表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/29

観察対象

大好きな友人のたわさ様にネタを提供していただきました。ありがとうございます!

チョコレートケーキの天辺にくるりと巻いたガナッシュを飾る。

凪が作るチョコレートケーキはスポンジにもチョコレートのフォンダンをかける、ザッハトルテもどきだ。

何故もどきかというと、普通のザッハトルテはあんずジャムが塗ってあるが、凪のにはないから。

ある日ザッハトルテを食べていていきなり気付いてしまった。チョコレートと酸味のあるジャムの組み合わせが好きではないと。

チョコレートにあんず。チョコレートにマーマレード。チョコレートにイチゴ。人によっては美味しいと思うマリアージュが、全般的に苦手だった。

よって自分が作り、食べる可能性があるときは、中にジャムではなく生クリームを入れることにしている。生クリームは油分が高いものは苦手だが、チョコレートの苦味と合わさると、ほろ苦さと甘さにマイルドが加わってお気に入りだった。

テンパリングしてからケーキフィルムの上で伸ばした後、コームで筋を入れて切れ目を入れておいたそれは細くて脆い。その上長時間握ってるとすぐに融けてしまうので気をつけなければいけない。

まだ完全に固まる前にくるりと巻いておいたので綺麗な曲線を描いているガナッシュを、生クリームを敷いた土台の上に置く。

デコレーションには生クリームの白で周囲を描くようにし、ローストアーモンドにチョコをつけて飾った。ナッツは秀介の好みで、ガナッシュに入れた香り付けのリキュールは桜子の好みで選んである。

例年なら一人に一個作っているけど、今年は三人で一つを分け合えばいい。

ここに金箔があれば一気に高級感が増すんだけど、と思いながらもないものはしょうがないと、飾り付けで余ったガナッシュの一本を口に含んだ。

バターを入れてあるので口どけが滑らかで、香り付けのリキュールがチョコレートのものとは別で鼻から抜ける。少し淹れすぎたかもしれないと心配だったが意外といい感じだ。


ちらりと部屋に掛けてある時計を見上げると、時間はリュールが去ってから大体三十分ほど経過していた。

手作りスマイルクッキーに興味を持った彼の美辞麗句攻撃を遮るための、クッキーアタック。

しかし無理やり口に詰めたクッキーの味はお気に召して頂けたらしく、またまた滔々と流れるような誉め言葉の乱舞に翻弄されて、精神的な疲労感が半端なかった。

次に彼にクッキーを上げるときにはもっとちゃんとしたのをあげよう。中途半端なものでは痛々しい結果を生むので、受け狙いの品ももっと全力で力を篭めると誓う。

ふうと嘆息して、力が入って強張った身体を解すべく腕を回した。


「・・・痛い」


くるりと回した腕が、壁というには柔らかく、空気というには硬すぎる何かに当たってひっそりと眉間に皺が寄る。

すると甘ったるい重低音が密やかに空気を震わせ、ぽんと肩に手を置かれた。否、肩を掴まれ捕獲された。


「そうか。相変わらずやわなことだ」

「すみません」


首を曲げて見上げた先には、今日も今日とて怜悧な美貌が冴えている鷹の男。

背筋をぴんと伸ばして、おかしそうにこげ茶色の瞳を細めた。機嫌がいいのか、背中の羽を小さく一度揺らしてみせる。

小さく起こった風がケーキのデコレーションを崩さなかったかと慌てれば、ようやく完成させたばかりのそれは無事な姿を維持していて胸を撫で下ろす。

安堵してから考える余裕が出来たところで、ふと疑問を口にした。


「───ところで、いつからそこに?」

「大体リュールがここに来た少し前からだな」

「・・・最低でも一時間は前ですよね」

「そうだな」

「姿が見えませんでしたけど」

「風と光の魔法を組み合わせて空気を屈折させて姿を隠した。リュールは気付いていたようだが?」

「え?いつからですか?」

「最初から。だからわざわざ下らぬ話に時間を費やして見張っていたのだろう」

「・・・・・・」


ならば是非最後まで見届けて頂きたかった。

思わずため息を吐きそうになり、ぎりぎりのところで堪える。いくらなんでも本人目の前にしては失礼だということくらい、ちゃんとわかってる。

ちらりと視線を持ち上げれば、相変わらず無表情の中で瞳だけでこちらを観察するラビウスの姿。

彼は気付けば凪を観察対象として眺めていることが多いので、少しばかり疲れる。

別に何かしてくるというのではないのだ。ラルゴやガーヴみたいに見つけたらすぐ構ってとばかりに全力で走り寄ってくるわけでもないし、ゼントのように構いたいときだけ構い倒すでもなく、リュールのように保護者的に近すぎず遠すぎずそれでも構うではない。

とにかく見てくる。物凄く、見てくる。前は見られるだけなら構い倒されるよりマシと思っていたけど、ひたすら無言で視線だけで追ってくるのも結構嫌だ。

今では薄味な表情の中から感情を読み取ることも出来るが、前は全然だったので見られるたびに冷や汗を掻いた。

怒ってるのか、笑ってるのか、楽しんでるのか、つまらないのか。わかったらわかったで微妙だけど、わからなかったらわからなかったで怖い。

とりあえず危害を加えられることはないので、身体的にはゼントやガーヴの相手をするときよりも大分安全なのだけども。


「・・・それで、もう観察は終わりですか?」

「ああ、作業も終わったようだしな。それにしても、主は随分と手先が器用なようだ。そのケーキ、街の売り物にも負けぬ見目ではないか」

「そうですか?素人作業ですけど」

「いや、大したものだ。考えてみれば主の手料理は素朴だが美味いものばかりな気がする、ゼントより」

「・・・・・・ありがとうございます」


料理を誉められるのは純粋に嬉しい。けれどどうせ誉めるなら、最後の一言は抜いて欲しかった。

あえて言おう。ゼントの作る料理は、料理というより化学変化を起こした食材の成れの果てだ。あれを料理と呼んではいけない。

化学変化も良い方向ならいいのだが、あれは雰囲気的に何かの最終形態みたいな感じだ。食べるととても刺激的で、味覚と嗅覚に著しい変化を与え、その後胃腸に優しくない出来事が起こる。

思い出すだけで眉間の皺が深くなる、とても一言では言えない味を脳みそから排除しようと、余っていたガナッシュに手を伸ばしたが、凪の口に入る前に、無残にもチョコレートは消えうせた。


「・・・美味しいですか?」

「今まで食べたことがない味わいだな。・・・うむ、結構好みだ」

「そうですか。それは良かった」


消えてゆくチョコレートを眺めながら、まだ余っているガナッシュに手を伸ばす。しかしそれも凪の口に入る前に、再度ラビウスに手を掴まれて彼の口まで運ばれた。

好みというのは本当だろう。出されれば一応完食するが、その実ラビウスは好き嫌いがちゃんとある。

料理の味がわかるのか怪しい二人組みと長年仲間として付き合っていたのに凄い。凪ならきっとラルゴやゼントと一緒に同じものを食べていたら、彼らに絶対侵食されているはずだ。


「それは俺のか?」

「え?」

「今日は『ばれんたいん』なのだろう?ラルゴがゼントに八つ当たり気味に喧嘩を吹っかけている最中、懇切丁寧に説明していた。曰く、女が好きな男に想いを伝える日だと。これを渡した相手に好意を持っているなら、主は何人に想いを注いでいるのだ?」

「・・・・・・」


なんとも凄い評価を下されそうになっているのに気付き、少し頭が痛くなった。

確かにバレンタインには女性が男性に想いを伝えるという面もあるが、義理というお歳暮感覚の感情もあるのだ。

頭を抱えそうになりながら、それでもようやくラビウスに説明すると、そんなところだと思ったと彼は鼻で笑った。


「ラルゴの早とちりだろうとは予想がついていたがな」

「ともかく私が渡したのは義理チョコです。気持ちは篭めましたが恋愛ではありません」

「それをラルゴが聞いたときの落ち込みようを想像するだけで笑えてくる。・・・ああ、愉快だ」


にいっと口角を持ち上げた鷹の男を前に、こいつ本気でどSだと背筋に怖気が走った。ゼントといいラビウスといい、ラルゴは付き合う友人が偏ってる気がする。

どちらが類でどちらが友かわからないけど、結構長く続く腐れ縁っぽいので、結局どっちもどっちなのだろう。


「それで?俺のチョコレートは、どこだ?」


笑うだけ笑ったら、さらりと気分を切り替えたらしいラビウスは再度請求してきた。

なので残しておいたチョコクッキーをさっと差し出す。ケーキは秀介と桜子の分なので死守せねばならなかった。


「ほう?中々面白い面構えをしている」

「作っているところも見ていたんでしょう?今更感動はないと思いますが」

「いや、これが俺のものになると思うとまた感じ方が違うものだ。───わざと勘違いしたラルゴの気持ちが理解できる程度にな」


珍しく自嘲の笑みを浮かべたラビウスは、それ以上何を言うでもなくケーキから視線を外して袋詰めしておいたチョコクッキーを一枚手にとって口に含んだ。

さくさくと音を立てて租借した後見せた笑顔はまたまた珍しいもので、次にお菓子を作ったときは一応彼の分も残しておこうかなんて、リュールのよりも甘さを控えたクッキーがどんどんと消えていくのに小さく笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ