、上級生や教師に縋らず、ただひたすらに己の道を貫いたのである。
結果として、当然のように孤立した。
10歳で入学してから18歳になる今日までの8年間、ガルゼフォードは周囲からの失笑と侮蔑の中で学園生活を過ごしたのだ。
15歳の時に両親が魔術の実験中に死亡した時にはそれなりに涙も見せたガルゼフォードであるが、それ以外の場面で傲慢な態度を崩すことは今日までついになかった。
例えば、実力不足でこなせない課題が出た際などは堂々と『課題が悪い』と言い切れるのがガルゼフォードという男なのである。
だが、そんな彼をして必死に駆けずり回ってでもこなさなければならない課題というものが魔術学園には存在する。
その代表例の一つが高等科を卒業する際に出される『高等科卒業課題』であり、常々冒険者という職業を馬鹿にしているガルゼフォードが夜の古城などに足を運んでいる理由でもあった。
今年度の高等科卒業課題は以下の3つである。
1.自らの使い魔を得ること。
2.Dランク以上の冒険者のクエストを達成すること。
3.課題発表会で自らの魔術の研鑽に対する成果を発表すること。
はっきり言って1~3の全てがガルゼフォードにとっては苦手な課題であったが、何と言っても1の課題が一番の難関であった。
この1~3の課題は『順序を問わず全てを達成すること』となっていたが、まともな受験生ならば番号通りの順序で実施する。
と言うのも、1で優秀な使い魔を得ることが出来たならば2のクエスト達成が容易となり、使い魔によるクエスト達成をもって3の成果発表を行うことが出来るからである。
ガルゼフォードは頭のネジが一本外れた青年ではあるが、必ずしも馬鹿ではない。課題の順序性も理解していた。
1で呼び出す使い魔がどれほど重要あるか分かっていたのである……そう、分かってはいたのである。分かっては。
この世界において、使い魔を召喚する上で必要となるものは三つある。使い魔を呼び出すための『媒体』と使い魔を従えるための『魔力』と『魔法陣』である。
ガルゼフォードにとって使い魔を拘束するための『魔法陣』は問題なかった。現時点での最高傑作と言えるものを準備出来ている。
使い魔に与えるための『魔力』も可能な限り上限を上げており、消耗してもすぐ回復出来る様に自家製の魔力回復薬を用意してきている。
足りないのは『媒体』だ。
使い魔を呼び出すための媒体は一般に高価であればあるほど良いとされている。
より厳密には、希少な財宝や、聖地扱いされている様な場所でこそ優れた使い魔は召喚されると言われている。
だがそんな場所や物は当然の様にきちんと管理されており、それらを使用するためには相応のコネと金が必要であった。
そして、ガルゼフォードにはそのどちらもなかった。
例によってガルゼフォードが最初にとった行動は『コネと金? 知ったことか。僕が必要としているんだ。黙って使わせろ』という実に彼らしい思考に基づく、交渉とも言えない様な交渉であった。
当然の様に断られ、あるいは袋叩きにされ追い出され、その目論見は失敗することになる。その後しばらく彼は『どいつもこいつも馬鹿ばかりだ。何故僕の役に立つという崇高な使命を果たそうとしないのだ』といった様な内容の愚痴を一人でブツブツと呟き続けることになる。そんな彼を見る周囲の視線はやはり冷たいものだったが……。
次にガルゼフォードは、自力で古い文献を調べ上げることにした。
調査開始から1カ月程度経った頃、彼はとある古城の存在を知った。古城のどこかにあるという祭壇の伝説も、そこで知ることになった。
もっとも伝説の内容自体はありふれたもので『昔々の王様が、窮地において祭壇に願った際に神から強力な使い魔を授かった』という内容であり、普通の魔術師であれば色々と疑ってかかるところでだが、そこは自己陶酔の天才であるガルゼフォード『このタイミングでこの文献に出会うとは、やはり僕は選ばれた人間だ。おお、しかも、この古城はおあつらえな事にこの街から徒歩で3日程度の距離にあるぞ。ふふふ、我ながら恐ろしくなる天運だな』と勝手に納得して古城の下調べを開始した。
最近トロールという強力な魔物が古城を中心に大量発生し、冒険者による一大討伐が行われたこともあり、青年の調査はすぐに終わり祭壇の場所までの地図も入手することが出来た。
そして今晩、とうとう祭壇の前まで到着することが出来たのである。
「おお、これがあの伝説の祭壇か」
はっきり言ってそんな伝説など今となってはガルゼフォードぐらいしか知る者はいなかったが、慣れない冒険者の真似ごとをした彼の眼にはその祭壇は大迷宮の地下に眠る財宝の様に映った。
ガルゼフォードは背負っていた袋の中から道具を取り出し、祭壇の前の地面に魔法陣を描いた。これで、呼び出した使い魔はガルゼフォードに服従するまで魔法陣の外側には出られないはずである。
あとは使い魔を呼び出すための呪文と魔力を放ちさえすれば、極端に格上の相手を召喚しない限り彼は念願の使い魔を手に入れることが出来る。
もっとも、魔力をエサにおびき出す以上、召喚者である魔術師と隔絶した力を持った存在はそもそもエサを魅力に感じず寄ってもこないはずである。
故に、本来であれば彼はその夜無事に使い魔を手に入れることが出来たはずなのである。
『変な邪魔』でも入らない限りは。
最初にも述べた様に、ガルゼフォードは小物である。
そのため本来は使い魔を封じるための魔法陣さえ描いておけばよいところを、自分自身の周囲に対しても防御用の魔法陣を描いていたのだ。まったくもって臆病な話である。
その臆病さが、彼の命を救う。
青年が召喚の詠唱を始めようとしたところ、何の前触れもなく『自動防御』の結界が作動し、作動と同時に結界が揺れた。
慌てて後ろに首を回した彼の視線に映ったのは、冒険者の討伐で皆殺しにされたはずのトロールが襲いかかってくる姿である。
ガルゼフォードの知らない話ではあるが、一部の頭の回るトロールは冒険者の襲撃を逃れ、この城に隠れ潜んでいたのだ。
トロールという魔物は、ざっくり言うと3メートル程度の身長をしたムキムキマッチョの悪鬼ある。
筋肉で凶悪までに隆起した緑色の肌、真っ赤に充血し殺気を帯びた瞳、人間の頭蓋骨ぐらい粉々に砕いてしまいそうな巨大な乱杭歯、そのどれもが気の弱い者が見たならば思わず腰が砕けてしまうほどの威圧感を放っていた。
そんな化物が、石で出来た棍棒の様なもの(以後棍棒)を何度もガルゼフォードを守る結界に叩きつけているのだ。
当然の帰結としてガルゼフォードの腰は抜け、ついでに失禁までしてしまった。
だがそんな青年の情けない姿を見てもトロールは手を止めることなく、野獣の如き咆哮を上げながらひたすら棍棒で結界を殴り続ける。
最初はズンズンという音と共に揺れていた結界がギシギシという軋む様な音を上げ始めていた。
「ひ、ひいっ」
その瞬間、ガルゼフォードの生存本能が恐怖を上回る。
慌てて召喚の詠唱を始める茶髪茶眼の魔術師。
自信家の彼ではあるが、この距離でトロールという中の下の実力を持った魔物を相手に戦った場合、自分が為す術もなく殺されるという『事実』は理解していた。
と言うか、現在進行系で「こんな恐ろしい化物に勝てる訳がない」という事を思い知らされている。
この時、彼がもう少し冷静であったならば、自分の魔力で呼び出せる程度の使い魔が加わったところでトロールに勝てる訳がないことも悟っていただろう。
そして、結界をはり続けることに注力し、そのうち魔力切れを起こしてトロールに殺されていたはずだ。
だが、この時の彼は幸いというべきかそんなところにまで頭が回っていなかった。混乱する頭の中でどうにかして使い魔を呼び出すことだけを考えていた。後の事など何も考えていない。
しかし、そもそも混乱した状態で『本来の』召喚の呪文を唱えられるはずもなく、彼は所々詠唱を間違えることになる。
……結果としてガルゼフォードは『本来の形ではない、全く別のモノを呼び出す』召喚呪文を唱えたのだ。
「召喚っ、来たれ魔なるモノよ!」
最後に彼がその言葉を口にした瞬間、祭壇のある部屋全体を魔力を帯びた突風と煙が包み込んだ。
否、それはただの煙と呼ぶにはあまりに禍々しい、紫色の光沢を帯びた瘴気の様なものであった。
トロールに攻撃される以上の恐怖がガルゼフォードを襲う。カタカタと青年の体全体が震え始めた。
――自分は一体、何を召喚したと言うのか? ミノタウロスか? それともメデューサか?
上の上として恐れられる魔物の名が次々と彼の脳裏に浮かんだ。
そんな事を考えている青年のすぐ後ろでは、あれだけ凶暴であったトロールも動きを止め、瘴気が発せられた中心を警戒している。
より正確には魔物もまた青年と同じ様に、その瘴気の発生源である『何ものか』に対し明確な恐怖を抱いたのだ。
二つの視線が集中する中、紫色の靄はゆっくりと晴れていく。
そして、瘴気が晴れた瞬間その中心に立っていたのは、ガルゼフォードが今まで見たこともない、この世の者とは思えないほどに美しい女であった。
黒く艶のある長髪は軽く波打ち、女の白亜の様な肌との対比もありそれ自体が国宝級の宝石の様に輝いて見える。
髪と同色の切れ長な瞳もまた美しかったが、そこに宿った蠱惑的で退廃的な輝きは、ただ見つめているだけで正気を奪われていく様な感覚に襲われる魔性の煌めきを帯びたものだった。
顔の造形も恐ろしく整っており、もし傾国の美を持った悪女というものが存在するならばこんな顔をしているのだろうと思わせる、華やかさと艶やかさ、そして冷たさが同居した顔立ちである。
また、胸の張りや腰の括れ一つとっても、男の欲望をこの上なく刺激するものであり、女の纏う踊り子風の衣装は決して露出の多いものではなかったが、ただその姿で立っているだけでガルゼフォードが所有しているどの娼婦の裸婦画よりも美しく官能的な魅力を周囲に放っていた。
その女の美と毒に呑まれて何も出来ないガルゼフォード。
そんな彼に対し、黒髪の美女はまるで虫けらでも見る様な視線を向けた。
ガルゼフォードの常人離れした自尊心が刺激される。
「お、お前は、僕の召喚に応じた魔物だなっ、ならば僕の使い魔になれ! でなければその魔法陣から一生外に出ることは出来ないぞっ」
本人は必死で威厳を発し脅したつもりであるが、腰の抜けた体勢、かつ小便を漏らしたままの状態であることを考慮すると、その姿は率直に言ってとても情けのないものであった。
子供や老人でもそんな脅し文句には従わないだろう。
だが、超然とした美貌を持つ女は特に馬鹿にする訳でも反発する訳でもなく、淡々とした口調でこう言葉を返した。
「その声には聞き覚えがあります。確かに私をお呼びになったのは貴方の様ですね……私は貴方の願いを三つ叶えるために召喚に応じました。貴方の使い魔になれというのは、貴方の願いでありご命令であるという認識でよろしいでしょうか」
女から発せられた蠱惑的な美声に欲情を誘われそうになったガルゼフォードであったが、ここでも彼の鋼の自尊心は決して己を見失わなかった。
「その通りだっ、お前は僕の使い魔だっ、僕に従え!」
「畏まりました。これより私は貴方の使い魔です。マスター」
無表情であった女の顔に微かな笑みが浮かぶ。マスターという言葉に込められたどこか媚びのある響きも加わり、ガルゼフォードは凄まじい達成感と征服感に包まれた。
同時に彼の右手の甲に使い魔との契約の印である紋様が浮かび上がる。
「よ、よし。まずは手始めにこのトロールを殺せ」
「……それは命令ですか」
「もちろん命令だ。さあ殺せ、やれ殺せ」
「………………畏まりました」
彼は彼女がトロールなどとは比べ物にならない程の化物であることを肌で実感していたため、躊躇する様な素振りを見せたのが理解出来なかった。
とは言え自分の使い魔が気だるげな動きながら魔法陣の外に出ようと動き始めたので、結界を解くことにする。
その瞬間、トロールが動いた。
トロールという魔物に対する冒険者たちの認識は総じて『力は強いが頭が悪い』というものである。
しかし、冒険者の奇襲から逃げ延びたこの緑色の肌の悪鬼は先天的なものか後天的なものかは不明だが、明らかに他のトロールよりも秀でた知性を獲得していた。
その知性と、野生の獣の如き本能が合わさり、トロールは目の前の貧弱な男を守る盾と、僅かばかり離れたところに立つ人間の女の姿をした化物を囲う檻が同じ性質のものであることを見抜いたのである。
そして、今まさにその檻を男が開こうとしていることも理解していた。
――あの女の形をした化物と戦えば確実に殺される。逃げたところで追いつかれ殺される。ならば、あの女が檻から出る前に、檻の鍵を持った男を殺してしまえばいい。
そこまで具体的な思考がトロールにあったかは分からない。だが緑色の肌の悪鬼が似た様なことを考え、同じ結論に達し、同様の解決策を取ろうとしたのは事実である。
そこからは一瞬だった。
まず、トロールによって振り下ろされた棍棒がガルゼフォードを守る結界を砕いた。
砕いた拍子に体勢が崩れたトロールが、もう一撃を今度は男の脳天に叩きこもうと再び棍棒を振り上げる。
それを見た魔性の女は、相変わらず気だるげな仕草ながらも、自分の周囲を囲む結界を気にも留めず飛び出した。
彼女の接触を受けた瞬間、ガルゼフォード自慢の結界は一瞬で砕け散る。
そして10メートル近くあった距離を一歩で詰めた人外の美女は、冷たい笑みを浮かべながらすり抜けざまにトロールの首に手刀を当てる。
彼女が通り過ぎた瞬間、トロールの首が高く飛び、噴水の様な鮮血が宙を舞った。
それは、文字通りの意味での瞬殺である。
地面に足をめり込ませる様にして勢いを殺し、少し乱れた長髪を手ですきながら振り向いた美女の視線の先には、棍棒を振り上げた体勢のままで絶命したトロールと、その血を浴びたショックで気絶したガルゼフォードの姿があった。
世にも美しい顔をした女は、ゴロリと転がるトロールの生首を見ると、それはそれは嬉しそうに邪悪で華やかな微笑を浮かべた。
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ザ・ワー○ドをくらった時の、ポルナ○フはそれはそれは大変だったと思うのだが、少なくとも訳の分からん事態が継続して発生しない分だけ、ある意味において今の私よりはマシだったのではないだろうか。
先代のカーラが瞬間移動を使った時には、ありのままに起こったことを話したくなった。
予告なしで『ランプの中』に放り込まれた時にも、訳の分からない話であると自覚しながらも訳の分からない話をしたくなった。
そして今また、うす暗い廃墟の様な場所で、魔術師っぽい服装の青年と何と呼べばよいかも分からん緑色の巨人と見つめ合っている。もう駄目だ、ポルナ○フ的に話を進めるだけの気力もない……。
……もう、何と言うか、やばいんだよ、この人たち。確実にファンタジー的な何かだ。ランプの魔人の守備範囲が、異世界に及んでいるなんて、完全に想定外である。
何だ、このブラック企業は。
『大丈夫。大丈夫。パソコン使って文字を入力するだけの簡単な仕事だから。ほらほら早くハンコ押しちゃって』
『分かりました(キリッ)』
『うんうん。じゃあ君、明日からアフガニスタンに海外赴任して仕事してきてね。パソコン使って文字を入力するだけの簡単な仕事だから』
『……(ショボーン)』
みたいなブラックさ加減である。
……まあ、事前に知らされていたところで、エサがエサである以上、結局食いついていたはずなのがまた癪な話であるが。
私はそんなことを考えながらも周囲を淡々と観察していた。
地面は石畳、周囲の壁も似た様な材質。壁や天井の一部には穴が空き、淡い月の光が差し込んできている。
天井の穴もそうだが、私の背にあったボロボロの祭壇の様な物の状態からも、この場所が既に人の暮らす空間ではなく、廃墟の様な扱いを受けていることが窺い知れる。
周囲を見渡す私を囲う様にして光の幕の様なものが存在していたが、これは恐らく10メートル程離れた場所にへたり込んでいる魔術師風の青年の手によるものではないだろうか。彼を守る様にして存在する光の壁と似ているので勝手にそう推測したが、たぶんそう間違ってもいないはずだ。
魔術師風の青年が何故彼自身を守るための光の壁を作ったかは、すぐに察せられた。ひょっとしなくても、彼のすぐ後ろに立つ緑色の肌の巨人のせいだろう。
人を顔で判断するのは良くないと思うのだが、半裸に毛皮をまとい、血走った眼で涎を垂らしながらこちらを見つめてくる巨人の人相は明らかに正気の人間のものではなかった。
以上の状況証拠から、私のオタク脳は自分が以下の流れで召喚されたことを推測した。
①廃墟で巨人に襲われる魔術師風の青年。きっと迷宮に挑む冒険者か何かだろう。
②魔術を使って戦うも、力及ばず追い詰められる青年。激しい戦いがあったに違いない。
③巨人「悪いが死んでくれや」(何か槍の様なものを構える巨人)
④青年「助けてセ○バー!」(光る令○)
⑤私「問おう、貴方が私のマスターか(キリッ)」
うん、些細な違いはあるかもしれないが、大筋的にはこんな流れだろう。
ははは、うん、無理だな。
何が無理って私がセイバ○的なポジションって時点で無理ゲーだ。
だってアレだろう。展開的に私があの緑色の巨人を倒さなきゃいけないんだろう。いやあ、無理だって。出来る訳ないって。だって身長1メートル80センチのひょろっとしたヤンキーと喧嘩をしたって負ける私である。身長3メートルのムキムキマッチョな巨人と殺し合いをして勝てる訳がないだろう。
私はよくもこんな状況で召喚しやがったなという思いをこめて、魔術師風の青年を見つめた。
自身としては困り果てた表情を浮かべたつもりであったが、以前友人にその表情を見せた時に「何故お前はそうやって人間を虫やゴミを見る様な視線で見つめることが出来るんだ」と言われたことを思い出す。今の私の外見でそんな表情をしていたとしたら、さぞかしドMホイホイな仕上がりになっているだろう。私だったら意味もなく土下座をしてしまう気がする。だが――。
「お、お前は、僕の召喚に応じた魔物だなっ、ならば僕の使い魔になれ! でなければその魔法陣から一生外に出ることは出来ないぞっ」
私の契約者は私と違って中々骨のある人物らしい。
だが言葉の端々に若干の小物臭が漂うのは気のせいだろうか。
よく見ると腰が抜けているっぽく小便まで漏らしている……まあ、無理もないか。
彼がどれ程の歴戦の冒険者かは知らないが、後衛職であるはずの青年が明らかに近接戦闘に特化しているっぽい巨人に迫られているのだ。そりゃあ怯える。
私も昔ヤクザっぽいチンピラに囲まれた時には、我ながら情けない話だが膝がガクガクと笑ってしまった。それに比べれば、どうにか自力で対抗している青年はどんなに情けない姿に見えてもとても勇敢な人間と言えるだろう。
やはり、私の契約者は私と違って中々骨のある人物らしい。
念のため、青年の声が召喚される際に聞いた声と同じものであることを確認しながら私は彼に言葉を返した。
「その声には聞き覚えがあります。確かに私をお呼びになったのは貴方の様ですね……私は貴方の願いを三つ叶えるために召喚に応じました。貴方の使い魔になれというのは、貴方の願いでありご命令であるという認識でよろしいでしょうか」
上手くいけば、これで三つの願いの一つが叶えられるのではないだろか。
「その通りだっ、お前は僕の使い魔だっ、命令だ、僕に従え!」
上手くいったよ!
「畏まりました。これより私は貴方の使い魔です。マスター」
私は3分の1のタスクをさっそく消化した際先の良さに、思わず笑みをこぼしながら彼に返事をした。直前までの思考もあり契約者のことをマスターなどと呼んでしまったが、名前を聞くまではこれで押し切ろう。
ちなみ私は初対面の相手に対しては基本的に敬語で接するが、契約者である彼と私の関係はそれに加えて仕事でいうところの依頼主と受注業者の様な関係でもある気がするので、可能な限り丁寧な対応を心掛けていきたいと思う。依頼主との信頼関係作りこそが、まず真っ先に取り組むべきことのはずである。
「よ、よし。まずは手始めにこのトロールを殺せ」
……前言撤回。信頼関係もクソもない。死ねっ、死んでしまえ!
私があんなムキムキマッチョな巨人に勝てる訳がないだろう、常識的に考えて。
「……それは命令ですか」
「もちろん命令だ。さあ殺せ、やれ殺せ」
やべえ。やべえんダゼ。ガクブルが止まんないゼ。
ランプの魔人は願いを叶えられなければ死ぬらしい。つまり私は巨人に挑んでも挑まなくても死ぬのだ。
あのさあ、マスターよ、逃げるとか逃げるとか逃げるとか、色々と選択肢があっただろうがっ。
「………………畏まりました」
私は絶望的な気持ちで返事をし、何か巨人を殺すための武器が転がっていないか視線を走らせる。サブマシンガンとかグレネードランチャーとかが落ちているととても嬉しい。
そんなことを考えた瞬間、巨人が動いた。
巨人の一撃で青年を包んでいた光の壁が崩壊する。
そこから先の行動は咄嗟のものだ。
全力で飛び出そうとしたところ、踏み込んだ足場が爆散するのを感じた。私の脚力に地面が耐えきれなかったらしい。
何それ怖いとか考える間もなく私の体は跳躍したが、足場が崩れたせいで力が上手く伝わりきらず飛び出す勢いが若干減じたのを感じた。
しかし元々の勢いが尋常ではないので、気が付いた瞬間には自分を囲っていた光の幕を貫通し、青年を通り過ぎ、巨人の眼前まで迫っていた。
巨人を止めければならないという意識と、生来のヘタレさとの葛藤の中で私は巨人を手刀で気絶させることを選択する。
殺すだとか殺されるとかいくら理屈で考えたところで、いざとなれば日本人らしい平和主義的な思考が働いたようだ。
とは言え、私に相手を手刀で気絶させる様な技術はないので、最悪相手を怯ませて時間稼ぎが出来ればよいぐらいのつもりで手刀を振った。
とりあえず、巨人の標的を青年から自分に移そうと思ったのだ。
結果を言うと、巨人の首が飛んだ。
何これ怖い!
殺意もなく相手を殺してしまったことに私は激しく混乱――しなかった。
むしろ、ゴロリと転がった巨人の生首を見て、ひどく満たされた様な気分になった。
自分が殺された事にも気が付いていなそうな凶暴な表情がとても惨めで滑稽に思え、攻撃する体勢のまま固まっている巨人の体の無様な姿を見ていると胸の奥に不思議な高鳴りを覚えた。
「ふ、ふふふ、うふふふふ」
誰かが笑っている。私だ……………………。
……………………。
…………。
ビーーーーーーーーーーーーーーッ、クール!
クールになれっ、前原○一! というか私!
おかしいよねっ、明らかにそこ笑うところじゃないよねっ、て言うか、ここは何で殺してしまったんだーとか葛藤し頭を抱えるべき場面だよね!
大体なんだ、さっきのあの変な感じは、凄くエロい気持ちになっていたぞっ、グロい巨人の死体を見て明らかに欲情していたぞっ! やばいだろ私、帰ってこい私。
しかも「うふふふ」笑いなんて生まれてこのかたしたことがないのに、自分で聴いていて変な気持になりそうなほど扇情的な声を出していたぞ。やばいだろ私。元男だろ私。
私は全力で混乱した。混乱してしまったのではなく、故意に混乱した。雑念を吹き飛ばすために。
しばらくして私が冷静になると、先ほどの変な胸の高鳴りは消えていた。ほっとする。
溜息一つつくと、私は返り血に塗れた契約者の元まで歩んでいった。うむ、完全に気絶しているな。
だが、幸いと言うべきか特に外傷は負っていない様に見える。
この青年に対しては色々と思うところがあるが、とりあえず願いを三つ叶えるまでは死んでもらっては困るのだ。
魔人独自の感覚の様なもので、この不健康そうな青年が今回の契約者であり、既に私が二つの願いを叶えることに成功したことが分かる。あと一つだ。
私は彼を起こすために声をかけた。しかし目覚めない。仕方がないので今度は頬を叩こうとして、やめた。
先ほどから感じていることではあるが、今のこの体の身体能力は異常である。はっきりいって制御出来る自信がない。軽く頬を叩いた拍子に首をへし折りでもしたら洒落にならないのだ。
ランプの中でワンさんが言っていた言葉を信じるならば、私は現在『この世界最強の人類に匹敵するスペック』を持っているらしい。つまりこの世界の最強は10メートルの距離を一瞬で踏み込み、軽く撫でただけで筋肉の鎧を貫通するだけの力を持っていることになる。絶対にお会いしたくない。
私は周囲の物を掴んだり持ちあげたり、軽く走ったり跳ねたりして力加減を把握した後、再び彼の頬を叩いたが目覚める気配がなかったので、とりあえず青年を担いでこの危険そうな建造物の外に脱出することにした。最初は迷宮か何かだと思っていたが、途中で城や砦の類であることに気が付く。
月の光が道しるべとなり、私たちは比較的容易に外に到達することが出来た。
「ああ、やっぱり異世界というのは月が複数あるものなのですね」
四つの月が浮かぶ夜空を眺めながら、そんなことを呟く。
自分のことを青年が『使い魔』と呼んでいたので、もしや桃色の髪のツンデレヒロインが存在する世界かと危惧していたが、月の数からそんなこともなかったと安心する。
異世界というだけでも気が滅入るのに、そこが二次元作品の世界であったりしたら、色々と考えることが多すぎて脳がオーバーヒートしてしまう。
私は城の近くに小川を見つけると、巨人の血に塗れた青年の服を脱がし、体と衣類を洗った。
何でこんなことをしているかというと、巨人の血に触れた彼の皮膚や衣類が煙を上げ始めたからである。酸性的な何かなのだろうか。
私自身は血に触れても皮膚は一切傷が付かないし、踊り子風の服も意外な防御力を発揮し無傷であるため、安心して血を洗い流すことが出来た。
小川から上がり念じると、服の湿りが一瞬で乾く。この衣装、実に便利である。
汚れの類も一瞬で消えるため、洗濯不要のサラリーマンの頼もしい味方と言えるだろう。これで男物のデザインだったら言うことはないのだが。
服のデザインを変えられないものかと色々と念じていると、何かが変わったことを感じた。脳内に変なアナウンスが流れる。
<<紫陽花の効力を一時的に解除します。解除の延長申請がない場合、10分で効力の発動を再開します>>
……発動していたのか、紫陽花。確か、周囲から冷酷非情に見られるとかいう効力だったか、油断も隙もない……今、どうやって解除したんだ? 延長申請ってどうやるんだ?
「びぇっくしょい」
クシャミの音が聞こえ、慌ててそちらに視線を向けると素っ裸の青年がキョロキョロと周囲を見渡していた。彼の横で乾かしていた衣服に気が付くと、濡れているにも関わらず慌てて着込んでいる。
「お早うございます。マスター」
私が声をかけると、彼はビクリと体を振わせてからこちらに顔を向けた。
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「お早うございます。マスター」
涼やかな声に振り向くと、先刻彼と契約をした美しい使い魔が立っていた。
月明かりの下佇むその姿は、冷たく退廃的ながらも美しい、危うげな魅力に溢れていた。
そこにはトロールの首を刎ねた時に漂わせていた、化物じみた邪悪さは微塵もない。
綺麗だ。
夜風に揺れる美しい黒髪を眺めながら、ガルゼフォードは素直にそう思った。
「……僕の名前はガルゼフォードだ。お前の名前は何と言う」
彼がそう尋ねると、使い魔の女は一瞬考えた後、こう応えた。
「カーラです。カーラと申します、ガルゼフォード様」
相変わらずどこか毒を帯びた美であったが、怪物の様な威圧感は消えているため、ガルゼフォードはより純粋に女の美貌を眺めることが出来た。
あるいは、その冷たい月の様な美しさに呑まれていたと言ってもよいであろう。
だから、普段の自尊心の塊の様な彼からは考えられない言葉をガルゼフォードは口にした。
「分かった、カーラだな。僕のことは、ガルゼでいい。ガルゼと呼ぶことを許す」
女は微笑を浮かべてそれに応えた。
邪悪さを感じさせない、静かで穏やかな大人の女の微笑であった。
「はい、ガルゼ様。よろしくお願い致します」
「……ああ、よろしく頼む」
そうして、彼は彼女と出会い、それまでとは全く異なる運命を歩み始めることになる。