第10話 1人目の願い 剣と魔法の世界(10)
初めに一つお詫びをさせて頂きます。
今話の話を書いていて気付いたのですが、メリルの容姿に対する描写がカーラ視点の初回の観察(第03話)を除いて薄過ぎました。
遅くともこの章が終わったタイミングで、なるべく違和感がないよう前の話にも容姿の描写を増やさせて頂く予定ですが、それまでは今話から急に描写が増える(というかそれまで読者の方が抱いて下さっていたイメージとは、異なる容姿の描写になってしまう危険性がある)かもしません。申しわけないです。
一言で言うと、メリルちゃんは『眼鏡で三つ編みな』委員長なのです。はい。
それでは今回のお話も、お読み頂いた方々に少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
翌朝、魔物の森を出発したガルゼフォードたち一行は、昼頃には魔術学園都市フェルトまで戻ってきていた。
魔物の森とフェルトの間に存在するこの徒歩6、7時間程度の距離は、魔物の生息地と人類の生活圏を隔てるものとして考えた場合、決して長いものではない。
万が一魔物が街に攻め込んできた場合、周辺都市から戦力を集める間もなく強襲を受けることになる距離である。
人々がそんな悪条件を理解しながらも、フェルトの街をその場所に作ったのには、当然ながらそれなりの理由があった。
いつぞや冷たい美貌の女が、この街の成り立ちを『魔術学園を中心に拡大していったものではないだろうか』と推測していたが、その認識は事実として正しい。そのため、フェルトという街が『魔物の森』の近辺に存在する理由を語るためには、何故魔術学園が『その場所』に建ったのかという話からする必要がある。
とは言っても、それ程大それた歴史的な背景があるという訳ではない。
単にコストの――時間的、価格的コストの問題が、フェルトという街をその場所に誕生させたのである。
魔物の森で入手出来る金属や植物――あるいは魔物の牙や爪といった諸々は、魔術の研究のためには欠かせない必需品であった。そして、同時にそれらは他の場所では入手すること自体が極めて困難な貴重品でもあったのだ。
研究のための必需品の入手に、必要以上に時間や価格がかかることを嫌った当時の魔術師たちが、自らそれらを手に入れ、すぐ近場で研究を行うために建てた研究機関――『魔術師の塔』が今の魔術学園の原型なのである。
現在学園の中心にそびえ立つ巨大な塔は、その当時の『魔術師の塔』を拡張していったものであると言われており、魔術学園――ひいては魔術学園都市フェルトのシンボルとなっている。
そしてここが重要なのだが、研究のためにこの場所に学園を打ち建てた魔術師たちは、当然ながら魔物に攻め込まれた場合にそれを殲滅するだけの武力も有していた。
『魔術師の塔』建築当時は事実何度も魔物たちの襲撃を受けたが、その都度、歴代の筆頭魔術師――今で言うところの学園長を中心に、全ての魔物を追い返してきたという歴史があるのだ。
後々、街としての体裁を為し、冒険者ギルドなどが建てられるにつれ防備は充実していくことになるが、フェルトの最高戦力である魔術師たちの存在こそが、魔物の生息地の近辺で暮らすこの街の人々に安心と安寧をもたらしている最大の要因と言えた。
以上を踏まえて考えた場合、魔術学園都市フェルトが魔物の森の近辺に存在する理由は、ひとえに『魔術師たちがそれを求め』、『魔術師たちの武力がそれを可能としてきた』からである。
他にも細かい点を上げるならば、運河に面した立地条件や、周辺に巨大な街がなかったため基幹都市が求められていた背景など、魔術学園都市がつくられる上で『その場所であった方が都合が良かった』理由はいくつかあるのだが、やはり、大前提として魔術師あってのフェルトであることに変わりはない。
住民もそのあたりのことはよく理解しており、魔術師に対するフェルトの街の人々の態度は、この世界の人類社会において魔術師がもともと崇められる存在であることを差し引いても、非常に丁寧なものだった。
腕を怪我したガルゼフォードが医療機関に足を踏み入れた際に、治療を待っていた他の患者たちから「どうぞお先に」と順番を譲られた背景にはそんな理由がある。
とは言え、今回の『魔物の森』での冒険を通して色々と心境の変化もあった茶髪茶眼の青年は、大人しく列の一番後ろに並び順番を待って治療を受けることを選んだ。
彼の美しい使い魔は医療機関までは同席していたのだが、その場で待ち構えていたメリルから、イニシェ夫妻が病人を救うために薬草を採取していたという話を聞くと、その薬草を病人のもとまで届けるために街から飛び出していった。
カーラ自身はガルゼフォードを残していくことに抵抗を感じていたようだが、当の契約者から「よろしく頼む」と言われたため、溜息混じりに「畏まりました」と言って出ていったのである。
メリルはカーラに着いていきたがっていたが、ペガサスを召喚し夜通しで街まで怪我人を搬送していた金髪碧眼の少女は、傍から見ても憔悴していたため、冷たい美貌の女の説得もあり現在は学生寮の自室で睡眠中であった。「カーラ様、はぁはぁ、カーラ様ぁ」という不気味な寝言を呟きながら爆睡中であった。
そんな訳で今、医療機関の待合室で名前を呼ばれるのを待っているガルゼフォード=マキシの隣には、バウト=カチェット一人だけが残っている。
……もっとも、待合室の同じ長椅子に座る二人の距離は、心理的な距離を表すかのように、『隣』と言うには些か離れ過ぎて――中央に座るバウトから距離を取るようにガルゼフォードが精一杯右端に寄って座って――いたが。
彼等が今いる待合室は、外傷を負った者の中でも緊急の治療が必要ない者が回される部屋である。普段から比較的外来の患者は多く、この日もガルゼフォードたちの他にも怪我人は何人かいた。
だが、不機嫌そうな顔をして銀髪銀眼の男を睨みつけている青年と、その視線を余裕の笑みで受け流している餓狼の如き雰囲気を纏った男の姿に、他の怪我人はもめ事の気配を察し二人から大分距離を取って座っていた。
医療機関――正式名称『回復魔術を極めんとする探究者の巣窟』はその胡散臭い名前に反して、とても質実剛健な作りの建物に居を構えている。
魔術学園の外に作られたその医療機関は一般人でも金さえあれば治療を受けることが出来るのだが、初めて訪れた者の多くはそこを国の出向所――役所か何かと勘違いする。
美しい外観の建築物が色取り取りに並ぶこの街において、灰色だけで構成されたその建物はどこか暗い雰囲気を纏っており、比較的巨大な造りにも関わらず見る者に地味な印象を与えるのだ。
それは建物の内側に関しても同じことが言え、怪我人を搬送しやすい様、道の幅は普通の建物よりも大きく取られているものの、特徴らいし特徴と言えばそれぐらいで、例によって灰色で統一された内装は無味無臭な空気を発している。
そんな、比較的広いながらもが地味で仕方がない待合室を、ガルゼフォードとバウトが作り出すギスギスした空気(主にガルゼフォードからの一方的な敵意ではあるが)が充満しているのだ。
普通の人間の感性ならば、息苦しさを感じても仕方がないレベルであろう。
そのため、誰一人として言葉を発することなく自分の名前が呼ばれるのを待っていた他の患者たちは、魔術師に対する配慮を別にしてもこの二人にはとっとと先に診察を受けて欲しかった――早く、待合室から出て行って欲しかったのである。
その願いを感じとってという訳でもないだろうが、銀色の餓狼はニヤニヤした軽薄な笑みを浮かべてガルゼフォードに話しかけた。
「どうした? 何か言いたいことがあるなら言えよ?」
「……ふん。貴様に言いたいことならば腐るほどあるが、真っ先に言っておくべきことは決まっている。何故お前は、未だ僕たちと行動を供にしている」
「あん? それはこの街に戻る道すがらカーラの奴から説明があっただろう。トロールの反乱を解決するためだ。まあ、ついでにお前を俺の弟子にしてやるためだな」
「それが理解出来ん。お前はカーラに一度剣を向けているのだろう」
「まあ、そうだな――だからどうした?」
「……あいつを、殺そうとしたのだろう」
「だから?」
「っ、何故そんな奴が未だっ、仲間面をしているのかと言っているっ!」
ガルゼフォードの怒声に他の患者の肩がビクリと震えた。
意気込む茶髪の青年は、待合室の椅子から立ち上がると詰め寄るように銀髪銀眼の男の眼前まで近付き言葉を続けた。
「お前を生かしておくという判断に文句はない。だが、お前みたいな奴が僕たちの仲間でいる資格もない。ここの治療が終わったら、すぐにどこへなりとも消えてしまえっ」
「そりゃあ、困る」
「お前の苦労や困難など知ったことか!」
「俺がじゃねえよ、お前の使い魔が――カーラが困ると言ってんだ」
椅子に腰かけ、茶化す様な笑みを浮かべたバウトの姿は余裕に満ちたものである。
彼のそんな態度と言葉に、ガルゼフォードは更に苛立ちをつのらせた。
「お前の力など借りずとも、僕たちの力で充分対応出来るっ」
「おいおい、本気でそう思ってんのかよ?」
「……カーラならば、出来るはずだ」
「ひゃはははっ、そこで『僕たちならば』と言わないあたり、まだ救いはあるな。まあ、俺もそう思うぜ。確かにあいつならば、しかるべき助言者を見つけ、しかるべき手順さえ踏めば、俺抜きでもこの事件を解決出来るだろうよ。ついでに言っときゃ、あいつは時間さえかければ自力でその助言者を見つけることだって出来るだろうな」
「っならば!」
「だがソレは、俺抜きで考えなけりゃならねえ場合の話だ。毒沼で俺を殺していたならば実際あいつはそうしたんだろうが、俺が『使える』現状において、その選択はしねえよ。時間の無駄だ。んで、アレは明らかに無駄を嫌う女だ」
「…………ちっ」
整った顔立ちにヘラヘラとした笑みを浮かべるバウトの姿に、ガルゼフォードはやはり怒りを感じずにはいられなかったが、それでも銀色の餓狼の言葉に反論しようという気持ちも消えていた。
気だるげに佇む冷たい美貌の女の姿を脳裏に思い浮かべ、これまでの彼女の言動を思い返したところ、カーラという女がバウトの言う通りに考え、行動するであろうことが、何となく想像出来てしまったからだ。
例え、一度自らの命を脅かした存在であったとしても『使う必要があれば使う』冷淡さを、ガルゼフォードの美しい使い魔は持ち合わせている。
――ここで、バウト=カチェットという男に怒りをぶつけることは容易い。だが、真に怒りを感じるべきはこんな男に協力を求めなければならない現状――僕が、この男の代わりにカーラの力になることが出来ない現状のはずだ。
茶髪茶眼の青年は自らの力不足が、カーラに『バウト=カチェットに頼る』という行動を取らせたと考え、羞恥と屈辱に顔を赤くした。
だが、すぐに洞窟での冷たい美貌の女との会話を思い出す。
――いや、それも違うか。その結論では足りないな。僕がすべきは力不足を恥じることではなく、悔いて改めることであったはずだ。この男が『カーラに頼られる程の男』であるならば、まず僕がすべきはこの男に並ぶことだろう。
バウト=カチェットに並ぶ。
それはこの地方一帯の冒険者に聞かれたならば、笑い飛ばされる様な大それた夢だ。
行動力・判断力・知識量・経験値、そのどれを取っても、銀色の餓狼の水準を満たせるような存在は極めて稀である。
天才が死ぬ程の努力を重ねて初めて辿りつけるのが、バウト=カチェットのいる頂なのだ。
8割の人間にはまずそこまで到達する資格――天賦の才がなく、残りの1割以上の人間――天才と呼ばれる存在も死ぬ程の努力に耐えきれず挫折するか、死亡する。最後に残された1割以下の人間の中の、ほんの一握りの選ばれた存在だけが、銀色の餓狼に比肩することを許されるのである。
その意味ではガルゼフォードなど、最初に淘汰される8割の凡人の中に含まれる人間でしかない。そんな青年がバウトに並ぶことを『まず』の目標としたのだから、笑い飛ばされても仕方がない話だろう。
――だが、ガルゼフォード=マキシは恥じない。
誰にどう侮蔑されようとも。
――己のその愚かさを自嘲しない。
誰にどう嘲笑われようとも。
戦闘の素人である青年に、バウトとの正確な実力差を把握出来ている訳ではない。
だが、それでもカーラに「一歩間違えれば殺されていました」と言わせた男の実力は漠然とでも理解していたし、ゴブリンに瞬殺された自分の力との間にどれ程の開きがあるかも何となくだが分かっていた。
それらをきちんと理解した上で、ガルゼフォードは眼前の男を目指そうと考えたのだ。
自らの非力さを自嘲している暇などないと、カーラの力になれない自分を変えられないことこそが恥であると、そう考えたのだ。
唇を尖らし、例によってバウトから距離を取って長椅子の端に座ったガルゼフォードはそっぽを向いたまま、こう呟いた。
「……ふん。やはり、お前のことを仲間として認める気には到底なれん。だが、お前の言う通りカーラがお前のことを有用だと考え、行動しているのは事実だろうな。ならば僕もそれに習いお前を利用しよう……弟子になってやる、精々師としての責務を果たせ。最低でも、お前と同程度には僕を強くしろ」
ガルゼフォードらしい、実に傲慢な弟子入りの言葉である。
しかし、目を逸らしていた青年は気付かなかったが、彼を見つめる銀色の餓狼からは軽薄な笑みの類は消えており、その視線には多少なりとも好意的なものが含まれていた。
――カーラの奴の言動から、己の力不足を恥じる程度の知性と自尊心はあるか。あいつの言う通り、馬鹿は馬鹿でも『どうしようもない馬鹿』の類ではないな。
弟子入りの言葉も満足に口に出来ない傲慢さは、客観的に見て『愚か』で『馬鹿』な人間のものである。
だが、それだけの傲慢さを抱えながらも己の非力さを自覚し、それを補うためならば憎い相手の弟子になることも厭わない『なりふり構わない』姿は、バウトから見てもそう『悪くない』ものだった。
――餓えているっつーのは、いいことだ。
少なくとも、現状の自分の実力にある程度満足しまっている『多少は使える』貴族の子弟などよりも、鍛え上げる上ではよほど面白い『素材』だと思った。
――それにまあ、同じ馬鹿でも、身の程知らずの馬鹿ってのは嫌いじゃねえ。
銀色の餓狼はここにきて初めて、獣のように獰猛な笑みを――【豪双剣】バウト=カチェットの笑顔を見せる。
「ひゃはははっ、俺と同程度とはまた随分とデカく出たもんだ――いいぜ、駄目でもともとだ、俺と一対一で殺し合えることを目標に鍛えてやる」
「……ふん」
「てめえも精々、弟子として励みな。多少は期待してやんからよ」
「お前などに期待されずとも、結果は出す」
「ひゃはは、本当に口がでけえな。まずは口のきき方から教えてやらなきゃならんかねー。まあ、取りあえず、俺のことを師匠と呼び敬うことから始めな、馬鹿弟子」
「ふん。いいだろう、クソ師匠」
「おいおい、師匠に対する敬意が根本的に足りてねえぞ、馬鹿弟子」
「お前に払う敬意など知らん、クソ師匠」
「ひゃはは」
「ふん」
結局、二人の間のギスギスとした空気が消えることはなかったが、取りあえずの師弟関係は結ばれたようだった。
この後、治療を終えた二人は翌日の集合場所を決めると、ガルゼフォードは学園の寮に、バウトは街の宿屋に、それぞれ帰路に着いた。
別れの言葉を交わす瞬間まで「馬鹿弟子」と「クソ師匠」という呼称が変わることがなかったあたり、色々と前途は多難そうである。
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イニシェ夫妻に託された薬草を近隣の村に届けた私は、とんぼ返りでフェルトの街まで戻ってきた。
時刻は夕方ぐらいになっている。
これは個人の感性に依存するものかもしれないが、黄昏時のこの瞬間こそがフェルトの街並みを最も美しく、最も情緒溢れる景観として眺めることが出来る一瞬なのではないだろうか。
斜陽が作りだす、夕日色に照らされた建築物と、そこから伸びる影のコントラスト。
水路を流れる水の煌めきは橙色に染まっているが、その上に架けられた石畳の橋の影では既に夜の暗さも覗かせ始めている。
仕事を終え帰路を急ぐ人々の波や、その人波に対し最後の客寄せを行っている露天商たちの姿も、一様に斜陽と影が作りだす『黄昏色』に染められ、幻想的な風景の一部としてフェルトの街並みを彩っていた。
黄昏時のフェルトの景観には、日中の多彩な色に溢れたこの街の美しさとは異なる、自然によって描かれた単色の――どこか郷愁を誘われる様な美しさが溢れている。
昼間の人々の活気に満ちたこの街の姿も好きだが、個人的にはやはり、夕方のこの一瞬の美にこそ胸に迫るものを感じた。
こういう景色を見ると、つい自身の本分も忘れて思ってしまう。
――異国を訪れるのはこれだから面白い、と。
もっとも、今の私は旅人でも何でもないので、いつまでも景色をぼけっと眺めている訳にもいかない。
路地裏を駆けて行く子供たちの姿に思わず笑みを浮かべながら、私は未練を断ち切り美しい街並みから視線を外した。
そして、契約者の待つ学生寮に急ぐ。
道中、例によって人々からの注視と、人波で人にさけられるという軽いイジメを受けたが、そこは最早諦めの極致でスルーする。
しばらく歩くと魔術学園の門が見えてきた。
事前にガルゼから借りていた通行証を見せると、魔術学園の門番(いつぞや絡んできた若い男とは別の中年男性だった)は「通ってよし」と言って道を開けてくれた。
軽く礼を言って門を潜ると、すぐに以前と同じ出口の見えない暗闇に包まれる。
契約者に聞いた話によると、やたらと暗いこのトンネルは視覚遮断、方向感覚麻痺、時間感覚麻痺の魔術がかけられているらしく、通行証を持たない者が一人でここを通ろうとすると高確率で迷子になるらしい。
私は今回、足早にそこを通り抜けようとしたのだが、前回ゆっくり歩いた時と同じ程度の時間がかかった気がした……地味だが、中々恐ろしい魔術だと思う。
そして、予告なく暗闇に包まれたのが以前と同じならば、それが晴れたのもまた前回と同様突然の話であった。
不意に開けた視界に、夕日に染まった魔術学園が映る。
噴水から噴水に、縦横無尽に駆け抜ける宙空の水路も、街の水と同様に橙色の煌めきを纏いキラキラと輝いていた。
僅かに水路から零れた噴水の飛沫は小さな水の結晶となり、黄昏色とは異なる七色の光を内包しながら宙に橋を架けている。
視線の先にある長大な塔は、日中は水のツタに巻きつかれた荘厳な大樹を連想させたが、黄昏時のこの瞬間においてその外観は、斜陽を受けて橙色に輝く光の柱の如き威容を誇っていた。
本当に美しい、目を奪われるに足る、異世界の絶景である。
――だが、入ってすぐの噴水の縁に腰掛ける『一人の女性』を視界に入れた瞬間、私の中の感動は瞬時に消え、全神経、全意識が、その女一人に集中された。
最強の感覚と、はぐれメタルの逃走本能が、全力で警鐘を鳴らしている。
一見ただの非力な女性にしか見えないその存在が、バウト=カチェットをも遥かに凌ぐ脅威であると。
顔に見覚えはない。
座っていても分かる腰まで届きそうな金髪の三つ編みと、おっとりした印象を与える緋色の垂れ目、そこにちょこんとかけられた丸眼鏡も合わさり、何となく『のんびりした読書好きのお姉さん』といった雰囲気がある。
その華奢な体(……胸部のボリュームを除く)は、今まで出会った多くの魔術師たちと同じ様にゆったりとした外套に包まれていた。しかし、黒地に金の縁取りが為されたその外套は所々壮麗な装飾がされており、他の魔術師のものとは明らかに異なる威厳がある。
名のある魔術師なのかもしれない。
あと、初めて見る女性だということは間違いないのだが、不思議と既にどこかで会っている様な印象を受ける。厳密に言えば、本人と言うよりは、よく似た誰かを知っている様な気がしてならないのだ。
そんな彼女は、私を見て二コリと微笑むと、噴水の縁から立ち上がり頭を下げた。
典型的な日本人である私は、相手に頭を下げられると条件反射で会釈を返してしまうクセがあるので、今回も必然的に頭を下げ返してしまう。
「あらあら、ご丁寧にどうも」
私の会釈に対し、頬に手を当ておっとりと笑う彼女の姿は、耳に心地よい穏やかな声も合わさり、母性的な優しい包容力に満ちていた。
今の私の外見を『氷』や『毒華』と称するならば、眼前の女性の姿を形容する言葉は『日向』であり『タンポポ』であろう。
その美しさは、見る者を安心させる魅力に溢れている。
それなのに、私の中の悪寒は何故か治まる気配を知らない。
自分でも不思議で仕方がなかった。この一見人畜無害にしか見えない金髪赤眼の女性の何が、こうまで私を警戒させるのだろう。
「あらあら、まあまあ」
私の集中力は既に、バウトの嵐の如き連撃を回避した時並みに研ぎ澄まされている。
仮に彼女がこの状況から何をしてきたところで、即座に対処できるだけの準備が出来ているつもりだった。
だが、そんな『準備』など関係なしに、本能の警鐘は鳴り続ける。
――退くべき相手なのは間違いない、か。だが、背中を向けたならば、その瞬間に死んでいる気がしてならない……うん。相当ヤバいな、この状況。
「わたくし、もしかして警戒されてしまっているのかしら?」
困りましたわ、と小首を傾げる彼女の姿は、成熟した容姿に不釣り合いな可愛らしいものであったが、そのギャップに萌えるだけの余裕が今の私にはない。
そんな余裕の無さが、少女の接近に気付くのを遅らせた。
「カーラ様ぁっ!」
遠方から手を振りながら走ってくるメリルちゃん。
金髪碧眼の少女の走る揺れに合せて、彼女の二房の三つ編みも右に左に揺れていた。
――ん? 三つ編み?
委員長チックな縁なし眼鏡に夕日が反射して、若干眩しい。
――んんん? 眼鏡?
「あら、メリル」
何だか金髪赤眼のお姉さんが驚いた様な表情――思わぬところで身内に会ったような表情を浮かべていた。
「カーラ様ぁっ!」
私と女性の間に流れる微妙な空気を華麗にスルーし、メリルちゃんはもう恒例となった感のあるダイビングタックルを私にかましてきた。
少女が駆けてきた方角からは、金髪赤眼の女性は丁度噴水の影に隠れる位置にいて見えなかったはずなので、メリルちゃんは彼女に気付いていない可能性が高い。
しかし、女性に対する私の本能の警鐘が、少女が現れた瞬間にボリュームを落としたことを考えると――まあ金髪赤眼の女性の言動なども合せて考えると、二人の間に面識はあることはまず間違いなさそうだ。
私は危険度の落ちた女性を、それでも視界の端から外さぬよう警戒しながら、取りあえず待ち合わせをしていた訳でもないのに現れた、メリルちゃんの要件を確認することにした。
「お久しぶりですっ、カーラ様っ!」
「……昼頃にお会いして以来ですね」
「嗚呼、もう、そんなに時間が経ってしまっていたのですねっ、だとすれば、この胸の寂しさも仕方がないことですっ、さあさあカーラ様っ、こんなところで立話も何ですので、わたしの部屋まで一緒に向かいましょう! 『色々と準備』は出来ていますので!」
「……メリル様、お言葉はありがたいのですが、私はまずマスターのところに向かおうと――」
「分かりました。ではまずはその『雑務』を片づけてから、一緒にわたしの部屋に向かいましょう! さあっ、さあ!」
どうやらメリルちゃんの要件は、私を彼女の部屋に招いてくれることらしい。
女の子に部屋に呼ばれて嬉しくないことはないのだが……正直、警戒心が先立つ。
もともと私のような外見殺人鬼(友人談)にも優しく接してくれる『出来たお嬢さん』ではあったのだが、一緒に旅をして以来、おかしなぐらい懐かれている気がする。
笑顔で抱きついてきたメリルちゃんから、上目遣いに話しかけられるのに慣れてしまいそうな自分がいて恐い。
この世界のこの年頃の女の子は、皆こんな感じのスキンシップ溢れるコミュニケーションを取るものなのかもしれないが、中身が二十代後半の日本男児であるところの私がそれを受け入れてしまうのは色々と拙いと思うのだ。
ここは、良識ある大人の態度を取るべき場面だろう。常識的に考えて。
私は、私の無駄に大きな胸に顔を埋めているメリルちゃんを引き離そうと、彼女の肩に腕を伸ばした。
――次の瞬間、彼女の肩を押そうとした私の右腕は、得物に襲いかかる蛇の如き俊敏性と柔軟さを見せたメリルちゃんによって逆に絡めとられた……何と言うか、まるで『恋人に腕に抱きつかれている様な』構図になってしまう。
まあ、私にそんな素敵な構図になった経験は無いので、あくまで『フィクションの中で見た』という枕言葉は付くのだが……あれ、おかしいぞ? ちっともスイーツな感じがしやがらねえ。それこそアナコンダか何か巻きつかれている様な危機感しかない。
何故だ?
頬を赤らめ上目遣いに見つめてくるメリルちゃんは愛らしい。
少女に密着されている現状は、個人的に痴漢と間違われた時のトラウマを刺激されるものではあったが、一般的な視点で見る限り危険性など皆無の状況だろう。
にも関わらず、私の本能は警鐘を鳴らし続けている。
本当に何でだ?
理由は分からないまでも、取りあえず本能の警告に従い空いた左手で何とか金髪碧眼の少女を引き離そうと試みることにした。
しかしメリルちゃんはそんな私の初動を敏感に察知し、もの凄く密着したり、逆に腕を組んだまま少し距離を取ったりしてこちらの引き剝がしを回避する。
……最初に腕を組まれた時にも感じたことではあるのだが、これは実は『恋人同士が腕を組んでいるような構図』ではなく、『近接格闘戦(CQC的な何か)で右腕を封じられた構図』なのではないだろうか。
メリルちゃんを見る。
愛らしく頬を赤らめながら笑っている。
……どうすればいい。
色々と困り果てた私に、意外なところから救いの手が差し伸べられた。
「何をしているのかしら? メリル」
緋眼の垂れ目の上に、ちょこんと乗っかった丸眼鏡。
その位置を少し上に調整しながら、母性的な雰囲気の女性は『子供が悪戯しているところを目撃した親』のように、ちょっと困った様子ながらも叱る様な口調でメリルちゃんに話しかけた。
「えっ、お、お母様っ!?」
「ごきげんよう、メリル。それで、今の貴女のはしたない態度は何なのかしら?」
うん、なるほど。
……親子か。
そりゃあ、どこかで見たことあるような顔だよ。
メリルちゃんの目を赤くして、全体の印象をもっと穏やかな感じにしたならば、10年後ぐらいには眼の前の女性のような大人になっている気がする。
「ご、ごきげんよう、お母様、これは、その、わたしとカーラ様の信頼関係の現れといいますか、愛の証と言いますか、何と言いますか、ごにょごにょごにょ……」
「メリル?」
「はいぃ」
ジロリと睨むママさんに気押されたかのように、メリルちゃんは私の右腕に絡ませていた彼女の手を名残惜しそうに解いた。
おっとりした雰囲気のママさんが睨んでも「ぷんぷん、わたくし、怒っているんだから」という感じであまり恐くないのだが、娘の怯え方から察するに金髪赤眼の女性はあの表情のままメリルちゃんに恐怖を刻みこんだ過去があるのだろう。
何と言うか『悪いことをしたら怒られそうな雰囲気』の委員長キャラであるメリルちゃんとは別種の恐怖がある。
『悪事を見られたら、笑顔のまま警察に通報されていそうな雰囲気』とでも言えばいいだろうか、威嚇や警告抜きの、敵意に気付いた瞬間には終わっていそうな恐さがあるのだ。
「あと、メリル。学生寮の自室などに客人を招くのはお止めなさい。学生の友人を招くというのならばともかく、カーラさんのような大人の方を誘うのであれば、クラーゼ家の邸宅に正式にご招待なさいな。わたくしも、きちんとご挨拶がしたいわ」
「そ、それではっ、カーラ様と二人きりになれません!」
おい、何か話の雲行きが怪しい方向に向かっているぞ。
もともとメリルちゃんの部屋に行くにしても、ガルゼと二人連れで行くつもりだったのだ。
それが何故『案.1 メリルちゃん、ママさん、私の三人でメリルちゃんの実家でお話』と『案.2 メリルちゃんと私の二人きりでメリルちゃんの部屋でお話』の二者択一になっている?
……不思議とどちらに転んでも、私にとって幸せな未来が想像出来ない。
「それに何か問題があるのかしら?」
「ごにょごにょ(だって、お母様がいたら、カーラ様と一緒にお風呂に入ったりとかお布団に入ったりとか出来ないじゃない)、ごにょごにょ(お母様がいたら、魔物のどの内臓を引きずり出すのが楽しいかとか、追い詰めた魔物のどんな仕草に無様さを感じるかとかお話出来ないじゃない)、ごにょごにょ……」
「ごめんなさい、よく聞こえなかったわ」
「う、うう、は、はい、お母様、カーラ様を、邸宅にお招きします、うぅ」
「あらあら、納得してくれたのね。よかったわ。じゃあ、今日は早く帰ってお招きする準備をしないといけないわね」
嬉しそうに両手の掌をパンと合せてはしゃぐママさん。
何と言うか、仕草が一々可愛らしい。
……まあ、私は「行く」だなんて一言も言っていないんだがな。
対するメリルちゃんの表情は、世界的な名○偵Lに自分の計画を狂わされた時の新世界の神ばりに心底悔しそうに歪んでいた。
……いや、私は別にメリルちゃんと二人っきりになるつもりは最初からなかったんだけどね。
「あらあら、そう言えば自己紹介が遅れてしまいましたわね。わたくしの名前は、エイプリル=フォン=クラーゼと申します。お会いできて光栄ですわ、カーラさん」
挨拶が遅れたことを恥じるかのように頬を赤らめるエイプリルさん。
ふと気付いたが、メリルちゃんに話す時と私と話す時とで若干口調が違うな。前者が割と普通のお母さんっぽい喋り方なのに対し、後者は「~ですわ、~ですのよ」といった貴族っぽい喋り方だ。身内向けと外向けで使い分けている感じだろうか。
……根本的な部分で、この人に対する警戒心は消えていないが、それはそれとして挨拶ぐらいは返すべきだろう。
「……初めまして、エイプリル=フォン=クラーゼ様。私はガルゼフォード=マキシ様の使い魔をさせて頂いているカーラと申します。以後お見知りおきを」
挨拶と同時に軽く会釈をすると、金髪赤眼の女性は少し不満そうな顔していた。
「カーラさんは、確かメリルのことは名前で呼んでいましたわね。わたくしのことも、名前で呼んで欲しいわ」
「……分かりました、では、エイプリル様と」
横の方で、メリルちゃんが小声で「お母様、図々しいです」と言っていた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「あらあら、その呼び方も悪くないけれど、わたくしは貴女のことをカーラさんとお呼びしているわ。貴女もわたくしのことはエイプリルさんと呼んで下さらないかしら」
指をもじもじさせながら、ねだる様な視線で見つめてくるママさん。可愛らしい。
横の方で、メリルちゃんが「お母様、本当に図々しいです」と言っている幻聴が聞こえたが、まあ気のせいだ。
「…………分かりました、それではエイプリルさんと呼ばせて頂きます」
「カーラさん」
「何でしょう、エイプリルさん」
「きゃっ」
「お母様、お仕事はよろしいのですか?」
……メリルちゃんの視線が冷たい。
冷え切った眼差しの直撃を受けたエイプリルさんは拗ねた様な表情を浮かべたが、威嚇するように胸元で腕を組んでいるメリルちゃんからは尋常ではない『とっとと帰れオーラ』が漂っている。
何だか金髪碧眼の少女の背後からゴゴゴゴゴゴとかいう擬音が聞こえてきそうだ。
恐いよメリルちゃん……。
「ふ、ふん。反抗期のメリルはそうやってすぐにお母さんのことをのけ者にしようとするんだからっ、そんな意地悪ばかりされると、わたくし拗ねちゃうんだから」
「拗ねないで下さい。みっともない。そういう子供っぽい仕草は見ていて恥ずかしいです」
金髪の三つ編みを指先で弄びながら、うじうじし始めたエイプリルさんを、彼女の娘は容赦なく斬り捨てた。
「み、みっともなくなんかないものっ、貴女のお父様だって『エイプリルは可愛いなあ』っていつも仰ってくれていたものっ」
ぶんぶん手を振りながら、顔を真っ赤にして主張するエイプリルさん。
緋色の垂れ目は僅かに潤んでおり、かけられた丸眼鏡も少しズレてしまっている。
何と言うか、必死だ。頭から湯気が出ている姿を幻視してしまうぐらいに必死だ。
……うん、メリルちゃんの母親であることを考えるとまず間違いなく年上なのだが、この人ほど『可愛らしい』という形容が似合う女性も中々いないと思う。
「そうですか。では、みっともないのでなければ――年甲斐がない、のでしょうね。かねてから思っていのですが、お母様のような年齢の淑女であれば、もっと落ち着きというものを持った方がよろしいと思いますよ」
「しゅ、淑女に年齢のことを言ってはいけないのよっ。うう、あなた、わたくしたちの娘が不良になってしまったわ、母親の年齢を揶揄するだなんてっ、そんな酷い娘に育てた覚えはないのに~」
本当に悲しそうな顔をして、しょんぼりした様子のエイプリルさん。心なしか三つ編みも先ほどよりへにゃっとしている。
それをドドドドドドという効果音を背負いながら、冷酷に睨みつけるメリルちゃん。
もう止めてあげて欲しい。エイプリルさんのHPは限りなく0に近い気がする。
「お母様、誤解なさらないで下さい。わたしは別にお母様を傷つけたくてこんなことを言っている訳ではないのです」
「そ、そうなの?」
「はい、ただ、わたしやカーラ様のような若い者の会話に年甲斐もなく無理やり割り込みやがるよりも、相応しい態度で相応しい相手と会話をされた方がお母様のためになると思って助言しているのです。お母様も年齢の近い者同士――ほら、例えば今年で丁度50歳になれたボルウッド教官あたりと肩こりや腰痛のお話でもされていた方が楽しいのでは?」
「あ、あなた~、わたくしも、もうすぐそちらに逝きますわよ~」
メリルちゃんの暴言のラッシュに耐えきれなくなったかのように、エイプリルさんがフラフラと覚束ない足取りになった。
顔色の悪さから察するに本当に眩暈に襲われているのかもしれない。
今にも倒れそうだったので、取りあえず肩を掴み支える。
……親子の口喧嘩で怪我人を出す訳にもいかんだろう。
「大丈夫ですか」
「か、カーラさんっ」
「カーラ様!?」
エイプリルさんが地獄で仏に会ったような顔で私を見た。キラキラとした目で「こ、これが友情というものですのね!」と何だか感動した様子である。
メリルちゃんが恋人に裏切られた可哀そうな少女のような表情を浮かべて、私を見つめていた。「わ、わたしはカーラ様のためを思って、この邪魔者を排除しようとしているのに!」と何だか恐いことを言っている。
「ふふふ。いいわよ、いいわよ。メリルがそうやってわたくしのことを年寄り扱いしてのけ者にする気ならっ、わたくしにだって考えがあるんだからっ」
「な、何ですか、考えとは」
威勢を取り戻した様子のママさんに、メリルちゃんが何かを警戒するように半歩下がる。
「カーラさん、ところでお歳はおいくつかしら?」
えへんと胸を張り、得意げにそんなことを口にするエイプリルさん。
凄まじく余談だがこの方の胸は非常に大きい。身長は女性にしては長身の今の私よりも頭一つ分低い程度なのだが、胸の大きさはあまり変わらないのだ。
まあ、何と言うかそんな彼女に胸を張られると少し目のやり場に困る訳なのだが、そこはどうにかポーカーフェイスで乗り切り、私はしれっと返事を返した。
「私の年齢ですか? それでしたら2●歳ですが、それが何か」
「ふふふ、やっぱりそのくらいですわよね。では、カーラさん、若いメリルは放っておいて、大人の二人で仲良くお話しましょうか」
「ちょ、ちょっと待って下さい! どうしてそんな話になるんですか!?」
「あら、だってメリル、年齢の話を先に持ち出したのは貴女よ。そしてオバちゃんはオバちゃん同士で話せと言ったのも貴女。だったら、分かるでしょう?」
なるほど。
15歳のメリルちゃんと、20代後半の私、そして恐らく、30代半ばから後半と思われるエイプリルさん。
確かに年齢が近い者同士でペアを組むならば、ペアからあぶれるのは金髪碧眼の少女であろう。
「か、カーラ様はオバさん何かじゃありませんっ! お姉様ですっ!」
「ふふふ、だから、メリル、貴女にはそんなお姉様同士の会話に入る資格がないのよ」
「お母様はお姉様ではありませんっ、オバさんですっ!」
「うう、あ、あなたっ、助けて~」
仲のいい親子喧嘩は中々終わらなそうである。
いつの間にか日も沈みかけており、学園は夜の闇に包まれ始めていた。
……うん、ここは、親子の問題は親子同士に任せて、部外者はそろそろお暇させて頂こう。
頑張れメリルちゃん。
頑張れエイプリルさん。
私は二人とも応援しています。
さようなら、さようなら、さようなら。
「カーラさん、どちらへ?」
「カーラ様、どちらへ?」
気配を消して去ろうとした私に、瞬時に視線を向けるクラーゼ親子。
さすがに息が合っていらっしゃる。
「……マスターをお待たせしているので、名残惜しいですが失礼させて頂こうと思います」
「……そうですわね。あまり立話でお時間を取らせるのも申しわけないもの。続きは明日、家の方でゆっくりさせて頂こうかしら。案内は、メリル、貴女に任せるわね」
――ちっ、明日の招待の言質を取りにきたか。
約束を具体的にしないまま「いや~、集合時間とか場所とかを確認していなかったので行けませんでした~、うっかり、うっかり」という様な流れでバックレようと思ったのだが、さすがにそこまで甘い相手ではないようだ。
「分かりました。カーラ様、集合場所はわたしがマキシさんのお部屋に伺う感じでよろしいでしょうか? お時間は明日のいつ頃がよろしいですか?」
「……正午過ぎであれば、取りあえず時間はあるかと思います。場所はこの噴水の前でいかがでしょうか?」
「ふ、噴水の前で待ち合わせですかっ! いいですっ、素晴らしいです! それってまるでデートみた――」
「それでは失礼致します」
取りあえず約束は済ませたので、私は脱兎の如くその場から走り去った。
あるいは、はぐれメタルの如くその場から逃げ去った。
「あ、カーラ様、わたしも一緒に――」
「うふふ。ごきげんよう」
背後から聞こえたクラーゼ親子の言葉は聞こえなかったフリをして走り続ける。
ガルゼを待たしている後ろめたさがあったのは事実だが、それ以上にエイプリルさんの『何か』が恐ろしかったというのが本音である。
少し酷い言い方になるがアレは『可能であれば同じ空間にいたくない』レベルの恐ろしさである。その意味では、明日の約束もやはり早まったかもしれない。
私にこれ程の忌避感を頂かせる相手は、直近では沼地で私を追い詰めていた時のバウトぐらいのものなのだが、あいつの場合は「私を殺しにきたから」とか「顔がワイルドなイケメンでムカつくから」といった嫌う上での正当な理由がある。
しかしエイプリルさんにそれはない。
外見も内面も好感に値する人物であるし、私に対しても今のところ好意的に接してくれているように思える。
なのに何故か『恐い』のだ。
人間で在った時の経験則から言うと、得てしてこういった『理由の説明がつかない恐怖』を感じる相手こそ危険な場合が多い。
……バウトあたりに、少し相談してみるか。実はエイプリルさんが知る人ぞ知るヤバい人である危険性もある。
さすがに、娘のメリルちゃんに聞く訳にはいかないし、そのあたりのことはガルゼよりもバウトの方が詳しいだろう。
そんなことを考えていたら、ガルゼの部屋の前まで到着していた。
軽くノックすると、中から眠そうな契約者の声が聞こえくる。
「ふぁ、誰だ?」
「カーラです、マスター。ただ今戻りました」
「む、そうか、今扉を開ける」
ガチャリという鍵の開く音と同時に、扉が内側に引かれた。
扉を潜ってすぐ、何ともなしに青年の様子を伺ったところ茶髪がボサボサになっていたので、どうやら本当に寝ていたらしい。
「お怪我の方はもうよろしいのですか?」
「ああ、この通りだ」
右腕をぶんぶんと振るガルゼ。
あの骨折がすぐに治るあたり、魔術の発達したこの世界の医療は、下手をすれば私のいた世界のそれよりも優れているのかもしれない。
「それは何よりです。こちらは薬草を無事に届け終えましたが、マスターの方は治療以外に何か進展はありましたか」
「いや、特にはないな。クソ師匠――バウトの奴と、明日の修行の待ち合わせをしたぐらいだ」
何だか、不穏な言葉が聞こえた気がする。
……バウトの奴、上手くやってくれているのだろうか?
……まあ、いい。こちらは任せた立場だ。教師の教育方針に部外者が口出しするのはよくない。ここはあいつの『教える才能』を信じよう。
「畏まりました。それでは、冒険者ギルドにクエスト達成を報告し、マスターの卒業試験の残りの課題を達成するのは明日の作業ということでよろしいでしょうか」
「――課題? …………ああ、ああっ、課題かっ! そうだな、明日だ、明日、達成しよう!」
「……畏まりました」
何だか「いやー、完全に忘れていたよ。それ」という感じがしないでもない……きっと気のせいだろうが。
「課題の達成報告にあたり、私の同席は必要ですか? 午後から少し予定が入ってしまったのですが、場合によってはそちらをズラします」
私の本心としては、むしろ優先度の高い予定が入って午後からの先約――クラーゼ邸訪問の話が流れてくれた方が嬉しいのだが。
「いや、特に必要ないな。使い魔の顔見せは既に済んでいるからな。クエストの達成と、成果報告は、僕一人で充分だ。明日はお前の自由にしていていいぞ」
「……そうですか、分かりました」
残念だ。本当に、残念だ。
「しかし、そうなると、今日の時点でマスターがやっておかなければならないことは特になさそうですね。明日のバウト様との待ち合わせの場所と時間を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「朝の5時に、この街の外れにある小さな広場で待ち合わせをしている」
部活の朝練の時間だな。
5時集合なら、移動や準備の時間を考えると4時ぐらいには起きておきたいか……。
「でしたら、旅の疲れもあるでしょうし、今日のところはもうお休みなった方がよろしいでしょう。ああ、もしかして、そのために既にお休みになっていたところを起こしてしまいましたか、申しわけありません」
「いや、今まで寝ていたのはただの居眠りだ。気付いたら寝ていた」
堂々と胸を張り答えるガルゼ。
……こいつのこういう正直なところは嫌いじゃない。
「そうですか、では食事と入浴を終えられたら、もう一度お休みなった方がよろしいでしょう。何かお手伝い出来ることはありますか?」
「……食事は既に取っている」
「でしたら、入浴を終えられたら、すぐにお休みになれますね」
「……僕は、お前の顔も見たことだし、もう寝ようと思うのだが」
「入浴を終えられたら、すぐにお休みになれますね」
「そんなに臭くもないと思うのだ。今日一日ぐらい入らなくても行ける気がするのだ」
「にゅうよくを おえられたら すぐに おやすみになれますね」
「いやだからな、今日はこのまま風呂に入らずに眠りたいと――」
「にゅうよくを おえられたら すぐに おやすみになれますね」
「……よし、風呂に行ってくる」
「畏まりました。それでこそ、私のマスターです」
とぼとぼと出て行くガルゼを笑顔で見送る。
やっぱりこういうエチケットは大切だと思うのだ。
……まあ、チート性能の肉体の恩恵で、汗もかかず老廃物も出さない今の私が偉そうなことを言ってもあまり説得力はないのだが。
そして、それから20分程して戻って来た契約者が、ベッドの上に横になったのを見て、私はいいことを思いついた。
一応、契約者と使い魔であるうちは、可能な限り使い魔として彼に尽くすべきだと思うのだ。まあ、それを差し引いても、私として、この青年には頑張って欲しい。
だから――。
「マスター、マッサージをして差し上げましょう」
「……………………いらん」
「遠慮は入りません。こう見えても学生の頃は、マッサージをする度に「経絡秘孔を突かれて殺されるのかと思ったら、普通に気持ち良くて死にそうだった。いや、確かに一瞬死んでいた気がする」と好評だったのです」
「っ、お前に学生の頃なんてあったのかっ、いやっ、それ以前に僕は死ぬのか!?」
「まあまあ、そんなに怯えないで下さい。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ死ぬだけですから」
「お前はマッサージをしようとしているんだよなっ、それとも僕を殺そうとしているのか!?」
「では、失礼しますね。えい」
「おい、僕の話を聞いているのか? それと何故、許可もなく僕をうつ伏せにひっくり返す!?」
「よいしょっと」
「の、乗っかったな、止せ、その、お前の尻がっ、止めろっ、とにかくすぐにそこを退け!」
「よっ、はっ、ほっ」
「な、何だ、この感覚はっ、ふ、ふふ、ふは、ふはははははははははははっ」
奇声を発し始めたガルゼは、それから5分後に意識を失った。
肩を揺するが、口元から涎を垂らし、幸せそうに白眼をむいている契約者が目覚める気配はまるでない。
……ああ、完全に意識を失うパターンか。これは。
じゃあ、明日の朝まで目を覚まさないな。
私の似非マッサージは、ろくでもない師匠から学んだろくでもない技術なのだが、効果の程は確かで、マッサージ後に対象者は確実に体が軽くなり、活力に満ちた状態になる。
しかし、メリットに比例しデメリットも大きくなるのが世の常で、学生の頃それを頼まれる度にしていたところ、マッサージ中に意識を失う者が続出した。
場合によっては翌朝まで目を覚まさない者まで出たため、いつの頃からか私は陰で「あいつはツボを突く達人で、その技術で今までに何人もの人間の意識を奪ってきたらしい。人間凶器みたいな男だよ」と言われるようになっていた。マッサージ対象者本人からは感謝された記憶しかないのだが……。
そんな訳で長らく封印していた技術ではあったが、明日から修行を始める契約者のためにと封印を解き、一頑張りした次第なのである。
これできっと、ガルゼの旅の疲れも癒えるに違いない。
満足した私は、取りあえずベッドで意識を失っているガルゼに布団をかぶせた。
その時、彼の寝息が安定していることも確認出来たので、『出かける』前に何となく一言声をかける。
「少し出かけて参ります、マスター。どうぞ、ごゆっくりお休み下さい」
聞えていないのは分かっているのだが、まあ、一応。
その後、部屋の外に出て、ガルゼから聞いていた方法で扉の鍵を閉めた。ドアノブをガチャガチャさせるが、開く様子はないので、上手くいった様だ。
先ほど契約者の部屋の時計を確認したところ、現在の時刻は21時前であったが、明日の4時に契約者が自力で目覚められない可能性を考慮すると、3時30分ぐらいまでには『戻ってくる』必要があるだろう。
そう考えると、あまりノンビリもしていられないか。
私は、昼間バウトから渡されていた地図を懐から取り出すと、その地図に付けられた印の位置――『荷馬車の後輪亭』という宿屋を目指して、さっさと学生寮を後にした。
*********************************
街の南門の近くにある冒険者ギルド。
その周辺には、冒険者のための様々な施設や店舗が集中している。
南門の周りは、フェルト全体で見た場合、それほど治安の良い地域ではない。
魔術師関係の建物が集中する北門周辺や、商人がらみの施設が密集する東門の周りと比べて、アウトローと言ってもいい冒険者が集まる南門近辺は、昼夜を問わず荒事が絶えない地域である。
反面、貧民街と化している西門の周りと比べれば、裏でこそこそとする様な犯罪(窃盗や違法取引等)の発生件数は極めて少ない。
同じ強盗犯でも、西門の人間が組織的かつ計画的に身元が割れないように犯罪を行うのに対し、南門の荒れくれ者は大抵の場合、白昼堂々と正面から力づくで奪おうとする。
まあ、犯罪にマシな犯罪も何もないのだが、南門で起こるソレが他の地域のものと比して『分かりやすい』ものであること間違いなかった。
また、同じ冒険者の中にも良識派と呼ばれる人間がいたり、騎士団の駐屯所が近場にあったりと、総じて見れば南門周辺は『犯罪を取り締まる力』も強い。
そのため、犯罪の発生件数こそ多いものの、貧民街と違い発生した事件は高確率で解決されているのだ……まあ、解決されると分かっていながら、安易な犯罪に走る馬鹿が多いということでもあるのだが。
そんな治安の悪い南門周辺ではあるが、いくつか犯罪自体起こらない場所というものもある。
どんな短慮な荒れくれ者でも『そこでだけは暴れてはいけない』と知っている場所があるのだ。
その最たる場所が冒険者ギルドだ。
万が一あの組織から正式な制裁を受ける様な事態になった場合、そこらの荒れくれ者などダース単位で始末される。
そして同じように『荷馬車の後輪亭』という宿屋で無法を働く者もいなかった。
理由は冒険者ギルドの場合と同じで、犯罪に対する『殺戮と言う名の制裁』を恐れたからである。
もっとも件の宿屋が恐れられているのは、その宿屋自体の武力というよりも、そこを贔屓にしているとある獰猛な冒険者の暴力によるところが大きい。
かつて件の宿屋で暴れて、その冒険者の逆鱗に触れた無法者の集団――Cランクの冒険者パーティーは、翌日には全員が斬殺された状態で発見されたと言う。
そんな背景もあり、『荷馬車の後輪亭』は中堅どころの冒険者の中でも、良識派と呼ばれる様な人種の溜まり場となっていた。
もっとも良識派とは言っても、その中心人物の気性の問題もあり『荒れくれ者ではあるが根は悪い連中ではない』様な冒険者ばかりが集まっている。
その『荷馬車の後輪亭』も最近は、他の多くの冒険者向けの宿屋と同じ様に景気が悪かった。
近隣の都市で起こった事件に多くの人手が割かれた上に、『トロールの反乱』のせいでこの街に残った冒険者たちの財布の紐までも堅くなってしまったためである。
しかし、昨日、この宿屋が無法者たちから恐れられる原因にもなったとある戦士が一カ月ぶりにこの街に戻ってきたため、それを聞きつけた彼を慕う冒険者の集団によって『荷馬車の後輪亭』は久方ぶりに盛況な賑わいを見せていた。
その賑わいの程は、二階建てのこの宿屋の一階スペースにある食堂兼飲み屋の、100近くある席が全て埋まってしまったことからも伺い知れるだろう。
「バウトの兄貴っ、だからオレは言ってやったんすよ「この【豪双剣】バウト=カチェットの一番の子分である【疾風怒涛の】ゴリアテを恐れぬならばかかってきやがれ」ってね。そしたら、そいつらビビっちまって逃げ出したんすよ」
「おう、そうか。やるじゃねえか。ところでお前、いつの間に二つ名なんて手に入れたんだ?」
「ひっひっひ、バウトの旦那。今の話はゴリアテお得意のホラ話ですぜ。そいつの二つ名は自称ですからね、そいつ以外は、誰もその役立たずのことを【疾風怒涛の】なんて呼んでいませんぜ」
「て、てめえっ、バウトの兄貴の前で何てことを言いやがるっ!」
「ああんっ、てめえこそ、なに旦那にホラ話を吹きこもうとしてやがるんだよ!」
「おい、殺し合いなら、宿屋の外でやれ。殺すぞ」
『へ、へい』
そんな『荷馬車の後輪亭』の顔役とも言えるバウト=カチェットだが、今日の彼の様子は普段と少し異なっていた。
その変化は、彼をよく知る者でもなければ気付かないような微々たるものではあったが、この日『荷馬車の後輪亭』の一階にある食堂に集まっていた冒険者の多くはそれに気付ける程度にはバウトという男のことを知っている連中である。
「ねえ、バウト、どうしたの? 何だか、いつもより静かね」
バウトの横に座っていた剣士風の男を押しのけて、豊満な体つきの女魔術師がしな垂れかかるように彼の横の席についた。
ブリジットという名前のその女は、バウトとは同世代の冒険者であり、魔術の探究よりも冒険者業を優先するという変わり者の魔術師だ。
山吹色の髪と黄緑色の瞳を持った彼女は、奔放な男性遍歴も合わさり、学者肌、貴族肌の魔術師たちからの評判は悪かったが――特に同性の魔術師からは蛇蠍の如く嫌われていたが、Cランクの中でも上位に数えられるその腕前は多くの冒険者からの信頼を勝ち取っていた。
時としてBランク相当とも称される彼女とバウトは高難易度のクエストで顔を合せる機会も多く、一緒にパーティーを組んだこともあれば、同じベッドの上で肌を重ねたことさえある。
もっとも男女関係に関しては『英雄色を好む』を地で行くバウトと、『好色魔術師』『他人の男を平気で寝取る女』として同性から嫌われまくっているブリジットの間のことなので、翌日には二人とも平気な顔で別の異性と寝所を供にしていた。
そんなブリジットではあるが、バウトという男に向ける感情は、他の多くの異性に対して向けているそれとは少し異なっていた。
バウト=カチェットのみならずバウト=ヴァン=ランカステルとも面識がある彼女は、かつて神童と呼ばれ、今や英雄とさえ称されるその男に対し、ある種の尊敬と嫉妬の念を抱いているのだ。
一度抱かれてみて『こいつを自分の男に出来れば』と思ったこともあったが、自分以上に性交に対して淡白な感情しか抱いていない――快感を求めこそすれ、そこに愛情を必要としていないバウトの姿に、自分ではこの男を縛ることなど出来ないと諦めた。
それ以来ブリジットにとってバウトという男は『頼りになるし信頼もしているが、同時にコンプレックスも刺激される嫌な相手』となっている。
ある意味この宿屋にいる誰よりも、バウトのことを知っているブリジット。
そんな彼女の目から見ても、やはり今夜の銀色の餓狼の様子はおかしかった。
何と言うか、穏やかなのだ。
餓えていない、とでも言えばいいだろうか。
たらふく獲物を食った後の大型肉食獣の様な、穏やかな余裕が今のバウトにはあった。
「何か、いいことでもあったのかしら?」
「……いいことねえ、まあ、あったと言えば、あった」
「貴方を喜ばせることと言ったら、きっと戦いよね。どこかで『強い魔物』とでも戦えたのかしら。それとも、もしかして久しぶりに貴方の方から抱いてみたいと思うような『いい女』に出会って、気持ちいいことでもしてきたの?」
「ああん? また、なんつーか、答えずれえ聞き方だな。どっちも合っているっつえば合ってるんだが……間違ってるつえばこの上なく間違ってるな」
「……ふーん」
ブリジットからすれば、本命は前半で、後半は茶化し程度のつもりで口にしたのだが、愉快げに獰猛な笑みを浮かべる銀色の餓狼は、闘争のみならず色の面でも何らかの収穫があったことを肯定した。
「まず、俺が戦った相手だが、魔物じゃなくて人間だぜ。まあ、本当に人間と言っていいのかは分からねえが、少なくとも人の形はしていたし、戦闘方法等から判断する限り恐らく『悪魔』でもねえ」
「……貴方と勝負が成立する人間? 魔術学園の学園長――忌まわしい、あのババアとでも戦ったのかしら?」
「ひゃははは、まさか。あの化物とやり合っていたら、今頃俺は死体になってんぜ」
この周辺で唯一バウトが戦うこと自体を避けている怪物の名前を出すが、銀色の餓狼は笑いながらそれを否定する。
「……一応確認しておくけれど、貴方は『全力』で戦ったのよね?」
「ああ、剣の『鞘を外して』戦ったぜ」
この場においてはブリジットしか知らない、魔法戦士としてバウト=カチェット。
Bランクの戦士は、切り札とも言える不可視の遠距離斬撃――『魔剣』の使用を自らに許した瞬間からAランクに匹敵する英雄の本性を見せる。
そんな人の枠組みから外れた存在と『勝負が成立する』者など、そうそういる訳がない。
「私が知らないだけで、有名どころの冒険者が近くに来ていたの?」
「いんや、相手は冒険者じゃねえよ」
「……騎士団の団長クラス?」
「騎士でもねえな」
「……ねえ、バウト。もしかして貴方、無名の誰かと戦って苦戦したとでも言うつもりなのかしら」
「あいつが無名なのは事実だが、苦戦したんじゃねえ……負けたんだよ、俺は」
負けた、バウトがその言葉を口にした瞬間、『荷馬車の後輪亭』は騒乱に包まれた。
食堂で飲んだくれていた連中の多くは、バウトとブリジットという高ランクの冒険者の会話に口こそ挟まなかったが、銀色の餓狼が苦戦したらしいという話になった辺りからずっと聞き耳を立てていたのだ。
その辺りの情報に対する敏感さは、この場にいる男とたちがただの荒れくれ者ではない、冒険者である証だろう。
勢い込んで『バウトに勝った何者か』の情報を聞き出そうとする者もいたが、彼等は銀色の餓狼の一言であっさりと引き下がる羽目になる。
「悪いが、俺の口からあいつの特定に繋がる様な情報は聞き出せねえと思ってくれ。あいつはどうも、目立ちたくねえらしいんでな」
「……それは、そうよね。貴方を打ち負かすような化物が未だ名前も知られていないということは、そいつが故意に露出を嫌っているとしか思えないもの」
ブリジットのその言葉に、何人かの冒険者が「そりゃあ、そうだ」と頷く。
常に人々が魔物の脅威に晒されているこの世界において、強力な力を持つ者たちは、必然的にそれ相応の立場と名声を得る。押しつけられる、と言ってもいい。
この世界の人類には、戦力になる様な人間を遊ばせておくだけの余裕がないのだ。
そんな状況下で『無名の英雄』などが存在し得るとしたら、その怪物が国家や組織に秘匿されている場合か、そいつ自身が表舞台に立たない様に隠れ潜んでいる様な場合ぐらいしか考えられない。
ブリジットはバウトの口ぶりからその存在を後者――表舞台に出ることを嫌う英雄と仮定したが、銀色の餓狼は特にそれを否定も肯定もしなかった。
「……いいわ。この話はここまでにしましょう。あまり詮索して、その無名の英雄様に睨まれたりしたら馬鹿みたいだしね。けれど、バウト。貴方、そんな存在と戦って負けておきながら、よく生きているわね」
「そいつの手綱を握っている奴が甘かったんでな。でなきゃ、今頃ひき肉にされてんぜ。ひゃははは」
手綱を握っている相手がいる。その情報にブリジットは僅かに驚いた。
バウトを凌ぐという戦闘能力から察するに、その無名の英雄は力による支配で誰かに服従するような存在ではないはずだ。
冒険者の様な孤高の戦士というよりも、騎士の様に、主と定めた誰かに忠誠を捧げている人物なのかもしれない。
そこまで推測し、ブリジットは舌打ちした。
「貴方、今わざとそいつの情報を流したでしょう……」
「ひゃははは、いやいや、まさか。馬鹿な俺がうっかり、ちょっとだけ情報を漏らしちまっただけさ、断じてあいつを表舞台に引きずり出してえとかじゃねえよ」
「……貴方がそいつに恨みをかって殺されるのは勝手だけど、私まで巻き込まないで欲しいわ」
「ひゃはははっ、善処するぜ」
「……ふう、もういいわ、じゃあとっとと話を変えるけど、貴方が『いい女』と気持ちいいことをしたという話は何が違うの? まさか女じゃない――男色にでも目覚めたという話なのかしら?」
バウト=カチェットは『強力な魔物と戦ったこと』と同時に『いい女を抱いたこと』も部分的に肯定し、全体としては否定していた。
「ああん、馬鹿言うな。いい女に会ったのは事実だが、単にそいつをまだ抱けてねえだけだよ」
抱けてない、バウトがその言葉を口にした瞬間、『荷馬車の後輪亭』は再び騒乱に包まれた。
これは冒険者としての情報収集云々とはまるで関係のない話だが、この場にいるバウトの知人は皆この男の『女に対する手癖の悪さ』を知っている。
それだけに、『抱けてない』――抱く意欲はあるのに何らかの事情でそれを実行出来ていないという銀色の餓狼の言葉に耳を疑ったのだ。
例えば『荷馬車の後輪亭』にいる5人のウェイトレスなどは、皆、銀色の餓狼の毒牙にかかっている。
4人の娘は自ら望んで、1人の娘はバウトの方から迫った後に同意の上ではあるが、その迫った1人がこの宿屋の店主の娘であったことが問題だった。
元Cランクの冒険者である店主は、普段は気は優しくて力持ちという言葉を体現した様な男なのだが、親馬鹿の彼は「娘に手を出した男は殺す」と公言してはばからない一面も持っていた。
娘がバウトと性交におよんだと聞いた店主は、当然の様にその言葉を実行に移そうとしたため、ちょっとした殺し合いに発展したのである。
もっとも、さすがの銀色の餓狼も贔屓にしている宿屋の主人に刃を向けるのは気がひけたのか、殺し合いというよりは、襲いかかる店主からバウトが逃げ続けるという展開になった。
結果として、娘の取りなしによりどうにか死者こそ出なかったものの、店主の怒りは未だに消えていないらしい。
現在『荷馬車の後輪亭』にいる人間は皆、バウトの色恋沙汰に絡んだ『その手の話』をいくつも知っており、そんなバウトが『女を抱けていない』という状況がどれほどあり得ないことか理解していた。
「……どこぞの大貴族の箱入り娘かしら。貴方、確か男に尽くすタイプのお淑やかな美女が好みだったわよね」
「……てめえのその見解がどこからきているのかは知らねえが、あの女は男に尽くすというよりは、尽くさせるタイプだろうし、お淑やかっつーのともある意味真逆だな。確かに美しいは美しいが、あれは傾国を招く悪女の類の美しさだ」
「……傾国とはまた大きくでたわね。随分と嫌な人物像だわ。まさかとは思うけど、高級娼婦にのめり込んだとか、貴族の奥方に火遊びに誘われたとかじゃないでしょうね? 貴方らしくもない……いえ、それなら『抱けていない』のは少しおかしいかしら?」
「ひゃははは、まあ、あまり詮索すんなよ」
「あら? さっきの『無名の英雄』様に続いて、今度は『名も無き美女』で通すつもり? 貴方の周りには随分と恥ずかしがり屋さんが増えたのね」
「ひゃははは」
――笑って誤魔化す気ね。
バウトの思惑を察したブリジットは、更なる追求を行おうとした。
銀色の餓狼を打ち倒すような化物になど関わりたくもなかったが、同じ女としてバウト程の節操無しから明らかに特別視されているその『名も無き美女』の存在は気になって仕方がなかった。
具体的に言えば『傾国』とさえ称された『お美しいツラ』を直接拝まないことには、どうにも我慢出来ない気分だった。
そのやるせない気持ちが、女としての嫉妬からきていることをブリジットは自覚していたが、それが分かったからといって自分の感情を戒めるような慎み深さはこの女にはない。
場合によっては『傾国』様のツラをぶん殴ってもいいとさえ思っていた。
だが、絶対にその女の情報を聞き出そうと意気込むブリジットを余所に、バウトはふと何かに気付いた様な素振りを見せると急に立ちあがった。
銀色の餓狼以外の誰も気付かなかった――気付けなかったことだが、二階にある宿泊施設のバウトの部屋に、窓から侵入者が入った気配を察知したのだ。
立ちあがったバウトは、近場にあった酒樽の酒を次から次へと飲み干すと、ヘラヘラ笑いながら言葉を発した。
「わりいな、ちっと飲み過ぎちまった。今日のところはもう休むわ」
「ちょ、ちょっと」
思惑を潰されたブリジットが焦る。
女魔術師以外の面々も、主役と言ってもいいバウトが帰る素振りを見せたので、ブーイングの嵐が起こる。
銀色の餓狼はそれを予測していたかのように手をパンパンと叩き、騒音を打ち消すと同時に周囲の注目を集めた。
「まあ、落ちつけよっ、わりいとは思ってんだっ、だから、今日の酒と食い物は俺のおごりだ、精々俺の分まで騒いで楽しんでいってくれ!」
ブーイングが歓声に変わる。
ブリジットはそれでも納得していない様子だったが、バウトが幼い子供にでもするように彼女の頭を撫でると、唇を尖らしながらも頬を赤くしてそっぽを向いた。
歓声を上げる荒れくれ者たちは、食堂を抜けて二階に上がろうとするバウトに一々話しかけてきたため、銀色の餓狼が自室に辿りつけたのは結局それから30分後ぐらいのことである。
そして自室の扉を開いたバウトの眼前には、彼の予想通りの人物がいた。
「よお、待たせな」
気安く手を振るバウトに対し、部屋の壁に寄り掛かっていた『彼女』は背筋を正しながらも、どこか気だるげな雰囲気のまま会釈と言葉を返した。
「押しかけたのはこちらだ。気にするな」
蠱惑的な美声が暗い室内に響く。
夜闇にとけ込む、ウェーブのかかった長い黒髪。肩にかかったそれを気だるげに払う艶やかな白い指先は周囲の暗闇すらも打ち払うかの様で、冷たい美貌の女に常にも増して妖しげな魅力を与えている。
口元に浮かぶのは、妖艶ながらも酷薄な微笑。切れ長の瞳に宿るのは、見る者を蝕む蠱惑的で退廃的な輝き。
いつも通りの、冷たい美貌であった。
正しく『傾国』と称されるに値する、猛毒の美である
「――で、どうだった」
彼女の美貌に見入るバウトの視線を気にした風もなく、カーラはすぐに要件を切り出した。
その事務的で淡々とした口調に、銀色の餓狼は苦笑を浮かべながらも事前に彼女と計画していた内容のうち、今日実行に移した事柄の説明を始めた。
「まあ、予想通りっつえば、予想通りだったな。冒険者ギルドには今『魔物の森』で起こっている異変を全て伝えておいたが、対応は正直、遅え」
トロールの反乱、ひいては魔物の森で起こっている全ての異変を解決するにあたり、バウトとカーラが行おうとしていることは大きく分けて三つある。
一段階目が、被害拡大防止のための現状の周知。
拠点の結界が使い物にならないことや、地図が狂うことなどの周知がこれに該当する。
二段階目が、暫定対処としての現状の改善。
ゴブリンの軍勢の打倒や、トロールの反乱に加わっている魔物の殲滅などがこれに該当する。
三段階目が、本格対処として根本原因の排除。
全ての問題が起こっている根本的な理由を調査し、それを排除することがこれに該当する。
二人は昨晩の洞窟で、二段階目と三段階目を達成するための方法に関しても話し合っていたが、それに関しては準備が必要となることが分かっていたため、取りあえず街に戻り次第、先行して一段階目の対応を行う手筈だったのである。
もっとも、銀色の餓狼の読みでは、周知内容のいずれもが前例がなく、かつ冒険者ギルドの管理問題にも繋がりかねない内容であったため、ギルドから冒険者全体に周知されるまでは若干の時差があることが想定されていた。
そして拙いことに、今のところ彼の読みは当たってしまっている様である。
「下で騒いでいる連中とか、俺の方で伝えられる範囲にゃあ一通り伝えておいたが、そこからどこまで拡散出来るかは運任せだぜ」
「……上々だな。最善が望み得ない以上、次善で満足するべきだろう。助かる」
「ひゃははは、まあ、こっちは俺の領分だからな。任せておけ」
その後、今後の予定に関して話し合う二人であったが、しばらくしてバウトの方がさも今思いついた様な口ぶりで、冷たい美貌の女に『計画通りの』話題を持ちかけた。
「そう言やあ、上等な酒が手元にあるんだが、カーラ、お前さんは飲める口か?」
そう言って、机の上に『自然に』置いてあった酒瓶を振る。
ウイスキーボトルの様な容器に入ったその液体が、上等な酒であるのは嘘ではない。
ただし、バウト=カチェットが自分の部屋に招いた女性によく振る舞うその液体は、成分構成上、酒というよりも適切な呼び方があった。
俗に言うところの――媚薬、である。
それを黙って相手に飲ませようという辺り、この男もろくなものではない。
「……頂こう」
カーラは別段、酒好きというほど酒が好きな訳ではない。
美味い酒を飲めば美味いと思うし、ほろ酔いの酩酊感も好きだが、家で一人で酒を飲むことはなかったし、飲み屋で一人飲みをすることもなかった。
しかし、もともと旅先での珍しい食べ物や飲み物が好きだった彼女は、この世界に来て以来、飲食不要の肉体を理由に無駄な買い食いを慎んでいたため、ある種のフラストレーションが溜まってしまっていたのだ。
――酒の一杯ぐらいいいだろう。
そう考えた彼女の判断を責めるのは、いささか酷というものだろう。
「おう、飲め飲め」
バウトは、『何故か』机に置いてあった二つのグラスのうち片方をカーラに渡し、酒を注いだ。
その後、自分はもう片方のグラスを持ち手酌で注ごうとしたが、その様子を見たカーラが「……私が注ごう」と名乗り出たため「わりいな」と言って酌を任せる。
銀色の餓狼は内心「意外と気のきく女だ」と冷たい美貌の女に対する評価を上げていたりしたのだが、カーラの方としてはサラリーマン時代の習慣で『手酌をさせるのは拙い』という意識があったため、それに従っただけだったりする。
そんなこんなで二人の手には『酒の体裁を為した媚薬』入りのグラスが握られた。
バウト自身もその液体を飲むのは、ひとえに相手を警戒させないためである。
そしてBランクの戦士の肉体は、まともな人間ならば理性を失いかねない件の媚薬を口にしても、内臓が毒物として分解し、解毒してくれるという反則的な性能は秘めていた。
――その媚薬を用いたベッドイン術は、まさに必殺。
落とせない女など皆無。
バウト=カチェットが、まともな方法では落とせないと判断した女に対してのみ用いる切り札とも言っていい手段なのである。
もともと粗野な雰囲気ながらも容姿端麗で、かつ冒険者としての実力も折り紙つきで、更には女の扱い方をも心得ているバウトのDQNとしての実力は、冒険者の実力として換算した場合Bランクに値する。
そこにこの媚薬も用いたベッドイン術も加わったならば、そのDQNとして実力はAランク相当。国家を代表するようなDQNと言っても過言ではないのだ。
カーラの扇情的な唇がグラスに触れた。
そして、ごくんという音と共に、その液体が冷たい美貌の女の喉に流し込まれる。
銀色の餓狼――否、銀色のDQNは勝利を確信し笑みを浮かべた。
彼はその瞬間、確かに、頬を上気させ瞳を潤ませるカーラの姿を幻視したのである。
――しかし。
「……美味いな」
淡々と、いつも通りの冷たい笑みを浮かべる彼女に、媚薬の効能――発情している兆候は微塵も見受けられなかった。
――つ、馬鹿かっ、俺はっ!
直後、バウト=カチェットは自らの敗北と、その原因を悟る。
彼の敗因は、実戦経験の豊富さにあった。
カーラという怪物を相手に、これまでの豊富な『普通の女性相手の戦歴』をベースに戦術を組み立ててしまったことに問題があったのである。
バウトの女性遍歴において、カーラの様な女は存在していない。
彼女の様に単純な肉体性能においてバウト=カチェットを凌ぐ様な女など存在している訳がないのだ。
自分は媚薬を毒として分解し、相手にだけ発情してもらう?
馬鹿な。
バウト=カチェットの体にそれが出来るならば、当然カーラの体にだって同じことが出来るに決まっている。
毒沼の闘争において、冷たい美貌の女の肉体が、銀色の餓狼のそれを遥かに凌ぐ毒耐性を持つことは既に知っているはずだった。
何と言う体たらく、何と言う無様な敗北。
バウトの顔に自嘲的な笑みが浮かんだ。
「? どうした、バウト?」
不思議そうに彼を見つめるカーラの姿を見て、銀色の餓狼は無理やり気持ちを切り替えた。
――これ以上、墓穴を掘る訳にはいかねえ。
このあたりの思考の早さは、流石は歴戦の戦士と言うべきだろう。
「いや、何でもねえ、何でもねえんだ」
かくして、バウト=カチェットは対女性関係における初めての敗北を経験し、そのリベンジを胸に誓い、カーラに熱い視線を向けるのだった。
当のカーラは、そんな馬鹿らしくも、意外と本当に危なかった、自らの貞操の危機に気付くこともなく、美味そうに酒を飲んでいる。
そして、彼女は銀色の餓狼に聞きたいことがあったことを思い出した。
「そう言えば、知っていたら教えて欲しいことがあるんだが」
「おう、何だ」
「今日、メリル様のお母上にお会いしたのだが、何と言うか……怪物の類に見えた。あの方は、名のある魔術師だったりするのか?」
――その質問を聞いた瞬間、バウトの気配が一変する。
「ひ、ひゃは、ひゃはははははっ、ひゃははははははっ、ひゃはははははははっ!」
突如、狂ったように笑い始める銀色の餓狼。
彼の表情には最早『女たらし』の残滓すら残っておらず、完全に獰猛かつ冷淡な冒険者――【豪双剣】バウト=カチェットのものに変わっている。
「ひゃはははっ、そうかっ、もう、あの女に会ったのか、そして、怪物だと見切ったか、流石だな、本当に流石だぜ、カーラ!」
「分かる様に話せ」
「ひゃは、いや、わりい、わりい、つい興奮しちまった。そうだな、あいつが名のある魔術師かっつう話しだったな。名ならあるぜ、大ありだ。あいつの名前を知らない魔術師なんぞ、この街にはいないだろうよ」
獰猛に銀色の餓狼が笑う。
「俺がこの地方で敵に回したくない――敵に回したなら100%負けると思っている相手が二人いる。一人はお前で、もう一人があのババアだ」
「おい、もしかして――」
カーラはその時点でもう理解していた。
昨晩、バウトから魔術の講義を受けた際に、『その立場』にある魔術師にだけはバウトですら勝てないと言っていたことを思い出したのだ。
「エイプリル=フォン=クラーゼ。当代において十指に数えられる魔術師にして、Aランクの功績を為した大英雄。そして、このフェルトの街の絶対的守護神――魔術学園の学園長だ」
バウト=カチェット程の戦闘狂をして闘争を避ける、怪物と呼ばれる女。
翌日の彼女の家への訪問において、カーラはその狂気と恐怖の一端を、身を持って知ることになる。
次回は「ガルゼフォードの修行」回か、「クラーゼ邸の楽しい食卓」回になりそうな気がします。
後2話ぐらい日常パートが続くかもしれません。
それにしても、一話辺りの文字数が増える一方ですね。この半分ぐらいに上手く纏められるようになりたいです……。