たくさんの・・・
お題で過去編です。
番外の中の別枠で投稿させていただきます。
*シリアスです。
ふわふわ、ふわり。ふわ、ふわり。
柔らかく揺れる綿毛みたいな髪が、お日様の光に照らされ金色に輝く。
秀介が持っている黒みがかった色と違って、少女のそれは見たことがないくらいに輝いて、それ自体がまるで光を放っているかのように見える。
こんがりと焼けた小麦色の肌の自分と違い、どこまでも白く血管すら見える薄い色合いの肌。
雪みたいに白いから触れば融けてしまうかと思っていた頃もあるけれど、触れてみるとつきたてのおもちみたいに柔らかでふくふくとした肌をしていて、特に彼女の頬の感触が好きだ。
笑うと小さくできるえくぼも、怒るとすぼまるぷくりとした唇も、本人は気にしているけ見下ろすことができる身長差も、簡単に握り込める手のひらだって全部全部大切で、砂糖菓子みたいな見た目をしてるくせに口を開けば意外とピリリと辛い少女を。
───自分にとって世界の誰とも違う意味を持つ特別な少女を、自分が守るのだと、決めていた。
「・・・起きろよ、凪」
無機質な白い部屋の中、一人佇み振り絞った声は情けなく掠れる。
覚えている頃よりもっと細くなった腕。
白を通り越して土気色の肌に、かさついてひび割れた唇。
あんなに綺麗だった髪もぱさぱさと艶をなくし、短かったはずの前髪が目を半ば隠すほどまで伸びていた。
閉じた瞼の向こうにある、空よりももっと深い蒼。
秀介がこの世界にある何よりも愛しんでいるその色は、最後に見た時は暗く濁っていた。
闇の中に浮かんだ、憂いた眼差しが忘れられない。
炎の赤に照らされて映し出したその色を、言葉よりも有言に意志を発したあの瞬間を。
───生まれた頃から一緒にいたはずの幼馴染は、まるで別人のような表情を浮かべていた。
否、表情なんて浮かべていない。
喜怒哀楽をすべて消し去って、そのくせ何故か物悲しい空気を背負い、何かをあきらめたように長いまつげを伏せたのだ。
「なあ、凪ってば」
こわごわと、触れれば砂みたいに崩れ落ちてしまうのではないかと馬鹿げた不安を抱きながらも、ゆっくりと手を伸ばして少女の腕に触れる。
すると低いながらも温度が感じられて、生きているのだと、意識するより早く視界がにじんだ。
怖い。怖くて怖くて、仕方ない。
医者が言うには、凪は栄養失調と精神的過労で意識を取り戻さないだけとのことだが、点滴の細いチューブを付けて栄養補給するだけで大丈夫なのかと、今すぐにでも担当医に掴みかかりたいくらいだ。
実際にそうしようとしたら母に拳骨を喰らって説教されたからしていないけれど、あと一日でも凪がこの状態から変わらないなら絶対に実行するだろう。
薄い胸が緩く上下する。唇に翳した手のひらに感じるささやかな呼気だけが彼女の生を信じさせてくれる唯一で、堪えていたのに視界がぐにゃりと歪んだ。
頬を伝わる雫を拭うことすらせずに、ぽたぽたとベッドのシーツにシミがいくつもできていく。
「起きろよ。もう夕方になるぞ?いくら昼寝が好きったって、そろそろ起きないと夜眠れないぞ?」
手の甲でかさついた肌に触れる。血色のよい淡く色づいていた頬が懐かしくて、また涙が流れた。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
自分たちの何がいけなかったのだろう。
何故秀介の大事な少女が、こんな目に合わねばならないのだろう。
この世界に神がいるというなら、どうして凪を酷い目に合わせるのだろう。
日ごろは神の存在など意識しないのに、こんな時だけ縋ろうとするから見捨てたのだろうか。
ぎりりと奥歯をかみしめる。
握った拳から一筋の赤が流れて眠る少女の頬を染めた。
淡く色づく赤。
瞼を閉じれば思い描ける健康的な色づきではないけれど、それでも色がないよりずっと生きてる感じがして口角が持ち上がる。
情けない。悔しい。苦しい。
───悲しいなんて生ぬるい感情じゃない。そんな浅い言葉で表現できる想いじゃない。
それでも今の自分のぐるぐると渦巻く感情を表現する言葉を、秀介は持たない。
守るのだと、守れるのだと、自分以上に少女を守ることができる相手などいないのだと、幼心に愚かなまでに信じていた。
生まれた時にはもう傍にいるのが当たり前。
呼吸をするのと同じくらいの自然な感覚のまま凪は自分にとって一等大事な宝で、どんな何からも守れるのだと。
「起きろよ……凪ぃ」
愚かにもどこまでも信じていた自分を疎み、堪え切れぬ嗚咽が小さな部屋に響き渡る。
海の蒼よりももっと深く、世界で一番好きな色はまだ秀介を映さない。
目が覚めた彼女は秀介を、そして桜子を恨むのだろうか。
家族のいない世界でも生きろと願った、自分たちを。
それでも生きて欲しいと譲れない自分を知る秀介は、自らを嗤いながらも涙を最後の涙を一つ零した。




