森の女
※思いついたから書いちゃったけど、暗い話なのでオススメしません。
その女は森にいた。
森の深奥はヒトの住むところではなかった。獣性をもつ俺たちこの世界の住人ですら、そんなところは居住地に選ばない。
なのに、獣性皆無の異世界人がそこで暮らしていた。
案の定、ガリガリに痩せ細って、いつ死んでも倒れてもおかしくないように見えた。
その憐れな姿で、俺の足下にひざまずいて、女は懇願してきた。
「お願いします! 誰にも言わないで、何でもするから、誰にも言わないでください!」
追われでもしているのかと思って咄嗟に辺りの気配をさぐった。こんな森の奥深く、立ち入ってる人間の気配なんぞどこにもなく。
俺だって狩りでここまで来たのは初めてだった。
訳を聞いたら、どこぞの町から逃げ出してきたのだという。いや、逃げ出すと言っても、捕えられて押し込められてたってわけでもなく、ただやみくもに飛び出してきた、っていうのが実情らしい。
異世界人だというだけで注目されるのがつらかったそうだ。
こちらの血を、強まっていくばかりの獣性を薄めるのに、異世界人の獣性皆無の血筋は極めて有効だ。さらに彼らはすばらしい魔力をもっていて、でもそれがうまく制御できていないから常に駄々漏れで、恐ろしくヒトの気を惹いた。注目もされよう。
それがどんな気分なのかは、しがない狩人の自分にはわからないが。
無理やり人里に連れ帰ることは可能だろうとは思ったが、そうしたら今度は自殺するんじゃないかって気がしたので、あきらめて女の懇願を聞き入れることにした。
その代わり、自分がたまに様子を見にくるのを受け入れさせた。
女が住処にしていたのは実に粗末な仮屋で、棒っきれを組んでツル葉をかぶせただけの代物だった。狩りで移動中に作る仮宿と変わらない。これじゃあ生きていけない。
もうちょっとマシな仮屋を作ってやった。といっても、ろくな資材も道具もない森の奥で作れたのは、床があって壁があるだけのものだった。
女は感謝して頭をさげてきた。見慣れない妙な仕草だと思った。
布団をやったり、食い物をやったり、その他こまごまとしたものをくれてやっているうちに、女の警戒もほぐれていった。
何でもすると言ったよな、とカラダを求めたら、物凄い顔をされた。
避妊剤を使うし、今度から近くの小川で水浴びもしてくる、と申し出たら、それならまぁ、と受け入れられた。
異世界人はすごくいいと聞いてたのに、痩せっぽっちの女の身体はやはり抱き心地が悪く、大きさも合わなくてお互い痛いばっかだった。
なのに何だかクセになって、俺は女のもとに通い続けた。
最初に会った時より幾分かは肉づきもよくなって、懐いてくれて、これだったら俺と結婚して家庭をもっても同じようなもんじゃないかと思ったのだが、女は子どもを産みたくないと言い張ってて駄目だった。
産みたくないのに、異世界人にはそれが最も期待されることで、自分には耐えがたかったと言っていた。
女なのに自分の子を産みたくない心境は全然まったく判らなかった。
「あなたも、子どもが欲しいんなら、よそでした方がいいわよ」
「欲しいけど、相手が見つかんないんだ」
「そう」
「お前がなってくれたらいいのに」
「嫌です」
「お前の子なら、可愛いのが生まれるだろうになぁ」
一応は口説きつつ、でも女が逃げたら困るのであまりしつこくはせずに、適度に乾いた関係を装って通い続けた。
女は俺を待っているような素振りは見せなかった。
次を約束するようになったら、情が移ると思っていたのだろう。情が移り、関係が確立されたら、いつかは子が欲しいと言われるに違いない。その要求を恐れていたようだった。
女の恐怖が気の毒で、俺にはそれ以上のことができないでいた。
もっと早くに、多少強引でもいいから、彼女を森から連れ出すべきだった。
ある日、いつものようなつもりで森へ行ったら、女が倒れていた。
四肢を投げ出し、傷めつけられた姿で、脚の間から鮮血を流していた。その周りには複数の足跡。何者かがここへ来たのだ。
驚いて駆けよると、女は腫れた目を開け、わずかに笑んだ。
「いい、タイミング……」
何が、と思った。だが今ならまだ助けられるのか、と考えていたら。
「ころして」
女の目から涙があふれた。
「ころして。どうか、おねがい」
か細い声で頼まれた。
動揺し切っていた俺はきょときょとと辺りを見回し、女の身体におきた惨状を見直し、どうしようもないのだとやっと気づいた。
俺のせいか。俺が森を通った跡を辿られたのか。
凄まじい罪悪感に襲われ、女に謝りたいと願ったが、最早それでは済まないところまで来てしまっていた。
「……ころして」
獣性の強い大柄な連中に無理矢理にやられたら、女の身体なんて引き裂かれて壊れてしまう。出血の量を見るに、もしかして内臓までやられているのではないか。
世界のどこかには邪悪な連中が常に呼吸している。こんな無残な真似をする奴らは滅多にいるもんじゃないが、いないわけではないのだ。
女は無防備だったし、俺も決断が遅かった。彼女に憎まれても蔑まれても、ヒトの住むべきところへ連れ戻すべきだった。
「わかった」
彼女の首に手をかけた。
力をこめる。一息に首を折らなかったのは、万が一にも彼女が生きたいと願って、抗ってくれるんじゃないかと期待したからだ。
彼女が、両の腕を折られていると気づいたのは、その時だった。胴と足は苦しげに動くのに、腕はだらんと打ち捨てられたままで。
声にならない叫びをあげて、俺は彼女の息の根を止めた。
小屋のなかに彼女を横たえて燃やした。
青ざめた身体を食べてしまいたい気もしたけど、彼女が痛がりそうだったからやめた。
それから一昼夜かけて、地面に穴を掘って、残骸すべてを地中に埋めた。燃え滓のなかから彼女だけ選り分けて埋める気力はなかった。
俺が彼女にしてやったことはそれが最後だ。
彼女は今も森にいる。
※あとがき※
異世界召喚ものでたまにある鬱展開です。
一応、表現は抑え目にしました。
でも救いがないので鬱々とするだけですかね。
主人公はいいひとキャラなんですけども。




